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2006年10月24日 (火)

ギリシャの旅(3)エーゲ海の島③クレタ島

Meikyuu1 Meikyuu2 Meikyuu3 Meikyuu4 Meikyuu5 Meikyuu6 Meikyuu7 Meikyuu8_1 クレタ島はギリシャの南端にあって兵庫県と同じ面積である。4000年も前のクレタ(ミノア)文明の島はヨーロッパ文明の発祥の地である。
午前中はクノッソス宮殿跡の見学であった。
ギリシャ神話にはクレタ島のミノス王が、一度入ったら二度と出ることのできない迷宮(ラビリンス)を建てて、怪獣ミノタウロスを閉じ込めていたと書かれている。それが20世紀初頭、イギリスの考古学者アーサー・エヴァンスの発掘によって実在していたことがわかったのがこのクノッソスの宮殿跡である。部屋の数は1000以上もあって4階建ての部分もある。赤い木の柱、色彩豊かな数々の壁画、水洗トイレもあるくらい給水・排水設備が整っていた。

Hakubutukann1 Hakubutukann2 Hakubutukann3 Hakubutukann4

午後はクレタ島の行政の中心地イラクリオンにある考古学博物館でクレタ文明の出土品を見学した。
特記すべきことは、アテネの考古学博物館はギリシャ全土の遺跡からの出土品を集めているが、唯一クレタ文明の出土品のみ展示されていないで、この博物館に収められていることだ。
ついつい、素晴らしい品々に、奈良時代の国分寺跡からの出土品と比較してしまった。イラクリオンの町にはコブシに似た花やネムノキの葉に似た木が見られた。聖マルコ大会堂の中にも入ってみた。

Kuretahana1 Kuretahana2 Kuretakyoukai1 Kuretakyoukai2

夕食時突然雷と雨が。年に10日しか雨が降らないというギリシャでこの翌日から2日間も雨に降られた。凄いことだ。さすが雨女。
この夜、第二のトラブル発生。クレタ島北方、本土のテッサロニキへ飛ぶ予定が、テッサロニキ空港の天気が悪く深夜11:40分に欠航が決定。危うく空港内で夜を明かすのを免れ、アエガン航空のはからいでホテル宿泊となり、3時間くらい横になって、翌早朝5時半に空港へ。無事テッサロニキに到着したのが朝の9時頃であった。(つづく)

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コメント

あの時代に下水道が既にあったというのが驚きです。僕が訪れたことのあるイタリアはポンペイの遺跡もそうでした。日本では考えられないこと。欧州人と日本人の考え方の違い、まざまざと知りました。

さて、結構トラブル続きだったのですね。
それは雨女のせいでしょうかね。

無事に帰国されて、ブログを書かれていること、奇跡的だったのかもしれません。

投稿: Stanesby | 2006年10月25日 (水) 01:18

あずき色のお部屋。ポンペイの遺跡にもありました。部屋の感じもよく似ています。

壷もいいですね。
ガーデンのオブジェに一つ欲しいです。

投稿: Stanesby | 2006年10月25日 (水) 01:20

★Stanesbyさま

すごく遅くまで起きていらっしゃるのですね。お若いから体が持つのですね。
ありがとうございました。
このギリシャのミノア文明は紀元前1700年だそうですから、ローマより遥か前だったのですから驚きました。ヨーロッパ最初の文明にもう下水道があったなんて。
あずき色の部屋は「王座の間」で宗教上、重要な役割のあった部屋だそうです。ポンペイにもありましたっけ。覚えておりませんでした。
壷、Stanesbyさんのガーデンにとても似合いそうですよ。1m以上の大きなのもあって、当時一体どうやって焼いたのでしょう。
お陰さまで無事帰ることが出来、コメントを戴いて幸せでございます。

投稿: tona | 2006年10月25日 (水) 08:34

楽しく拝見させて頂きました。
迷宮のお話も興味をそそられます。1000以上も部屋があるなんて、狭い日本にはそんな所はないでしょうね。

ところでこれを作った人たちは、完成後全員外に出られたのかしら。
絵や色彩のモダンさあざやかさに驚きました。保存も綺麗で。

空港でのトラブルはドキッとしますね。旅行は添乗員付きでしたか。

投稿: ねむウサギ | 2006年10月25日 (水) 09:40

ギリシャ旅行記、第3弾、興味深く拝見しました。
クレタ島、という名前だけでもエキゾチックな響きです。
ラビリンスは本当にあったものなのですね。1000にものぼる部屋数とは…
造る人が迷子になりそうです(^^;)
壁画は古代エジプトのそれと似た雰囲気ですが、こちらのほうが
柔らかさがあるように感じられました。
出土品の多数の壺は、皆細かい装飾模様がつけられていて見応えあります。

あらら 滅多に雨の降らないギリシャで雨に降られるとは、
tonaさんの雨女率は、かなり高確率のようですね(^^)

投稿: ポージィ | 2006年10月25日 (水) 15:08

紀元前1700年頃、これだけの建造物を造るとはその土木、建築技術には全く感心させられます。
電気も、さしたる機械もない時代にすべて人力でやったのでしょうが、それなりの道具を考えていたのでしょう。先人は偉いと思います。

壁画、色が鮮やかですね。そのままなんでしょうか。それとも修復はされたのでしょうか。

投稿: 夢閑人 | 2006年10月25日 (水) 15:29

晴れ男の私も今回のソウルは降られました。今回限りにシテ欲しいです。
クノッソスなんて神話の世界を見てこられたら雨でも槍でも降って来い!ですね。

投稿: saheizi-inokori | 2006年10月25日 (水) 17:15

★ねむウサギさま

ありがとうございます。
迷宮の話の中のアリアドネ姫が置き去りにされてしまったナクソス島にも船が寄りました。神話に関係する場所があちこちにあるわけです。
色鮮やかな絵や壁はオリジナルでなく複製、復元だそうです。
添乗員さんが付いていました。とても優秀、沈着な方で、この大変な事態の情報をいち早くあちこち問い合わせて入れ、ホテルやタクシーなどの手配など迅速にしてくださり、翌日の夕食の席で代表の方が彼女に感謝の言葉を述べました。50代の添乗員さんでもこんな事態になったのは2度目だそうです。

投稿: tona | 2006年10月25日 (水) 19:25

★ポージィさま

ありがとうございます。
クレタ島は知らない人はいないくらい有名ですね。
農産物もギリシャで一番豊富なそうで、ギリシャ全体をこの島が潤しているそうですが、何と言ってもラビリンスですね。本当に迷子が出ちゃったかもしれません。
確かに壁画、エジプトの王家の谷の墓の中のに雰囲気が似ていますね。実際エジプトの影響を受けたと聞きました。
そうなんです。壷の模様も見ていて楽しかったです。
私の雨女ぶりも記録的です。大したものです。こんなことしか威張れなくて。

投稿: tona | 2006年10月25日 (水) 19:37

★夢閑人様

ありがとうございます。
土木、建築技術、夢閑人さんのお仕事に少し関係がおありだったのでしょうか。
ローマ時代のものでも感心していたのが、さらに1600年も古いのですから、ただただ驚くばかりです。
壁画のオリジナルはイラクリオンの考古学博物館の方にあり、迷宮の遺跡のは復元されたものだそうです。オリジナルも修復されたのが殆どだそうです。アーサー・エヴァンスが「パリジェンヌ」と名付けたフレスコ画は複製されていないようでした。衣装や装飾品や髪型も様々で今とそん色ないようなデザインなどに感心します。

投稿: tona | 2006年10月25日 (水) 19:55

★saheizi-inokoriさま

ありがとうございます。
晴れ男さんもたまには雨になることがあるのですね。
雨女と言うと嫌われて一緒に行ってもらえないので、なるべく隠すようにしています。

その通りなんです。この日見た昔の迷宮跡に感動し、そういうことが真夜中にもいらいらしなくてすみ、睡眠不足もなんのそのということでした。saheiziさんお見通しです。

投稿: tona | 2006年10月25日 (水) 20:06

ギリシャって、交通の要。エジプト方面の影響もあるし、中近東の影響も。この教会、イスラムの影響を受けていますね。面白いです。

投稿: Stanesby | 2006年10月26日 (木) 01:47

★Stanesbyさま

あら、イスラムについては気がつきませんでした。外観、なるほどとても複雑な作りですね。教会の中はビザンチン様式みたいでしたが。
地図で見ますとエジプトはクレタ島のすぐ南方ですから、古来影響を受けたのも頷けますね。クレオパトラもギリシャ人でしたっけ。
スフィンクスを随所見かけました。オイディプスの話にも出てきますね。

投稿: tona | 2006年10月26日 (木) 08:23

tonaさま
しばらく、ご無沙汰してしまいました。
私事ですが、少し心痛む出来事が続いてtonaさんの素敵な「旅紀行」や楽しいお写真に気持ちが反応できませんでした。
それでもここ一日二日で、ずいぶん回復して改めて、こちらにお邪魔いたしました(笑)

クレタ島の「ラビリンス」。
半獣半人の怪物ミノタウロスの伝説と相まって少女期の私には、胸をドキドキさせてくれる大好きなお話でしたし、シュリーマンの「トロイア発掘記」などは何にも勝る冒険物語でした。
歴史の表舞台から葬りさられた存在を世界に知らしめたシュリーマンは、長いこと私の憧れの人でもありました。
彼の夢を絶えずかき立てたギリシャという国の歴史と風土。
沢山のお写真で垣間見させていただきました。

クレオパトラはギリシャ人・・・
人為的な線を引かれ「地理的・文化的隔離を」されてしまったこのギリシャをも含む大きな文化圏のかつての豊穣を思います。


投稿: aosta | 2006年11月 2日 (木) 10:05

★aostaさま

大変だったのですね。少し回復された由、良かったですがご無理なさらないでくださいませ。
ミノス王、ダイタロス、イカロスの話もラビリンスにはありますね。今は遺跡だけであまり面影もなく、ただ想像するだけですが夢をかき立てられますね。
ギリシャ神話やホメロスの話など少しだけやっとつながりました。
aostaさんは本当に詳しいのでいつも感心しています。私も行ってやっと遅まきながらaostaさんに少しお話を合わせられる部分があるかなあという次第です。
ギリシャの文化の華は紀元前1700年と紀元前450年前後なのですね。ご紹介いただいた映画の世界は垣間見ることならずでした。ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年11月 2日 (木) 20:14

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 履歴書の見本 | 2014年6月 7日 (土) 11:15

★履歴書の見本さま

ありがとうございます。

投稿: tona | 2014年6月 7日 (土) 15:17

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