『ノーと言える中国』
『ノーと言える中国』莫邦富編訳
ロシアの空港で搭乗手続きをしていたとき私たちのグループの中に突然中国人が割り込み、仲間を呼んで全員割り込ませました。トイレの行列にも割り込むしマナーがとても悪いと思います。以前にも何回か経験しました。
これとは内容が関係ないけれども、古い10年前の本『ノーと言える中国』を読みました。
内容は、主としてアメリカと日本を槍玉にあげていて過激というか中華主義というか少々驚きました。
そういえば今日、本屋で『中国人の99.99%は日本が嫌い』と言う本がありました。ということは13億の中の1300万人は日本を嫌いとは考えないのか。
ともあれ、傑作なのは中国人の作家はいまだかつてノーベル賞を受賞したことがなく、中国人作家たちはこれに納得できず不愉快に思っている。
(以下開き直っている)ノーベル賞がなんだというのだ。数多くの凡庸な作家が受賞しているのに、逆に多くの優れた業績を持つ作家がもらっていないではないか。トルストイがそうだ。トルストイですら受賞してないノーベル賞など欲しいものか。(tona注:トルストイは1875年に亡くなっている。ノーベル賞は1901年から)
私たちのせいではない。選考委員に見る目がないのだ。ノーベル賞選考委員は西洋人なので中国に偏見を持っている。・・・と言うのである。
又、国際社会での発言が日本の本音であったためしはない。(確かに)
日本が中国と本当に親しくなれると期待してはいけない。
中国が日本を傷つけたことはなきに等しいのに、日本が中国を傷つけた回数はかぞえきれないほどだ、と日本は気づいているのであるか。(かぞえきれないほどあるとは気づかなかった)
さまざまな事情から見て明らかなのは、日本を叩け、必要とあらば力をこめて叩くことが大切だということである。
日本は自分自身の「身の処し方」についても非常にあいまいにして苦悩に満ちている。アジアにしろ欧米にしろ、日本を本当に仲間と認める国などありはしない。
多少粗雑な製品でも、世界中に売り出す自信を持つことだ。そんなことは別になんでもない。誰でも最初はそうなのだ。
中国は礼儀の国である。礼儀を尊ぶ民族は礼儀に縛られてはならないし、礼儀正しいことで損害を受けるのはさらによくない。
とまあ冒頭に戻って、礼儀正しいのならマナーがいいと思うのだけれども、彼らにとっては違うのだろうか?
現在急激に経済発展し、オリンピックもある。世界の大国になる中国は隣の日本を吹き飛ばしてしまう勢いで何か薄ら寒いものを覚えます。
今咲いているカラーと五色ドクダミ
薔薇(カーディナルとブルーヘブン)と紫陽花と百合
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コメント
こんばんは。
tonaさんのお宅には五色ドクダミがあるんですね!
先日初めて他の方のブログで拝見したばかりです。
観葉植物並みの美しい葉模様ですね…コリウスに対抗できます(^^)
バラも、ブルーへブンなるシルバー系のものがおありとは。
それに、左から2つ目のアジサイも珍しいですね。
色んなお花が咲いて素適です。
冒頭の中国の人のマナー違反に、長崎のハウステンボスへ行った時、
ショーが始まってもなお大きな声でお喋りを続けていてイライラ
させられた集団を思い出してしまいました。聞こえてきた言葉の
響きの特徴は中国語でした(^^;)
日本が近隣アジア諸国にした色々な酷いことについては非常に
恥ずかしいし申し訳ないことだと思っていますが、
同時に中国という国に関して子供時代からどことなく怖いという
イメージも持っています。何故なのかよくわからないのですが…
中国の人から言わせたら、日本人こそ恐ろしい野蛮な民族なのでしょうね。
しかし、この本に書かれているように全て自国側を正当化して
中国人民は偉大だ偉大だと繰り返し念じ続けるのはいかがなものでしょう…
今勢いづいている中国、孤立している某国などなど、日本を嫌いつつ
その実かっての日本が犯した過ちを繰り返す、などということに
ならないようにと願います。
投稿: ポージィ | 2006年6月 9日 (金) 20:52
日本人が中国人に嫌われていると知ったのは大人になってからです。
最近は、何となく私自身も中国に親しみが持てなくなってきている。
何か援助の話を聞いても、あんだけ軍事費使って、ロケットも飛ばすような国に、なんで援助?って思ったり。
根っこは同じ人間だけど、人と人の関係はそんな単純なものではなさそうですね。
投稿: シーサイド | 2006年6月10日 (土) 06:09
すみません。
お誕生日リストを間違えていました。
お詫びいたします。
改めて明日お祝いにお邪魔します。
とりいそぎお詫びまで。
投稿: 未歩 | 2006年6月10日 (土) 06:41
●ありがとうございました。
★ポージィさま
五色ドクダミは花がドクダミと同じで葉は太陽に当てると黄色や赤やオレンジも入ってきます。どんどん増えてもう5人くらいに差し上げました。
アジサイはサカタのタネの園芸種で「ユングフラウピコティ」といいます。
中国人が2,3人でも電車に乗っているとうるさいですね。発声が違うからよけいですね。最もオバタリアンもうるさいことがありますが。
ポージィさんがおっしゃるとおりです。過去の過ちは恥ずかしい。10年以上に及ぶ軍国主義は考えてみただけでも恐ろしい。
しかし中国における教育が昨年の大使館事件を引き起こしたという事実は一時沈静しただけで、永久に続いていくでしょうね。
そんなことも念頭におかず、一時中国語講座を聞いたり、漢文に親しんだり、太極拳をやったりですが、文化を知るのは関係ないかなあと思っています。
投稿: tona | 2006年6月10日 (土) 08:14
★シーサイドさま
私なんか嫌われていることを、大人の半分過ぎても全然知らなくて、中国人のバイタリティを尊敬の目で見たりしていました。しかしその活力もマナーなどないものですから、それはどうもいただけないというふうになって、そしてこの本でさらに衝撃を受けた次第です。
したたかな東南アジアと付き合っていくのはすごく大変なこともわかりました。
自分の周りのお付き合いさえ大変なこともあるのですから、国家ともなれば100以上の国との関係があって、戦争にならないようにするだけでも頭を使わなければなりませんね。
投稿: tona | 2006年6月10日 (土) 08:23
★未歩さま
とんでもありません。お気遣いくださってありがとうございます。すみません。
私の方こそ未歩さんのが知りたいけれども分からなくて・・・。もう過ぎてしまったのでしょうか。教えてください。
投稿: tona | 2006年6月10日 (土) 08:28
あ~、よかった。
原因は誕生日リストにリンクを貼ったときから間違えていたようで、
それをコピーしたからいけなかったのです。
5月の掲示板は正しく書いておりながらです。
早速自分のエクセルで作っているものとすべてチェックしました。
確認作業の大切さを思いました。
仕事なら「言い訳」ですよね。
ありがとうございます。
11/25です。
ちょっと気を引き締めます。
ありがとうございました。
投稿: 未歩 | 2006年6月10日 (土) 09:33
★日本人も同じ
中国人が日本人をバカにしたり憎んだりする、というのは今に始まったことでなく、遣隋使の昔から?(笑)
中国は日本以上の格差社会、しかも超少子化という「いびつな国家」になっているとか。北京・上海などに貧しい田舎の農民が押し寄せている、とも。
北京で貧しい人が要人の車列に向かって飛び出し、「直訴する」という光景がみられた、という特派員報告も報道されました。
「日本(国)が悪の根源」みたいに国民に教え込んでいるらしい、という報道を見たこともありますが、日本も昔「鬼畜米英」とかいって、戦争への道筋をつけていったという歴史があるのではないでしょうか?
為政者が「内政への民衆の不満」から目をそらすため、仮想敵をつくるというのは常套手段で、こんな殺伐とした世の中になったのは、教育の問題だとか愛国心の欠如が原因だ…なんていってるのも同じ発想でしょう。長続きするわけがない。
為政者と民衆の意識がズレればズレるほど、その国はおかしくなっていき、やがて衰退していく…くわばらくわばら。
親父から聞いた話ですが、戦争中、前線の貧しい村人が「おなかがパンパンに膨れあがった子ども」を連れてきて、薬はないでしょうか?と言ったそう。
軍医さんのところへ連れて行ったら、寄生虫らしいということで、ヒマシ油の瓶の蓋を子どもの舌の上にペタリ。
あとはご想像におまかせします(笑)が、子どもが治って村人は大喜び、食糧調達が楽だった、と述懐してました。
戦争中でさえそうだったんだから、「まともな民衆同士」なら理解し合えるはず、というのは楽観的すぎますかね?
お礼が遅くなりましたが、ブログ版「ロシア旅行」にお連れいただき、感謝!です。
投稿: 讃岐の団塊オヤジ | 2006年6月10日 (土) 10:32
私は55才~65才までの10年間、派遣されて日中合弁会社=商社(日本側51%、中国側49%の資本、スタッフは7:3くらいで中国人が多い)で勤務しました。(自分で好んで選んだ道ではなく)
ですから、中国特に中国人については、中途半端でなく、また断片的ではなく、よく知っているつもりです。
中国や中国人については、沢山の本が出ているし、テレビ、新聞でも報道されることが多いです。その内容には、客観的に見て、正しいものもあり、誤ったものもあります。
私が日中合弁企業で働いた10年間、丹念にその日その日のことを書き綴っています。それは今も残してあります。(本当は廃棄したい気分)毎日毎日がカルチャー・ショックでした。
トイレの行列に割り込む、このようなことは日常茶飯事です。似たような事例は数え切れないほどあります。腰を抜かすほど驚いたことは山ほどあります。(一言で云えば民度が低い、私はそのように思っています)
書きたいことは沢山ありますが、これくらいでやめておきます。(機会があればそのうちに)
ただ、私は日本人として、日本人が自分を卑下することはなにもない、全体的に見て、日本人は礼儀正しく、そして誠実で、まれにみる勤勉な人種だと思っています。たしかに最近はいろいろな事件もあり、違うと云う意見もあるかのしれない。しかし、私は10年間の経験に照らして、日本人はもっと自信を持って、胸をはって、外国と接するべきだと思っています。
投稿: 茂彦 | 2006年6月10日 (土) 17:00
tonaさん、私も中国の人の割り込みには何度悔しい思いをしたか知れません。それも割り込んでおいて、挑発するように振り向くのです。どんな温厚な人でも「くそっ」と思いますよ。
ある時ついに堪忍袋の緒が切れて、通関のところで怒鳴った事がありましたが、彼らはお構いなく次々抜いていく。私の前の西洋人女性が肩をすくめて、「どうしようもないね」と顔をしかめていました。
中国人は又、綺麗にするのは自分の家の中だけで、ゴミは外に出して知らん振り。「礼節」は知ってる人にだけ尽くすようです。
中国も国際社会に踏み出していけば、少しずつ改まるのではと思いますが。あまり期待できないけど。
投稿: ねむウサギ | 2006年6月10日 (土) 17:11
現在の近隣諸国との外交問題について論ずるのは難しい。年代によって考え方も違う。
我々の時代は、「神国日本」「天皇の神格化」負けたことのない日本として教育されてきた。その頃は日本はアジアにおいて絶対的な立場にあった。これが軍部の独走によって2次大戦を引き起こし、やがて未だかってない敗戦国日本が生まれた。これにより近隣諸国との立場が逆転したのは事実だ。日本の常任理事国入りは、中、米など戦勝国によって
阻まれている。
戦前、朝鮮(韓国、北朝鮮)とか台湾は日本の委任統治下にあった。その時分、伯父が朝鮮と台湾の総督府の要職にあった。いろいろ話を聞いたものだ。
日本は国はもちろん、民間の企業は設備投資を行い、産業の振興に当たった。
日支戦争、第2次大戦が始まり、それらの設備は報われることなく、そのまま置いてこられた。多かれ少なかれ、それがその国の発展の基盤になったことは否定できないと思う。
1970年、韓国のある炭鉱に行ったとき、日本語を話す長老が言った「今この炭鉱が続いているのももとは日本の企業が開鉱してくれたお陰だ」と…炭住も当時のまま残り、使われていた。
1972年、田中角栄により、日中国交正常化達成、その後、日中一大プロジェクトとして
今の新日本製鉄を初め、日本の主要鉄鋼メーカーの技術力を終結し、最大規模の協力を行った。7年間にわたる日中協力の工事の末、第一期工事が完成した中国初の最新鋭大型一貫製鉄所、「上海宝山製鉄所」が完成し、今の中国の近代化の基盤を築いた。私の勤めていた会社もその一部を担った。
戦時中、日本は中国に対し、非人道的なことはあったかもしれない。それでも戦後、残留日本人の子供達を育ててくれた中国の親御さんたちには頭が下がる。
今でも中国とは相互扶助の関係にある。
日本は豊富な安い労働力を提供してもらい、
中国は就労の恩恵と、円借款を受けている。
これをやめることはお互い損失をこうむる。
今は、近隣諸国と靖国問題などでちょっと感情的になっているに過ぎないのではなかろうか。
日本は、もっと状況に応じては毅然たる態度で外交をすべきと思う。茂彦さんのご意見に同感です。
投稿: 夢閑人 | 2006年6月10日 (土) 19:43
●コメントをありがとうございました。
★未歩さま
たくさんの方のを大変ですよね。頭が下がります。
11/25、カレンダーに書き留めました。
お知らせくださってありがとうございます。
投稿: tona | 2006年6月10日 (土) 20:11
★讃岐の団塊オヤジさま
含蓄のあるお話をありがとうございました。
たくさん書いていただき恐縮しております。
遣隋使の時代から・・あの頃もう中国は世界の中心だったのですね。中華思想。
格差社会のことも聞きます。山峡ダムも強制的で日本ではとても出来ないでしょう。
直訴のことは知りませんでしたが、泣き寝入りでなく直訴が出来たことは進歩ですね。
今日本では、報道、言論の自由の時代ですからあり得ませんが、ない時代のお上の民衆への教育や扇動があんな不幸な戦争へと行ってしまった。そして中国の去年の大使館事件もそうだったとか。
為政者云々・・中国ではありそうで、本当なら怖いです。でもありそうなこと。為政者と民衆の意識のズレ・・中国ではどうなるのでしょうか?
お父様のお話で私も戦後お腹に回虫を飼っていたことを頭のDDTと一緒に思い出しました。そのお陰でアレルギーや花粉症と今のところ無縁です。
中国とのことこれからも見逃せないことです。
ロシア旅行記を読んでくださったのですか。どうもありがとうございます。
投稿: tona | 2006年6月10日 (土) 20:43
★茂彦さま
そうだったのですか。
以前『てなもんや商社』を読んでびっくりした覚えがあります。茂彦さんがその体験者だったとは!!
書き綴った記録は廃棄したいお気持ちは分かると言ってはおこがましいですが、読みたくないでしょうね。でも廃棄なさらないでまた何かの機会にお聞かせ下さい。
民度が低いということも大いに頷けます。
巻末で石原慎太郎さんが作者と対談しているのですが、胸のすくようなことを堂々と、1歩も相手に譲らず言っているんです。何だか見直してしまいました。
体験者である茂彦さんが最後に仰っていることを国民皆がかみしめ、政府その他が実践して欲しいです。
★ねむウサギさま
ねむウサギさんのお話驚きました。
挑発ですって。びっくりですね。
空港で怒鳴ったけれどもだめで、すっかり疲れて俯いて元気をなくしていた人が同行者にいましたよ。
礼節は知っている人だけとはまたまた驚きです。礼儀の国もお門違いと言う感じです。
オリンピックではやたら痰を吐かないように政府が指導しているそうですね。
外国人は日本人と中国人と区別できるのでしょうかね。お行儀の悪いのが日本人と思われるといやですから。白人は全然私には区別がつきません。
ヨーロッパにも随分見かけますがあんなことをヨーロッパの人は許すのでしょうかなどいろいろ思ってしまいました。
投稿: tona | 2006年6月10日 (土) 21:16
★夢閑人さま
たくさんコメントを書いていただきありがとうございます。
外交問題、本当に難しいのだとしみじみこの頃感じます。
戦争へ突入していったいきさつはそれはそれでいろいろ複雑なことが絡まっていたのでしょうね。
私の頭に入ってきたのは、田中角栄の日中国交正常化達成の頃からでしょうか。
山崎豊子の『大地の子』にも日中合弁の話が語られていますね。
上海宝山製鉄所の完成、夢閑人さんの会社が一部を担っていたのですか。凄いことです。
残留日本人のこどもの養育の話は本当にありがたい話です。
毅然たる外交態度、まさにその通りで、相互扶助の関係にありながら一方的に押しまくられていってしまいます。
北朝鮮のこともなかなかに難しいです。
投稿: tona | 2006年6月10日 (土) 21:37
五色ドクダミって
周りに赤色?が入っているようですけど
葉っぱが綺麗ですね
こんな種類があるなんて初めて知りました
これもお庭にあるんですか?
tonaさんのお家にはお花がいっぱい
初めて目にする物がたくさんあるので
とっても参考になります
投稿: ももみ | 2006年6月10日 (土) 22:02
日中問題も一口では言えない奥が深いものがあるお思います。
お庭の花、たくさんの花が咲き乱れていますね。
紫陽花の種類も多くて、五色ドクダミ?
こういうドクダミもあるんですね。
薬効もありそうですけど、私にはどうしても雑草にしにか見えないです。
でも五色ドクダミは別物かも…。
投稿: pochiko | 2006年6月11日 (日) 00:13
tonaさん、6/11お誕生日おめでとうございます。
素敵な日をお迎えください。
ブログ友の誕生花をお贈りします。
画像は誕生色だそうです。
この方は366人日一日も休まずお祝いの記事を書いてみえます。
http://blog.goo.ne.jp/sion_days/e/da6434e6b6475b4e5c95661846a6bd7f
記事と関係ないことで、すみません。
みなさん深い知識がおありになりますね。
記事・コメントで勉強させてもらって帰ります。
ありがとうございました。
私の誕生日も控えていただいて、ありがとうございました。
家族のお誕生日はみんな忘れませんね。
出会えた方も同様、大切にしています。
数字って不思議です。
6/11・・・和が「8」、可能性を秘めたとってもいい日なのです。
投稿: 未歩 | 2006年6月11日 (日) 06:56
★ももみさま ありがとうございます。
五色あるでしょうか。濃い緑、黄緑、黄色、赤の4色でオレンジ色も出たような気がします。この頃日光不足とはいえ、陽に当たると赤が増すみたいです。
とても増えるんですよ。それで鉢植えにしています。
我が家は条件が悪くて強いものだけが生き残りました。たくさんの植物を枯らしています。
投稿: tona | 2006年6月11日 (日) 08:33
★pochikoさま ありがとうございます。
そうです。日中問題は複雑で難しいですね。
紫陽花1つを除いてみな挿し木で咲きました。額紫陽花と墨田の花火は失敗で花が咲かず捨てました。
今どこもかしこもドクダミだらけで、花の白が異様に光っています。
五色ドクダミもまったく同じですが、葉が斑入りで葉を鑑賞しています。
投稿: tona | 2006年6月11日 (日) 08:42
★未歩さま
どうもいろいろありがとうございまいた。
心から感謝いたします。
紫苑さまの誕生花もありがとうございました。殆ど知らないことばかりで色も黄色だなんて思いもよりませんでした。
和が8というのも未歩さんに教えていただくまで気が付きませんでした。確かにブログでも未歩さんのような方とお知り合いになれて私はついていました。
あいにく梅雨で雨女なんですよ。丁度紫陽花や菖蒲の季節なので見るとほっとします。
重ね重ね御礼申し上げます。
投稿: tona | 2006年6月11日 (日) 08:59
五色ドクダミ拝見しました
これですね 見たことがあるようです
また楽しみが出来ました有難うございます。
投稿: T.O | 2006年6月13日 (火) 16:33
★T.Oさま
お帰りなさい。後でお邪魔します。
五色ドクダミ見ていただけましたね。
色が五色で斑入りです。
臭いも花の咲く時期も普通のドクダミと全く同じです。葉が鑑賞に堪えるのでそれなりにいいです。
投稿: tona | 2006年6月13日 (火) 19:45
1875年に亡くなっているトルストイはアレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイです。ですが、ここで言うのは明らかにレフ・トルストイ(1828年 - 1910年)のことではありませんか。
投稿: yx_wh | 2012年12月20日 (木) 21:47
★yx_whさま
ご指摘ありがとうございました。
6年半前になりますが、どうしてこんな間違いをしたのか思い出せないでいます。
トルストイ伯爵家には3人ほど有名な執筆活動をされた方がいたのですね。
勉強になりました。
感謝します。
投稿: tona | 2012年12月21日 (金) 08:41