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2006年6月13日 (火)

町の名 早稲田と牛込弁天町

埼玉県の東松山市の疎開先から東京に舞い戻ったのは早稲田小学校2年3学期のことでした。新宿区弁天町32番地です。ここで4年半過ごして茅ヶ崎に越しました。
他の地では忘れてしまった町名も、小学生のときの弁天町界隈だけは不思議と全部思い出せます。
1.弁天町、天神町、矢来町、山伏町
2.柳町、榎町、山吹町
3.早稲田南町、鶴巻町、原町、河田町、喜久井町
4.納戸町、赤城下町、神楽坂

町名を漢字でなぞっていると由来がわかります。早稲田南町には夏目漱石の猫の墓がありました。失念しましたがお寺には昔の文士の墓がいくつか点在してました。早稲田祭では演劇部の劇に台詞を1つ位しかしゃべらないけれども出させてもらったのが良い思い出です。
日本橋界隈も人形町、馬喰町、蛎殻町、小伝馬町と今も残っています。
この頃、カタカナの市も出来たし、合併で変な名前の市が誕生したり、東西南北をはじめとする味気ない町名が多い中、新宿区は今もちゃんと昔を髣髴とさせる名前を残して賢明だったと思います。
都内での事情と違って地方に行けばそれは曰くのある、素敵な名前の地名があるでしょうね。行った先で調べたりして辿るのも楽しいかもしれません。

弁天町は国分寺からほぼ真東に23km、電車もまっすぐに通っているので、住んでいたところ行ってみたいと思っています。

写真左のピンクの濃淡のペラルゴニウムから突然紫の花(写真右、4月の中頃UPしましたがこれは高く仕立てている家のを撮りました)が生まれました。一番右はマーガレットコスモスで耐寒性あり、挿し芽でどんどん増えて我が家向きです。

Perarugoniumu2 Perarugoniumu1Magarettokosumosu_1   

Koebisou Burubinehurutesnnkennsu

右上はコエビソウで耐寒性はないけれどもこれも挿し芽で増えます。左下は以前もUPしましたが、また咲いている、ブルビネ・フルテスケンスです。

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コメント

新宿のこの区域は2回赴任し5年間担当した懐かしいところです
大変車の混むところで飯田橋近いとこに小さい町がいっぱいですね。早稲田は印刷屋が多く今はマンションが建ち並ぶ場所になりました。
ペラルゴニウムも突然変異で異色が出るんですね
コエビソウは海老みたいに似ているのでしょううか?

投稿: T.O | 2006年6月13日 (火) 16:49

「海の家」の記事にコメントしたのに消えてました(涙)
そのせいでごめんなさい、随分とご無沙汰した感じになっちゃいましたね。
変わりありませんか~?なんてね(笑)

コエビソウね。。。
私が嫁いできた時には庭の片隅に見事な花がついてたのに
4年目くらいから影も形もなくなってしまってたんですよ。
きっと義父の仕業だと思うけど。。。
それがね、何年ぶりかで今年、ほんの少しですが花をつけてるんですよ♪
義父があのあの辺りに蔓延ってたユリズイセンを処分したので
何年ぶりかで出てきたんですかね。
ちょっと感動でした。

投稿: ちょびママ | 2006年6月13日 (火) 17:21

★T.Oさま

こんばんは、ありがとうございました。
まあ、5年間も担当なさったのですか。
私も懐かしく思い出すのですが、ビルでなく平屋の風景です。山吹町のところにも印刷屋がいっぱいありました。
遊んでばかりいたので覚えていたのかもしれません。
ペラルゴニウム余りにも似ていない色なので驚いています。
コエビソウ、本当にエビに形や茹で上がった色が似ているのです。

投稿: tona | 2006年6月13日 (火) 19:57

★ちょびママさま

ごめんなさい。ココログのメンテナンスでご迷惑をかけたようです。せっかくお言葉をいただいたのに本当に残念です。

ちょびママさんもお元気ですか。
コエビソウ良かったですね。
でもその代わりあの綺麗な色のユリズイセンがなくなってしまったのですね。
こちらではコエビソウは家の中に入れないと霜にやられてしまうのですよ。そちらはお庭で大丈夫なのですね。いいなあ。

クッキングバトルのことはブログには書いていないのです。8組のうち第4位でした。ビデオは1回も見直していないし、朝日新聞にはtona の談話などが載ってしまったのですが、その記事も何処かにいってしまいました。

投稿: tona | 2006年6月13日 (火) 20:07

長崎にも、賑町、船大工町、銭座町、万屋町、などなどいろいろな町名があります。
蛍茶屋なる地名もありますよ。
機械的な町名よりもいいですよね。

投稿: シーサイド | 2006年6月13日 (火) 20:54

★シーサイドさま 

まあ、また趣が全然違う、なんか活気がある町名ですね。人々が賑やかに行きかっているように思える名です。
蛍茶屋といえば、今頃もう蛍が飛び交う頃ですね。家の方には蛍が出る場所があるのですが、2、3年前から出なくなってしまい残念です。ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年6月13日 (火) 21:30

まったく同感!何でつまらない地名にしてしまうのか!犯罪的だと思います.TBしました。

投稿: saheizi-inokori | 2006年6月13日 (火) 23:38

●地名はロマン
当地(城下町でもある)にも、旅篭町(はたごまち)・大工町・磨屋町(とぎやまち)など、昔を偲ばせる地名が残っています。
市町村合併や区画整理で由緒ある地名が消える、というのでよく物議を醸しますが、歴史的な「文化の継承」という視点が欠けているのかな?という気もしますね。

尺貫法の廃止と規を一にするように職人技が廃れていったのと同様、地名が「符号化」することでそこに住む人々の人情も薄っぺらなものになっていき、共同体としての機能も失われていく…

高セキュリティマンションや高い塀をめぐらせた邸宅に住んでいる人たちが、符号化を考えるのかな?(笑)

投稿: 讃岐の団塊オヤジ | 2006年6月14日 (水) 01:23

★saheizi-inokoriさま

コメント&TBありがとうございました。
同期会で地名の持つ力に感じ入ったご様子、本当にそうですね。
私も小学校のクラス会が5年に1度くらいあるのですが、同じような思いです。地名で小学生の頃の思い出がいつまでも鮮明に残っています。そういう点で今のつまらない地名で育っている子どもより貧しいけれども幸せでした。

投稿: tona | 2006年6月14日 (水) 08:17

★讃岐の団塊オヤジさま ありがとうございました。

本当にその通りですね。
城下町ならこの先どんなことがあっても絶対由緒ある地名は残すべきですね。
大工町といえば、長崎に船大工町があるそうで、宮大工なんていう町はあるのかしらと思ったりします。旅篭町なんて江戸時代と言う感じですね。磨屋町も昔の町の中の様子が目に浮かびます。
そうです。職人技が廃れていくのもとても残念なことです。文化の継承も、現在ではなかなかに厳しいことなんですね。
「地名の符号化」で人情が薄っぺらな・・・本当、そうですね。そうかそうか、あの高い塀の中に住む旦那が考えたというのもあり得ますね。

投稿: tona | 2006年6月14日 (水) 08:37

長いこと続いてきた地名は歴史やいわれがあって面白いですよね。
このごろの、ただ単に見た目のイメージが柔らかだからと
ひらがな表記にしてしまったり、有名な観光地を市名にしてしまったり、
というのはどうかと思います。一字一字に意味を持つ漢字を
もっと大事に、その土地の歴史も大事にするべき…と思います。

そういえば、小田急線の「六会(むつあい)」駅の名前が
何年か前に変更になったのですが、そのとき「六会」が全く消えてしまう
案も有力だったようです。(近くの大学名と湘南を入れた名前です)
でも、六つの村が一緒になったという歴史を重視する派が多数だったようで
結局は「六会日大前」駅という名に落ち着きました。

ぺラルゴニウムは先祖がえりでしょうか?びっくりなさいましたね。
コエビソウは、うちにもありますが今年は寒さにかなりやられて
やっと芽を出したのがわずか10cmほどで止まっています。
花が咲くかどうか…難しそうです。

投稿: ポージィ | 2006年6月14日 (水) 11:53

昔住んだ街は忘れられない。特に思い出のあるところは。

新宿区、確かに細切れ町名が多いですね。
関東で多い地名が「富士見町」昔は富士山がよく見えたんでしょうね。

投稿: 夢閑人 | 2006年6月14日 (水) 18:03

★ポージィさま ありがとうございました。

町名には歴史が刻み込まれてるのですね。それをなくすなんて歴史をないがしろにしています。
新しくつけたそういう地名には全然親しみがわかないです。

「六会」変わったのですか。6つの村が一緒になったと言うことも知りませんでした。
小田急は高校のとき3年生のときだけ小田急の藤沢本町まで利用していました懐かしい電車です。ですから善行とか長後とか大和、中央林間などの名前が浮かんできます。

ペラルゴニウムびっくりでした。これは挿し芽が他のゼラニウム類より難しくてなかなか成功しないのですよ。
コエビソウ生きていて良かったですね。我が家は2階の暖かい部屋に冬中入れていました。

投稿: tona | 2006年6月14日 (水) 19:26

★夢閑人さま ありがとうございました。

夢閑人さんは鹿児島の思い出がいっぱいおありになるでしょう?
確かにもの心ついたあたりからの思い出が忘れられませんね。疎開先に行って見たかったのですが、親がいなくなったのでわからなくなりました。

富士見町、そうですね。学校の名前にも2つあるようです。私が知っているのは千代田区のと国立のです。富士山は偉大です。

投稿: tona | 2006年6月14日 (水) 19:37

町名というのは、もともと由来があってつけられたわけですね。ですから、町名を仔細に調べれば歴史が分かる、そのように思います。町村合併などで、由緒ある名前が消え、符号化が進む、残念なことです。

投稿: 茂彦 | 2006年6月15日 (木) 20:38

★茂彦さま ありがとうございました。

みなさんのお話で町名そのものから、その地の歴史まで見えてくることがわかりました。
知らないで住んでいる人もいっぱいいますでしょう。符号化を考えた人ってそういうことにもうといのでしょうが、そんな人に決められた地域は気の毒です。私のところもそうかしら。

投稿: tona | 2006年6月15日 (木) 21:01

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高校の同期生が10名、集まって昼から呑みました。酒もつまみもみんなの持ち寄り。長野から自作のネズミ大根(辛味大根)を、千葉からキャベツ、羊の肉を送ってくる欠席者、部屋はメンバーの一人の弁護士事務所、彼の丹精したヌカヅケも。オヤキって知っているか?善光寺の近くの店から取り寄せた奴もいる。最後はうどん。辛味大根をすって搾ってその汁に味噌をといて、それで食う。熱いうどんもつくりそれには大根汁をかける。 いくら食っても食い足りないくらい。うまいのだ。職業はサラリーマン、教育者、マスコミ、銀行員をリタイ... [続きを読む]

受信: 2006年6月13日 (火) 23:35

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