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2006年8月30日 (水)

推理小説

今日読んだのは摩耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』
いろいろある孤島物の1つ。解説者の言葉を借りれば「新本格ながら日常現実的なものと非現実的なものを混在させ、観念的な発想を結末に据えるやり方」。
映画ではSF的なものは結構受け入れられるも、本ではさっぱりの私は非現実的観念的なものが、作品によっては苦手です。この作品も宗教やキュービズム理論が難しく展開され、最後の方もごちゃごちゃとあり得ないことがない交ぜになってすっきり感がないのでした。

推理小説、最初は松本清張や江戸川乱歩や高木彰光、横溝正史など。外国物がアガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、コナン・ドイル、ディクスン・カー、クロフツなどでした。
引き続きウイリアム・アイリッシュやルース・レンデルやクレイグ・ライスなど50人くらいの作家のを遍歴しました。
10年前のあるとき、島田荘司の『占星術殺人事件』で衝撃を受け、二階堂黎人の『人狼城の恐怖』に胸高鳴らせ、どれも面白い宮部みゆきの推理物、東野圭吾、北村薫、建築探偵物の篠田真由美、有栖川有栖、綾辻行人等々、日本人40人くらいの面白い推理小説に出会えました。文章が素晴らしいと推理やサスペンスのみならず、純文学的でもあり、更に世相を反映し、知らなかった世界を覗き見ることもできるわけです。
昨年10月よりブログを始めてからすっかり遠のいてしまいました。その代わり色々な方が読まれている本をなぞって読んだりして読書の傾向が広がっていくのは本当にありがたいことです。

Sakeire これは夫が父の日に娘からもらった焼酎入れです。

毎晩栓をひねってこれから入れ、飲んでいます。

娘からのだと何よりも美味しいのでしょう。

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2006年8月28日 (月)

国分寺跡・国分尼寺跡

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Nanazyuunotouato2_1 Nanazyuunotouato1

 

家から数分の所に武蔵国分寺跡があります。さらに府中街道を越えるとJR武蔵野線と鎌倉街道に挟まれた国分尼寺跡が続きます。
ご存知、国分寺・国分尼寺は天平13年(741)の聖武天皇の詔により鎮護国家を祈願して全国で創建された寺である。鎌倉幕府滅亡時の分倍河原の合戦で焼失したらしい。わずか七重塔跡と尼坊跡が復元されているだけである。
僧侶の定員が20人、尼僧の定員が10人と規定されていたそうである。

Niziato1_3 Niziato2_1

さて、各国の国府に置かれた国分寺はどのくらいあるのでしょうか。68だそうです。
その中で大和国の東大寺、法華寺は総国分寺、総国分尼寺とされ、全国の国分寺、国分尼寺の総本山と位置づけられた。諸国の国分寺・尼寺は官による財政支持がなくなると廃れてしまった。その後再建され当初の国分寺とは性格の異なる寺として現在まで維持しているところがある。
この68の国分寺を全部巡った方がいます。世の中には本当にいろいろな目的を持った方がいます。お陰さまで居ながらにして見る事が出来ました。

国分寺があったところから名称が付けられた自治体
1.東京都国分寺市ー武蔵国
2.香川県国分寺町(現高松市国分寺町)-讃岐国
この他栃木県下野市国分寺を初めとして16も地名に付けられている。
国分尼寺も法華寺→法花寺という地名が全国に7ヶ所あるそうです。

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咲き始めたハナトラノオとその後ろに見える里芋の畑 土の中ではもう大分大きくなっているのでしょう。

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2006年8月25日 (金)

河童

夏は何故か河童です。

河童の置物を探していますが未だ見つかりません。ネットでは随分愛らしいのがあるのですが。
新聞に「うまい びっくり 顔弁当」が載っていました。イチローやカルロス・ゴーンなどの有名人を、ご飯やおかずを使い彫刻のように作る主婦たちの弁当がブーム。キャラクター弁当400種を作った方の中に「河童のカパエル」なんていうのもありました。見てびっくり、おののいてしまいました。、あまり食欲は湧きませんがまあよく作ったこと。

北九州市の若松区に住んでいたとき、高塔山に河童地蔵尊がありました。このあたりには河童封じの地蔵尊伝説があって河童の背中に釘が打ち込まれています。この地の『麦と兵隊』『河童曼荼羅』などで有名な作家・火野葦平はこの伝説をもとに『石と釘』という作品を書きました。葦平は河童をこよなく愛し自宅を河童の棲家という意味の「河伯洞」と名付けたくらいです。座敷の欄間には河童の進軍が彫られています。夏になると葦平の発案で始まった火祭り行事のたいまつ行列が河童地蔵尊へ向かって上ります。
私にとっては若松ー火野葦平ー河童とつながるのです。

もう1人「芋銭が河童か、河童が芋銭か」と言われた牛久沼の小川芋銭です。牛久には『橋のない川』の作家住井すゑさん宅の講演にお邪魔し、その空気を吸ってきました。
芋銭の『河童百図』には様々な河童が描かれている。見ていて実に楽しい。特に1、13、34、81図などが面白い。

Hagoromorukousou 昨日の記事:直木賞作家の坂東眞砂子さんが「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した」として子猫が生まれると、自宅隣のがけ下に放り投げているという。言葉を失ってしまいました。この人の随筆『身辺怪記』を年頭に読んだが才気走っている文章だと感じて小説も読むのをやめたいきさつがあります。

いつもツーテンポ遅れる私の家の花たち、ハゴロモルコウソウがやっと真剣に咲き始めました。

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2006年8月22日 (火)

石の家

Memori ルーシー・M・ボストン自伝『メモリー』

作者のことは何一つ知らず、表紙の見事なパッチワークにつられて読んだ本です。
ケンブリッジで学び、准看護婦として大戦中に活躍し、結婚後は絵に打ち込み、離婚後は12世紀に建てられた領主館(マナーハウス)を購入し2年かけて修復。97歳で亡くなるまで庭園を作り、パッチワークや絵や音楽パーティに精力的に取り組む。60歳過ぎから6冊の「グリーン・ノウ」シリーズなどファンタジーを発表する。とまあ、こんな人なのですが・・・

1番感心してしまったのが家のことです。
イギリスでは古い家のほうが価値があって新築の家が安いとか。わざと古い建材で建てるとか。多くの人は古い家を買い何年もかけて修復し、不便を厭わず住まい続けるとか。日本では精々もって40年、普通は30年経つと建て替える。新建材で家の中も最新式の便利なものを揃え快適に暮らそうとする。
高校時代石の文化と木の文化の違いだと習った記憶があります。

作者ルーシーも1120年頃に建てられた家を購入しその厚さ1mもある壁や、暖炉やアーチにこだわり、壊しては昔の部分を見つけ修復して、見事に作り変えてしまうのです。ターシャ・テューダーも1820年代に戻していたけれども、こちらはイギリスで最も古い家に住んだのです。
グリーン・ノウシリーズの『グリーン・ノウの石』を読んでも石への思い入れがすごくて、日本人と遠く隔たったノルマン人、ゲルマン人、ケルト人などの頑固なまでの実行力に驚きを禁じ得ません。

イギリス人のガーデニング好きはこれまた世界1、その移民が多いニュージーランドの庭も素敵だそうだ。
国土の割りに人口が少なく、電信柱と広告看板、洗濯物が見えないきれいなヨーロッパ。家々には花が咲き乱れ、雑草がはびこっていなく、工場の周辺すら清潔感に溢れ、環境・景観を大切しているのも、不便な生活、人々の努力・忍耐の上に築かれたものと言ってよい。
国土の3割しか平野部がなく、そこに人が密集し、里山や美しい景観が宅地造成でどんどん切り崩され、もうゴミさえも捨てるところがなくなってしまった汚い日本、これ以上自然を壊さないように立ち上がっている多くの人に賛同して、なんとか努力したいものです。
と話は全然別方向へとずれてしまいました。

国分寺駅のコンコースへさしかかると地元早稲田実業の祝優勝の垂れ幕がJRの駅の中や西武線の入口に下がっていました。店もお祝い気分一色です。
2度の決勝戦、両校共に甲乙つけがたい内容の素晴らしい試合でした。高校野球で久しぶりの感動をもらった試合だけでなく、試合後の感謝の言葉、疲れを全然見せない爽やかな顔に大きな拍手を送ってしまいました。

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2006年8月19日 (土)

ニガウリとヒョウタン

ニガウリがあちこちにぶら下がっています。

Nigauri Nigauru2

今日見つけたのはこれです。オレンジ色に変わったのは時々見かけますが、街道に面したビルの脇にあるニガウリはほどんど全部はじけたらしく、しかもこんなに1枚に広がっています。裏を覗くと種がちらほらと見えました。ニガウリには普通に見られるものでしょうか?

次に見かけたのがお化け級の大きなヒョウタン。50~60cmの長さで直径は30cmくらいありそうです。
そしてこの大きなヒョウタンに虎や墨絵風の絵が描いてあるのが窓にいっぱい飾られています。今年ぶら下がっているのもまた絵が描かれて仲間に加わるのでしょう。
ヒョウタンに大きくなる種類があるのか、はたまた栄養がいいがためか、前に育てた経験だけではわかりません。
Hyoutann1 Hyoutan2

Daria_1  兎に角暑いです。こんな日はアイスクリーム。何だか幻になりそうなのがあります。
京料理「菊之井」の和風アイスクリーム「海の塩」。渋谷東急百貨店東横店で販売されていると新聞に出ていました。暑くてわざわざ余り好きでない渋谷に出向けないのが原因です。1個368円で高いけれども甘いイメージのアイスクリームが塩味なのに軽い舌触りで一気食べられるとか。不思議なものが次々と登場する日本です。

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2006年8月16日 (水)

ペルシャ文明展

Perusyabunnmeitenn 上野の都美術館で読売書法展に知人が篆刻の作品を出品されているので、招待券を戴いて出かけました。
今回の釈文は「好問則裕」・・問うことを好めば、それによって心の豊かな人物となる、という意味である。
なかなか含蓄のある言葉です。作品は解釈がなければ読めないのですが、こういうのを1つでも持っていたらいいなあ。1回でも彫ることができたら素敵だなあ。でも難しそうで無理そうです。

同じ美術館で「ペルシャ文明展」もやっていたので見ることに。今日は夏休みと盆休みの上、都美術館ではシルバーデイ(毎月第3水曜日)で65歳以上は無料で混雑していました。ちなみにtonaも極最近仲間入りしたのです。全然知らなかったのでこれから大いに活用させてもらおうと思います。

ペルシャといえば今のイラン。治安の良さは世界でも有数でこれはイライラ戦争や核兵器云々で騒がせている国とは思えない意外さである。
事前の広告では大したことがないかなあと思ったのは大間違い。
さすが黄金のリュトンに代表されるアケメネス朝以降の金製品も素晴らしいのですが、それ以前の紀元前5千年から前700年くらいの出土品には目を見張るものが多いのです。こぶ牛や山羊など様々な形の土器に、精巧な模様で、稚拙さが全然ないのです。古代エジプトとは全然違ったモチーフで、精悍で緻密で気に入ってしまいました。ペルシャの歴史も簡単に学べたし、50年ぶりのペルシャ展とのことでこの機会に見ることが出来て良かったです。

Kirinnnoasiato Raionnnoasiato

上野駅の公園口を出て左の坂を下るあたりに動物の足跡(足型)が書いてあったのに初めて気がつきました。ゴリラは相当大きかったですが、あの大きなキリンもライオンも私の足より小さかったのには驚きました。

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2006年8月15日 (火)

畏敬の人

Kinnsakutyuu Yakannutikiri

歩いていたらi飲食店の前にこんな看板があって可笑しくなりました。夜間打ち切り500円の方は心惹かれても、夜10時ごろまで待てそうにもありません。
亡き團伊玖摩さんは家のあちこちに「ただ今昼寝中」などのたぐいの、買ってきた木札をぶら下げていたということを思い出してしまいました。
内田百閒は玄関に「日没閉門」を掛けていたそうです。久世光彦『百閒先生月を踏む』にも百閒が「日没閉門」を「世の中に 人の来るこそ嬉けれ とは言うもののおまへではなし」に掛け替えて来訪者を玄関払いしようとしているとあります。これは文句なしに笑えました。

コーラスの仲間の友人が体の変調を感じ、医者へ行きました。
現れたいろいろな症状から癌の疑いがあるので、更に細胞検査をというのを丁寧にお断りをして帰ってきたそうです。
彼女は常々、最期は椅子に座ったまま誰にも気づかれず静かに1人死んでゆくのが理想といっている方です。
この度のことは親友に電話で告げたものの、同居のお嬢様にも告げないようです。電話では結構落ち着いていて、体を無理に手術で開いたり、薬漬けの治療は遠慮するわと言ったそうです。ご主人も同じ箇所の癌で亡くなっていて、同じだからこれも面白いわね、ですって。
もう既にリューマチと十数年闘っていて、日頃はめげずに囲碁やハーモニカに明け暮れています。昨年は一緒に2泊3日の麻雀をしたとき1人だけものすごい負けが高じていても、全然慌てず騒がず、言い訳など一切なしの、実に静かな態度で終始一貫した態度を取っていたので、この人は何ものぞと畏敬の念に打たれたものでした。

私が癌にかかったら(可能性は大いにある)どうでしょう。お先が真っ暗になり、病気の進行以前に気分的に立ち上がれなくて悪化してしまうと確信しています。癌闘病記の本をたくさん積み上げて読み、かつうろたえ、泣いている自分が見えます。
これを聞いてから半月以上もなるのに電話も見舞い状も渋っている自分が情けないです。今日は思い切って踏み出しましょう。

我が家の三カズラ
テイカカズラ、ノウゼンカズラ、フウセンカズラ
今はフウセンカズラだけが元気です。今年も可愛い種が一杯出来そうです。

Teikakazura Nouzennkazura Huusennkazura

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2006年8月11日 (金)

虫こぶ・エゴノネコアシ

Egononekoasi

虫こぶ(虫えい)の1つ、エゴノネコアシを見つけました。勿論教えて戴いたのですが。
これはエゴノネコアシアブラムシがエゴノキの側芽に寄生して異常に発育したもので、猫の足に似ています。
6月から7月にかけて虫こぶの先端から脱出してアシボソに引越し、寒くなると再びエゴノキに引越してきて虫こぶを作るとのこと。
このアブラムシをサイトで見ると、赤い小さな虫です。でも不思議。どうしてこんな虫が遠目にこんな花みたいなものを何を材料にして作るのか?
春にもたくさんあるようですが、夏に虫こぶが出来る木が他にもあって(シダレヤナギ・ダケカンバ・マタタビ・ヌルデなど)機会があったら捜してみたいものです。

大量の水を欲しがるエンジェルス・トランペット(ダチュラ・木立朝鮮朝顔)は鉢をたらいの中に入れています。そこにメダカから藻やホテイアオイを移すといつの間にかメダカの赤ん坊が泳いでいます。下の写真上は6月に咲いたピンクの花、下は1昨日開花の黄色。もう1本白があるのですがとても弱くて、それでも蕾が付きました。
それぞれ微妙に匂いが違います。夕方から夜にかけて部屋の中まで香りが漂ってきて夏の夜の楽しみになっています。

Pinnkuennzyeru Ennzyarutorannpetto

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2006年8月 9日 (水)

秘密結社

Himitukessyanosekaisi 海野弘著『秘密結社の世界史』


モーツァルトがフリーメーソンの会員であって、盟友のために「葬送行進曲」を作曲などしていました。
このフリーメーソンが秘密結社の1つであるということで、この本を読んでみました。
あるはあるは・・イスラムの暗殺教団アサシン・錬金術師の秘密結社・テンプル騎士団・薔薇十字団・フリーメーソン・イルミナティ・KKK(クー・クラックス・クラン)・ナチス・カルト・マフィアそしてオーム真理教・・・・・。
これらにはどんな秘密があってどんなことをしているのか知りたかったのですが、どうもさらに詳しい内容の本を読まなくてはだめのようです。

Dorusihei_2 秘密結社とは分離し隠す事であって、これがつくられるのは危機における法と慣習の保護のためで、危機の時代にたくさんあらわれるのはそのせいなのだそうです。
例えば、ガリレオの説は異端として教会から危険視されていたので秘密に研究するしかなく、新しい科学を目指すアカデミーは秘密結社として出発するわけである。
フランス革命やロシア革命はイルミナティの仕業だそうである。アメリカの1ドル紙幣の月とピラミッドの図はイルミナティのシンボルだとされる。なるほど見てみるとピラミッドの頂点にモナリザみたいな目まで気味悪くついている。ピラミッドのマークはすべてイルミナティだとされると、ハリー・ポッター物語もイルミナティの教えであるとか。ピラミッドを見たらイルミナティと反応しそうです。

フリーメーソンに戻るとその意味は自由な石工という意味である。石工は自由職人の代表であり、ヨーロッパ中の巨大なカテドラル(大聖堂)を建てたその同業組合から発達したもので、実際的技術者の組合から、知的・精神的向上を求める結社になったそうである。神秘性とエリート性を与え、秘密の高位階を上につくり、さまざまな試練や寄付によって1段づつ上がっていく興味をつなぎ、秘密性をさらに強めていったのである。
このことからオーム真理教のあのおぞましい道場の中の様子を思い出してしまいました。

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2006年8月 6日 (日)

パン焼き

Bonnkazari Misohagi

川のそばに盆棚飾りの胡瓜の馬と茄子の牛が置いてありました。胡瓜も茄子も腐りかけです。
何故今頃と思って旧家の人に尋ねるとこの辺(国分寺)は8月1日からお盆だとのことでした。お節料理と同じで盆飾りにもちゃんとそれぞれ意味があります。
馬のように速く家族の元に帰り、牛のようにゆっくりあの世に戻るようにと作った飾りが何故このような場所に打ち捨てられているのか、その意味はわかりませんでした。
近くに盆花(禊萩)の綺麗なピンクの花が咲いていました。あちこちに見かけますが、本当は山野の湿地に生えるので溝萩とも言うそうです。

Pann 図書室たき火通信のtakibi-libraryさんがお忙しいのにパンをどんどん作られているのに刺激されて私も焼いてみました。
機内食に出てくるみたいなのが出来ました。ブレットヒェンといって真ん中に筋が入っている(実際には筋は大分消えてしまいました)リーンなパンです。
まあ、何十年ぶりに作ってみると出来具合がいまいちでこんなものです。めげずにいろいろ焼いてみましょう。

Burakkuberi_1 Zyamu_1 

お隣からブラックベリーを戴いたのでジャムも作りました。我が家のラズベリーのジャムは1ヶ月くらい前に出来ました。ベリー類のジャムもなかなかに美味しいです。

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2006年8月 3日 (木)

何のために生きるか?

Kawasemi 暑くなって、ふと「私は何のために生きているのか」「何が生き甲斐なのか」という疑問が湧いてきました。
定年で仕事をやめて組織から放り出されて今日で855日経ち、人のためでなく、遊んで過ごしてきた日々をふりかえっての疑問です。
子どもの後は仕事が生き甲斐の頃は全然思いも浮かばないことでありました。あの頃仕事が大変なとき、やめて趣味三昧の生活ができたら最高なんて思ったこともありました。しかし現実にこれを手にしてみると、心の問題として最高ではなかったのです。趣味だけが生き甲斐にはならないし。

Zyusu ここでマザー・テレサの言葉を思い出しました。
『この世の最大の不幸は貧しさや病ではありません。だれからも自分は必要とされていないと感じることです』
これが回答の1つかもしれません。他のマザー・テレサの言葉を捜してみると30ほどの珠玉の言葉がありました。

3、~の時間を持ちなさい
8、あなたはこの世にのぞまれて生まれてきた大切な人
10、多くの寄付や賞金(ノーベル賞)を彼女の愛する貧しい人々のため使い切っていました等々素晴らしい言葉や内容に感動しました。

暇でこれといって縛られる仕事のなくなった人間の贅沢な悩みではありました。

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2006年8月 1日 (火)

内田百閒とショージ君

Monntoburetia 内田百閒著『阿房列車』と東海林さだお著『ショージ君の旅行鞄』

旅ものとして2冊続けて読みました。どちらも抱腹絶倒、この10日間を笑いのうちに過ごしました。

まず『阿房列車』 阿房(アホ)は阿呆よりスケールの大きな阿呆だそうである。珍にして奇なる紀行文学の傑作として評されているが、本当に何とも言えなく可笑しかった。
このめまぐるしい現代にはこんな人を捜してもなかなか見つからないのではないか。何の用事もないのにただ列車に乗って宿に泊まってまた帰って来るだけである。特に2つ目の[区間阿呆列車]を読むと殆ど笑いの連続である。目的がないだけでなく、ぼーと2、3時間駅で待つことなんか平気でこれ自体がおかしみを伴うのである。昭和20年代後半の話なのに私が生きたことのない明治・大正の心象風景である。

そして『ショージ君の旅行鞄』902頁。丸かじりシリーズは今までのは全部読んだので今度は旅である。30年前の話もあるがすっかり現代である。[奈良よ!]が印象的。よくもまあ、東海林さだおさんはこんなおかしなことを考えるものよ感心し続けた1冊です。もし読まれてなかったら暑くて疲れてしまったときの気晴らしに如何でしょう。

Monohana 市役所の出張所での話し。
書類を見せながら聞きたいことがあって出向いたところ、封筒から出さないうちにこの課にまず電話するか行きなさいと全然話しを聞いてくれない。行くには電車に乗って(電車賃280円)往復1時間かけなければならない。
そういえばつい此間もこういう目にあったのでした。全くもう憤慨である。
せめて話を聞いておだやかに電話云々を言ってくれればまだしも心穏やかに帰れたのに。
日本有数の貧乏市にもかかわらず日本で5指に数えられる高い給料で有名なわが市、ただただ証明書の発行だけでそんな高い給料を取るなと言いたい。いろいろ人が質問したことをまとめて勉強し、次回から同じ事を聞いてきた人に親切に答えて欲しい。市役所の人々よ、もっと市役所の中の各課のことを幅広く勉強しなさい(試験をやってもらいたい)。そんな難しいことではないのだから。ただただ機械的に働くならパートでいいわよ。税金の無駄遣いよと家に帰って叫んでしまいました。

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