2018年2月19日 (月)

東海道五十三次歩き15 戸塚~藤沢(前編)

2/15(木)15℃という暖かさの中、久しぶりに神奈川県の方の東海道を歩きました。歩いたのは戸塚~茅ヶ崎までで40162歩。東海道線の駅は戸塚、大船、藤沢、辻堂、茅ヶ崎です。

庚申塔や道祖神、地蔵、石灯籠の多い地域でした。しかし静岡県にたくさんあった常夜灯は見かけません。

●戸塚宿(5番目の宿) 日本橋から42㎞。宿の距離は2㎞くらい。

前回、戸塚駅手前で戸塚宿の江戸方見附跡と吉田一里塚、吉田大橋で広重の五十三次の絵を見て終わりました。
今回は、吉田茂が業を煮やしたことで知られる「開かずの踏切」だったが、今では線路を跨ぐデッキを渡り、宿場の中心に向かう。
吉田茂はそこで戸塚道路と昔呼んだ戸塚に国道1号のバイパスを建設させたのだが、吉田のニックネーム「ワンマン宰相」から「ワンマン道路」と呼ばれた。
途中にあったお菓子屋でこのことが由来の「ワンマン最中」を買ったのでした。その後、戸塚の原宿で「原宿最中」と「原宿松並木」を、藤沢宿の大庭で「大庭最中」と計3種類の最中を買ってしまった!中味撮り忘れ。大庭最中は大庭城の形だった。街道に関係するお菓子を買うのは街道歩きの楽しみの一つでもあります。
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・家康の側室お万の方開基の清源院(浄土宗)には遊女心中句碑がある
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・内田本陣跡と澤邊本陣跡 戸塚宿は、日本橋を7つ(午前4時頃)発った旅人の最初の宿泊地で大いに賑わい1843年には旅籠数は75軒だったそうだ。
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・海蔵院というお寺を覗いてみると可愛いお地蔵さんがたくさん置かれている
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・八坂神社には7/14にお札まきという夏祭りがあって、男子数十人が姉さん被りのたすき掛けの女装をして輪になって踊る。踊り終わると音頭取りが渋団扇で神札をまき散らし、人々は競ってこれを拾って帰り、厄霊除けとして戸口や神棚に飾る。江戸時代中期に江戸や大坂で盛んに行われていたが、ここ戸塚宿だけに残ったお祭り。
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神社では狛犬を見るのが楽しみだが、2/14の毎日新聞に狛犬の拓本を2000体も取った人の話が載っていた。「魚拓」ならぬ「狛拓」で結構大変な作業のようだ。世の中には色々な人がいるものです。
             国土地理院の測量部の水準点もあった
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           そして神社前には「かまくら道の道標」がある
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・冨塚八幡宮 冨塚之碑があってこの塚が「戸塚」の由来となったそうだ
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・上方見附跡
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◆藤沢宿までの間 
上方見附跡を過ぎると権太坂より緩い大坂という坂があり駅伝選手もちょっと大変だろうと思われる。江戸時代より工事によりなだらかにしたそうだ。

・庚申塔群 庚申塔に三猿が現れたのは江戸時代で、庚申の夜に天の神(天帝)に悪事を告げるといわれる三尸(さんし)との兼ね合いで「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿が結びついたそうだ。

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・お軽勘平戸塚山中道行の場の碑 この辺りが歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の名場面の石高道だったとか。
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・江戸より11番目の原宿一里塚跡を過ぎると、スダジイの大木が連なる参道のある浅間神社がある。
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・大運寺がその先にあって、エキゾチックなお地蔵さんがいるということで、撮影。ちょっと髪型とお顔がそうなのかしら。
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・原宿最中を買って、黄色い立派な洋館の戸塚崎陽軒で昼食をとる。
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10食限定ランチプレート 
                  寒サワラ入りサラダ
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麻婆ナスご飯、コーンスープ、とんぶり入りシューマイ、青パパイヤの酢の物
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             プーアール茶黒蜜の揚げパン入りプリン
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・藤沢市に入ると旧東海道松並木碑があり、広重の絵も案内板にあった。昔の様子がよくわかる。
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マンホール(汚水蓋は市の木・黒松と仕切弁、雨水蓋は市の花・藤)
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          遊行寺坂を下るといよいよ遊行寺と藤沢宿だ
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                     (続く)

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2018年2月14日 (水)

今日の散歩・野鳥の森

近所のお鷹の道から登った所に野鳥の森があります。コゲラやエナガもいて木の下に近づくとどんどん上に上がっていく。双眼鏡を忘れて残念。
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                      シロハラ
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ヒヨドリ 珍しい鳥かと写してみたらヒヨドリでした。我が家を縄張りにしているヒヨドリ夫婦はロウバイの後は、今はモクレンの蕾を食べ始めました。あ~あ。
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             高い木の上の方にいたるのはムクドリかな
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                ホーキのような葉を落とした木
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                   イイギリの実の落ちた姿
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              ヒムロ ヒノキ科のサワラの園芸種
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    ドイツトウヒ クリスマスツリーの木 先日コロラドトウヒとは全然違う
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青木が原樹海を歩いていると、根が溶岩の上を這っている様子は目を瞠るものがあります。あるいは荒れ果てた登山道には木の根が縦横に露出して躓いたりします。
木は地上に広がっている幹・枝・葉とそっくり同じ分量を地下に張りめぐらせている。高い木はそれだけ深く地下に根を伸ばしているわけで想像すると楽しい。

粗朶(そだ)・・・枯れ木や倒木の細い枝を集めたものを粗朶という。これで「エコスタック」という生き物の棲みかを作った。
タマムシやキクムシなど小さな昆虫の産卵場所になったり、シジュウカラなどの鳥類が巣材を集めに来たり、蜥蜴、蛇、蛙などの隠れ場所になったりするそうだ。
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お鷹の道に瘤だらけの木があって、下の方の瘤がはがれたようだ。
ムンクの叫びの顔のようなのがあったり、思わず見とれる。
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      その後方には大きな梅の木があって、かなり咲いていました。
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2018年2月11日 (日)

『世界探検史』長澤和俊著

P1120501_300x450長澤教授には、1986年に早稲田のエクステンションセンターに初めて登録し、その頃NHKの「シルクロード」の番組にのめり込み、たくさん本も買っていた(全部処分してしまったのは早まったか)ので、最初に受講してお会いしました。すでにあの辺りをたくさん探検されてその豊富な体験のお話もなかなかに面白かった。クンジュラブ峠(4700m)では高山病の一種でしょうか、鼻血ぶーだったとか、酷い大揺れ小型機体験などのお話が記憶にあります。豪放磊落の方とお見受けしました。教授と一緒のシルクロードの旅に参加できなかったのが残念でした。
この本は1969年に上梓されているので受講していた時にはあったわけで全然知らず、今年講談社学術文庫で刊行されたので本屋で見かけて購入しました。

探検として私が認識しているのは香辛料を求めてスエズとパナマ運河のない時代、大航海時代が始まったことや、マルコポーロに始まるシルクロード、チベットやヒマラヤ探検、アフリカ探検、そして北極や南極探検などでした。
実は探検って年表に寄れば、前7世紀アリステアスのスキタイ地方探検に始まりそれが次第にあらゆる大陸、島にまでおよび、20世紀に入ってからは近代的な科学装備により、未踏の高峰や深海、各大陸の極奥部の探検もなされ、地理的探検の時代はここに終わった。しかし残るは航空写真も進歩したものの、地名もわからず内容もほとんど知られていないのでこうした地域の実態を探検することが残された課題のようです。
アメリカ、アジア、太平洋、アフリカ、極地のたくさんの探検が網羅されているけれども北極、南極、オーストラリア乾燥地帯、アフリカ奥地など、もうそこで死ぬような苦労をしながら探検をし、実際にクック、マゼランなどはじめ多くの探検家が客死している。それでも探検家は跡を絶たない。現在は探検家とは少し意味を異にする冒険家が多くなっている。
日本では、江戸時代にジョン・万次郎の漁船で漂流してしまったような数々の漂流、そして植村直己、女性で世界初七大陸最高峰登頂の田部井淳子、単独無寄港世界一周航海の今給黎教子などたくさん知られているが、この本の中には中央アジアやチベットなどへ足を運んだ、大谷探検隊や河口慧海などが記されています。

というわけで本の中で、飛行機や車や列車のなかった時代の世界中の凄いところを、死にそうな気持になって探検して参りました。

下の方にちょろちょろと緑の葉もあるけれど、シロタエギクのように葉が白くなっているこの木、葉の色をこれから通るたびに観察したい。と言っても何の木だかわからないと面白味が半減します。   トウヒ属のコロラドトウヒとのことです。多摩NTの住人さま、有難うございました。
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2018年2月 7日 (水)

中華料理の茶わん蒸し

昨日は良い天気に恵まれ、ブログのオフ会へのお誘いを受け、総勢8人で横浜中華街で食事をしてきました。
食事前に関亭廟と新しく(2005年)に出来た媽祖廟を見学して中国のお寺らしい雰囲気を味わいました。媽祖廟は航海安全の守護神とのこと。

                      関亭廟

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以前初めて見たとき、日光東照宮より色彩が派手で飾りもゴテゴテしていると思った廟です
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幹事さんがお世話くださった「状元楼」はとても美味しく、感動して味わったのがオードブルと初めての中華風茶碗蒸しです。巷で食べる中華料理の種類はいつも同じ料理になってしまっていたので、値段もはずめば中華街の中華料理屋さんも研究している料理を味わえるんだなあと思ったしだいです。銀杏とかシイタケなど具が入っているわけでなくただ卵がふわっとして味よしと言ったところ。

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新しくお目にかかった方の貴重な体験話やそれぞれに逞しく生きておられる様子もまた私に感動を与えてくださいました。皆さん有難うございました。
その後の見学は、私のみ、先週土曜日に足の甲にパソコンを落としてしまったが、幸い骨折せず腫れただけだったので、数日はあまり歩かないようにと医者に言われ自粛しました。薬剤師さんにパソコンは何でもなかったのかと問われ、何でもなかったと答えたのですが、確かにパソコンがこわれたら、骨折した場合同様泣きを見る所でした。

久しぶりの横浜駅のこの作品は、渋谷駅の岡本太郎のようになっていて、誰の作品か確認できなかったですが、目を引きました。
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2018年1月30日 (火)

甘いキンカン

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歯医者に行く途中の、昨日朝の武蔵国分寺跡、冬のケヤキなど木の形が素晴らしい。特に左の松の樹形が気に入っている。
1昨日まではバードバスにツグミが来るので水を入れてもその場で凍りつくような気候でした。娘の家に来るシロハラは雪を食べては餌を食べてを繰り返し、1日居るので、何だか去年より太ったようだという。450x300

ブログ友のhiroさんがキンカンを食べているそうです。みかんは皮を食べないけれども、キンカンは皮ごと食べられ、皮には沢山のビタミンC、ビタミンEがある他、血中コレステロール値の改善、発がん抑制作用などがあるとか。
宮崎産や鹿児島産が甘いそうで、私も鹿児島産を早速買ってきました。大きさは直径3.5~4cmあり、本当に甘い。知らないのは私ばかり、hiroさんありがとうございました。
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妹が千葉県・君津で買って来てくれたびわゼリーと蜂蜜です。ゼリーには枇杷が入っていて美味しい。
蜂蜜は、左からトチ蜜、そば蜜、百花蜜ですが、そば蜜は色が黒くて凄い癖があってびっくり。一瞬そばのにおいがする。昔、ロシア大陸産の蜂蜜を買って癖があって捨ててしまったけれども、今はそんなモッタイナイことはしないでそばの花ってこんなにおいなの、体によさそうと思いながら朝のジュースに入れて飲んでいます。 普通買ってくる蜂蜜が水飴っぽく感じてしまう濃密な蜂蜜でした。450x300_4


婿さんに借りた落語のCD
五代目古今亭志ん生ベスト 「火焔太鼓」「たいこ腹」「粗忽長屋」「替り目」「三枚起請」「宿屋の富」
林家たい平落語集 「ぞろぞろ」「金明竹」「千両みかん」   
たい平も面白かったですが、昭和30年代の録音の古今亭志ん生のも、とぼけた面白さで笑い転げました。唯「たいこ腹」「三枚起請」は私にはちょっと難しく肝心な所で笑っていないド素人です。

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2018年1月25日 (木)

小江戸川越七福神めぐり

今年の七福神めぐりは1/11(木)に小江戸川越でした。昼食の関係で菓子屋横丁のあたりをかなりうろうろとしていましたが、朝は8時半から歩きはじめ、終わって川越駅に着いたのは午後4時は過ぎていました。
この日のため体力温存(オーバー)して勇んで出かけた七福神めぐりでしたが、翌日から普通の風邪を引き、これが安静を強いられ、まだぐずぐずと長引いているのですがこの冬はこれで打ち止めにしたいものです。

680x491やっと7福神の名を覚え、昨年インドの神・2神(弁財天、大黒天)、中国の神4神、日本の神・1神(恵比寿天)を覚えた所です。
そして今年唯一実在した人物と言われるのが布袋尊ということを忘れていて再確認しました。

地図の左下にあるように、川越の七福神にはどこも「水琴窟」があります。京都のお寺で初めて聞いたのですが、原理は甕の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空洞に反響する音色が琴に似ているから呼ばれるようになった。一番最初のお寺ではまだ水が凍っていて音色が聞けませんでした。
そして川越の七福神に秋の七草の名が付いているということです。

弁財天(妙昌寺)川越城築城の太田道灌が尊崇したと伝えられる。秋の七草「藤袴」
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    宿りせし人のかたみか藤袴 わすられがたき香に匂ひつつ 紀貫之

       クチナシの花がさぞやたくさん咲いて綺麗だったことでしょう450x253

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福禄寿神(蓮馨寺)秋の七草「尾花」
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           お寺に心に染みる言葉が書かれていました
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「良いご縁がありますように」とキンキラキンの五円玉に蛙が抱き着いていて、下の水たまりには5円玉などがたくさん投げ込まれていた。
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布袋尊(見立寺)秋の七草「葛」
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                 旅立ちの法然さまの像
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中央通りに出ると蔵造りの家並みがあちこちに見られる450x253_9
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時の鐘 江戸時代初期に建立。川越の大火の翌明治27年再建。「残したい日本の音風景百選」に選ばれている。高さ16m。まだ音色を聞いたことがないのです。
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     薬師神社 時の鐘の奥にある神社で、特に眼病に御利益がある。
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                    芽キャベツ
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大沢家住宅 重要文化財 数度の大火にも類焼を免れたという、関東地方の町家の蔵造り、商家の古い例として最も重要な建造物。寛政4年当時に復元されている。
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                   川越城本丸御殿
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恵比寿天(成田山)成田山新勝寺の別院。秋の七草「撫子」
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大黒天(喜多院)秋の七草「萩」
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毘沙門天(妙善寺)秋の七草「女郎花」
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川越さつまいも地蔵尊 「さつまいもを食べて元気になろう」と現代版の芋地蔵を建立(平成7年)。10月13日はサツマイモの日で「いも供養」がこの寺で行われる。
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                     ロウバイ
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寿老人(天然寺)秋の七草「桔梗」
                   
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            木造大日如来坐像(市内現存の最も古い像)
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2018年1月22日 (月)

『息子が殺人犯になった』 ス-・クレボルド著

『息子が殺人犯になった』ス-・クレボルド著 仁木めぐみ訳
コロンバイン高校銃乱射事件・加害生徒の母の告白

1999年4月20日コロンビア州デンバーのコロンバイン高校で、同校の生徒、エリック・ハリスとディラン・クレボルトが生徒12人と教師1人を殺し、24人を負傷させたあと自殺した史上最悪の学校銃乱射事件があった。それは未成年2人によるあまりに残虐な犯行だった。
アメリカのごく普通の家庭で育った兄弟。著者はディランの母として、妻として、女性として、教育関係者として優等生的人生を送ってきた人だ。
それがこの日に突然破壊され、絶望の淵に突き落とされ、殺人犯の家族としていきなり社会にさらされ、責められ、自身も息子を失い、価値観のすべてを壊された著者が、嘆き悲しんだ末、自分を取り戻し、世界の人に向けてすべてのことを発信する本を書いたのだ。著者紹介によると、事件直後から家族の生活の細部まで振り返り、原因を追究してきた。その過程で、精神衛生と暴力の関連性について理解を深めながら、現在は自殺を防止する活動に奔走しているというのである。

事件が起こって間もなく、職場に電話が入り、帰宅するも、警官とマスコミとヘリコプターがいっぱいで、家の中に入れてもらえず、ずっと夜まで外に立たされ、その後はとりあえずの品物だけの持ち出しが許され、ホテルへと思っても、野次馬とマスコミに晒されることで、行き場所がない。密かに夫の姉の家の地下室に数日かくまってもらうところから始まる。
最初何も知らされず、どうやら息子が犯人らしいということで、テレビを見ることも出来なくなってしまう。何も食べられず、眠れず、嵐のような、被害者や世間の人々の犯人の親に対する憎しみに対面して行かねばならない。
そんなに普段から家族の一員として格別悪い子ではなかったし、「私の育て方は間違っていなかった」と思い、とても大量殺人をする子に思えなかった。
しかし人々は言う「いい親なら、子どもがなにをしようとしているか、ちゃんとわかるはず」と。
著者が想像を絶する非難を浴び、喪失し、加害責任を引き受けていく過程が凄い。それでもわが子を否定しきれない葛藤が続く。結論は親の知らない面で、子どもは精神的に病み、自殺願望が高まっていて、友人のエリックの銃乱射に加担する残忍な方法で自殺するという、救われない自殺の仕方だった。
事件後すっかり体が弱ってしまったが、2か月後に職場に復帰するように親切な上司や同僚に言われ、ふらふらしながら、職務はまだ果たせないけれども、外に出て行ったことが凄い。
ストレスの胃腸炎で、トイレがすぐそばにない所では働けなかったという。
たくさんの裁判を起こされ、また莫大な弁護士費用で、やがて土地も家も失い、そして夫とだんだん思いが通わなくなって事件度10数年経ってから別の道を歩み始めたという。
約400頁にわたる克明な記録が事件から15年以上も経って上梓された。
毎日起こる事件で、同情できない犯人を見聞し、親が悪い、家庭が悪い、社会が悪いとそこだけに結論を持って行きがちだけれども、そんなものではないということもわかった、いささか気分が落ち込む内容でもあったが、著者は自殺願望の人を防止する活動をしているし、物凄い19年を送ってきたし、よくここまで生きて来られたなあと感嘆したのです。この人だけではない。世界にはこんな思いをしている人がたくさんいるのでしょう。状況によっていろいろ異なるも、1つの事件の内外両面からの克明な記録として私の心に深く焼きついた本でした。

今年も、ロウバイにたくさん出来た蕾をヒヨドリに全部食べられてしまいました。少し残っている万両よりは美味しいのですね。
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2018年1月11日 (木)

本:『名古屋学』と『日本の分水嶺』

『名古屋学』岩中祥史著 

東海道歩きももう少しで愛知県に入るので関係する名古屋について知ろうと鹿児島学に続いて読んだ。
著者のまえがきからの抜粋でほぼわかったつもりになれる。名古屋弁についていやに力が入っていると思ったら著者が名古屋出身だった。

名古屋は古くは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を輩出したところだ。何れも名古屋にその後住んだわけではないが。
特に戦国時代の混乱に決着をつけ約270年も続く江戸幕府の創始者の徳川家康に象徴されるように、名古屋人はしたたかな人種として知られるそうだ。何があっても決してめげない、よそを気にしない。
それは家康の情報力であり、名古屋人も情報力にかけて東京人、大阪人を圧倒している。

名古屋人はケチで有名である。その理由は冠婚葬祭に備えてである。特に嫁にやる娘の支度にかけるお金は他の地域より群を抜いて1000万円以上かける。…などこれって21世紀になり平成もまもなく終わりの現在もそうなのでしょうか?

そのケチぶりは会社経営にも発揮され、無借金の企業40社が挙げられているが、その中にトヨタ自動車、リンナイ、カゴメ、INAX、デンソーなど錚々たる企業が名を連ねている。
「浮かれない、騒がない、踊らされない」が名古屋の経営者の鉄則になっている。勤勉で良く学び、粘り強く取り組むので、特に生産部門では群を抜いている名古屋だ。
サラリーマンも夜、外で飲んだりせずまっすぐ家へ、無駄と思われることは一切しない。夜の盛り場もさっさと閉まるというから信じられないが、そういうことだ。

タクシーに乗る人も少ないから、他所からの人間が乗ってみるとなんでも日本一運転手さんが丁寧でサービス精神に富んでいるらしい。(私が最近医者に行くのにハイヤーを頼んだら凄く丁寧で親切で感動したので、東京でも流しのタクシーとは違うのであろうか。タクシーは東京では殆ど乗ったことがないので比較が出来ない)

バブルにものらずに堅実で、だから宅地面積も広く、地下も上がらず住みやすく、名古屋の地から他へ就職しようともしないのが大半。
名古屋は都会の「乾性」と田舎の「湿性」とが見事に調和した空間なのだそうだ。

しかし、名古屋は文化度が低く、文化不毛の地と言われる(が気にしないそうだ)。そして味オンチだそうで、味噌カツ、きしめん、ういろう…お世辞にも美味しいとは言えない料理を次々と発明する名古屋人と著者は書いている。

『日本の分水嶺』~地図で旅する列島縦断6000キロ~ 堀公俊著

降った雨の行先が太平洋か日本海か?その一本の線が大分水嶺。
北海道の宗谷岬から下関、九州は門司から佐多岬へ。
北海道は知床岬と襟裳岬にも分岐する。本州では琵琶湖の東の方から和歌山県の田倉崎へ分岐する1本があり、その続きが四国の徳島から愛媛の佐田岬へ、その先、九州の阿蘇から分岐する1本につながっている。九州には英彦山からもう1本分岐していて平戸大橋へ。
この分水嶺には「百名山」の他に「百名峠」や「歴史の道百選」「自然百選」「残したい日本の音風景百選」などが所々に出てくる。
峠からの絶景も随所にあり、花咲く湿原も随所にあって素晴らしいらしい。それを踏破しようと試みる人もいるようである。


千両をヒヨドリだけが食べていると思っていたら、1昨日鳩が食べにやってきているのを発見。塀からなかなか千両に向かって飛べなくて、やっと細い幹に飛びつき、実を突いている所。ピンボケで見ずらいです。
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2018年1月 8日 (月)

日本はお土産(特に食べ物)の宝庫

食べ物に関するお土産について外国と比較すると、お菓子には餡や餅があること。そして海沿いの県に行くと海産物のお土産がいっぱい。漬物が豊富な日本。山野草を加工したお土産も山国に行くと種類が豊富だし、そのものを買ってくることも多い。地方に行くと水がいい所には、どこにも酒造メーカーがあること。

お正月に3つの福袋を持って年賀に現れた娘たちが、その2日後に掛川の花鳥園に行き、東海道を歩いた時に買えなかったお土産を7種類買ってきてくれました。
藤枝から島田、掛川、袋井、磐田(見付)、浜松までのもの。おまけが道中にない御前崎のまんじゅう。ありがたや。ありがとう。
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・藤枝朝ラーメン 静岡市の隣、藤枝市の志太地区では朝ラーメンという独自の食文化が根付いた地域。お茶を栽培する人たちが朝早くから作業していて、それでラーメンを朝から食べる習慣ができたとか。一度食べたら忘れられない味というよりも、忘れかけた頃にまた食べたくなるクセになる味とか。食べ方は温かいラーメンをまず1杯。続けて冷たいラーメンをシメにもう1杯。これぞ通の極みとばかりに、喉越しやだしの香りを楽しんでいるのだそうです。冷たいラーメンもということで明日17℃になるということでチャンス。明日食べます。

・富士山静岡紅茶 島田市。本当は紅茶発祥の地は丸子で、歩いた時看板だけを写してきたのですが、丸子には売っていなかったそうだ。イギリス紅茶とはまた違った味で美味しい。

・振袖餅 掛川市「もちや」に売っている。きな粉をまぶしたものと2種類。大振りの大福餅をのばしたような形で粒餡がたっぷりで、牡丹餅を食べているようでした。歩いた日は休日でした。

・山の息吹 掛川産のお茶。以前袋井で買ったし、お正月にも娘からもらっているので、暫くずっと掛川産のお茶を楽しめそう。美味しいのです。

・しっぺい小まんじゅう 磐田市イメージキャラクター  見付天神の妖怪を退治した犬。白餡でした。
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・みかんバター 浜松市の三ヶ日みかんをバターで仕上げたもの。毎朝トーストに塗っている、みかんの香りがする珍しいこのバター、美味しいです。

・ミニ亀まんじゅう 御前崎市 御前崎灯台のある浜で亀が産卵に来るそうで作られたお菓子で亀の形で甲羅まで表現されている。小豆餡で餡の味も良い。

婿さんが出張した富山で買ってきてくれた「白えび釜めしの素」。今晩炊きます。253x450

同じく娘たちが昨日三井記念美術館に(掛川花鳥園つながりで鳥の展覧会をやっているそうで見に)行ったとき通る神田、日本橋、東京駅界隈にはアンテナショップがたくさんあるそうで、北海道の店に寄って買ってきてくれたお土産。「さんまのひつまぶし」とは!うなぎのさんま版。どんな味でしょう。あずきスプレッドはみかんバターが終わってからの楽しみ。「月寒あんぱん」もあずき餡の味が楽しみ。
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2018年1月 4日 (木)

ロートレック展

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          明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

友人から戴いた年賀状にこんなにたくさんの犬のシールが貼ってあって可愛い。これは捨てられません。407x450
昨年11月から12月にかけて1ヶ月余の間にすぐ治ったのですが、何と4回も風邪を引いて今までは年に1回程度だったのにと加齢もここまで進んでしまったのかと少々気落ち気味でした。
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初詣も夫に代表で行ってもらって拝んできてもらいました。その間、当番で回ってきた高校女子会の50人の名簿作りで、今は電話も固定と携帯の両方が多く、E-mailもあって長ったらしくなり疲労困憊。まあ打ち終わったので一安心。
暮れから体力を温存のため、働かないことにし、病気以外では初めておせち料理をサボって取り寄せし、手抜きのお正月会。初めて「獺祭」を試飲、日本酒の味が全然わからない。何でも杜氏のいない酒造だそうで。ワインはボルドーで渋い。

昨日3日は恒例のダイヤモンド富士撮影。これも夫だけ行って撮影。電池切れでここで終わりになってしまったとか。

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今日は久しぶりに電車に乗り、東京駅で降り、三菱一号館美術館へ『パリ❤グラフィックロートレック展とアートになった版画・ポスター展』という今までにない長い名前の美術展に行ってきました。
すっきりした東京駅丸の内側と東京駅全景

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こんなビルの壁。時々替えるのでしょうか。
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19世紀末期のパリ、ロートレックや世紀末前衛芸術家(ヴァロットン、ボナール、ドニ等)たちによって、版画が絵画と同じく芸術の域まで高められ、それらを収集する愛好家も出現したそうだ。美術が人々の暮らしにまで浸透したのもこの時。かくして「グラフィック・アート」が生活と芸術の結節点だということです。
三菱一号美術館は随分たくさんの作品を所蔵していて、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館の貴重な19世紀末版画コレクションと合わせて約140点が集められている。
たくさんの人の作品が展示されているけれども、何と言ってもロートレック!上手い事ピカイチ。表情、体の線、色使いなど惹きつけられる作品ばかり。特にポスターはミュシャもいいけれども、その上を行く作品群ではないかと私は思います。貴族の出でありながら遺伝子疾患で成長停止になり、絵を描きながらも差別を受けたことから、アルコール依存や梅毒になり36才の若さで亡くなる。ゴッホも気の毒だったけれども、別の意味で可哀相な画家でした。
一部屋だけ撮影可能でした。
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