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2006年9月28日 (木)

『数学を愛した作家たち』

Tyato 数学といえば高校の時に旺文社の模擬テストで11点を取った苦い思い出あります。
チャート式「幾何」が面白くて解いていたら、努力を要する英語を勉強する暇がなくなって英語は未だ不得意です。
先だって戴いたチャート式の数Ⅰ・Ⅱ・Ⅲは、代数・幾何時代の私には内容が様変わりしていて、なかなかに難しく、まだ20ページしか進んでいません。

最近では小川洋子の『博士の愛した数式』が映画にもなって話題をさらったことは記憶に新しいところです。
又、『春宵十話』の岡潔も実にユニークで矢野健太郎の『愉快な数学者たち』に面白いエピソードが披露されています。そして100年の難問を解いたロシア人の話題も。

Dyuranntatakarazuka 片野善一郎著『数学を愛した作家たち』を読みました。

作品の数学教師「坊ちゃん」よりはるかに数学が得意だった漱石。
試験さえなければ数学は面白いと言った正岡子規。
数学が苦手で士官学校の受験に失敗した二葉亭四迷。
幾何学で女房を教育した石川達三。
英国の科学、数学偏重の風潮をガリヴァーに託して皮肉ったスウィフト。
父親や社会の偽善を憎んだがゆえに数学に没頭した少年時代のスタンダールなど
東西11人の作家と数学、作品と数学にまつわるエピソード集です。

また数学が苦手であったため運命や方向が変わった司馬遼太郎や城山三郎、
得意であった野村胡堂や安部公房、数学書が気分転換になった立原正秋、
芥川龍之介と菊池寛の数学観なども書かれていて意外な事実や裏話が面白いのです。

数学は人によっては文学に影響を与え、嫌いだったから作家への道に進み、人によっては数学は何も関係なかったようで様々でありました。

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2006年9月25日 (月)

巾着田の曼珠沙華

Higannbanapanorama_1 

彼岸花 彼岸が来れば 咲く不思議
     朝日川柳 9/24

昨日の、高麗の里 巾着田の曼珠沙華(彼岸花)の群生です。曼珠沙華は[天上の花]の意味で赤い花が天から降ってくるとおめでたいことが起こるという仏教の経典からきているとのこと。

高麗川の蛇行から形成された巾着そっくりの地形の川沿いのニセアカシアの林の中に100万本の曼珠沙華。この数は日本一。
川の増水などで流れてきた漂流物の中に、曼珠沙華の球根が混じってきたのが、群生地のはじまりといわれている。一体何年かかったのでしょう。
同じ彼岸花科の既に咲いた夏水仙、これから咲く鐘馗水仙やネリネによく似ている。が、何と言ってもこの燃え立つような真っ赤なシャンデリアのようと形容される曼珠沙華は圧巻である。この花色が交感神経を刺激するため、低血圧気味の人におすすめだそうである。

Higannbana1 Higannbana2

Higannbana_3 Higannbana_4

密生して咲いているのが早咲きで、まばらに咲いているエリアが遅咲き。

高麗川の堰附近は今年は水が滔々と流れていた。里にはアマクリナムが咲き、アカナスの朱色の実が輝いていた。このアカナスは水なしでもお正月までもつそうだ。

Komagawa Hasu

Komagawanoseki Amakurinamu

Akanasu_2   

今日1日で10万人くらい訪れたのでしょうか?

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2006年9月23日 (土)

彼岸の殿ヶ谷戸庭園

朝晩めっきり涼しくなりました。都立殿ヶ谷戸庭園は「秋の七草展」で七草が葛を除いて咲いていました。春と違って花が寂しく、園内は閑散として独占状態でした。

Otokoesi Ominaesi_1

オトコエシ               オミナエシ

Kikyou Kinnmizuhiki

キキョウ                    キンミズヒキ

Yabumyouganomi Himesiroasaza

ヤブミョウガに実            ヒメシロアサザ 珍しいそうです

園内には竹林、萩のトンネル(萩は殆ど終わっていました)、東京の名涌水57もありました。

Tikurinn2 Haginotonnneru

池もあって鯉がたくさん寄ってきました。 残念ながら餌はありません。通り過ぎるともう遠くの方へ行ってしまいました。

Ike Koi_1

休日にこんなに空いている行楽地というか庭園はないでしょうね。何しろ我々2人ともう1人だけでしたから。

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2006年9月22日 (金)

マッチポイント

Aberia 昨日、映画『マッチポイント』を見てきました。
1昨年、ハーグで見たフェルメールの「真珠の首飾りの少女」、その後すぐ公開された同名の映画の主演スカーレット・ヨハンソンがとても良かったので、今回この映画の共演ということで足を運びました。
ウディ・アレン監督がニューヨークから舞台をロンドンに移した作品で、彼の以前の作品と全然違っていました。
全編にオペラの名曲が流れる中、テムズ河畔のマンションや郊外田園地帯の別荘での上流階級の生活は、ジェイン・オースティンの「エマ」などの世界を彷彿とさせる。国会議事堂やロイヤルオペラハウス、テートモダン、ブランド店の並ぶストリートなどのロンドンの見所も出てくる。
富豪の兄妹に、アイルランドの貧しい家庭に育った元テニスプレーヤーのクリス(ジョナサン・リース・メイヤース)と米国出身の女優の卵ノラ(スカーレット・ヨハンソン)が絡んで衝撃のクライマックスへと進む。
貧しい出でありながらプロテニスプレーヤーからテニスコーチへ、そこから上流階級へオペラ好きも武器にして滑り込んで行き、富豪の娘婿になったのだが、官能的な女性ノラと出あったのが困ったことに・・・。
日本にも実際に、あるいは小説によくある筋でありながら、よく練られているし、会話の格調も高い。
スカーレット・ヨハンソンは「真珠の首飾りの少女」から想像できないあくの強い役で、これからもっと大人の役に挑んでいくのでしょう。次の映画もまた期待したいところです。

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2006年9月19日 (火)

『典子44歳 いま、伝えたい』

Yamabousinomi_1  『五体不満足』の乙武洋匡氏が紀子さまご出産記事でブログ炎上とのこと。この乙武さんも随分話題を集めましたが・・・・。

白井のり子著『典子44歳 いま、伝えたい』

両腕のない、サリドマイド児の映画『典子は、今』の典子さんが26年たって今年書いた本です。
生まれてから熊本市役所に勤めるまでのことは映画にもなったから鮮明に覚えています。父親は重圧に耐えられず出ていってしまって、それから母親との苦難の生活が始まったのでした。その間のこともこの本に詳しく語られています。
技術を持てば何とかなると、好きな洋裁を学ぶべく、被服科のある高校へ進学、当然ながら足で針の穴に糸を通してミシンを踏んで洋服を仕上げたり、編み物もしたのです。友人の宿題まで縫って上げたとか。夏の簡単服を娘から依頼されているのに1ヶ月たってもまだ着手せず、来年にやろうなんて考えていた自分を深く恥じたのでした。

その典子さんが市役所に勤めながら結婚し、2人の子どもを育て、26年間勤めた市役所を退職し、講演活動を開始したのです。
その理由は、元来あがり性で会話が苦手な彼女がちょっとしたきっかけで、自然体で自分の思っていること、伝えたいことが話せるようになりたいと夕川氏に師事し、遂にやった1回の講演で緊張感、達成感、充実感を味わい、公務員をやめ収入が不安定になっても心の躍動、心の支えになったから。また多くの人々のために生きているという使命を感じたそうです。

p181 飽くなき挑戦!から1部引用
わたしは今、どんなことにも挑戦していきたいと思っています。子どもが大きくなって、ある程度の自由な時間が作れるようになったこと、そして体力がある今じゃないと出来ないことがあるからです。いかに強靭な精神力を備えていても、肉体が衰えてしまってからではどうにもなりません。
一度過ぎた時間は二度と取り戻すことはできないのです。
わたしはやりたいと思ったら「今度お金と時間があったら」とは考えずに、少々無理をしても時間とお金を作ります。作るといっても、今あるものを活かしながらです。たとえば無駄な時間とお金の消費をしない月間を設けたり・・・・・。
自分が苦労して作ったお金と時間だから生半可なことはできません。努力の時間を無駄遣いすることなく、一秒でも大切に活かさないともったいないと考えてしまうタイプです。

典子さんは昭和57年に1年かけて免許取得の練習に励んで自動車の運転免許を取得しました。右足でアクセル、ブレーキ、ギアチェンジを、左足でハンドル操作をします。
せっかく授かった命、いつもいつも、今を大切に!楽しく生きていきたいのです。と結んでいます。
26年前の映画と26年後の典子さんの本にとても感銘を覚えました。

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2006年9月17日 (日)

お地蔵さん

Zizou_1 あちこちありそうでも、この辺りではこれ1つしか見かけないお地蔵さんです。
六体並んでいる六地蔵は六道すべてを駆け巡り、人々を救済して回っていて、墓地の入口に多い。
水子地蔵は全国の寺にあり、寺の収入源だそうです。
そしてこの路傍の地蔵菩薩は現世利益的な願いをすべて受け入れる仏です。
よだれ掛けをしているのは、その昔、子どもがどんどん親に先立って死んだ頃、わが子が賽の河原で鬼に責められたとき、自分の母乳や体臭がしみたよだれ掛けをお地蔵さんに掛け、鬼から庇って下さるように祈ったからだそうです。
よだれ掛けは殆ど赤いけれどどうしてか?新聞でわかりました。赤ちゃんのしるしというのが1つ、もう1つは赤には魔除けの力があると信じられてきたというものです。
このお地蔵さんにも丁寧な仕立てのが掛けてありました。今は乳児の死亡率が低いのでこの意味でのお願いは減っているでしょう。

違う道を歩いてみたら犬がフェンスに繋がれていました。良く見たら置物です。首輪は飼っていた犬のお古でしょうか。
2枚目は我が家の犬の置物でバセットハウンドが2匹です。植木鉢が多い時期は家の中に引っ込んでいます。
3枚目は犬とヤマネ、寝そべりクマとリスです。
4枚目はポストの上のフクロウとウサギです。門扉を入るとこれらが迎えてくれます。

Inu1 Inu2 Okimono2 Okimono1_1

Hakutouzeri1_1 Hakutouzeri2_1

次はこの夏一番美味しかったゼリーです。
鎌倉の[源吉兆庵]の「桃ゼリー」でまるで桃そのものを食べているようなゼリーでした。入れ物も桃太郎が生まれてきそうな感じで、ゼリーを作るとき使っています。

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2006年9月14日 (木)

オペラ『ドン・カルロ』

Donnkaruro 世界トップクラスの「4面舞台」のある新国立劇場のオペラが苦戦しているそうである。
昨年の有料入場率は70.2%で下降気味。公演数も年57回、米国メットの230回にはとても及ばない。
集客減の原因は、華やかなイタリアものより地味なドイツものに集中している(交互にやるレパートリーシステムの導入の遅れ)や、オペラ人口(首都圏は5万人)が少ないなどがあると言われている。もっと人口の少ない本場ではどの位のオペラ人口なのであろうか。
体質的には予算削減もあり、中央官庁からの天下りを含め運営部門に52人、舞台・技術部門に49人。ベルリン国立歌劇場は運営部門が21人、舞台・技術部門が206人である。天下りが多く、両部門のアンバランスがいかにも日本らしい。せっかくの器と10年の実績、日本のオペラ文化を更に向上させるべく関係者に奮闘してもらいたいと思う。

昨夜その新国立劇場で、ヴェルディ作曲のオペラ『ドン・カルロ』を鑑賞した。9割位の入りであった。
1560年代スペイン王フィリッポ2世と王子ドン・カルロ、王子の許婚であったが今は王妃、王子の親友、公女等が繰り広げる、憤り、悲しみ、嫉妬などが絡み合った歌劇でシラーの戯曲が原作である。史実との関連はわからなかった。スペイン史を勉強しなくては。
今回は前回のヴェルディの「運命の力」よりは素晴らしかった。

Hukusya 主演の王妃役の大村博美さんが日本人としては背が高く、声量のある美しい声と演技は、あまりたくさん見ていないが、群を抜いての出来栄えである。外国勢と互角であった。オペラは歌手の声と演技、合唱、オーケストラの響き、舞台装置などいろいろ楽しめるが、チケットが高いからそうそう見られないのが玉に瑕です。

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2006年9月11日 (月)

パノラマ

2年前に片足の静脈瘤を採る手術をしてから、もう片方がひどくならないように圧迫ストッキンングを履くようになって、真夏の暑いことといったらなかなかのものです。今年もあと1週間で苦しさから開放されると思うと心楽しくなるのですが、年はとりたくないものです。3ヶ月に1回の歯の健診はあるし、逆さまつげで眼医者通いが近いのが憂鬱、なんて言ってはいけません。

この2日間、Photoshop Elementsでパノラマの練習をしてみました。水平方向を同じ高さに撮らねばならないし、重ね方がなかなかうまくいかなかったもののどうにかつながりました。
まず室内の観葉植物を、次に公園で2枚、4枚目はイギリスのバースで夫の撮った、三日月の形をしたロイヤルクレッセントです。
継ぎ目がはっきりわかってしまうのが残念です。

Madobe

Kouenn_1 Kouenn2 Roiyarukuressennto

2枚目の写真をコメントを戴いて画像の編集でやり直しました。まだまだでした。

Kouenn3_2

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2006年9月 8日 (金)

上野動物園のパンダ

知人が行動美術の会員で行動展に行ってきました。有名な方は多くの民家を描いた亡き向井潤吉さんですね。
向井さんのような絵はもう1つも見当たらず、抽象.具象、フォービズム、キュービズム、シュールを通り越し、又戻り、モチーフも千差万別、タッチも様々、もう見ていて絵の百貨店で、絵画も此処まできたのかと感慨深いものがあります。
普段は古今東西の超有名な絵画ばかりの鑑賞が多いので、年1回でもこの展覧会を見て日展と比較しつつ楽しんでいます。

Pannda

さて、こちらが付属で本番、1人で上野動物園に入りました。前は何時来たかは覚えていないくらい久しぶり。目当てはパンダ。入場してすぐのところにパンダがいました。初めてです。夢にまで見たパンダ。こんにちは。往きは睡眠中。帰りにやっと合えました。大小便を決められた場所にゆっくりと、水飲みも長々とで15分以上かかりました。1985年9月5日生まれ、21歳と3日。上野動物園にはこのリンリン1頭だけで寂しい限りです。
圧倒的に小さいお子様連れのお母さんが多く、あとアベック、外人がちらほら、ばあさん1人は殆ど居ない。

Oosamapennginn Kepupenginn

Zou Huraminngo

動物達、檻の中からどんな思いで人間を見ているのか。と思ったら全部の動物が人間なんか見ていないのでした。哺乳類も爬虫類か虫並の表情のなさで、可愛い写真なんか無理でした。
多分餌を与えてはいけないからでしょう。北海道熊牧場のようにあんなポーズは取ってもくれないのは当然でした。
けれど、大人でも動物園は結構楽しく、500種の動物を2時間半も眺めておりました。園内には五重塔と不忍池の1部があり、池には水鳥のコロニーがあり、羽を休めていました。そうそう、池には浄化ポンプが2台しぶきをあげていましたっけ。

Gozyuunotou Sinobazunoike Simauma Tenagazaru Hukurou Sirokuma Miakyatto Hiyou Arumaziro

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2006年9月 5日 (火)

池の鯉

Koi 池の鯉、水面に映るその魚影は見ていて楽しい。その鯉が、例えば井の頭公園や上野不忍池の鯉たちが淡水生態系を不健全化させる作用を持ち悪名を馳せているそうだ。
雑食性の鯉は水底で餌をあさるときに、泥を巻き上げて透明度を低下させる。その排泄物は富栄養化を増進させやすい。池の鯉に餌を撒くこともいっそうの富栄養化をもたらす。鯉は濁った水の象徴であり、清らかな水とは相容れないということになります。と言うことは池の鴨も同じです。

清く生きた水を甦らせるためには、次のようなことが必要です。③④には驚かされます。
①富栄養化を防ぐための下水処理
②水辺にエコトーンの植生を再生する
③無配慮に魚を入れないこと
④不用意に放流された魚を除去する
鯉がふさわしいのは田や沼、そして川です。以上のことを生態学者の鷲谷いづみさんが書いていることにより知りました。

Kawa1 Kawa2

家の近くにある名水百選・真姿の池涌水群から流れ出る川(写真左)が桜の名所の日立製作所中央研究所を源流とする野川に合流しています。
その野川には冒頭の写真のような鯉が近所で2箇所に見られます。これがまさにふさわしい鯉なのですね。
多摩川水系の支流の1級河川であるこの野川は、もう源流附近から(写真右)このように護岸工事がなされ、どうみても意味のない棒(ついこの間一部石から鉄に替えられた)が架けられ、何とも興ざめです。

Gibosi Mizuhiki

今朝開いたギボウシ

ミズヒキは次から次へと咲き続ける

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2006年9月 2日 (土)

スイス讃歌

Mattahorunn 高田信也著『スイス讃歌』より 写真はスイスに行ったときのものです。

スイスは九州と同じ広さで人口700万人。
資源もなく厳しい自然環境の中で生き抜いてきたスイスの人々は「他を魅了する力」を豊かに備えた民である。
相当程度の軍事力を持ち、1人当たりの所得水準が世界一の国になったのは何故か?

Haizitopeta Sl 人々の合理的な生きざまは徹底している。およそ無駄なことは一切しない。徹底して資源やエネルギーを節約する。日常生活は質素なもので、これが世界で最も豊かな国民の生活かと思うほどつつましく合理的である。且つ、スイスの災害対策や救助活動のレベルの高さは先進諸国の中でも群を抜いている。神戸大震災では助けてもらった。

Horunn Ronuhyouga もう1つは傭兵である。現在僅かヴァチカンに名残を留めるスイスの傭兵は19世紀半ばまでヨーロッパ軍隊の中核とも言えるほどの強力な存在であった。何故か。山や谷の民はやわな生き物ではない。先祖代々谷から山裾へと草地を切り開き、放牧を生活の糧として生きてきた人々である。過酷な自然に耐え粗食に甘んじながら、強靭な体力と不撓不屈の精神を養ってきた民である。この兵士にふさわしい能力を売り物にして傭兵としてヨーロッパ各地に雇われた。
傭兵は収入の殆どすべてを郷里に送金し、年々膨大な額の富がこの小さな山国に蓄積されたのである。
さらに傭兵制度がもたらした最大のメリットは、国外に出かけることにより数百年の昔から国外の情勢についての情報をふんだんに知り尽くし、外国との交流ネットワークを作り上げてきたこと。20世紀に入って経済や産業がグローバル化するにつれて、スイス人の知識や経験、さらに加えて数ヶ国語をあやつる能力がスイスの国際競争力の背景になっている。

Kesiki1 Kesiki2 Kesiki3burienntuko

最後に徹底した自然愛護と山の頂上まで交通機関が発達していて、一部の登山家だけでなく、誰でもアルプスの頂上まで行けるという観光立国である。美しい国に何度でも行きたいと誰でも思う。

物が豊かではあるが、心の貧しいこの国日本。スイスは小国ながら物心ともに豊かで魅力に溢れた国として作者はスイスを褒め讃えている。

9/4Hana1 Hana2_3 朝日新聞に『国民皆兵スイス 銃に苦悩』と言うニュースが出ました。若い男性が軍支給の銃を家庭で保管する制度が定着しており、アメリカより銃所有率が多く世界1、銃を使った自殺率が米の約57%についで27%で2位だそうです。平和で安全なイメージが強いスイスが悩む意外な「銃社会」の実態が浮き彫りになった。びっくりしました。

あと気になったのがHana3_2首都ケルンのいたるところに書かれたいたずら書きです。 Hana4harurinndou

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