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2006年2月19日 (日)

1周忌

hagaki

今日は母の1周忌です。

この写真は娘が祖母の亡くなるまでの5年間殆ど毎日書いて送った葉書です。
私が勤めていたので、生まれてから9年間育ててもらいました。

戦争や病、その他諸々の苦労を重ねた人も、今頃はあの世でもう苦労することなく、父と一緒に過ごしているのでしょう。

亡くなった当初は、母が作った和服、コートやスーツ、バッグ、セーターなど編み物、ちぎり絵や籐細工、その他様々な手芸品が家のあちこちにあって、それを目にするたびに、もう母はいないんだと悲しくなっていました。
1年経ってやっと気持ちの整理がつき、今度は自分の死を考えなくてはならない年となりました。

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コメント

いなくなって初めてわかる母の愛、お嬢さんは特におばあちゃんに育ててもらって、なおおばあちゃんの愛を知っておられるから、感謝の気持ちで自分の気持ちを伝えたのだと思います。

5年間も続けられることはすごいと人は思うかもしれないけど、お嬢さんにしてみれば当然のことだったと思います。それにしてもえらい。きっとおばあちゃんはおじいちゃんと一緒に目を細めて読んでいることでしょう。

まとめたら一冊のすばらしい本になるかも。

ちなみに私は13歳で母と死別、悲しみは一年続きました。

投稿: 夢閑人 | 2006年2月19日 (日) 16:31

すごいお手紙ですね 9年間の愛情が判りますね
母を亡くしての1年は悲しみの毎日だったことでしょう 母と娘の関係は一番の相談相手で友達以上ですね 私の姉も・・また私の知る女性はみんなそうです 男は照れ屋で相談もしないことが多いですね 
お母さんを亡くされた悲しみよく判ります
今は、お父さんと今楽しくしておられますよ
自分の死のことなんか考えないで健康で楽ししい生活を過ごしましょう

投稿: T.O | 2006年2月19日 (日) 19:02

●ありがとうございました。

★夢閑人様

13歳でお母様を亡くされたとは。もう何と申し上げてよいやら。この年でも親と別れるのは悲しいのに、中学1年生でと考えるとどんなにか辛い日々だったことでしょう。お姉さまたちにその後お世話になったのですね。

この葉書を本にするという発想は思い浮かびませんでした。いいアイデアですね。

そう、娘は勤めて忙しいのに、毎日書くのが全然苦になっていませんでした。書く仕事がなくなっちゃってと言っていました。


★T.Oさま

母と娘というのは順繰りにそうなっていますね。
男性はごちょごちょ言わないし、悩みなんか自分で解決していくのでしょう。飲んだり、趣味で発散させるのでしょうか。
そういう意味で男性はすごいと思います。頼りにもなります。

そうですね。とりあえず、今は細りゆく老後のことはお預けにします。


投稿: tona | 2006年2月19日 (日) 19:38

今日はお母さまのご命日だったのですか。
ご冥福をお祈りいたします。
tonaさんたちお子さんにも、お孫さんにも愛されたお母さまは、
きっと素適な方だったのでしょうね。
5年間ほとんど毎日のお手紙、素晴らしいですね。頭が下がります。

月日と共に何とか心の整理はついても、寂しさはなかなか消えないもの
ですよね。私はいまだにめそめそすることがあります(^^;)
でも、あの世では、ほんとうにもう全ての苦しみから解き放たれて
幸せにしているのですよね。それを喜んであげたいと思います。

投稿: ポージィ | 2006年2月19日 (日) 20:29

5年間毎日書いておられた由、頭が下がり
ます。なかなか出来ることではありません。
この手紙で、慰められ励まされたことで
しょう。ご命日に合掌。

投稿: 茂彦 | 2006年2月19日 (日) 21:06

★ポージィさま

ポージィさんはご両親様でしたよね、私よりずっとお若いのにお別れしてしまったのでしたね。辛かったでしょう。
人間の定めです。これからは時代にも恵まれなかった両親の分も一所懸命生きなくてはと思う日です。
ありがとうございました。


★茂彦様

はい、母は明らかに手紙のお陰で数年は長く生きたと思います。闘病生活は苦しかったけれども励まされていました。生きがいにもなって。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年2月19日 (日) 21:44

一年間は、あっという間でしたでしょうね。
我が家でも、じいちゃんが亡くなって一年忌三年忌と毎年の年忌に流されるような思いで過ぎてきました。
亡くなってしまった人はそこで時間が止まっていますが生きてゆく人は絶えず歩き続けなければならないようです。
時には思い出を振り返ってみるのもいいかもしれません。

投稿: pochiko | 2006年2月19日 (日) 23:58

★pochikoさま

そうですね。いろいろと時の流れの中に、亡くなって行った人との思い出を交錯させて、浄化された記憶になっていくのはいいのかもしれません。
こういうことがばねになって生きていけます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年2月20日 (月) 06:49

私もバァちゃんに育てられたようなとこがあります。
その祖母も4年前に95歳の天寿を全うしました。
私は世話になっておきながら、バァちゃんに何も返せないままお別れをしてしまいました。
娘さん、優しい方ですね。
私は訳あって両親とは縁の薄い生活をしてきました。
いなくなってからでは遅いという思いと、水には流せないという思いとが交差して、なかなか素直になれないというのが今の私です。
思い出の品もない上に情までなくなるというのは寂しい限りですね。
今からでも遅くない、情だけでも深め合うべきかもしれないな~って、そんな気持ちにさせてくれるいいお話でした。
どうもありがとう。。。

投稿: ちょびママ | 2006年2月20日 (月) 10:22

★ちょびママさま

返事遅くなりすみませんでした。
そうでしたか。おばあさまに育てられたのですか。おばあちゃん子は優しいのですよ。
ちょびママさんの本当によく気がつく優しい心栄えはおばあさまのお陰ですね。

私も親孝行しないで亡くなってから後悔ばかり。娘が代わりにやってくれました。感謝しているんです。

ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年2月20日 (月) 22:01

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