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2006年4月21日 (金)

速記

Arennzi 4/19「天声人語」から
作家の宮部みゆきさんは、昔速記者をしていたそうである。法律事務所に勤めていたことは知っていましたが、このことは知りませんでした。
いわば自分を消すこの仕事を、ある対談で歴史の影に生きるわれら、みたいな「忍びの世界」になぞらえている。

国会では1880年の第1回帝国議会以来、100年以上速記が続いてきたが、05年度には新規養成をやめたそうだ。というのも議会や裁判所などで広く使われてきた速記だが、コンピューターによる音声自動認識などにとって代わられようとしているからである。

私の亡父は国会の速記者をしていました。議会の会期中はすごく忙しいようでした。徹夜国会もあったりして。小学校のとき寮に住んでいましたから、一方で速記の神様と言われて優秀だったようですが、一方で大酒のみ・飲兵衛と言うのが聞こえてきました。
後半は養成所の先生もしていたようでした。そんな技を持っていたので、日曜・休日は殆ど内職でテープを回していました。
私も少し教えてもらったのですが、難しくて挫折しました。
父が存命でしたら「時代の流れだからしょうがないね」の一言でしょう。

Tyurippu 兼子次生「速記と情報社会」中公新書 巻末には間違えやすい言葉どうしの例が載っていて、「預かって・扱って」「指名される・示される」「一日に千人・一日二千人」「いいことない・いうことない」 など、確かに聞いたときどちらにもとれて前後から判断するしかなく、難しいものであります。
「瞬時に記すためには、それこそ忍びのような鍛錬が要るのだろう。そんな技術が消えゆくのは、ややさびしい気もする」と天声人語子は結んでいます。

速記だけに限らず、機械化によって、職人の技が必要なくなる例が後を絶たない。先日、そろばんを手で作る最後の人を紹介していました。

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コメント

宮部みゆきさんの小説は時代小説以外はだいたい読みました。
あ…模倣犯は読んでいませんでしたが(^^ゞ
あの文章の表現の仕方が好きなんですよ。
速記もやっていたんですか?
それは知りませんでした。
あのミミズがのたくったような字の。
短いひとつの字のようなもので、単語になってるようなんですね?
未知の世界です。今は速記はあまり使われなくなったようですが
昔の雑誌などには、よく速記養成の広告が出ていたのを覚えています。

投稿: pochiko | 2006年4月22日 (土) 00:01

★pochikoさま ありがとうございます。

pochikoさんも宮部みゆきさんの本を殆ど読まれたんですね。私もごく最近のを除いて読みました。引き込まれて一気読みできる作家です。殆ど宮部さんが住んでいる下町が舞台ですね。5ヶ月住んでいたので雰囲気が分かる小説もありました。

速記文字そのとりの文字です。長い話し言葉もほんの少しの文字でかけてしまうのです。

pochikoさんがご覧になった速記養成の広告見たことがありませんでした。

投稿: tona | 2006年4月22日 (土) 08:18

国会の速記者であられたというお父様は、いろいろな歴史の場面を見てこられたんでしょうね。
そういうお話聞いてみたいですが、速記に集中しておられたら、そこに見える人間模様などは気にしていられないんでしょうか。
いやあ、やっぱり、かいま見えますよね。
宮部さんの小説「火車」というのがテレビ化されたのを見て、ものすごい衝撃を受け、それ以来、実は宮部さんのご本、読めないんです、こわくて。

投稿: シーサイド | 2006年4月22日 (土) 08:53

★シーサイドさま ありがとうございます。

そうですね。国会で取り上げられた数々の問題、40年くらいみてきたわけですから、いろいろの秘話などもあったようです。
話がずれてしまいますが、議員さんのお供で外国をまわったことも1度ありましたが、お世話が大変だったようで、よく生きて帰ってきたと思ったこともありました。

「火車」確かに衝撃を受けますね。こわくなります、かわいい少年物もあったりしますから他の小説は大丈夫ですよ。

投稿: tona | 2006年4月22日 (土) 09:10

tonaさんのお父上が速記者をされていたとは驚きです。一時期あこがれていたことがあります。何歳くらいの時だったかな?
そして、作家の宮部みゆきさんも速記者をされていたとは! 知りませんでした。宮部みゆきさんの小説、不思議な小説ですよね。読み始めるとぐいぐい引き込まれて、途中で止められない、そんな魅力があります。
時代の流れとはいえ、いろいろな素晴らしい技が消えていくのは、なにか耐えられないような気がします。残す方法はないものでしょうか?

投稿: 茂彦 | 2006年4月22日 (土) 16:37

お父様、速記者をされてたんですね。
私も字を書くのは早いのですが、後で読み返すと何かいてるのか分かんない事が。。。(笑)

私も宮部みゆきさんの「火車」を見た時、衝撃的でした。
それは蛇の脱皮の話の部分。
蛇が命がけで脱皮するのは足が生えてくると信じてるから。
今度こそ、今度こそって何度も脱皮する。
蛇は蛇なんだから蛇のままでいいのにって思っても、足がある方が絶対幸せだと思ってるってくだり。。。
少し表現違うかもしれませんが。。。
この話は身につまされて何度思い出しても泣けてきます。
この部分だけでも、何て凄い作家さんなんだと!!

投稿: ちょびママ | 2006年4月22日 (土) 17:06

この天声人語、私も読みました。
一時、宮部みゆきさんの小説を何冊も読んでいた時期があっただけに
ほぉ~速記をしてらしたんだぁと興味深かったのですが、
そうしたら、今度はtonaさんのお父様が速記をなさっていたとは。
さぞかし訓練して身につけられた技術だったのでしょうね。
世の中、便利な道具が開発されていくのはありがたいことですが、
一方で職人技のような技術が消えていくのはとても残念で惜しまれることです。

投稿: ポージィ | 2006年4月22日 (土) 17:52

★茂彦さま ありがとうございます。

茂彦さんが速記者にあこがれていらっしゃたとは驚きました。父は京都の端、天橋立出身です。そこから東京に出てきたのです。

宮部さんの小説、推理小説だけでなく、時代小説、超能力どれも引き込まれますね。他の人の時代小説は殆ど読みませんが。

今、私たちは技術が消えていくのを目の当たりにします。農業はかろうじて後継者が出てきているようですが、あとはお寒い事情で、どうしたらいいのか、寂しい限りです。

投稿: tona | 2006年4月22日 (土) 21:09

★ちょびママさま ありがとうございます。

私も字を書くのが早い方です。でも悪筆なので後で判読できないで随分損をしています。

「火車」に関してちょびママさんはしっかり読んでいらっしゃいますね。
私はそこまで深く理解して読んでなくて、さすが、元文学少女、すごいと思いました。ちょびママさん、文章も上手だし羨ましいと常々感じています。
宮部みゆきさんは本当に才女ですね。

投稿: tona | 2006年4月22日 (土) 21:17

★ポージィさま ありがとうございます。

宮部さん、法律事務所に勤めていたので小説にも法律の知識がないと書けないのをしっかり書いていますよね。これはすごいと思ったら何とあの難しい(私には)速記をマスターしていたとは驚きました。

ポージィさんがおっしゃるように、本当にありがたいことが山のようにあるこの便利な世の中に感謝していますが、一方様々な技術がなくなっていくんだということを認識しました。

投稿: tona | 2006年4月22日 (土) 21:27

宮部みゆきと北村薫の私シリーズ、ちょっと似てませんか?雰囲気というか優しさみたいなところ。蒲生邸事件は感動しました。

投稿: saheizi-inokori | 2006年4月22日 (土) 22:57

★saheizi-inokoriさま

全然気がつきませんでしたが、そういわれてみればそうですね。
蒲生邸事件は映画?(テレビ)で見てしまったので、本は読んでいませんが、やっぱり本のほうが良かったでしょうかね。
「日本人の心と建築の歴史」とてもいい内容でたくさんのことが分かりました。
どうもありがとうございました。

投稿: tona | 2006年4月23日 (日) 08:16

この記事私も読みました。宮部さんは大好きな作家なので、私も驚きました。

以前速記を覚えた事がありましたが、それを文章に起こすのにとても時間がかかって挫折。まだワープロも持っていなかった頃です。

そういえば点字もやりましたけど、ボランティアをやる前にこれも挫折。原因は点字のパソコンができたというのが分かった為です。
飛びつくのは早いけど、挫折も早くて恥ずかしい。

tonaさんのお父上は、国会の議長席の前の、あのボックスでなさっていたのですね。
午前と午後に会議があれば、それはもう膨大な量だと思います。
タダもう尊敬申しあげます。

投稿: ねむウサギ | 2006年4月23日 (日) 21:59

★ねむウサギさま ありがとうございます。

ねむウサギさんはまたまたすごいです。
速記やってすぐ挫折した私と違って覚えたのですから。
点字だって難しいのにものにして。点字も速記と同じ運命にあったのですね。機械に取って代わられてしまって。

子どもの頃は勿論父の大変さなんか全然分からなかったので、大酒飲みでいやだなあと思っていました。しかし、内職をして学校へ行かせてくれたわけですから、節約した母と一緒に今では感謝している次第です。

投稿: tona | 2006年4月24日 (月) 08:13

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