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2006年8月 3日 (木)

何のために生きるか?

Kawasemi 暑くなって、ふと「私は何のために生きているのか」「何が生き甲斐なのか」という疑問が湧いてきました。
定年で仕事をやめて組織から放り出されて今日で855日経ち、人のためでなく、遊んで過ごしてきた日々をふりかえっての疑問です。
子どもの後は仕事が生き甲斐の頃は全然思いも浮かばないことでありました。あの頃仕事が大変なとき、やめて趣味三昧の生活ができたら最高なんて思ったこともありました。しかし現実にこれを手にしてみると、心の問題として最高ではなかったのです。趣味だけが生き甲斐にはならないし。

Zyusu ここでマザー・テレサの言葉を思い出しました。
『この世の最大の不幸は貧しさや病ではありません。だれからも自分は必要とされていないと感じることです』
これが回答の1つかもしれません。他のマザー・テレサの言葉を捜してみると30ほどの珠玉の言葉がありました。

3、~の時間を持ちなさい
8、あなたはこの世にのぞまれて生まれてきた大切な人
10、多くの寄付や賞金(ノーベル賞)を彼女の愛する貧しい人々のため使い切っていました等々素晴らしい言葉や内容に感動しました。

暇でこれといって縛られる仕事のなくなった人間の贅沢な悩みではありました。

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コメント

▼必要とされるということ
tonaさんほどの「できた人」でも、生きがいについて悩むとは…
確かに現役時代に比べると、「もの足りない」と感じるものかも知れませんが、育児や仕事だけが人生における「頑張る原動力のすべて」ではないでしょうし、その時々の環境や人との関わりによって、変わってくるんじゃないか?とも思います。
今は新しい「それ」に気付いていないだけかも知れませんよ?

私もリストラされた中高年、「アンタは要らない」と言われたようなものですが、老いた母にとっての一人息子で、また何かのときに頼りになる(おカネ以外で…笑)夫でオヤジであるということが、私のプライドの最後の「砦」と、くじけそうになる心を奮い立たせています。

tonaさんの「おだやかな視線」から送られてくる「いろいろなこと」を励みにしている人間がここにも一人…

投稿: 讃岐の団塊オヤジ | 2006年8月 3日 (木) 16:01

★讃岐の団塊オヤジさま

そうですね。心の転換が出来ていなく、何時までも基準を2年前に置いていましたね。
今の環境と人とのかかわりですね。
更に少しでも人に必要とされる人になれればと模索することになりそうです。

讃岐のオヤジさん、リストラにあってとても苦労されましたね。でも持ち前の明るさと強さとユーモアで家族は安心して支えられている大黒柱なんですね。頼られるということは素晴らしいことです。体を大切に頑張ってくださいね。

最後の励みにしているという言葉に涙が出てしまいました。ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年8月 3日 (木) 20:50

必要とされる人…たしかに生きがいはあるかもしれませんね。
反面、私は頼りにされたくない気持ちがどこかにあるようです。
誰からも束縛されずに、過ごしてみたいと思う事があります。
自分だけの時間を自分の為に使いたい…贅沢なのかもしれませんね。
必要とされるだけ、良いのかも知れません。

投稿: pochiko | 2006年8月 3日 (木) 22:23

私も昨年一線から退きました。今はその頃から見るとまるで閑職、というか頑張って何かを言ったりするとみんなが困るようです。つまり静かにしていなさい、ということ。
やはり淋しいですね。今までとの落差が大きすぎるから。
でもしょうがないことですから、せめて体の動く間は若い子たちとお付き合いしてできる範囲でご馳走してあげるとか話を聞いてあげるようにしようと思っています。
これからもっと淋しくなるんだろうなと思っています。
老いる、ということなんでしょうね。
母や祖母のことを思うと自分の方がずっと恵まれているのにと反省をしています。
子供たちは具体的に頼りにするということはないですが心の底では私の存在は空気のように必要なものだと感じているのでしょう、tonaさんも同じだと思いますよ。
今、具体的に生活の面倒を見てやらなければならないというようなことがないのは幸せなことだと思います。

投稿: saheizi-inokori | 2006年8月 4日 (金) 01:19

★pochikoさま ありがとうございます。

pochikoさんの今の気持ちとても良く分かります。家族のみんな、そしてヒメたちと幾つ手があっても足りないくらいですものね。
その忙しさから開放されたとき、ふと無為というか落ち込むのです。
でもそのときのことを夢見て、いろいろ心構えをしておけば、大丈夫。私みたいなことにならず素晴らしい生活が送れますよ。

投稿: tona | 2006年8月 4日 (金) 08:29

★saheizi-inokoriさま

saheiziさんのご様子、夫と重ね合わせました。私より5つ年上ですが、私と同じときに完全退職に追いやられ、この2年間の心の様子が見てて痛々しかったです。45年間だかの会社人間ですから、女性と違って家の中のこともあまりせずにきたので、落差が凄い。

saheizi さんのように徐々にというのがいいです。やがて慣れるから不思議です。じゃないと生きていかれませんものね。

親の年代の不幸を思うと涙が出ますね。本当にそのお陰で私たちは恵まれています。
子どももそんなものですか。私の方が頼ろうとしているので、それはやめようと戒めています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年8月 4日 (金) 08:40

私もそんな風に考える時あります。
一人になりたい、自由が欲しいと願いながら
自分は何がやりたいんだろう?って途方に暮れたり、やはり誰かに必要とされて用事がいっぱいある方が心強く思えたり。
うちの夫はこんなのん気な人見た事ないってほど天真爛漫な人なんですよ。
何事も基本は自分自身、自分が楽しむためなら人が嫌な思いをしても気にならない、って言うか気がつかないって方が近いかな。
64年間の人生で、人前で緊張した事もなければストレスを感じた事もないというんです。
信じられないでしょ~?
我が夫に神経はあるんでしょうか?(笑)

投稿: ちょびママ | 2006年8月 4日 (金) 11:41

★ちょびママさま ありがとうございます。

昨日から東日本もギンギラで午後は外へ出られません。急に暑くなりました。
ちょびママさんも考えてしまうことがあるんですね。今は3人の方の面倒でお忙しい日々ですね。

ご主人さま、本当に信じられません。
特に人前で緊張なし、ストレスを感じたことなしと言うのは驚異的というほかありません。世の中にはそんな方がいらっしゃるのですね。羨ましい限りです。
人のことに気がつかないというのもいいですね。生まれ持った特異な性格ですね。神経はきっとつながり方が人と違うかも。
きっと元気で長生きなさいますよ。年齢差があって良かったです。

投稿: tona | 2006年8月 4日 (金) 13:53

娘が独り立ちするまでは、ぜひとも元気に生きていたいものだと願っています。
幼くして、親を亡くすというのは大変なことですからね。
戦争物の映画や本などを読んでいても、親を亡くした子どもほど悲惨なものはないなあと思ってしまいます。

子どもが大人になったあかつきには、、、何を生き甲斐に生きているんでしょう。。でも、生き甲斐云々について考えたりできることは、幸せなことですね。

投稿: シーサイド | 2006年8月 4日 (金) 19:52

★シーサイドさま ありがとうございました。

私も、いえ私はシーサイドさんの年には娘が生き甲斐でした。結婚してまあまあ幸せに暮らしているので、毎日通ってしていた仕事に変わりました。
そして今はと考えてしまいました。シーサイドサンは今もいろいろなさっているのできっと素晴らしい生き甲斐をもって生活なさるのでしょうね。

そうなんです。暇で恵まれているからこんなことを考えてしまうんですね。

投稿: tona | 2006年8月 4日 (金) 20:41

tonaさんが提起されたような問題、私は最近はすっかり忘れていました。あらためて、tonaさんは何事にも真剣に取り組む方なのだなと、感じ入っています。やはり、時々はこのような問題を真剣に考えないといけないのですね。あらためて思い知らされました。
現役を引退してから、相当な年月が経過しているので、今回取り上げられたような問題、すっかり忘れていたと云った方が正直な話かもしれません。(もっとも、週一回は仕事に出ている関係で、現役から完全に退いたわけではないので、このようなテーマに思いが至らなかったのかもしれません)いろいろ教えられることの多い今回の記事でした。

投稿: 茂彦 | 2006年8月 5日 (土) 14:29

★茂彦さま ありがとうございます。

茂彦さんはもう理想的な生活をしていらっしゃいます。まだ週1回お勤めなさっていますし、パソコン教室の先生です。それに地域のイベントなどのや同窓会の世話役も多いですね。これだけ活躍されていれば悩む暇がありませんよ。ご自分で築かれた道ですから素晴らしいです。
わが夫も残りたかったのですが、このご時勢、会社が潰れそうになって産業再生機構にお世話になったのでした。ですから夢破れ散々な目にあって可哀想でした。

暇ですることがなくなったとき、考え込んでしまいました。忙しくしているだけではなかなか解決できません。何でもいいから必要とされる人にならなくては。

投稿: tona | 2006年8月 5日 (土) 19:51

tonaさんの問いかけ、私は今、母の居る病室でそれをまざまざと突きつけられて、勝手に苦しみ参っています。

清潔そうで広い4人部屋の患者たちは、何れももう治る見込みのない高齢の老人たちばかりです。数日間詰めていても、他の患者の家族を見たことがありません。

潤沢な病院経営維持の為に、こういった老人たちが惜しげもなく高濃度の栄養剤を勝手に体内に入れられ、検査漬けになっています。退院させて静かに看取りたくても、出来ない家庭が蔓延。

自分の考えている事の恐ろしさに愕然とし、疲れ果てて家に帰ってきます。

又週明けから暫らく行って来ます。贖罪の気持ちを込めて、母の手足をさすってきます。

投稿: ねむウサギ | 2006年8月 6日 (日) 17:45

★ねむウサギさま

お母様のご看病でしたのね。
大阪か神戸の方でしたか。遠いですね。
悲しみと苦しみが交錯していろいろ考えさせられて大変のこととお察し申し上げます。

1年半前私も同じように頭が真っ白になるほど同じ思いをしました。
お母様と同室の方のような人がいっぱいいました。どうなるかわかりませんが、私はしっかり遺言を書こうと思いました。

それにしてもご心配ですね。病状は安定しているのでしょうか。
どうぞお大事に。暑いですからねむウサギさんもお疲れが出ませんように。

投稿: tona | 2006年8月 6日 (日) 20:41

コメントも一段落したようなので、恥ずかしながら書き込み入れます。
49歳から、「いわば年金生活」をはじめ、いかに生くべきか、悪戦苦闘しております。悠々自適にはほど遠く、若いときと変わらぬ、いえ変わってはいるのでしょうが、煩悩はつきません。
855日とありましたが、何事かやるまでの準備の準備に4、5年かかってしまったことを、今さらながら気付かされたしだいです。
何事か、これが決まればしめたものです。それまで悶々とするとかありません。

投稿: YUKI-arch | 2006年8月12日 (土) 14:28

★YUKI-archさま

お出でいただきコメントをどうもありがとうございました。
後ほどゆっくりお邪魔させていただきますが、ちょっと拝見させていただきましたところ、21年前でしょうか、大変な病気になられたのですね。その後どのように回復されてお仕事がどうなったのかわかりませんが、49歳から年金生活で如何に生くべきか苦闘されている由、私の方が本当に恥ずかしくなりました。普通の定年より2年延長してもらったし、入院の経験はあるものの精々1ヶ月でした。YUKI-archさんとは比較も出来ないほどやわな悩みでした。
何事かを決められる時が早く来るといいです。その時はお話をブログでお願いします。

投稿: tona | 2006年8月12日 (土) 19:21

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