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2006年11月30日 (木)

特別展「仏像」

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私も特別展「仏像」を見てきました。
『芸術新潮』11月号に特集が組まれているので新たに学ぶこともあって、また目が開かれた心地がします。

仏像には①如来 ②菩薩 ③明王 ④天 ⑤その他の種類があります。
これまではただ美しい荘厳なお顔、慈悲深いお顔、怒りや面白いお顔や姿などの鑑賞でした。
今回は仏像の衣と頭上です。素晴らしい衣文の美しさに見とれました。インドの様式です。
そして彫り手の心なんかも伝わってくるようでした。
作り方も金銅仏→塑像→乾漆像→木像[一木造(一木彫)→寄木造]

●この特別展では主として一木彫。十一面観音像の名品が多い。白洲正子と井上靖が愛した向源寺・渡岸寺観音堂の「十一面観音菩薩立像」は瞑想しているお顔と腰を捻った肢体が見るものを飽きさせない。ものすごい人だかりでした。

●ノミの痕がすごい鉈彫の仏像がいくつか。初めてです。京都西往寺の「宝誌和尚立像」は僧の顔が裂けて、観音の顔が現われるという百面相が面白い。千葉蓮蔵院「聖観音菩薩立像」は33年に1回の開眼である。

●江戸時代の円空仏と木喰仏との出会い
12万体も彫ったと言われる円空のは目や眉は細く手足もはっきりしなくて、全体的にあら削りで無頓着なのが独創的で楽しい。
一方木喰は表面を丸く穏やかに仕上げ、皆仏像が笑っているように見え、こちらまでも笑ってしまう。もう、一度見たら忘れられない愛すべき木喰さんの自身像です。
お陰さまでこれからまたあちこちで見る機会があったとき、あらかじめ少し勉強していくと、さらに目が開かれるとことと思います。

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2006年11月27日 (月)

皇帝ダリアと隼人瓜

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野菜スタンドで隼人瓜を買った家に、皇帝ダリアの大きな花が咲いていました。
皇帝ダリア:原産地メキシコ キク科
      和名 木立ダリア
      英名 ツリーダリア
成長すると3~4mになるので皇帝と名付けられた。開花は秋から初冬である。挿し芽でつくらしい。
携帯で撮らせてもらって、あまりはっきり写らなかったけれども、4mくらいありました。
寒さに弱いそうで、今年は秋が暖かかったので成長し、花もたくさん付けたそうです。

Hayatouri Hayatouriitamemono 隼人瓜の原産地は熱帯アメリカで1917年(大正6年)、今から100年前に鹿児島県に伝わった。薩摩隼人にちなんで「ハヤトウリ」と名付けられた。上手く育てると1本から100個以上も収穫できるので「センナリウリ」とも呼ばれる。

1個400gもありました。炒め物にすると美味しいと言うことで早速牛タンなどと炒めてみました。歯ざわりが良くて確かに美味しいです。糠漬けにもしましたが、奈良漬は無理としても粕漬けにしてみたいです。

Touhu_1  「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」が「波乗りジョニー」に変わっていました。

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2006年11月26日 (日)

長かった事情聴取

新聞の特派員メモに「おなかに注意」というタイトルで子連れスリならぬ「胎児連れスリ」の話が載っていました。
マドリードの地下鉄で、大きなお腹をした三人の妊婦に囲まれ、いやな予感がしたときズボンに手が伸びてきたところをすり抜けて事なきを得たというもの。妊婦なら凭れかかるふりをして狙った獲物ににじり寄っても不自然に見えないという、妊婦を使った新手口だ。他にもサッカー場でゴールの瞬間に握手を求められ、そのすきに掏られた人も居るらしい。
最近旅行者も用心深くなったので敵もますます巧妙な手口を張り巡らせている。1つ1つこうした話を聞いて覚えておくのがこれからの防御に役に立ちます。

私はかつて事情聴取を受けたことがあります。
学生時代、友人と三人で能登旅行をした帰りの夜行で横並びに三人と男性が座りました。寝たのを見計らってその男が足元の友人のバックの財布から3000円を抜き取るのを見てしまったのです。もう胸がドキンドキン。2週間の旅行が12000円で出来た時代の3000円です。鉄道公安官に連絡したら、早朝到着した東京駅の公安室で昼頃まで事情聴取を受けました。ものの10分しゃべれば終わる話を午前中いっぱいやられて、寝ていないし、もうくたくた。友人は3000円くらい良かったのになんて言うし。
なるべく事件にかかわりたくないという気持ちがよく分かりました。この男が私が見た初めての盗人です。その後正しい道を歩んだのか時たま思い出します。

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教会のヘブンリーブルーとリュウキュウアサガオがまだ咲いています。

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2006年11月23日 (木)

玉川上水緑道を歩く

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歩いても汗ばまない、ウォーキングにもってこいの気候になって、玉川上水を歩いた。

玉川上水は1653年、玉川兄弟が完成させたと言われている。
当時江戸の人口が増えて、井戸や小川だけでは飲料水を賄えなくなって、幕府は多摩川の水を江戸に引くことを考えた。
今の狛江とか二子玉川といった下流ではなく、何故か中流の羽村市から四谷大木戸門まで東京の北側を43km、僅か100mの落差しかないのを掘ったのである。幕府のお金だけでは出来上がらず、兄弟が私財をはたいて1年がかりで完成させたこの上水は、新宿の淀橋浄水場が閉鎖されるまで使われ、今も上流の方で使われているのである。
中学1年の夏までお世話になった水道は、江戸時代のこの兄弟や掘り続けた人々のお陰なのだと、43kmの中の30kmを歩いて心から感謝した。

現在、羽村市から三鷹市までの30kmが緑道として開園されている。名前がついている橋も86もある。残り四谷までは暗渠となっていて見ることができない。

これを3回に分けて歩いた。
三鷹あたりにはジブリの森美術館や山本有三記念館があり、1948年には太宰治が入水自殺をしている。当時こんな小さな川で自殺が出来たのは、いかに水量が多かったかである。

Tamagawazyousui1 Tamagawazyosui3 今回は最後の区間で玉川上水駅から羽村の取水口までの14kmを歩いた。

Tamagawazyousui4 Tamagawazyousui5

水量は少ないものの澄んでいて、鯉や鴨も所々にいる。ケヤキやコナラ、エゴノキが続き、野鳥の声も響き渡り、武蔵野の面影を残す道が続く。たくさんある橋の欄干はひとつひとつ違っていて面白い。

Tamagawa1 Tamagawa2 Tamagawa3 途中福生あたりから取水源である多摩川の土手を歩いた。ススキがなびき、遠く奥多摩の山々が秋空にくっきりと見える。

Tamagawa6_1 Tamagawa5 3時間半後やっと羽村の堰が見えてきた。この辺り海から54kmとあった。写真に撮ったのは1km手前であった。

Tamagawa4  多摩川兄弟の銅像が立ち、取水口も臨めた。ここから玉川上水が始まっているのである。滔々と音を立てて上水へ多摩川の水が流れ込んでいる。遥か江戸時代に想いを馳せたひと時であった。Tamagawa9 Tamagawa8 Tamagawa7

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2006年11月20日 (月)

雀の死

以前お向かいの屋根に雀が10羽以上も集まって、珍しいなあと思った見たら、真ん中に瀕死の雀が横になっていました。まわりの家族が心配そうに、チュンチュンと鳴きながら見守っている。どうなるかと暫く見ていたのに、電話がなって目を放してしまいました。戻ってみると、屋根はもぬけのからで、屋根にも地面にも屍骸がなかったのです。数羽、あるいは1羽がくわえていったのでしょうか。庭に遊びに来る雀たちを見て、ふとあの心配そうな姿を思い出してしまいました。

Pan クロワッサンは本日焼いた失敗作。これは初心者には難しい。

Aisukurimu 昨日よりちょっと暖かくなったので、九州名物の「さつまいもアイスクリーム」を食べたのですが、これが紫いもと紅ことぶきの2種類でさつまいもそのものも載っていて実に美味しい。お勧めです。なんて言って食べてなかったのは私だけか。西友の限定販売で買ってきました。

Syouyu 新聞に高いけれども美味しくて売れ行きが好調の「下総しょうゆ」が出ていました。丁度戴いたのがあって、お刺身や煮物にも美味しい。献立が毎日煮物になってしまいます。720ml入りで1000円以上するようでとても買えません。

Iyonomiso 伊予のお味噌を戴きました。これが本当に美味しくて、おにぎりにまぶして食べても最高です。小さい頃よく食べましたが、その頃のお味噌は美味しかったのかもしれません。

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2006年11月17日 (金)

捨てる決心

今朝、「なんちゃって制服」をテレビで見せていた。私服率が10%台の東京に比べて60%の長野県のある学校での話である。ジャージの上に上着とかチェックのスカートにカーディガンとか一見すると制服のように見える。生徒が各々工夫している。自主性を尊重するから制服なしとしている。私は高校時代制服がなかったので、、勝手によその高校の制服を頼んで3年間着ていた。経済的にも助かったし、煩わしくなかった記憶がある。

陶磁器のリサイクルが可能になったそうである。
不用食器を細かく砕き、原料の粘土に混ぜて作った、リサイクル粘土で食器を作り、また釉薬にも再生する技術が開発された。素晴らしいことである。
壊れた食器を合わせれば膨大な不燃ゴミである。ゴミ問題では埋立地が東京の場合、もう満杯である。よその県に押し付けて運び込んだり、不法投棄など10年以上も前から大きな社会問題となっている。

私個人としても粗大ゴミや不燃ゴミをあまり出さないために、買わないように努力しているのであるが、この年になって問題が出てきた。
私たちが死んだ後を片付けるのは娘夫婦だけである。もう別世帯と家を持っているからこの家のものはいらないものばかり。宝石類さえもいらない子だから。しいて言えば新品のタオル類や羽毛布団くらいでしょう。こう考えると必要最低限の物を残して徐々に捨てるしかない。あともったいないはやめてどんどん使おうということになる。
物を大切にして捨てないイギリスを崇拝するようなことを書いておきながら、物を捨てざるを得なくなった現実。
日本の家は何百年も使えず、代々住み続けられない。孫子の代まで鑑賞に堪えるような品物が少なく粗悪なものも少なくない。貧しい戦後から高度成長に乗って次から次へと購買意欲をかき立てられ、無駄な贈答で増えた品々に、今悲鳴をあげている。しかも日本の伝統を捨てた上に人真似の生活、反省することしきりである。

今年も千両が咲いて、お正月用にとビニールをかぶせた。右の千両の子どもは昨年の実をこの春蒔いて、ここまで育ったものです。

Sennryou_1 Sennryou2

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2006年11月14日 (火)

大道芸

日曜日に町に大道芸がやってきました。木枯らし1号が吹く中、袖なしで演じていました。
ジャグリング、アクロバット、クラウン(ピエロ、パントマイム、バルーン)、チンドン屋を見学しました。
どれ1つとして自分にはできないこれらの芸を見終わると思わず拍手喝采です。

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Daidougei5 Daidougei4

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大道芸は路上で演じられる演芸で、アート性、エンターテイメント性を併せ持っている。
浅草で猿回しや蝦蟇の油売りやバナナの叩き売りを見たことがあるが、他にもけん玉や南京玉すだや七色唐辛子売りや金粉ショウなんていうのもあるらしく見てみたい。
好きなサーカスやマジックはテレビで見られるが。

彼らは投げ銭で生活していると言っていたけれども、考えてみると大変なことだ。芸が食べることより好きでないとできないかもしれない。芸を磨くこと、人前で演ずること、演ずる場の開拓、体に気をつけて維持し生活していくことは苦労が多そうです。心なしか、ピエロには道化の奥に哀しみが漂っているように思えます。いえ、こちらが思うほどやわな人たちではないかもしれない。

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2006年11月11日 (土)

竜脳菊

今日の[折々のうた]に
  白猫の 錦の如きが 枯菊に (松本たかし) 
白菊の美しさ、でも枯れると花はみなそうで、実に上手く表現していて感心してしまいます。

布地和柄には1つひとつに意味があるそうで、菊の柄は不老長寿を願う柄とされてきたそうです。

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昨年2輪しか咲かなかった小さなリュウノウギク(竜脳菊)が今年は90cmの高さになり、たくさん重なり合っていて、ざっと数えて150輪くらいの花をつけました。かなり強いことが実証されました。来年挿し芽をしてみよう。
花の香りはかなりきつく、葉をもむと竜脳に似た香りがあるので付いた名。なるほどスーッとしたメンタムに近い匂いがする。竜脳を調べてみると、フタバガキ科の竜脳樹より得られる芳香性の結晶で、薬、薫香、香粧品として使用されているそうです。

Kiku2_1 Kiku3_2 Kiku1_1 Kiku4_1 Kiku5_1

今家に咲いている菊です。

今年も11月最初の太極拳は都立小金井公園の江戸東京建物園入口前でやりました。
昨年は幼稚園児が一緒にやって結構すぐに覚えているのにショックを受けました。何で自分がパソコンが出来ないのか分かったような気がします。
公園の入口近くにSLが鎮座しています。興味を示しているのはやはり男の子。車内を走り回っていました。

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2006年11月 9日 (木)

本『石榴のスープ』

Zakuronosupu マーシャ・メヘラーン著『石榴のスープ』

題名がなかなかいい。saheizi-inokoriさんにニューヨークのインド系女流作家ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』を紹介していただき、この本の著者がイラン系女流作家ということで飛びついた本である。
著者は数奇な運命を辿った人。イラン革命直前に生まれ、家族と動乱から逃れアルゼンチンへ。中東風カフェを経営する両親の元、スコットランド系の学校で教育を受ける。両親の離婚、アメリカ、オーストラリア、ニューヨーク、アイルランド人の夫とアイルランドへ、またニューヨークへと多様な文化と生活を体験する。

本書は両親を亡くした若い三姉妹が革命に揺れるテヘランを逃れ、イギリスに渡り、やがてアイルランドの西にある小さな田舎町でペルシャ料理店を開くまでと、村の一角で繰り広げられる偏見と格闘の物語である。イランを脱出するまでの壮絶な苦難の世界と料理店を中心に繰り広げられる話が交互に織り交ぜてある。
今でも異邦の地で祖国を逃れて生活する人は世界にどのくらいいることか。祖国での悲惨な思い、移住地での辛い生活、それはそれは苦難の連続である。自分の生まれた国で普通に生活をしている人には想像もつかない。主人公の魅力ある料理が人々を惹き付け、明るさや勇気で困難を乗り越える姿、また数人の魅力ある村の人に惹きつけられる。
各章冒頭にはレシピが掲載されていて、全部で13あり、文中に出てくるのである。私たちも作ることができるようになっている。勿論表題の「石榴のスープ」も。石榴を食べたのも遥か昔、一体このスープはどんな味がするのだろう。

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2006年11月 8日 (水)

大エルミタージュとベルギー王立美術館展

Erumitazyuten_1 芸術の秋、混雑の上野の山で美術館展のはしごをしてきました。

午前は「大エルミタージュ美術館展」於東京都美術館
春に行ったエルミタージュ美術館の約17000点の絵画の中から今回展示されたのが80点。
Ⅰ家庭の情景 
Ⅱ人と人生の共生 
Ⅲ都市の肖像に分けて展示されていました。
あの時見たとおぼしき絵は1枚もなかったが、ルノワール「扇子を持つ女」、モネの「ジベルニーの干草」、カナレットの「ムラーノ島のサン・ジョヴァンニ教会の眺め」など5点ほどを画集で見た記憶がありました。帰って来てから出品リストを見て、思い出せる絵があまりないけれども、絵からその時代の背景や雰囲気、風俗、人々を見て想像し、筆タッチなどを鑑賞することができました。

Unagitororodon 昼ごはんは「月の雫」・・・『電車男』に載っていた店のような気がする・・・で奇妙な取り合わせの「うなぎとろろ丼」と豚汁のセットを食しました。うなぎの味がいまいちで、国産でないかもしれない。

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午後は「ベルギー王立美術館展」於国立西洋美術館
Ⅰ昨年行ったこの美術館の約2万点の中から109点やってきました。
遂に見ました、ピーター・ブリューゲル[父](?)の日本初公開「イカロスの墜落」とルネ・マグリットの「光の帝国」を。
「イカロスの墜落」でイカロスは何処にいるのか?海の中に頭を突っ込んで足だけ出ているのでした。クレタ島の迷宮のお話、ダイダロスとイカロスの物語の中のイカロスの最期です。
「光の帝国」はaostaさんがブログに[記憶の博物館]と題して丁寧に書かれています。後ろの空が昼、手前の家と木は夜という実に不思議な印象的な絵です。(ポスターの中の写真)
他にはルーベンス、ヴァン・ダイク、ヨルダーンス、アンソール、クノップフの絵が鑑賞できる。フランドルの絵にはネーデルランド同様、寓意を読み取らねばならない絵が多い。字が読めない人が殆どの昔、絵が教育も兼ねていた時代だったのですね。

昨夜の寒波で降ったのでしょうか、今朝、富士山にかなり雪が積もっていてきれいでした。

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2006年11月 5日 (日)

今年も国分寺祭りへ

つい今まで知らなかったこと: 東京の山谷、大阪の釜ケ崎、横浜の寿地区「日本3大ドヤ街」の「ドヤ」は日雇い労働者向けの簡易宿泊所の意味です。その語源は彼らの宿泊所が、宿(ヤド)に及ばないと逆さまに読むようになったそうです。今まで何の疑問も感じなかったわけですが、なかなか面白いです。何か他にも逆さまのがありそうですがすぐに思い浮かびません。辞書でも開いて読んでいるとこのような楽しみが一杯ありそうです。

Maturi1 Maturi2_1

今日は地域の国分寺祭りが都立公園で開催されました。
昨年行ったときあった五重の塔と七重の塔(こちら)が今年も飾られていました。
今年は太鼓、神輿、お神楽と賑やかな上、よさこいや阿波踊り、舞台ではフラダンスやフォークダンス、いろいろな演奏が行われ楽しめました。
子どもの活躍著しく、神輿の上の男子やお神楽の女児の振りのうまいことといったらない。将来かなりのものになりそうです。神輿の担ぎ手も多く、本当に祭りの好きな人が多い。日本人のDNAの中に組み込まれているのでしょうか。
大混雑の中、買い食いをしていた娘夫婦に会い、この間ギリシャで一緒だった人に20日しか経ってないのに会ったのにはお互いに驚きました。

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2006年11月 2日 (木)

四国12景めぐり駆け足旅

1konnpiraguu_1 香川県
1景:[琴平の金比羅宮] 高松空港から雨の上がった讃岐七冨士や溜池を左右に見ながら金比羅さんへ。思いがけなく讃岐の団塊オヤジさんが半日お仕事をお休みして、一緒に785段の階段を登ってくださいました。その後車で、本にも載っている有名なうどん屋さんへ連れて行ってくださいました。がちゃがちゃした私と対照的に落ち着いた静かな方で、たった2時間半の出会いでしたが生涯忘れられない思い出になりました。讃岐の団塊オヤジさん、どうもありがとうございました。このときカメラがどうしても作動しないので(このあと極初歩的なミスで作動しなかったことが分かって、我ながら情けなかった)携帯に2、3枚しか撮れなかったのが残念でした。

2kazurabasi 3kasurabasi2 4musyagyouretu 徳島県
2景:[祖谷のかずら橋] 平家の伝説が残るつり橋で、2年に1回シロクチカズラで吊り変えをするそうです。この技術も後継者不足でいつかなくなるかもしれないそうです。恐る恐る渡りました。丁度お祭りで武者行列を見ることができ、子どもが可愛い。

5ooboke 3景:[大歩危・小歩危] 以前から読み方が面白いと思っていた峡谷。

6dougoonnsenn 愛媛県
4景:[道後温泉] 日本でも有数の温泉地。「坊ちゃん」の部屋を見ました。温泉で体脂肪率を計ったら何と6%も減って標準になって天にも昇る気持ち。もしかして器械が壊れている?ここに泊まって、ちょびママさんがそばに居るのを感じました。

7iyokasurikaikan Kuritaruto1 Kuritaruto2 5景:[松山城] 車窓からで、しかも遠く写真を撮ることは出来ませんでした。で代わりに[民芸伊予かすり会館]の写真です。この辺りで思わず自分の旧姓と漢字も同じ、「ハタダ栗タルト」を買ってしまいました。文明堂のとそっくり。

8utiko 6景:[内子] 白壁土蔵の町並みが美しく、和蝋燭とみかん(重い!食べるのを忘れて家まで運んでしまいました)を買いました。
7景:[宇和島城] またまた車窓から写真撮れず。 

9tatukusikaigan1 10tatukusikaigan2 高知県
8景:[竜串海岸] 波と風による侵食で出来たという奇岩群。高知県か愛媛県にあるのか?わかりません。

11aizurimisaki1 12asizurimisaki2_1 13dai38banhudasyo 9景:[足摺岬] 四国の最南端に遂に来ました。足摺温泉にうっかり腕時計をしたまま入ってずっと気が付きませんでした。まだ動いているので一安心です。

14simantogawa 15koutizyou 10景:[四万十川] 日本最後の清流として余りにも有名なこの川は澄んでいて鏡のようでした。
11景:[高知城]  今年の大河ドラマ「功名が辻」の舞台です。車窓より撮影。

16katurahama 18hana_1 17sakamotoryouma_1 12景:[桂浜] ベギー葉山の歌で有名な海岸で坂本龍馬の銅像に会いました。

殆ど初めてといっていい四国は讃岐平野を除いて、山だらけで、またゴミが落ちていない清潔な4県という印象でした。
添乗員さんは高松の人で、今までで一番面白い添乗員さんで、3日間笑いどおしでした。運転手さん、ガイドさんも感じの良い人で、行く先々で出会う人々はやさしく、今回は最高の旅、良い思い出となりました。

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