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2006年11月17日 (金)

捨てる決心

今朝、「なんちゃって制服」をテレビで見せていた。私服率が10%台の東京に比べて60%の長野県のある学校での話である。ジャージの上に上着とかチェックのスカートにカーディガンとか一見すると制服のように見える。生徒が各々工夫している。自主性を尊重するから制服なしとしている。私は高校時代制服がなかったので、、勝手によその高校の制服を頼んで3年間着ていた。経済的にも助かったし、煩わしくなかった記憶がある。

陶磁器のリサイクルが可能になったそうである。
不用食器を細かく砕き、原料の粘土に混ぜて作った、リサイクル粘土で食器を作り、また釉薬にも再生する技術が開発された。素晴らしいことである。
壊れた食器を合わせれば膨大な不燃ゴミである。ゴミ問題では埋立地が東京の場合、もう満杯である。よその県に押し付けて運び込んだり、不法投棄など10年以上も前から大きな社会問題となっている。

私個人としても粗大ゴミや不燃ゴミをあまり出さないために、買わないように努力しているのであるが、この年になって問題が出てきた。
私たちが死んだ後を片付けるのは娘夫婦だけである。もう別世帯と家を持っているからこの家のものはいらないものばかり。宝石類さえもいらない子だから。しいて言えば新品のタオル類や羽毛布団くらいでしょう。こう考えると必要最低限の物を残して徐々に捨てるしかない。あともったいないはやめてどんどん使おうということになる。
物を大切にして捨てないイギリスを崇拝するようなことを書いておきながら、物を捨てざるを得なくなった現実。
日本の家は何百年も使えず、代々住み続けられない。孫子の代まで鑑賞に堪えるような品物が少なく粗悪なものも少なくない。貧しい戦後から高度成長に乗って次から次へと購買意欲をかき立てられ、無駄な贈答で増えた品々に、今悲鳴をあげている。しかも日本の伝統を捨てた上に人真似の生活、反省することしきりである。

今年も千両が咲いて、お正月用にとビニールをかぶせた。右の千両の子どもは昨年の実をこの春蒔いて、ここまで育ったものです。

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コメント

最近夫が時々食器洗いをしてくれるようになって、欠けたり割ったりが増えました。
私も補充は保存していたものを活用する事にし、ささやかに物減らしを始めたばかりです。
この陶磁器のリサイクルの話は罪悪感を少し和らげてくれます。

昨日は廃材から車の燃料を作る話題を取り上げていました。木造家屋はまだいいとして、コンクリートはどうなるのかしらと心配です。
温暖化で氷山が消えた上にこれらゴミの埋め立てで海が狭められたら・・と思うと、SF映画が安心して見られなくなりそう。

千両はこんな風に増えるのですか。ビニールを被せると日持ちするのでしょうか。

投稿: ねむウサギ | 2006年11月17日 (金) 16:04

物の乏しい時代に育った人間はどうしても
「もったいない」という意識が先に働き、捨てきれず長い間にかなりの物が溜まってしまう。

娘など物のあふれる時代に育ったせいか、実にあっさりと捨ててしまう。いわゆる使い捨ての感覚。修理すれば充分使えるものもあるのにと思う。

娘がアパートに暮らしているとき、半年しか使ってない8帖のジュウタンを一緒に住むようになったとき、サイズが合わないと言って捨てようとしていた。「ストップ」をかけ、今、リビングに使っている。

引越すときに解るガラクタの多さ。大抵思い切って捨てたつもりがまだまだある。

暮らしの達人は「捨てること」なりと悟る。


投稿: 夢閑人 | 2006年11月17日 (金) 17:30

★ねむウサギさま

我が家でもどんどん割ってくれて、満足に全部揃っているのが残り少なくなりました。
陶器のリサイクルはまず、焼き物工房から始めるようです。
廃材から車の燃料を作るというのも画期的ですね。あと焼却した灰もばかにならないそうでこれを埋め立てる土地もないのですね。この灰を道路の敷石に加工するという話も聞きました。皆問題になるのがコストの問題。
ゴミ収集も有料になってきましたからこれからはどのようになっていくのでしょう。

千両は1つのところから何本にも増えていくのですが、実から一度やってみたかったのです。去年は百両でやってみました。
ビニールを被せるのは鳥に全部食べられないようになのです。ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年11月17日 (金) 19:17

★夢閑人さま

物のなかった時代とありふれているときに育った人の違いはおっしゃるとおりの違いになりますね。
お嬢様が捨てられようとした絨毯はその象徴ですね。私も夢閑人さんと同じく使うかもしれません。
我が家は引越しが多かったので涙を呑んでたくさん捨てました。後で捨てて、しまったと思うほうが少ないのですが。
今グルニエに迷っているものがたまってしまいました。
暮らしの達人になるにはまだまだ修練が足りません。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年11月17日 (金) 19:29

整理し切れていないものは、上手く回転せず、生活の足を引っ張っているのに、可愛いモノを見たりするとついつい買おうとしてしまいます。

もっと自分がしたいことに打ち込むためにも、シンプルに暮らさなくちゃなあと思います。(自分が管理できない物は持たないような)

でも、最近いい話が。
91になる伯母が私に50年前に母親からもらった下駄をくれるというのです。祖母も伯母も長命なので、病弱な私が長生きするようにですって。それを聞いた娘、「大切にして私にも譲って」ですって。。
もらったら、大切にするつもりです。

投稿: otayori | 2006年11月17日 (金) 21:09

長野県の高校を出ました。
制服はありませんでした。
僕はファッショナブルだったので(?)、
私服が楽しかったです。

でも、親たちは、私服代がかさむので、
制服にしてほしいという方も
いらしたようです。

自主性が養われたかどうかは疑問です。

投稿: Stanesby | 2006年11月18日 (土) 02:22

そうそう、一番の粗大ゴミを捨てよう・・・なんてことはないですよね。(笑)

投稿: Stanesby | 2006年11月18日 (土) 02:23

★otayoriさま

ありがとうございました。
物が滑らかな生活の足を引っ張っているのは確かですね。
やりたいものが見えて打ち込もうとするときも整理する必要があるでしょう。

まあ、下駄ですって。この間遂に下駄が家からなくなりましたが、懐かしいですね。
飛騨の高山とか地方都市を歩くと下駄屋さんを見かけました。
戴く下駄できっとあやかれるでしょう。お嬢さんのためにも大切に。もう、確かに受け取ってもらえるのですから。

投稿: tona | 2006年11月18日 (土) 08:28

★Stanesbyさま

ありがとうございました。
わっはっはっは、今のところは相手の年金を頼りにしているので、考えておりません。

ファッショナブルな方には楽しい高校生活だったでしょうね。きっと何をお召しになっても似合ったのでしょうね。羨ましい!
今の時代は私服の方がいいという子が多いのでしょうかしら。
テレビで先生が盛んに自主性が養われると言っていましたが、私も疑問に思いました。
なんちゃって制服で制服を希望する子は通せば、私服の学校は自由でいいと思いました。

投稿: tona | 2006年11月18日 (土) 08:39

3年ほど前に引っ越すときに出てくるでてくる、一度もつかっていない食器とかテーブルクロスとか、売り物にもならない、お金を出して引き取ってもらいました。そのドサクサで本当は取って置きたかった書類とかレコードとかも捨ててしまって口惜しい思いをしてます。でも口惜しいくらいない捨てないとかたずかないのですねえ。

投稿: saheizi-inokori | 2006年11月18日 (土) 12:17

★saheizi-inokoriさま

この頃は新品でもお金を出して引き取ってもらわねばならないことになってしまったのですね。
一度読んだ文庫本も1kgが100円くらいで10万円以上かかった本も1000円にもならないのです。
以前トラック1台分の本を無料で引き取ってもらったときはすっきりしました。
残念な思いをした書類とレコードあります。
レコードもレコードプレイヤーがないので、泣く泣く捨てて今になって後悔していますが、saheiziさんが仰っているように、こんんな思いをしないと荷物は減らないですね。
『その名にちなんで』とても面白かったです。ありがとうございました。

投稿: tona | 2006年11月18日 (土) 16:37

制服は、何を着ていこうかと頭を悩ませずにすんで楽ですね。
私は中・高とセーラー服でしたが、別に不満も持たず着続けていました。
ただ、高校を卒業したら何を着たらいいやらそのときになって
ファッションセンスのあまりのなさに困った覚えがあります~。

生活の中での無駄…というか、もったいなくて捨てられないもの
たくさんあります。買い物に失敗したものや、体形が変わって
着られなくなったものなどもそうですね…
うちも、もっとシンプルライフを心がけていないと、
私たちの後の世代はいないので、それこそ迷惑をかけるとともに
恥をかくことになりかねませんね。心して暮らさなくては…。
あぁ~でも、ついつい新しい洋服など欲しくなってしまう
この欲望をどうやって抑えたらいいのかしら(^^;)

投稿: ポージィ | 2006年11月18日 (土) 17:09

追伸:千両今年もたくさん実が生って見事ですね。
   千両の赤ちゃん達も、可愛いです。このベビー達が赤い実を
   付けるようになるには何年くらいかかるものなのですか?

投稿: ポージィ | 2006年11月18日 (土) 17:11

★ポージィさま

ありがとうございました。
セーラー服、素敵ですね。憧れていたもののとんと関係なくて、電車で見るたびに羨ましかったです。
ポージィさんがファッションのセンスがなかったなんて意外ですが、ある人は生まれつきのものなのでしょうね。
ポージィさんも捨てられないものがたくさんおありなのですね。
でも衣類だけはたたんで何処までも積み重ねられてグルニエにでも置いておくと、気が向いたらいつでも簡単に捨てられるので、洋服だけはどんどん欲望を満たしていいのですよ。私もドンくさくならないように、貧相にならないように年なので気をつけたいと思うのです。あとは思い切ります。

咲いている千両は数年前実家からもらってきました。地植えで横へ増えました。
実からは初めてなので、一体何年かかって実がつくようになるのか、わからないのです。ごめんなさい。去年の十両と百両はまだ一向に実がなりそうもありません。万両と違って、十両と百両は弱いです。

投稿: tona | 2006年11月18日 (土) 21:16

捨てる決心というのは、なかなか難しいものです。
衣類の場合、一年着なかったものはもう着る事はないと言われますが、そうでない時もあるかも…なんて事考えちゃったりするんですよ。
思い切って捨てよう!って思うんですけど、なかなか捨てられないで、衣替えの時にいつも悩んでしまいます。
夫とかのだと、ポイポイ捨てられるんですけどね~~(^^ゞ

投稿: pochiko | 2006年11月18日 (土) 23:02

●虚礼廃止が第一歩?
ウチも「いらないモノ」がいっぱい(^_^;)
捨てられないのか、モノを大事にしてるのか…
家内なんぞ、ダイエットに成功したら着れるかも?と洋服ダンスは「こやしだらけ」(笑)
かく言う私も、独身時代に買ったスーツ(太っていないので、もちろんサイズはOK)を着る機会もないのに置いてるなぁ。
まぁ全体量は、はるかに少ないけど…

ずっと前のアエラだったかに、死ぬ間際には「風呂敷包み一つが理想」とありました。
衣類でいうと、数日分の着替えと「死に装束」だけ残せばいいそうです。
とはいえ、「故人を偲ぶ品が全く無い」というのも寂しい気がするような…

いずれにしても、贈答とかの「虚礼」は減らすべきで、どうせなら食べ物など無くなってしまうものに、と思います。
そういう業界の人には悪いけど(笑)

投稿: 讃岐の団塊オヤジ | 2006年11月18日 (土) 23:30

★pochikoさま

ありがとうございます。
pochikoさんもそうなんですね。
1年着なかったものならたくさんあって、それどころか5年とかもいっぱいあって、本当に悩んでしまいますね。
思い切って捨てましたが、まだまだ母親が縫ってくれた衣類がたくさんあって、先延ばしにしています。
はははは!ご主人さまのだとポイポイ捨てられるには笑ってしまいました。ご主人さまの身の回りはすっきりで、しかも新しいものがどんどん着られるのでしょうね。

投稿: tona | 2006年11月19日 (日) 08:16

★讃岐の団塊オヤジさま

奥様の気持ちがよく分かります。大抵は体形って戻らないけれども、でも年取ると派手にした方がいいし、ガチガチになることもありますものね。木綿なんか、暇になるのだから、パッチワークにすればいいと、とっておきますしね。
アエラにそんな記事があったのですか。普通の人には出来ませんよね。
田中正造は亡くなるとき聖書とあと何か1つしかなかったとか。

虚礼廃止、大賛成だけれども日本ではまだまだ無理なのでしょうか。でもこの頃虚礼はなくならないけれども、お返しが自分で選べるのが増えてきたのはありがたいです。意に添わない品物が増えなくて。
ですから仰るとおり、食べ物にしてしまいますね。

投稿: tona | 2006年11月19日 (日) 08:29

おはようございます。

私もなかなか捨てることの出来ない人間です。

着られなくなった洋服、頂き物の食器やタオル(実用品であっても「好み」が邪魔をしてしまっておくだけというものが結構多いのです。)
本。(これは行き場を失って平積みのまま、ひたすら増殖を続けています)
CD。これもホント同じ。新しいCDラックを買ってもはみ出していたCDですぐに満杯。
なかなかすっきり片付きません。
 かてて加えて、整理が下手(哀)

 捨てるのが苦手なのは、物だけではありません。
「捨てきれない想い」。
いつまでもかたくなに握り締めて、いつのまにか手のひらにはびっしょり汗をかいているような・・・
 捨ててしまえれば楽になる。
わかっていても、捨てられない想い。

やれやれ・・・
これも性格なのでしょうね(笑)

投稿: aosta | 2006年11月20日 (月) 09:48

今は使い捨ての時代ですね
電化製品も修理代が高すぎてまたの故障を考えると買ったほうがお得 
街では無料引取り業者が活躍 引き取ってそのまま輸出 日本製品は高性能で人気がある
何で捨てるの? もっと修理代を安くすれば利用するのにね 前は電気屋さんが点検にきた 今は車が走っているのを見ない
我が家カーペットが故障中 分解したけど原因不明  結局近日中に買うことにしました

田舎でも新築時に古いものはごみまたは全部埋めてしまった 色んなものがあったのに?
持っていたら資金が出たろうに 情けない
分家では掛け軸2本で家を新築したと聞く

役立つものがあるかも廃棄には再点検です

投稿: T.O | 2006年11月20日 (月) 11:44

★aostaさま

こんばんは。ありがとうございました。
aostaさんも捨てられないで困っているのですね。
本とCD、aostaさんかなりお持ちになっていると思っていました。音楽鑑賞と読書力にはいつも舌を巻いています。此処の話と関係ないですが、それにすごい記憶力と文章力。
尊敬しています。私は聴講生になります。

捨てきれない想いも大切になさってくださいませ。
まだお若いのですから思い切らなくていいのです。先が見えてくる年齢になると結構気になってくるんですね。

投稿: tona | 2006年11月20日 (月) 18:38

★T.Oさま

ありがとうございました。
本当に電化製品は修理代より買ったほうが安いですね。
車を流してやってくる無料引取りは、やっぱり、輸出されているのですね。そうじゃないかと思っていました。
この頃修理をしてくれる電気屋さんがなくなって、電話で本社みたいなところに連絡する方式ですね。その前にフリーダイヤルで聞く仕組みもありますが。それで助かることもままあります。
T.Oさんは分解がお出来になるからいいですね。でもカーペットはだめでしたのね。

分家の掛け軸2本で家を新築ですか。故郷では古い家にはお宝がいっぱいあるのですね。捨ててしまったのは本当に残念至極。捨てるとこういうことが起こり得ますね。

投稿: tona | 2006年11月20日 (月) 18:50

捨てるということは、何によらず難しいことですね。病気になってから、この問題を真剣に考えるようになりました。最近は、出来るだけ身辺整理をしたいと思い、暇があれば、せっせと片付け、整理、廃棄などに精出しています。パソコン・サークルの友人(女性)から、身辺整理の大切さを、折りにふれ聞かされています。彼女はご主人とご自分の両親の世話に追われているようです。物が多くて困っていると嘆いていました。人事ではなくなりました。

投稿: 茂彦 | 2006年11月23日 (木) 09:11

★茂彦さま

病をおしてのコメントをありがとうございました。
病気のダブルパンチで、日頃ちょっとでもどこか痛いともうこの世の終わりみたいに思う私ですから、茂彦さんはどんなにか大変だったことでしょう。お察しいたします。
病気のときふとかすめる自分の命の終わりのこと、そのあとの夥しい身の回り品のことを考えてしまいますね。
パソコンのご友人の嘆きも人事でないと言うのがよく分かります。
茂彦さんも片付けて廃棄もされ始めたのですね。どうしても迷ったり、思い切れなかったりそれなりに神経を使いますよね。
私も多い引越しで随分捨てたつもりが、またたくさんたまってしまったので決心した次第です。
どうぞお大事になさってくださいませ。

投稿: tona | 2006年11月23日 (木) 15:40

隣のtonaさん、
いつ読んでも貴女様のブログには、感心させられることばかりです
”捨てる決心”とはなかなか難しそうです
私は以前から着なくなった洋服を、いろんな形に変えて、出来るだけごみを出さないように心がけています
今は着物生地をパラソルにして、残った生地を裂いて、セーターや、ジャケット、バッグにしています。
こんなことが出来ると知った友人、お客さんから、”ここに持ってくれば何かに使ってくれる”と言って、着物や帯、洋服といろんなものが届くのです。結局減ったもの以上の物が増えて、ありがたいような、そうでないような気持ちになるのです
退職をしたら、
”オシャレなリフォーム、物たちのすばらしき第2の人生”
の教室を開こうかななんて考えています

投稿: 隣のmieko | 2006年11月27日 (月) 13:14

★隣のmiekoさま

お出でいただいて、コメントをどうもありがとうございます。
私はmiekoさんのアイデアに富んだ美味しいお料理だけでなく、数々のパラソル、気の遠くなるようなリフォームのコートやバッグを拝見して何て凄い人が居るのかと、皆に向かって叫んで紹介したいくらいです。
それに健脚、23区内を電車に乗らないで歩いてしまうなんていう話を聞いてのけぞらんばかりに驚いている次第です。
退職なさって開かれるお教室、もし生きていて目や手足が達者なら是非生徒第1号にさせて欲しいですね。
その時少しは着なくなったものをとっておくことにします。ありあまる古毛糸の使い方も是非教えていただきたく、首を長くして待っております。

投稿: tona | 2006年11月27日 (月) 14:14

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