2018年9月20日 (木)

東欧5ヶ国ドナウ川クルーズ(最終回)

<10日目> 8/28(火)晴、13~28度 オシエク(クロアチア)

船は夜半にクロアチアに入り、早朝ヴコヴァルに到着し、ドナウ川の支流ドラヴァ川岸のオシエクにバスで向かう。
クロアチアはお臍から下の両足を模したような面白い形の国であるが、アドリア海に面したザダル、シベニク、スプリット、ドブロブニクのあるダルマティア地方と北にある首都ザグレブが有名ですが、今回は向かって右側(スラヴォニア地方)の短足の足底の中心のオシエク見学です。

歴史的には1526年にオスマン帝国軍に破壊、略奪された。1687年、今度はハプスブルク帝国領下に。バロック様式の建築物が立ち並び、ウィーンやブダペストの影響を受けて文化が花開く。1991年から1995年のクロアチア独立戦争ではここでもたくさんの命が奪われた。宗教はローマカトリックが86.3%

                                     クロアチア・ヴコヴァルで 
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オシエクは全て要塞になっていて、オスマントルコを防衛するために五稜郭のように設計された。模型。しかし破壊されてしまったので今は一部の城壁のみ残る。
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                                          内戦による壁の弾痕
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クロアチアの猫(岩合さんの世界猫歩きで隣国のボスニア・ヘルツェゴビナの猫を紹介していたので見入ってしまった)
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     フランシスコ修道院(17世紀)ハンガリーから流れてきたマリア様を祀っている1871_450x300
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                  中央広場の三位一体像(1792年建造、ペスト終焉記念像)
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真ん中の町から上の町へ
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聖ペテロ・パウロ教会 1892年着工、1900年完成のレンガ造りネオゴシック様式。
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                                              街の風景
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昼食は船内で。サーモンサラダ、ポークロイン、チーズ、パイナップル
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午後はシェスタ。16:30ハンガリーのモハーチ到着。シェンゲンエリアに入る入国審査が行われた。

船内最後の夕食 ハンガリーに入ったのでハンガリーの国旗が飾られ、給仕をしてくださる方もハンガリーの民族衣装。ダイニングルームの模様替えや衣装替え、そして誕生日の祝いをされた人が今まで数回あった。ピックサラミ、ハンガリーグヤーシュ、クレープ。
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船には8日間(3日目夕方から11日目朝まで)で朝食8回昼食5回夕食8回も御馳走になり、お世話になりました。添乗員さんも船内放送を日本語に通訳して大活躍でした。

<11・12日目> 8/29・30(水・木)晴、29度 ブダペスト(ハンガリー)~日本へ

                                     5:55 月が川面に映っていた 
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川の水が少ないためにブダペストに着けず、途中のハンガリーのカロチャに早朝に到着。7:30に船とお別れ。ありがとう、ヴィヴァルディ号。
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バスで首都ブダペストに向かうが朝のラッシュで交通渋滞で大混雑。11時頃本来着くべきブダペストの船着き場に到着後、主な所のみ、バスで市内観光。この街には縁があって3回目。ずっと人が少なくて静かな街を巡っていたので何と観光客の多いことと、久しぶりに大都会に入ったという感じだった。
ハンガリーも歴史的にはいろいろあるが、1000年にハンガリーの英雄イシュトバーン1世によって建国された王国が1918年まで続いたということだ。文化、音楽、芸術などは割愛して、人口と宗教だけを。人口は約1000万人。宗教はカトリックが約68%、プロテスタント約25%。

・ブダ側
                                                  王宮
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漁夫の砦(1896年建造の白い石像のとんがり屋根を7つ持ち漁業組合が守っていた)と教会
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                                                漁夫の砦
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                                漁夫の砦よりドナウ川とペスト側
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                                   国会議事堂(夜がきれい)
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チャーマーシュ教会 1255年のゴシック様式建築で歴代王の戴冠式が行われた。屋根はジョルナイ陶器で出来ている。塔の高さは88m。黒いマリア様を見る。
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・ペスト側
聖イシュトバーン大聖堂 1851年から約50年かけて完成。ドームの高さは96m。第1代の王の名前が付いた教会。
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良く見えなかったがイシュトバーンの聖なる右手や主祭壇のイシュトバーン像などを見る。
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昼食のレストランで生演奏を聴きながら グヤーシュスープ、チキンパプリカ、クレープ
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ブダペスト空港17:30発でカタールを経て12日目の30日18:30に成田に到着した。
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船に乗ってからは一日中観光したのは2日間だけ。あとは殆ど半日観光で、残りはシェスタということでゆったりとした旅行でした。美しき青きドナウ、飛び交う鳥、緑豊かな平野、静かな古都、そこに残る弾痕。まだまだ旅行にも行けない貧しい人々がいるというが、それを感じさせないきれいな町や村の佇まい。ことに内戦などで傷ついたバルカン諸国、今回はセルビアとクロアチアの一部しか見られなかったけれど、住んでいる周りの景観を決して乱さない徹底ぶりは全ヨーロッパに共通の事といえましょう。何事もないように見える欧州も今年は暑かったとのこと、また雨が少なく川の水が少なく大きな船が就航できないということがあるとは考えもしませんでした。日本は地震と台風、ゲリラ豪雨と災害にずっと見舞われっぱなし。大変な人が多い中、こうして遊んで申し訳ないとも思ったことでした。

ぼーっと見ていただけの旅行記を、長いこと読んでいただきありがとうございました。

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2018年9月17日 (月)

東欧5ヶ国ドナウ川クルーズ(5)


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<8日目> 8/26(日)晴、16~25度 終日航海日

左舷からブルガリアからセルビアの国境が見え、ドナウ川はセルビアと右舷ルーマニアの国境を行き鉄門峡(アイアン・ゲート)を通る。アイアンゲートはドナウ川最大の景勝地で川幅が100~150mまで狭まり、水深は50mまで深まり、ドナウ一の渓谷美が約130㎞続く。そして1994~2004年にかけて熱狂的な登山家グループによって彫られたダキア王のデケパルス(在位87~106)の彫刻があるのでしたが・・・・・

                                   7:50分頃 立派な橋をくぐる。
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11:15分頃 左舷にブルガリアとセルビアの国境が見えた。国境には川が流れているとのこと。
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   昼食 パテのパイ包み、サーモンステーキとロブスターパスタ、ティラミス
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            13:30鉄門の第2閘門手前の橋が見えてきた
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         閘門の横。 船の後部から閘門が閉まるのを見忘れた。
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閘門の前側 船を固定し、閘門が開けられ水がドンドン入ってくる。水位が同じ高さになったら船を進める。
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            18:47頃、第一閘門に入る。ここは2段上がる。
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             19:00頃、振り返ると閘門入口が閉まる。
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                  19:30 第2段目が見える
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鉄門に入ったのは21:30頃になってしまっていた。第2閘門に入ってから3時間も経っていて、もう真っ暗。船からライトアップしたが鉄門峡もダキア像王も見られなかったのがとても残念なことでした。
20:30にガラ・ディナーが始まる。 フォグラ、子牛肉、チーズ、ベイクドアラスカ(デザートのみ、鉄門を見終わってからとなる)
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21:30頃、ディナーの途中から甲板に出てまずトラヤヌス記念碑(セルビア側)を見る。AD100年頃ローマ帝国の軍団道路が通った記念碑。
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五賢帝の一人トラヤヌス帝(在位98~117)は101年と106年にダキア戦争を起し勝利。それからダキアはローマの属国になり、ローマ人を植民した(ダキアに金があったから)。ローマ人の言語たるラテン語がこの地の言語になり、混血してルーマニア人の祖先になった。ルーマニアの由来はローマ。
元々トラキア人の一派ダキア人がBC1000年頃ドナウ川の北側に独立国家を建設した。南側のブルガリアに住んだのがトラキア人であった。

ダキア王・デケバルスこそダキア戦争でトラヤヌスに敗れて最後は殺されてしまった王だ。高さ40mあるそうで白昼見たら圧倒されたでしょう。絵葉書を買って見たらこんな様子です。ヨーロッパ最大の大きさ。
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          5分後マラコア教会(ルーマニア側)が浮かび上がった
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<9日目> 8/27(月)曇 15~25度 ベオグラード(首都)、ノヴィ・サド(ドナウ川沿いの第2の都市)(セルビア)

セルビアは旧ユーゴスラビア連合のチトーが亡くなって後、いろいろ紛争を経て、2006年モンテネグロ独立により、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6共和国が誕生し、ユーゴスラビア連邦は完全に解体した。なお、アルバニアは独自の道を歩む国で同じバルカン半島にありながら別である。コソボは100ヶ国に承認されている。

           今日は珍しく曇の予想。川霧がたちこめていた。
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10時にベオグラードに到着した(丸2日間船内で過ごしたが不思議、退屈はしなかった)。11時から昼食。ガーデンサラダ、フィレミニオン(写真撮り忘れ果してどんなお料理だったか?)、メレンゲのお菓子
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●ベオグラード観光 セルビアは、今回訪れた5ヶ国では初めての国で、2つの都市を観光するだけだけど、楽しみにしていました。
・カメラグダン公園と城壁
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ベオグラードでサヴァ川がドナウ川に合流している。手前がサヴァ川、向こうがドナウ川
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                      サヴァ川
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・聖サヴァ聖堂(セルビア正教会)1935年から建設始まるが寄付で建設のため未完成。世界最大級。但し主教座聖堂でなく聖ミハエル大聖堂が主教座である。
外側はギリシャ大理石、内部はカララ大理石、地下には24金の金箔が使われている。
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・隣のチトーが建てた小さなセルビア教会の中
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・クルセドの僧院 郊外ヴォイヴォヴィナ地方・フルシュカゴラに16世紀にオスマントルコから逃げてきたコソボのキリスト教徒たちが40以上の修道院を造る。現在16のみ。
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・ドナウ沿いのホテルで発泡酒とデザートでリフレッシュメント
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●ノヴィ・サド観光 セルビア北部ヴォイブォヴィナ地方の中心地で、セルビア第2の都市。ドナウ川の寄港地。
日も暮れ、夜の街を観光。
                     カフェ通り
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                  図書館とセルビア教会
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可愛い男の子が握手して、なかなか手を離してくれなかった。嬉しいおばあさんであった。
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                     大司祭宮殿
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                    カトリック教会
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                        市庁舎
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               フランツ・ヨーゼフが宿泊したホテル
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ノヴィ・サドの船着場より帰船。夕食、キルシュ、鴨胸肉、ピーチメルバ。船の食事のデザートは日本もののようにあまり甘くなかったのがありがたい。
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2018年9月13日 (木)

東欧5ヶ国ドナウ川クルーズ(4)

<6日目> 8/24(金)晴 15~30度 ヴェリコ・タルノヴォとアルバナシ村(ブルガリア)

昨日乗船したルセのかなり手前から、ドナウ川は右手にルーマニア、左手にブルガリアの境界を流れている。昨日バスで国境を渡るときにパスポートコントロールがあってかなり時間がかかった。この後、セルビア、クロアチアはなし。ハンガリーのモハーチでは船中でパスポートコントロールを受ける。

ブルガリアは以前はバラ祭りの季節に行き、岩窟教会やカザンラクでは香水の香りを楽しみ、ヴェリコ・タルノヴォや首都ソフィア、リラの僧院を訪問した。
BC2000年にはトラキア人が住んでいたがローマ帝国に併合され、6世紀にはスラブ人が定住完了。2世紀にアジアから来た先住ブルガール人と融合してブルガリア人(80%)となり、トルコ人(9.7%)の構成になっている。
歴史的には1393年から約500年もオスマンの支配下にあったが、1879年第3次ブルガリア王国建国。1909年独立するもソ連の支配下にあり、1990年に共和国として民主化が進む。
宗教はブルガリア正教86.6%、イスラム教4.6%だ。人口約732万人.
地理的にはドナウ川からバルカン山脈までは平原地帯で農業(大麦、小麦、ひまわり、とうもろこしなど)が盛ん。中央にバルカン山脈があり、首都ソフィアは山の反対側にある。

・ヴェリコ・タルノヴォ
ヴェリコ・タルノヴォは1187年にビザンチン帝国を打ち破って建国された第2ブルガリア王国の首都であったところ。

                                              途中の景色
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夫が2012年に行ったときはこの町の近辺出身の琴欧州が活躍していた時で、ツアーで琴欧州の実家を訪ね、お父さんの大きな手と握手をしてきたと言っていた。
この旅では3回あったのですが、バスを下りたらホテルにリフレシュメントと称してお茶やワインとお菓子の出る時間がセットされていたのに驚く。

                                           旧市街に到着
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まず王宮の丘へ。王城はオスマントルコにすべて破壊され城壁だけが残っているが、教会が再建されてアート博物館となっている。
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                                          教会と教会の中
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旧市街に戻り職人街へ。この町は昔から手工芸技術が発展していて、今も受け継がれている。陶器、皮革、銀細工、木彫、イコンなどの制作工房が軒を連ねている。
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・アルバナシ村
オスマントルコ時代の迫害を逃れ、税金を納めないですんで、多くの商人が商売・貿易で儲けて豊かだった村。
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まず昼食:サラダ、チキンの煮込み、バクラバ。ここでボリャルカビール(1892年創業のブルガリアでは古いビール)を飲む。暑かったので美味しくいただく。
バクラバ(パイ生地のような中にナッツ類を挟んで焼いた中央アジアから地中海までにあるペイストリー)とビール
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[コンスタンツァリエフ] オスマン時代の商人の館 トルコ風で、トイレについてはどう使ったのか?子供がさらわれないようにということで全員一緒に寝ていたそうだ。
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                   トイレ、使い方が難しい118_450x300
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[キリスト生誕教会] 普通の家のような教会で入口以外は撮影禁止。16~17世紀のフレスコ画が壁面いっぱいに描かれる。男性と女性の礼拝部屋が別々で部屋がいくつか別れ、天井も低く今まで見たことのない教会だった。
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夕食 パルマハムのパスタ、鹿肉のステーキ、メレンゲカスタード
鹿肉は軟らかくって美味しい。その時19:46に夕日が沈みかけたのが席から見えた。
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           食後のブルガリアフォルクローレショーのダンサー
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<7日目>8/25(土)晴 17~33度 ルセとバサルヴォヴォ岩窟修道院(ブルガリア)

・まだルセに停泊しています。ルセはドナウ川大河港都市でブルガリアでは5番目に大きな町で食品加工、衣料品、化学工場が集中。ルーマニアのジョルジュとはドナウをまたぐ「友情の橋」(1954)で結ばれ鉄道と道路が通じている。

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三位一体教会(ルセの大聖堂、ブルガリア正教会)12世紀に建てられたが、1632年に立て直された。
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           ブルガリアの猫 ルーマニアの猫に劣らず可愛い
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ステイトオペラ劇場 州立なのでとても安く観劇できるとか。日本の地方歌舞伎とも違うし、日本では高価でオペラやコンサート、観劇、歌舞伎などなかなか敷居が高い。
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                     自由広場
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                      ルセ劇場
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・バサルヴォヴォ岩窟修道院 11世紀からあった聖デミトリウスに捧げられた修道院。
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再びルセへ
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            このお店でワインとパイのリフレッシュタイム
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       正午に部屋に戻る。部屋が左舷なのでルセの町が見えた。
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昼食 アルザス風シュークルート、チーズ、レモンパイ。
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                   午後はシェスタ
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夕食 トマトとモツァレラサラダ、ローストチキンとクロケッタ、スペキュラース。
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                夜はクルーによるショーを楽しむ
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2018年9月10日 (月)

東欧5ヶ国ドナウ川クルーズ(3)

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<4日目> 8/22(水) ドナウデルタクルーズ 昨日も今日も晴

ドナウ川は河口付近になると3本に分かれる。ドナウデルタは東京都の約2倍の面積があり、そのうち82%がルーマニア、あとがウクライナ。1991年にユネスコの世界遺産に登録されラムサール保護地域になっている。
トゥルチャで別の船に乗り換えて、河口の真ん中の川、スリナを下って行ったが、水位が2~2.5m下がっているということで座礁しないように進むのも大変で、黒海に出られず、途中で引き返してきた。コンスタンツァで黒海を見ておいてよかった。

         トゥルチャでヴィヴァルディ号を、乗り換えた船から見る
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ドナウデルタ 300種類以上の鳥の聖域であるこの湿地は世界最大の葦の原で、ヨーロッパに最後に遺された未開の自然の一つということだ。40%以上が鵜で、モモイロペリカン(双眼鏡で見てもよく見えず、先日サンシャインの水族館で良く見てきたのでよしとする)、シラサギ、ヘラサギ、カモメ、ホワイトイーグルなどが見られらた。53_450x300_2
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あまり見えなかったけれど、デルタには小さな村がいくつか点在しているが、18世紀に祖国ロシアの宗教迫害を逃れ、この地に隠れ住んだ人々の子孫の村だ。漁業をしている人を見かける。
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昼食(船内)黒い森ハム、タラのフライトリゾット、チーズ、シャーベット 
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午後は休息していたら19時にもう夕食 ガーデンサラダ、ダックコンフェ、アイスヌガー
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<5日目> 8/23(木)晴 17~32度 ブカレスト

朝日(日の出は6:25)6:31 6:34撮影
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チチウで下船して、バスでブカレストへ。ルーマニアの首都で「小さなパリ」と呼ばれる。ルーマニアはスラヴ系のバルカンの中で唯一ラテン系である。

・農村博物館 1936年にオープンしたヨーロッパ最古の野外博物館でルーマニアの各地から集めた18~19世紀の297棟の農家や教会、水車、風車、井戸などが展示されている。
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・共産党本部 チャウシェスクが演説し、この屋上からヘリコプターで逃げ、その後殺された。昼食はヌードルスープとチキンの煮込みとチョコレートケーキ。
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・国民の館 総大理石、地下4階、地上10階でペンタゴンに次ぐ世界第2位の大きさ。部屋は約3000。世界で一番お金がかかっている建物で電気代だけでも莫大だそうだ。
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・ルーマニア正教カテドラル(大主教座聖堂)外側のモザイクやフレスコ画もきれいなら、聖堂内のフレスコ画や金のイコノスタシスも立派で、撮影可能で、あとでじっくりこうして見ることができ息を飲むような美しさに感動する。
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      バスからヴィヴァルディ号が見え、バスがルセに着くと待っていた。
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夕食 ブルガリア風サラダ、ブルガリア風ケバブ、チョコレートケーキ
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2018年9月 5日 (水)

東欧5ヶ国ドナウ川クルーズ(2)

<3日目> 8/21(火)コンスタンツァ市内観光とワイン畑見学・ワインセラー試飲。夕方ヴィヴァルディ号に乗船。

黒海に望むルーマニアの主要港・コンスタンツァは人口約28万人、ドブロジャ地方の中心地。紀元前7世紀にギリシャ人の植民地として建設された。
街は4世紀ローマ皇帝コンスタンチヌス1世によって大幅に改造されコンスタンツァと改称されたと言われる。
バスで旧市街まで行き徒歩観光する。

                大きなバロック様式の石棺にも見える建物がカジノである
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カルロス1世モスク ルーマニア国王がトルコ人のために建てたモスク。ドブロジャ地方のイスラム教徒はトルコ人が多い。
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1909年建造で高さ40m、140段の階段の上からの景色。黒海も見え、街も建物でびっしり。
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             考古学博物館 ローマ時代の城壁やモザイク画が残っている
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                                              博物館の中
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                                             ルーマニアの猫
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                                                通りの様子
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聖ペテロパウロ教会(コンスタンツァ大聖堂)現在の教会は19世紀のもの。教会内はフレスコ画でいっぱい。
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昼食は、田舎風スープ、ルーマニア風ミートローフ、チョコレートケーキ

午後バスでムルファトラール葡萄畑に到着。200haあるそうだ。

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                  現在収穫中のシャルドネ
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                カベルネソービニヨン(10月に収穫)
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                   食べる葡萄ビクトリア
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コジャマ村のワインセラーにお邪魔し4種類のワインと大きなスチールに入ったのを試飲させていただく。村のお母さんたちが作ったチーズと長ネギのパイもいただく。
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国の三分の一ずつが平野、丘陵、山岳だそうで、ブカレストから黒海までは平野が多く、収穫が終わった麦やとうもろこし、枯れてしまったひまわり畑が続く中に、風車がずっと続いている。電力が不足してかなり風力にたよっているとのこと。
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また驚いたことに中国人がこれらの畑を買い占めているのだそうだ。日本でも北海道がそのようだと言いう話を聞いたことがあるし、対馬が韓国人にという話も聞いている。
まさか東欧にまでとは。

                      貨車が通る
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ヴィヴァルディ号に乗船 
フランス籍、長さ110m、幅11.4m、1985t、時速max25㎞、喫水1.6m。日本人19人、欧米人135人。
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                      ラウンジ
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マイルーム・キャビン(ミドルデッキ)。ローワーデッキはとても安いけど景色は水面すれすれとか。アッパーデッキは1万円高いけどとても暑く、屋上のデッキの音が響くとかで2階でよかった。ラウンジも食堂も玄関も近いし。
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                      船員紹介
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              ドナウ川 20時は日が沈んだ後
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この日からの船内食は昼がある場合も夜もフランス料理。ビンテージ以外はビール、ワインその他清涼飲料水、水は全部タダ。ワインを数本あける人もいた。部屋で飲む水や外に出るときの水は何時でもボトルごと頂ける。またラウンジでくつろぐときのお酒も何杯でも頂ける。
一人の奥さんだけ全く飲めず、次にグラスワイン1杯しか飲めない夫、その次がグラスワイン2杯までの私(以前ミュンヘンでビール500ml飲んでいい気持ちになってしまったことを思い出した)。他の方の飲みっぷりにこういう飲み物に一切お金を払わない方式の船は最高。
又毎日のようにあるアトラクションで楽しめるようになっている。本日は民族ダンスショー。殆どのアトラクションに参加せず部屋でぐだぐだしていた。

夕食:パテ、チキンとパスタ
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チェリーパイ 4枚目は醤油(日本人のテーブルに何時も置かれている)。又朝食では日本人テーブルにだけトマトやキュウリが置かれていた。おかゆもあったのである日美味しくいただいた。
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2018年9月 2日 (日)

東欧5ヶ国ドナウ川クルーズ(1)

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8月19日から30日まで黒海ドナウデルタからブタペスト付近までフランス船「MS.ブィヴァルディ号」で遡って行きました。
今年はヨーロッパの水源地なども雨が少なくて、通行のできない船も多く、デルタ地帯に行かれなかったのと最後のブタペストに辿りつけなくて手前で下船となったしまったのが残念でした。

ドイツの黒い森に端を発し、一方はライン川へ、もう一方は10か国2850㎞を通って黒海に注ぐ大河ドナウ。ドイツ、オーストリア、ハンガリー、スロバキア、クロアチア、セルビア、ブルガリア、ルーマニア、モルドバ、ウクライナ。そのうちルーマニアからハンガリーまで旅する。
ドナウ川沿いの国々は、古代ローマ帝国、ビザンチン、オスマントルコの侵略を次々と受けた。そしてまだくすぶるコソボ紛争が影を落としている。

宗教的には1054年に西方教会(カトリック、後にプロテスタントもできる)と東方正教会に分かれた。ロシア正教会、ギリシャ正教会、ルーマニア正教会など15~18の自立教会からなっている。バルカン、中東、ロシアなどにある。というわけで今回は東方正教会の内部を多く見学できた。

<1日目> 8/19(日)18名参加(7組の夫婦と両親と娘一組、女性の一人参加一人)で、成田22:00発、6時間時差(夏時間なし)のあるカタールのドーハに2:42に到着。11時間近く乗っていた。

<2日目> 8/20(月) カタール・ドーハ~ルーマニア・コンスタンツァ
ドーハで4時間余りのトランジット
ドーハ空港のシンボル、ランプベアー。広くきれいで真夜中に店は開いているし、掃除をして働いている人の数も半端でなく、きれいで昼間のようでシンガポール空港より凄いかもしれない。

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             カタール航空のマークはオリックスだそうだ
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6:50ドーハから、同じく時差6時間(夏時間)のルーマニア・ブカレストに11:55に到着で5時間近くかかった。
                 カタールの上空から
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飛行ルート8_450x300
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アラビア海を通り、イラン、トルコ、黒海上空を飛んで行くとドナウ川の蛇行が見えた。
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                 空から黒海の沿岸が見えた
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ブカレストをバスからの観光はしたけどももう1回クルーズで来るので省略。旧市街の大変混み合っている1878年創業の老舗ビアホールにて昼食するも、フォアグラ状態でほとんど食べられず。(ルーマニア料理の野菜のペースト、ロールキャベツとポレンタ、チョコレートケーキ)
「バイオリン奏者が滝廉太郎「花」と「桜」を私たちのために奏でてくれたのが身に沁みた。
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夜は黒海のルーマニアのリゾート地「コンスタンツァ」に宿泊。野菜スープとポークステーキ・温野菜、メンバーのお誕生日ケーキ。東欧や中欧やロシア方面は美味しいスープが出るので嬉しい。

<3日目>の朝の散歩、8時半頃
黒海を見るためにホテルの近くの海に散歩に出かけた。
咲いている雑草はこの3種と、そして小さな花の4,5種類、これだけがずっとドナウを遡っていった先まであったのみで花の種類の少なさに驚いた。樹は、木槿、柳、菩提樹、トチノキ、ニセアカシアの他たくさんの種類が見られた。
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まだ8時半というのに人々が海辺で楽しんでいます。缶や瓶に入った黒どろを塗って肌をすべすべにするとか。
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とても費用の高い避暑地で地元の人は別の安い所にいくとか。
黒海は特に黒いというわけではないが、明るい青ともいえない海の色。名前の由来には諸説あるが、昔から暴風を伴う嵐が頻発し恐れられていたことから付けられた。また水の入れ替わりが少ないので、深いところでは慢性的に酸素不足になり、生物が棲めない硫化水素の層があり、そこは鉄分と反応して黒くなっている、とも言われている。
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2018年8月13日 (月)

強制収容所症候群

先日又杉原千畝氏の番組をテレビで見て、3年前の6月に行ったリトアニアのカナウスの領事館の執務室を思い出したりしています。
日本の終戦と投下された原爆の事が話題になるこの季節、ドイツ人による収容所、これも2010年に行ったポーランドのアウシュビッツ収容所関連でフランクルの『夜と霧』を何度目かの読み直しをしていたら、図書館で大石芳野著『「夜と霧」をこえて』~ポーランド・強制収容所の生還者たち~が目に入り読んでみました。

あんな酷い収容所からほんの僅かな人が生還している。せっかく生還しても10年以内に90%の人が亡くなったという。
収容所の殺害・餓死・病死などの恐怖と直面しながら生きのびた条件とは「運」だった。
そしてプラス・強い意志が持てた人
          ・友だちの助けを受けられた人
          ・残虐な状況の中にも心ある人もいると人間を信じられた人
          ・屋根のあるところで働けた人
          ・ドイツ人と接触できた人
          ・からだの丈夫だった人
          ・家族がなく自分の心配だけすればよかった人
          ・服、手袋、帽子、靴下、下着などの何かが手に入れられた人
          ・食糧を余分に手に入れられた人
          ・医者、看護師、技術者などの特技を持っていた人
ある収容所の元オリンピック選手で優勝した人はその体力で、50万人のうちたった一人だけ脱走に成功したそうだ。

こうして多難な中を生還した人、しかもずっと生き残った人は運と強さゆえ、残りの人生をあの苦しみを経験すれば極楽の世界に舞い戻って、どんな苦難をも克服し充実した素晴らしい人生を・・・と私は以前の元気な時に思っていました。
実はそんなものではなかったのです。まず帰還する故郷、家がなかった。何処かへ帰還してその生業を立てなければならない。
肉体的な衰弱にとどまらず、精神的な障害、いわゆる今言う「トラウマ」が6,7年経っても消滅するどころか悪化し、慢性状態に変っていったのです。
収容所での過酷な日々が、精神的な傷となって深い痕跡を残した結果、情緒不安定、環境への不適合、集中力の欠如により、職業、勉強、家庭生活へ順応性を欠いた。
恐怖感、うつ病といった精神障害により身体的諸器官が影響を受け、不整脈、アレルギー、リユーマチ、坐骨神経痛、骨の退化、呼吸困難として現れているわけです。
そこを元気に普通に生きたごく少数の人は超人間と言えるでしょうか。一体どのくらいいたのか。精神科医のフランクルもその一人です。

あのイスラエル建国、そして中東における地位、パレスチナとの関係のユダヤ人の強引とも思える強さ。アメリカにおける富裕層のユダヤ人。優秀な民族で様々な面で世界の金融面、技術面も牽引している。ユダヤ教に頑固に固執するその姿。。
同じ人間でありながら考えられないことも多く、まだまだ理解できない事の多い人達です。
許されたドイツ、許されない日本。戦後処理のまずさゆえと言われる日本。それがどうしてなのか?いろいろ考えさせられる夏です。

◆心が安らかになる言葉です
Оこの大自然は、微妙で、かつ素晴らしいバランスで、私たちをつつみこんでくれています。 
人間がどのような知恵をもってしても、つくりあげることができない世界につつまれています (慈眼寺・塩沼亮潤)
・・・・しかし人間がその大自然を破壊しつくしていることは頭の痛い問題です。既に猛暑や他の異常気象で報いを受けています。

О私の師が晩年、病というのは人生最大の修行である、もし病をわずらってしまった場合あるがままを受け入れ、明るい気持ちで専心せよと申してました。(who?)
・・・・しかし果して自分に出来るであろうか。これまでもそうだったしこれからも課題です。
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1年中お休みの身ですが、今夏休み。19日から30日まで海外に出かけてきます。帰国しましたらまたよろしくお願いいたします。

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2018年8月 9日 (木)

都立薬用植物園

薬の勉強でなく花を楽しみに行く薬用植物園です。

そういえば、小田原の<ういろう>で買った「透頂香・ういろう」なんですが、効能は「腹痛、下痢、胃痛に始まり途中、夏負け、寒さ負け、そして広く急病に用い又強壮剤として常用す」とあります。141粒で1000円だったか、1回大人は10~20粒服用。凄くよく効くと友人から聞いていたので買ってみて試したみたところ、結果は何も私には効かなかった、ということです。漢方は風邪薬でも以前いろいろ使っていましたが、やはり医者に行く羽目に。西洋医学が処方する薬にずっと頼っていたたため、私には漢方は役に立たず、値段も高いし、残ったういろうはお守り代わりに持ち歩いています。
昔の人は植物や虫や石など自然界にある中から研究して薬にしたわけで、歩いて旅した時代の人々にとって「ういろう」のような薬は高くてもどんなにかよく効き、ありがたかったであろう。まあ、それなのに西洋薬に浸ってしまったおんぶにだっこの私には何も効かないということに驚いているここ数ヶ月です。
それなのにこの植物園に来て、それでもちょろっと効能を見たりしていました。午前中から猛暑の日ですぐ木陰に避難。外の木陰より更に涼しかったのが温室とは。係員さんが資料室で涼んでいったらということで、そこで冬虫夏草をしげしげと見てきました。

コンニャクの花の実 マムシグサの実のオレンジ色版という感じでとうもろこしみたいでもある。
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                 ヤマトシジミチョウでしょうか
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                      トウワタ
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コガネバナ 根の断面が鮮やかな黄色をしているので付いた名。消炎、解熱、下痢とありました。しそ科の花に似る。
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                     コガマ(ガマ科)
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  シロヤマブキの実 シロヤマブキの花は4弁なので実は4つ。しかし色が意外。
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               ハマナスの実 食べられるそうだ
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       オオボウシバナ(ツユクサ科)ツユクサの変種で青色染料となる
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                  センニンソウ 有毒植物
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         カブトムシ 大学生が他所の木からここに集めていた
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ヘチマの花 子供の頃以来お目にかかる花で意外と大きかった。たわしと化粧水としての用途がありました。
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               ナタマメの花 酢漬けにするらしい
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     ブチヒゲカメムシ ナタマメにいた。大豆、綿、胡麻、稲穂などの害虫。
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         ミソハギ(ミソハギ科) 民間療法の急性腸炎、下痢止め。
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        ハブソウ(マメ科) 葉がハブに噛まれた時の民間薬であった
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          トウガン(ウリ科) 葉の形が目立つ。漢方では鎮咳。
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温室
            アカホオオショウガ  面白い所に花が咲く
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                  オオバナアリアケカズラ
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                  ジュズサンゴ 小さな花
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         インドジャボク 血圧降下剤。世界を変えた薬用植物。
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資料室
                    冬虫夏草
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                   マンネンタケ(レイシ)
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夏休みを取った娘たちが次に行ったのが高崎。何しに行ったのかと思ったら、かみつけの里博物館と保渡田古墳群で埴輪を見たついでに洞窟観音と徳明園へ。
その翌日に上野の「縄文展」で土偶を見に行っていました。
群馬県のお土産もなかなかに美味しくどんどん食べています。
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2018年8月 5日 (日)

海野弘著『海賊の文化史』

       春に蒔いたアサリナの花がやっと咲き始めたのは7月25日
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   7月31日頃から30輪近くのツキミソウの花が咲き続けています。7/31夜
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        8/1朝 薄いピンクに変わって朝のツキミソウもきれいです
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8月3日 今年もイヌキクイモが咲き始めました。高さが2.5mあるでしょうか。
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たくさん実が付くゴーヤというのを買ってきたら1本は枯れ、残った方にたくさんの実がついたのですが、一番最初に出来たのだけ何故か真ん丸おデブちゃん。
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海野弘著『海賊の文化史』

文学、映画、アニメに影響を与えた「海賊」
エドガ・アラン・ポー『黄金虫』、スティーヴンソン『宝島』、ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』などエンターテイメントとして海賊が隠れているということになる。
映画『パイレーツ・オヴ・カリビアン』、日本の海賊マンガ、松本零士『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』、尾田栄一郎『ワンピース』(芝居で見ました)、さらにゲームソフトにおける海賊もかなりあるそうだ。

世界に名だたる、ヴァイキング、サラセン海賊、バルバリア海賊、サリー海賊、カリブの海賊バッカニア、
ホーキンズ、ドレイク、ロロノア、モーガン、ダンビア、エイヴリー、キャプテン・キッド、黒ひげ、アン・ボニー、バーソロミュー・ロバーツ、ラフィットなど伝説の海賊も解説されています。

コロンブス、マゼラン、ヴァスコ・ダ・ガマなど海賊化した冒険者でした。

海賊が何故文化なのか?要するに何でも文化なのです。
現代の海賊文化・・それは情報の海の海賊
2つの世界大戦中、秘密情報の海賊国イギリスの活躍はチャーチルでした。
その後に情報海賊帝国アメリカ誕生
そして海賊版(複製文化)戦争に突入。紙、ラジオ、レコード、テレビ、CD、DVDやインターネットのネット海賊。
現代の原始的海賊といえば南紅海のソマリア海賊が浮かぶが、他にインドネシア、マラッカ海峡、バングラデッシュ、インド、ナイジェリアなどに出没する海賊が怖い。

名古屋が40度と言う記録を出した8月3日に岐阜に出かけた娘たち夫婦、岐阜も何と40度だったそうで気温を撮影した写真がラインで送られてきました。何でも岐阜美術館が11月から改装で1年間休館ということで岐阜城見学もかねて出かけていました。中山道の加納宿もちょっと歩いちゃったそうだが、暑かったことでしょう。
帰り名古屋駅で買ってきてくれたのが、
桑名であまりに高くて買いそびれた貝新の「はまぐりの佃煮」・・・一つ一つ味わって食べました。
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これは暑いために痛むので背負って歩けないで買わなかった、四日市名物「なが餅」。
餡子と餅が絶妙で美味しい。藤堂高虎も食べたという400年の歴史あるお菓子。
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岐阜名物「いた柿」 日本茶にぴったりの上品な味です。ご馳走様でした。
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2018年7月31日 (火)

サンシャイン水族館

毎年暑いときには水族館へ。今年は池袋のビルの10階(本館1階)と屋上(本館2階)にあるサンシャイン水族館に涼を求めて行ってきました。
台風がやってくる前の30℃以下の曇りがちの涼しい日を選べて、そんなに真っ黒焦げにならなかったし、熱中症で倒れることもなかった。何しろ水族館と言えばお子様連ればかり。私たち、じいさんばあさん連れは皆無と言っていいほど。
全部で26のエリアに分かれていてそれぞれに、「海の忍者」とか「環境と生命」のように名前がつき説明されています。

       沖縄恩納村から借りているというサンゴ。管理が大変なのでしょうね。

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             ニッポンウミシダ きれいな色をしている(棘皮動物)
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ウィーディー・シードラゴン 海中には龍がいたのですね。タツノオトシゴに似ています。
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                       カスミチョウチョウウオ 蝶が飛んでいるみたい
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     ウツボ 蛇に似ていていやだけど、意外やきれいな模様をしている。
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        名前が分からないが、笑っているようなかわいい顔。
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               クラゲ どこの水族館にもいます
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              ヒメコウイカ お姫様のように小さめ
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                   アマゾンのコーナー
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             髭が立派なのでナマズ?背びれも大きい。
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            水面下のマングローブを見るのは初めてです
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亀の甲羅にもいろいろあるものだ。1匹のビルマホシガメとその他のホウシャガメ。
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ケープペンギン 南アフリカで見ました。フンボルトペンギン属。
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                   魚を貰うペンギン
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            水槽を泳ぐペンギン。空を飛んでるようです。
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二頭によるアシカのパフォーマンスがありました。
ここのアシカは頭がとても良い!飼育員さんによるたくさんの指示を全部こなします。あまりにたくさんやってくれて忘れてしまった私の方が大馬鹿に思えました。
曲芸だけ載せます。ちなみにアシカは前足がメイン、アザラシは後ろ足がメインだそうです。平らな床面を滑ることもできます。
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チンアナゴがいなかったのが残念でした(TωT)ウルウル





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