2016年9月26日 (月)

「カリエール」展 と 本『森を食べる植物』

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ウジェーヌ・カリエール(1849~1906)の没後110年ということで、東郷青児記念・損保ジャパン日本興亜美術館で展覧会が開かれている。
ちらしを見てセピア色の絵ばかりで驚く。一瞬ダ・ヴィンチの「ほつれ毛の女」を思い起こします。
全然知らなかった画家だけれも、この展覧会でとても忘れられない画家となりました。異色であります。
驚いたことに88点の作品のうち、新潟美術館の12点を除き、全部フランスの個人蔵であるということ。これだけ個人から集めるのはいかに大変であったか。
そういう意味でもありがたく拝見できました。
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画家は7人の子ども(長男は夭折)がいて、絵の大半が母子、子供、奥さんなど家庭の情景の絵である。
先日横浜美術館で観た「メアリー・カサット」は母子像の画家と言われたが、カリエールも母性の画家と言われた。
印象派のあとの象徴主義に加わった。イギリスに行ったときターナーの影響も受けたそうで、珍しい風景画に至ると、朦朧としてターナーに似ているような絵もあった。
ロダンとはいろいろな面で関わりがあった。
画家は咽頭がんで57歳で死去するのであるが、50歳の時に生まれた5女さんはまだ7歳で可愛い。
晩年の絵はもやっとした絵が多く、何が描かれているのかわからなく、ターナーや晩年のモネのようでもあった。

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塚谷裕一著『森を食べる植物』を多摩NTの住人さまに教えていただきました。

409x600_2森を食べる植物とは、カビやキノコの他に「腐生植物」のことで、私が唯一知っている腐生植物は「ギンリョウソウ」だ。
本の表紙を見ても、青、黄色、赤やいろいろな形がある。

腐生植物とは緑の葉を持たず、光合成をしない代わりに、やはり光合成をしないカビやキノコの菌類を食べて暮らす植物のこと。
カビやキノコは何から栄養をとっているかというと、森の樹と共生したり、落ち葉や枯れ枝を栄養源とするから、腐生植物は間接的に森を食べて暮らす植物である。しかもきれいな花を咲かせるのである。
では腐生植物はどのようにカビやキノコを食べているのか?
腐生植物には菌類を食べる特殊な根=菌根があって、その中にとぐろを巻いたような菌糸があって、これが根の外や隣り合った細胞の中にもつながっているのだそうだ。そこから栄養を取りこんでいるらしいのだが、菌とか菌根、菌糸など私の目には見えないのでただ想像するだけだ。
腐生植物も蝶など食草が異なるように選り好みがあって、ギンリョウソウはベニタケ属の菌糸を好む。
腐生植物研究そのものが本業でない著者等は、腐生植物を観察・発見しにインドネシア近辺の島々奥深く、探検しに何回も出掛けるのである。大人のロマン溢れる話でもあって、このような人生を歩むのが実に羨ましい。

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2016年9月22日 (木)

鷲峰山~覚園寺ハイキングコースと鎌倉湖

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鎌倉湖(散在ヶ池)から天園コース途中の鷲峰山~覚園寺から行くのが最も早いが、この日の行程は鎌倉湖に行かない日程だったので、まず大船駅からバスで「半僧坊下」まで行き、そこから天園コーへ入って覚園寺へ降り、皆と分かれて4人で半僧坊下に戻り、そこから鎌倉湖をまわって「今泉不動」のバス停に出て大船駅に戻りました。約15000歩。
鎌倉湖は昭和52年に行ったことがあるが、鎌倉湖が散在ヶ池森林公園として整備されたのは昭和57年だそうだ。全然昔の面影がなかった。

● 鷲峰山~覚園寺コース

バス停を降りて歩くと、コスモスの咲く草地があって天園ハイキングコースの標識がある。

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                                       鷲峰山の三角点か?460x307_3
                                              やぐらがある460x307_4
そしてたくさんのきれいなきのこをとアカボシマダラを見るうちに覚園寺に降りてしまった。クリックすると大きくなります。
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寺近くのよそのお宅のハナナス。彼岸花とツルボが咲くころハナナスもあってこの3種はいつも一緒に記憶に残る。460x307_5
            懐かしい覚園寺、今はハスの実が出来ていた。460x307_6
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    家にもあるのにホトトギスの蕾を見るのは初めて。いつもうっかりばかり。460x307_8

●散在ヶ池森林公園(鎌倉湖)へ
この道祖神などのあるところが覚園寺コースの登り口、登りなおして鎌倉湖へ向かう。460x307_9
                 ノブドウの実のなり始めか460x307_10
森林公園の南口から入る。鬱蒼とした森林で鎌倉湖は行けども行けども見えないで、深い谷底だけが見えている。460x307_11
ミヤマクワガタ 途中でレンジャー訓練の人たちの会って、ミヤマクワガタを教えていただいた。370x280
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鎌倉湖の北口に到着。湖というより池なので、散在ヶ池の名前がぴったりだ。
江戸・明治時代、大船・岩瀬の一帯は大水田が広がっていたが、雨の少ないときなど水争いが多く、小菅谷村と岩瀬村との話し合いの結果、称名寺の谷あたりに水をためたのが、鎌倉湖とも呼ばれる散在ヶ池だそうだ。 460x307_13
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                            せせらぎの小径から公園を出てバス停に出た307x460
せせらぎの小径にはケイワタバコ(イワタバコより早く咲くらしい)が岩にびっしりであった460x307_15
                  バス停のセンニンソウ460x307_16

覚園寺から鎌倉宮、荏柄天神を歩いた人たちは晴天の中を歩き、人が多くてくたびれてしまったとのこと。私はハイキングコースを再び戻ったけれども森の中を歩けてラッキーでした。この日は9/17(土)でこのあたりでは唯一朝からずっと晴れた日でありました。

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2016年9月19日 (月)

鎌倉10 佐助~葛原岡へ

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9/15に前回5/20以来4ヶ月ぶりに鎌倉へ。27℃くらいで残暑は残っているものの、木陰は涼しく、源氏山公園に入るとひたすら坂を上り続けました。約13000歩
この日は鎌倉駅西口から市役所通りを西へ行き、税務署のところを右折し、佐助から源氏山公園の方へと三社を参拝しました。

● 駅を出てすぐの所の諏訪神社 とても丁寧に長時間参拝しているご夫婦がいたが、何か深いわけがあるのでしょう。460x307
トンネルをくぐると市役所
税務署を右折したところで11時半になり、「味噌屋 鎌倉INOUE」に入る。
お味噌を売っていて、洋風料理やスィーツにも味噌を使った創作料理のお店。
奄美大島の蘇鉄の実から作った、つぶつぶの味噌。試食したら美味しかったので買った。奄美大島では副食として食しているそうで、ご飯にのせたり、ドレッシングと混ぜてサラダにかけたり、肉などと炒めたりすると美味しい。460x307_2
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よその庭の花などを覗きながら進む。鎌倉は高校時代の友人があちこちに住んでいたので、その顔を思い出しながらの散策でもある。
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63 佐助稲荷神社 

源頼朝が再建。配所で平家討伐を念じ、その時期を稲荷に啓示され挙兵した。感謝して佐助の地に畠山重忠に命じ造建させたという。

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               その裏にある奥社か。たくさんの狐がいたる所に置かれていた。307x460_5
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64 銭洗弁財天宇賀福神社 

鎌倉の寺社の中ではトップクラスの人気を保っているそうだ。トンネルをくぐり、鳥居をくぐると境内に出る。307x460_7
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                    本社 意外に小さい307x460_8
奥宮の中にはお詣りする所と銭を洗う所がある。北条時頼が当社に参詣のおり、この水で銭を洗い、福銭としたことにちなみ銭を洗うと2倍に増えるという話が誕生したそうだ。若い人や子どもがお札を数枚洗っている姿は真剣だった。以前行ったときより広くなったような気がした。曖昧な記憶、この頃そんなことが多い。460x307_10
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     一条の滝 ここの岩窟から湧き出る水は鎌倉五名水に数えられる307x460_9
                     下之水神社 460x307_11

65 葛原岡神社

葛原岡(くずはらおか)は梶原景時の祖先である景成が桓武平氏の祖、葛原親王(かつらはら)を祀る社をこの地に建てたことによる地名という。
今の祭神は日野俊基。後醍醐天皇の側近で、討幕計画に参加した人物。元弘の乱で、初戦で幕府に捕縛され、ここ葛原岡で殺された。
そして明治20年。当時の南朝忠臣を称揚する機運によって神社が創建された。
ここまで上って来る人は殆どいなくて、閑散としていた。
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                    縁結びの男石・女石460x307_12
                     葛原岡神社460x307_13
                    日野俊基の墓? 460x307_14
今回から2年目、来年半ばで鎌倉寺社巡りも終わりそうです。

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2016年9月16日 (金)

大山街道3 鷺沼~長津田

大山街道2用賀南側~鷺沼間は、都合悪くなって参加できませんでしたので、このあと歩きます。歩いたら順序が逆になるけれども様子を書こうと思っています。

3回目は9/14(水)に田園都市線鷺沼駅に9時集合。1人増えて6人のメンバーで歩き出す。28362歩で約15㎞を歩きました。(いつも自宅往復約2㎞が入っています)実際13㎞の区間になるわけだが、道を間違えてあちこちうろうろしたので15Km歩いたことになりました。
この日の道は東急田園都市線と国道246号に沿っています。

[5]<鷺沼~荏田(江田)>4.25km

鷺沼は昔は湿潤な土地で小さな沼がいくつかあったらしい。きっと鷺がたくさん飛来していたのでしょう。面影は全然ない。
この日歩いた所は大山街道は都市開発でほとんど消滅してしまった箇所が多いのは時代の流れで致し方ない。
小高い民家が見えてきた。この家は道路に並行に建っていない。これは以前大山街道がこの家の向きのように通っていた名残だそうだ。場所は有馬9丁目辺り。 460x307_2
川崎から横浜市都筑区に入ると皆川園という植木屋さんがあり敷地が広い。港北ニュータウンが見える。ここは大山街道の立場(たてば)が置かれていたという。 立場とは江戸時代、街道などで人夫が駕籠などをとめて休息する所。馬などの交代もした。
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        大山街道らしい道だ。大山街道のプレートがこのように時々見かけられる。 460x307_4
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        市営地下鉄3号線の高架橋を過ぎると霊泉・不動滝の湧水が見られる 460x307_9
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                    不動滝の上には老馬鍛冶山不動堂と稲荷社がある 460x307_6
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狐が咥えているものは巻物のようで、意味は「神様からのお言葉」です。
ちなみに狐が咥える物には「玉(宝珠)」「鍵」「巻物」「稲」「子キツネ」など色々あるそうだ。これから気を付けて見てみよう。307x460_3
江田駅に近づいたら、大山街道の荏田宿になる。江戸を出発してからここまで約25.5㎞、旅人はここが最初の宿場であった。昔の人は一日にこんなに歩いたのだ。
宿場の地図には旅籠の他、提灯屋、油屋、足袋屋、そば屋などいろいろな店の名前が見て取れる。上宿の「床一」は今も床屋さんをやっている。 460x307_8
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荏田下宿庚申塔が出てきた。江戸中期寛政の頃、疫病、厄払い、交通安全、幼童安穏を祈願し、下宿の婦人たちによって建てられた。307x460_4
中宿に入ると民家の庭に常夜燈が建っている。三島・沼津間の東海道にもいくつかあったものだ。307x460_5
街道らしい道を行き、江田駅の手前に三体の地蔵尊が祀られている地蔵堂がある。江戸中期のもの。 460x307_20
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[6]<荏田~青葉台>4.7㎞

この区間の三分の二は大山街道の痕跡がなく、真ん中の部分だけだそうだ。横浜市の青葉区に入る。
 三分の一を歩いた所に市ヶ尾竹下地蔵堂があった。江戸中期の真宗の寺のもの。460x307_10
この区間の中間点くらいに医薬神社がある。明治初年に東光寺が廃寺になって、医薬神社と合併したもの。460x307_11
                家のドアが鍵盤で飾られている家460x307_12
               途中の藤が丘駅あたりで昼食とした460x307_13
その後、街道の面影のない道を歩き青葉台駅に到着。青葉台駅付近はとてもハイカラな素敵な街であった。

[7]<青葉台~長津田>2.6㎞

            スイカの子ども。涼しくなっても大きくなるのかな。Suika_460x307
中間点近くにあるお墓に宝篋印塔があった。北条氏ゆかりの糟屋家のもので元亀4年(1573)の銘が見えた。 460x307_14
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墓地にはきのこも生え、ツルボが咲いてた。きのこはベッコウタケ。shikamasojinさま、ありがとうございました。460x307_15
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すぐ横浜市緑区に入った。緑が多い地区なのでしょうか。都筑区も青葉区も緑区も初めての地だ。460x307_17
               ネムノキみたいなお花が咲いていた460x307_18
長津田駅近くに、荏田とともに宿駅に指定されていた長津田宿があり、この地区にも常夜燈が二基ある。荏田には宿泊しないでさらに7.3km、江戸赤坂見附からは歩いて全部で32.8㎞の長道中。往時の旅人さん、お疲れ様です。307x460_7
                 長津田十景が紹介されていた460x307_19

3時ごろ解散したので休憩も挟んで6時間の道中でした。アップダウンの激しい道でありました。

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2016年9月12日 (月)

要害山(中央線・上野原)

9/10(土)、山梨県上野原駅から行く低山中の名山・要害山(標高536m)に、平らな方を歩くのが多い同好会で登ってきました。約12000歩。
この日は一番若い人でも71歳という高齢化同好会なので3倍の時間がかかります。
上野原の駅長がバス乗り場であたりの山の宣伝を熱心にやっていてパンフレットをたくさんもらってきました。

バスで到着した登山口では山が見えなかったけれど、違う方角に下山してバス停まで歩いたときに、要害山が見えました。別名「おっぱい山」というそうだ。

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        乳首に見える部分は実は頂上のこの高い2本の木であった。307x460
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今の季節の花やきのこを見ながら1時間半もかかってゆっくり登っていく。

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                       彼岸花307x460_3
                       ツユクサ380x318
キキョウに似ているけれど?ツリガネニンジンかイワシャジン gakiさまありがとうございました。ソバナ?ともポージィさま他に教えていただきました。区別が出来るような写真でないで失礼しました。ありがとうございました。460x307_3
                      オミナエシ307x460_4
       途中山林が途切れて人家があるところがある。人家のキウイ。460x307_4
      ムラサキエノコロに似ていますが?花をどんどん忘れて嘆かわしい。チカラシバでした。gakiさまありがとうございました。460x307_5
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                亜高山帯のオンタデに似るタデ460x307_8
葉も花もミヤコグサと違う黄色い花?ノアズキと教えていただきました。ポージィさんありがとうございました460x307_9
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キノコがたくさん見えてきた。イグチと言われる食べられるキノコにも似ている。サルノコシカケもいろいろな姿で楽しませてくれる。しかまそんじんさまにキノコの名前を教えていただきました。ありがとうございました。
                  イグチ属(チチアワタケ?)
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                  アカヤマドリ幼菌(可食)2_380x288
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                  イグチ属(ヌメリイグチ?)420x368
                   イグチ属(コウジタケ?)5_420x280
                       ヒイロタケ380x253_2
                     オオウロコタケ?400x267
                      カワラタケ2_400x298
                      カイガラタケ400x292
                      色付いたモミジ420x280_2
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山頂からの丹沢連山 大室山や蛭が岳などが良く見えた。富士山の所だけ雲がかかって見えなかった。460x307_10
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  麓に降りると山神社がある。突き当りのバラック小屋の中に神様が祀られている。460x307_11
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                  クズがあちこち満開です460x307_13
比較的涼しかったこの夏でも、暑い暑いと数百回叫んでいたような。
久しぶりの登山、山中は涼しい。たくさん食べ、それを消費し、何よりも博学な人がいて話を聞き、そしてしゃべる。とても愉快な気分になれました。

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2016年9月 8日 (木)

『眩』朝井まかて著

『眩』(くらら)朝井まかて著 新聞に末國善己の書評が出ていたので読んでみた。

北斎の娘で<江戸のレンブラント>と呼ばれた天才女絵師・葛飾応為(お栄)の全身を絵に投じた生涯。
太田美術館の「吉原格子先之図」とボストン美術館の「三曲合奏図」を最近見た。
著者は北斎の逸話や当時の画壇の動向を丹念に掘り起こしたそうで、小説ではあるが、お栄さんの逸話をいくつか聞いていたので、全くその通りの人となりが描かれ、しかも思ったより女らしさ、優しさで父親を尊敬し、理解し助けて、父母を看取るのである。
父親譲りの画才と、ものに頓着しない男のような性格。家事が苦手、お洒落にも興味なく、22歳の時に結婚したが、結婚生活より絵を選び、飛び出して父親の下に帰って、絵師という仕事に生きることを選ぶ。
遠近・陰影をつける西洋画の研究したり、美しい色が出る絵具の材料を探して作ったりする。
父の工房では渓斎英泉(善次郎)への密やかな恋に悩み、北斎と一緒に生涯、悪事を働く甥に苦労させられながらも自分らしい絵を模索していく。上の数少ない絵はこうして生まれたものなのです。北斎の絵にかなり彼女の手が入っているものもあるという。
まるで現代の女性のようで共感が得られる。強い女性だった。

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NHKの「グレートネイチャー」は行ったことがなく、取材班しか行かれない世界の絶景を紹介している。
今回はカナダの北極圏の大きな島・バフィン島の奥、行くのに数日もかかる絶景が紹介された。1000mの高さの頂上が真っ平らの岩山に痺れました。
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あんな寒い所にも一瞬お花畑が出現する。これはまるで日本アルプスの夏のようです。
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2016年9月 5日 (月)

中野京子氏の講演『プラド美術館の名画にみるスペイン王室』

ドイツ文学者であり、『怖い絵』シリーズや『名画の謎』シリーズなど絵画に関する著書の多い中野京子氏の講演『プラド美術館の名画にみるスペイン王室』を聴いてきました。
12枚の有名なベラスケスやゴヤらの絵を見ながら、スペイン・ハプスブルク朝の人々の秘話を伺った。

本で読んでいたので凡そは記憶していたが、例のハプスブルク家の近親婚の数値がどうやって出されるかは帰って調べたみたけれどもわかりませんでした。
他人同士では0、親子やきょうだいの結婚でできた子供の数値は0.25なのだそうです。
ですが親子、きょうだい結婚よりもっと血が濃くなってしまった数値、0.254があるのです。カルロス2世です。写真はwikiより拝借。
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スペイン・ハプスブルク
フェリペ1世(カスティーリャ王、フアナと共同統治:1504年 - 1506年)
               ↓
1、カルロス1世(1516年 - 1556年) 
2、フェリペ2世(1556年 - 1598年) 伯父・姪結婚
3、フェリペ3世(1598年 - 1621年) 母の従妹と結婚
4、フェリペ4世(1621年 - 1665年) 伯父・姪結婚
5、カルロス2世(1665年 - 1700年)

カルロス1世が1500年生まれでカルロス2世が1700年に亡くなったのでちょうど200年で血が絶えたというわけである。このあとブルボンがスペイ王朝に入る。

・フェリペ1世はフィリップ美男公と言われ、フアナは熱愛していた夫が28歳で亡くなってから、その棺を持って半年以上も国内を彷徨っていた、その「狂女フアナ」の絵がまず紹介された。

・フェリペ2世の跡継ぎを残した4番目の妻アンナの父である神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世はフェリペ2世と同年生まれの従弟であった。さらに彼女の母マリアはフェリペ2世の妹であるという関係から、2人は伯父と姪の結婚。

・フェリペ4世の、オーストリア・ハプスブルクに嫁いだ妹が生んだマリアナは、フェリペ4世の息子バルタサール・カルロスの婚約者であったが、彼が早世したためその父フェリペ4世の2番目の妻となった。故に伯父と姪の結婚になる。ハンサムなバルタサールが亡くなってしまい、30歳も年が違う伯父との結婚で描かれた絵の顔は面白くない顔をしていると言われる。そりゃそうでしょう。子供は5人いたが一人がベラスケスが何枚も描いた「マルガリータ」で、父方の従兄・母方の叔父にあたるレオポルト1世と結婚し、夫妻の間に生まれた4人中3人の子が1歳未満で夭折した、自身も22歳の若さで亡くなる。マルガリータの弟がカルロス2世。
           ベラスケス「ラス・メニーナス」の中のマルガリータ210x240
・カルロス2世 癲癇、知的障害などいくつもの病気を抱え、精神障害も起したが、それでも39歳まで生き、家は断絶した。オーストリアの方も近親婚がこの頃多かったが大丈夫だった。

何故これほどまで近親結婚をしたか。
・地位や財産の一族外への散逸を防ぐため。
・厳格なカトリック政策で、プロテスタントや正教会の王侯との結婚ができない。ヨーロッパの王侯は次々とプロテスタントに改宗していた。
・ヨーロッパ屈指の名門であり、家格の低い諸侯との結婚ができない。

ヨーロッパ各国の王室のいろいろな話を読むと、殺し殺されという残虐な話、処刑される話、愉快な話、威張っている王様王妃の話などいろいろだが、太陽が沈まぬ国の何だか笑えない悲劇の一面を持ち併せていて、暫くいろいろな絵がちらちらとしていました。

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2016年9月 1日 (木)

見沼通船掘

700x539治水に関しては遠くはナイル川(治水しないで洪水させて肥沃な土地にしたようだ)や日本では江戸時代頃のたとえば、木曽川・揖斐川・長良川の困難な事業を今まで聞いてきました。
埼玉県の「見沼たんぼ」と言えば、人と自然(多くの植物、昆虫、野鳥)が共生するところとして有名です。

昨日8/31はたんぼは見られなかったがたんぼが出来た一環の見沼通船掘見学とその歴史を聞いてきました。
東浦和の駅で降りたこの地は地図で確認すると大きな見沼の一番南側の端に位置します。

大昔海の底であったこの地が、縄文時代に海が後退し、江戸湾と分離して無数の沼・湿地であったそうな。
江戸初期から荒川と利根川がくっついていて江戸湾に流れ込んでいたのを利根川は東遷させ銚子へ、荒川は西遷させたが、下流域の洪水が減ったものの農業用水が足りなくなった。
そこで小さい2つの川の最も狭い部分をせき止めて見沼溜井を造った。
吉宗時代この溜井に田んぼを作ってコメの増産を図ろうして、干拓が行われ、農業用水確保として、利根川から約60kmに渡って用水が引かれ、 見沼たんぼの 西縁( にしべり)と 東縁 (ひがしべり) の台地に沿って水路が掘削され、農業用水が供給されました。これが 見沼代用水です。

見沼通船掘は、農業用水として利用されただけでなく、この地域の村々の米や産物を江戸に運び、江戸から物資を輸送するため、東西の見沼代用水路(農業用水路)と芝川(排水路)を繋いだ運河。高低差が3mあるので、東西とも2ヵ所ずつの閘門式運河を採用。これはパナマ運河より180年も早く採用されたものでわが国でも最も古い部類に相当する。パナマやスエズ運河は見ていないけれども、スコットランドやポーランドで見、また実際に潮来で乗って体験したので、こんなことがあんな昔に考えられて使われていることに今更ながら感心したり、治水潅漑で何の苦労もなく美味しいご飯を食べているのも、昔の人々の努力の上に今の農業を背負っている人の力のおかげだと感謝して食べます。
今は使われなくなっているが、国指定史跡で、土木技術と産業発達を知る上で貴重とされている。

      地図の見沼通船掘公園・・市民の力で竹林公園が整備されている700x467_460x307
二股に分かれたアオギリは子供が増えると言って植えられたと家の人が言っていた307x460
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       見沼干拓によってこの地に住み着いた人々が勧請した稲荷社460x307_2
   鈴木家住宅の一部 鈴木家住宅は見沼通船の船割業務を担っていた役宅460x307_3
             当時の艜(ひらた)船が保存されていた460x278
  地図にある水神社 河川輸送に携わる人たちが水難防止を祈願して祀ったもの307x460_2
                        閘門307x460_3
←通船の仕組700x467_2

                 猫を見かけるのは久しぶり400x267
       木曽路の富士塚 この富士塚には何合目という表示はなかった460x307_4
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             昼食 デザートは大豆のムースの抹茶でした460x307_6
大間木氷川神社 武蔵国一宮の旧本殿と考えられる貴重な遺構(1667年)。場所は地図参照460x307_7
大きなサルノコシカケ  サルノコシカケ科・コフキサルノコシカケ(オオミノコフキタケ)と教えていただきました。shikamasonjinさま、ありがとうございました。460x307_8
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見性院の墓(清泰寺)大間木神社のそばにある。
見性院は武田信玄の娘で、穴山梅雪の妻になり、梅雪死後は徳川家康の庇護を受けた。秀忠の第4子として生まれた幸松丸・後の会津23万石の祖となり、兄家光を助け幕政に参画した保科正之の養母となって育てた人である。この地は見性院の采地だったのでここにお墓がある。
          門とお墓 入れなかったのでどれかがわからなかった。460x307_10
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                    ミソハギの畑460x307
   クサギの花 花は良い匂いがすると聞いていたが、その通り、良い香りがした。460x307_2
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10人の見学者に4人の男女2名ずつのボランティアガイドさんが付いてくださって、オカリナを吹いて富士塚で富士山の歌を歌ったり、「見沼通船掘舟唄」を聞かせてくださったり、家で取れたというミニトマトや漬けたばかりの小梅をご馳走してくださったり、郷土に愛着を持った方たちに感動しました。

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2016年8月29日 (月)

ヘブライ語(ユダヤ)と日本語の類似性

雑大で、元外交官、元衆議院議員の末松義規氏の『アメリカの行動原理を探る』という講義を聞きました。

世界を牽引するアメリカそのものの行動原理。それは
自由主義、民主主義を主要テーゼとして掲げ、世界最強の軍隊を持ち、これを外交道具として、伝統的ヒエラルキーを破壊していった。つまり言うことを聞かない国々や伝統社会、旧世界の破壊者としての役割を演じてきた。
「パックス・ロマーナ」ならぬ「パックス・アメリカーナ」の下、アメリカの正義を貫いてきたが反米主義が出現し、その対応やら様々なダブルスタンダードが見られる。
誰がアメリカを牛耳っているか?① 米国民の70%の富を1%の人が握る ② 巨大な軍産複合体構造 ③ イスラエルびいきにさせる大存在 とのこと。
アメリカの衰退する時期もなくはない。日本の対米外交もアメリカの属国化が進むかもしれないなど、アメリカの行動から考えていく必要がある。

イスラエルの話から、日ユ同祖の話に驚き、更に次のような紋や彫刻は本当か!とさらにびっくり。レジメから写真を撮りました。
●イスラエルの嘆きの壁やヘロデ門に日本天皇家の十六弁菊花紋がある。
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●伊勢神宮の灯篭の上には十六弁菊花紋、下にはダビデの星(ユダヤ王の紋章・六芒星)が刻まれていて、日ユ同祖の証拠として良く取り上げられるそうだ。
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そして「ヘブライ語と日本語の類似」です。ポルトガル語が日本語になっている(金平糖、ビスケット、ボタン、カステラ、合羽など)は聞いてはいましたが、これは類似で、ニュアンスが違います。

カク=書く
トル=取る
スム=住む
バレル=明らかになる
ダベル=おしゃべり
コオル=凍る
カサ=傘
クモツ=捧げ物
ミツ=蜜
ナク=泣く
シャムショ=社務所

ハッケ ヨイ ノコッタ=ハッケ(撃て)ヨイ(やっつけろ)ノコッタ(打ち破れ)
ジャンケンポン=ジャン(隠して)ケン(準備)ポン(来い)
アリ・ガト(幸運です)=アリガトウ
ヤッホー!(神様)=ヤッホー
ヨイショ(神が助けてくださる=ヨイショ
ワッショイ!(神が来た)=ワッショイ
ヤーレンソーラン=神が答えてくださった。見てください。 等々。

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2016年8月25日 (木)

すみだ水族館

460x307夏は水族館、今年はスカイツリーの所のすみだ水族館に行きましたが、結構混み合っていました。他の水族館とは違った企画があって楽しめました。

目玉はやっぱりペンギンです。ユーモラスなたくさんのチンアナゴ、その他今回は「お江戸の金魚ワンダーランド」でいろいろな金魚を見ることが出来、またサンゴの餌やりもじっくり拝見できました。

「命のゆりかご」としての水草とサンゴについて説明されているのが印象的な水族館でもありました。
水辺に生息する動物にとって格好の隠れ家や産卵場所になる水草やサンゴ。
その水草にも4種類(抽水、浮遊、沈水、浮葉)もあるそうだ。

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クラゲはどこの水族館にもいます。
  お馴染みのミズクラゲ            タコクラゲ
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                    ギヤマンクラゲ460x307_5
              エクレアナマコ(エクレアに形がそっくり)10_460x307
    ハナミノカサゴ               コンゴウフグ
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                 「命のゆりかご」のサンゴ460x307_6
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                 キイロベラなどがいるサンゴ460x307_9
キノコの形をしたサンゴの餌やりを見ることが出来ました。
      ウミキノコ              クサビライシ
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          飼育員さんがスポイドで動物プランクトンを吹きかけます460x307_12
ウミキノコがプランクトンを捕獲しようと開いています。1個でお腹がいっぱいになるそうだ。光りが有れば、数日あげなくても大丈夫だとのこと。460x307_13
大水槽にはサメやマンタやいろいろな魚が遊泳している中に「オジサン」という名のタイに似た魚がいるのですが、見つけられませんでした。460x307_14
チンアナゴとニシキアナゴ 
姿態が面白くて、見ていて飽きない。以前見た時は最初嫌いな蛇に似ていて気持ち悪いと思ったのに。
体長が40㎝もあり、頭部を外に出して潮の流れに乗ってくる動物プランクトンを捕食している。体の下部は常時砂に入っていて、敵が近づくと穴に引っ込めて隠れるという。喧嘩しているのもいたし、長く出しているのやちょっとしか出していないのやいろいろです。460x307_15
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ヘコアユ
頭を下に向けた独特の姿勢で泳いでいてこれも面白い!日本では相模湾以南で見かけられるそうだ。446x460
                  トウキョウサンショウウオ460x307_17
    オットセイ これだけが終始眠そうでこれ以外は全員泳ぎ回っていました460x307_18
                   フンボルトペンギン460x307_19
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ペンギンと水中花火のプロジェクションマッピングが一日に4回も行われるようです。時間が合わなくて残念。600x299_3
最後は「お江戸の金魚ワンダーランド」です。目黒雅叙園「和のあかり×百段階段展」とのコラボレーションだそうです。
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     ワキン                  リュウキン
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     シュプンキン               アズマニシキ
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                     黒のデメキン460x307_29

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           台風の大雨で隅田川の水が茶色く濁っていました460x307_30

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