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2006年2月11日 (土)

本『一遍の語録を読む』

kabinn2 『一遍の語録を読む』梅谷繁樹著 NHKライブラリー

この本から、盆踊りは一遍の踊念仏が起源であることを知りました。
そして、キリシタン禁止の関係から、各家各人が必ずどこかの仏教寺院の檀家になったことを(今ではことに都会では廃れてきてはいる)。このことが葬礼の普及に大きく寄与している。

時宗の宗祖・一遍上人の生誕地は、松山市の道後温泉にある宝厳寺で、10歳で出家、25歳まで九州大宰府で修行、35歳から51歳で亡くなるまで16年間旅に徹し遊行する。

ー念仏勧進の捨聖・一遍さんの真骨頂ー
ある人が「上人御臨終の後、その後のことをどのように定められているか」の問いに、
「何かを残すということは特にない。跡を残すということはどういうことか自分は知らない。世間の人の言う跡とは、財宝や所領である。執着の拠り所となるものを跡にしている。だから、いろいろ間違いのもととなる。自分には、そういう執着のもととなる財宝、所領はない。執着の心を離れている今、自分の跡とは、一切衆生の念仏をすることである」と。

自分が死んだら全くその通りです。でも生きているうちは財宝、所領に執着はないけれども、ある程度のちょっと余裕のある生活はしたい。西郷隆盛の「児孫の為に美田を買わず」でしょうか。

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コメント

人間生まれながらにして持つ本能的欲望と、人生の課程において生まれ出ずる欲望とがある。

「欲望」という言葉の響き、マイナスイメージもあるが、人間欲望に対する執着がなければ向上進歩もなければ発展もない。
ただそれをどの方向に向けるかによって結果は大きく違ってくる。
物質的欲望に走れば、盛者必衰の理のごとく、ただ春の夜の夢のごとく、おごれるものは久しからず。わざわいの源となるのみ。

神仏道に帰依したる者、物質的欲望を捨て、あらゆる邪念を払い、悟りを啓き、ひたすら衆生の幸せのために生きる。

悟りを啓く、凡人にはなかなか出来ることではない。美田もほどほどに毎日を楽しく過ごせればそれに越したことはないと思っている。

投稿: 夢閑人 | 2006年2月11日 (土) 15:16

よく勉強されておられますね
またまた勉強をさせていただきました いつも教わることばかりで恐縮しております
近いうちにイチゴ大福はやってみようと思います
一遍上人のことで調べていましたらネットで絵巻がありました 参考になればと思い報告します
一遍上人絵伝http://www.emuseum.jp/cgi/pkihon.cgi?SyoID=1&ID=w052&SubID=s000

投稿: T.O | 2006年2月11日 (土) 18:02

tona さんの勉強振りにはいつも驚かされ
ます。盆踊りの起源というお話、初めて
聞きました。財宝、所領、難しいお話です
ね。平素あまり考えてない問題を提起して
くださり、考えさせられました。

投稿: 茂彦 | 2006年2月11日 (土) 19:10

●コメントありがとうございます


★夢閑人さま

欲望について考えてみました。
いろいろな欲でここまで生きてきました。おっしゃるようにこれからはプラス的な欲は持ってよりよく生きたいです。
平家の時代も、今のホリエモン問題も全然変わっていないですね。

現在のお坊さんのイメージが一頃悪くなりましたが、悟りを啓いた人もいるのでしょうか。そういうお坊さんのお話が聞けたらなあと思います。

投稿: tona | 2006年2月11日 (土) 20:09

★T.Oさま

一遍上人絵伝を紹介くださってありがとうございました。
達筆な筆遣いですね。踊っている絵もあります。じっくり見ました。

退職してからは先が見えてきて、無駄なものはどんどん捨てて、医療費の心配だけはして、あとは元気にいられるようにお金を使うことにしました。とはいえ、生活になんていっぱいの物が必要なのでしょう。多いので驚いています。

投稿: tona | 2006年2月11日 (土) 20:18

茂彦さま

仏教や偉いお坊さんのことは、京都や奈良のお寺に行った時だけのにわか勉強の域を出ませんでした。
キリスト教の聖人のように鑑真とか空海とかいろいろおられるのですね。
気の向いたときにぼちぼち捜していきます。
まだ死のことは少ししか考えていません。

投稿: tona | 2006年2月11日 (土) 20:25

「何かを残すということは特にない。………執着の拠り所となるものを跡にしている。」
この部分、考えさせられますね。
自分はいかに多くのものを欲しがって持って生きていることか。
わが家にも、たった2人きりの人間しかいないのに物があふれかえっています。

投稿: ポージィ | 2006年2月11日 (土) 22:01

一遍上人の地元、松山で生まれ育ったのに
しかも実家は道後の近くなのに。。。
一遍上人のこと、あまり知らないんですよ。
道後にある宝厳寺は一遍上人生誕の地です。
これを期に、出かけてみましょうかね。

投稿: ちょびママ | 2006年2月12日 (日) 01:10

●コメントありがとうございました

★ポージィさま

やっぱりたくさんものがありますか。
うちは引越しで随分捨てているのに、もししなかったらすごいことになっていたでしょう。
私もまだ欲しいものがあって、でも押さえているのが現状です。


★ちょびママさま

ちょびママさんの近くに道後温泉ってあるのですね。正岡子規や夏目漱石とも関係あるのですね。
温泉と文学散歩で1度は足を踏み入れたくなります。
この秋に行くことが出来たらと思っています。


投稿: tona | 2006年2月12日 (日) 08:27

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