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2006年11月23日 (木)

玉川上水緑道を歩く

Tamagawazyoussui2

歩いても汗ばまない、ウォーキングにもってこいの気候になって、玉川上水を歩いた。

玉川上水は1653年、玉川兄弟が完成させたと言われている。
当時江戸の人口が増えて、井戸や小川だけでは飲料水を賄えなくなって、幕府は多摩川の水を江戸に引くことを考えた。
今の狛江とか二子玉川といった下流ではなく、何故か中流の羽村市から四谷大木戸門まで東京の北側を43km、僅か100mの落差しかないのを掘ったのである。幕府のお金だけでは出来上がらず、兄弟が私財をはたいて1年がかりで完成させたこの上水は、新宿の淀橋浄水場が閉鎖されるまで使われ、今も上流の方で使われているのである。
中学1年の夏までお世話になった水道は、江戸時代のこの兄弟や掘り続けた人々のお陰なのだと、43kmの中の30kmを歩いて心から感謝した。

現在、羽村市から三鷹市までの30kmが緑道として開園されている。名前がついている橋も86もある。残り四谷までは暗渠となっていて見ることができない。

これを3回に分けて歩いた。
三鷹あたりにはジブリの森美術館や山本有三記念館があり、1948年には太宰治が入水自殺をしている。当時こんな小さな川で自殺が出来たのは、いかに水量が多かったかである。

Tamagawazyousui1 Tamagawazyosui3 今回は最後の区間で玉川上水駅から羽村の取水口までの14kmを歩いた。

Tamagawazyousui4 Tamagawazyousui5

水量は少ないものの澄んでいて、鯉や鴨も所々にいる。ケヤキやコナラ、エゴノキが続き、野鳥の声も響き渡り、武蔵野の面影を残す道が続く。たくさんある橋の欄干はひとつひとつ違っていて面白い。

Tamagawa1 Tamagawa2 Tamagawa3 途中福生あたりから取水源である多摩川の土手を歩いた。ススキがなびき、遠く奥多摩の山々が秋空にくっきりと見える。

Tamagawa6_1 Tamagawa5 3時間半後やっと羽村の堰が見えてきた。この辺り海から54kmとあった。写真に撮ったのは1km手前であった。

Tamagawa4  多摩川兄弟の銅像が立ち、取水口も臨めた。ここから玉川上水が始まっているのである。滔々と音を立てて上水へ多摩川の水が流れ込んでいる。遥か江戸時代に想いを馳せたひと時であった。Tamagawa9 Tamagawa8 Tamagawa7

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コメント

世の中には立派な人がいるものですね。
銅像を見るとこの兄弟は、刀を差していないから武士ではないと思いますが、幕府の信頼を得ていた人だったのでしょうか。

tonaさんは全部を歩かれたなんて、とても尊敬します。1回に10km以上というのは、幾ら景色がよくてもなかなか。これも立派な偉業ですね。

私は武蔵境の周辺をちょこっと歩いた事がありますが、あそこはそういえばNo.5のような橋だったようで。

羽村の堰は初めて見ました。

投稿: ねむウサギ | 2006年11月23日 (木) 19:34

★ねむウサギさま

早速にありがとうございました。
玉川兄弟を調べますと武士ではないようです。羽村の旧名主で後に上水番所に勤めた加藤家(大菩薩峠の中里介山の母方の生家)の記録にはこの加藤家に生まれ、若くして江戸に出た人であるらしいとのこと。
幕府はその功績を賞して玉川上水役を命じ、帯刀を許したとあります。
よく歩いたのは羽村の堰を見たいがためでした。先人の偉業を見て感激しました。

武蔵境の辺りの橋は、あとから図書館で借りてきた『玉川上水散策絵図』によりますと
桜橋か独歩橋、あるいは松見橋、うど橋などがありました。どれでしょうね。

投稿: tona | 2006年11月23日 (木) 20:46

素晴らしいお話を読ませていただきました。
なんだか紀行番組でも見ているような気分になりました。
まさしくtonaさんの足による玉川上水紀行ですね。
3回に分けてとはいえ、かなりの距離を歩かれましたね。
道中様々な自然の姿も見られ、遠く江戸時代の人々の生活や、
工事の苦労などに思いを馳せながらのハイキング、想像しただけで
その素晴らしさに溜息が出ます。

投稿: ポージィ | 2006年11月23日 (木) 21:36

★ポージィさま

どうもありがとうございました。
>紀行番組を見ているような気分に・・・
なんて嬉しいお言葉でしょう。
この上水は我が家の北方30分以上歩いたところに流れています。
小さい川とはいえ、掘削機のない時代によく掘り進めましたね。私が掘ろうと思ったら1m掘るのに何日かかることやら。
その昔菊池寛の『恩讐のかなたに』にある、九州の耶馬溪「青の洞門」は340m掘るのに三人で30年間かかったと言う話もあります。どちらにしても大変な話です。
せせらぎの戻った川に緑道が整備されて、散歩できる幸せの元も江戸の人々の汗の結晶の賜物です。

投稿: tona | 2006年11月23日 (木) 22:15

すごく長い距離を歩かれるのですね。
東京だと、全てアスファルトですか?
山道もそれなりに疲れますが、
アスファルトも疲れますよね。

きっと健脚でいらっしゃるのでしょう。

投稿: Stanesby | 2006年11月23日 (木) 23:38

★Stansbyさま

おはようございます。ありがとうございました。
上水の緑道は土(チップのところもありました)が多いですから、ウォーキングに快適です。
多摩川の土手は舗装してあるところもあって、アスファルトは足にびんびんきますね。足裏が剥けています。
そちらは横に入る小道は舗装されていないでしょうから、普段アスファルトばかり歩いている私たちに比べて、脚が痛んでないのではと思います。

投稿: tona | 2006年11月24日 (金) 08:11

丹念に歩かれてますね。
土地の良さが手に取るように実感されて、
伝わってきます。
今年はいろいろ出かけようと企画したことの、
半分もできませんでしたが、
来年はもっとどん欲に、と思っています。

投稿: YUKI-arch | 2006年11月24日 (金) 09:27

tonaさん、こんにちは(^-^)
ワォ~…懐かしい…\(^0^)/
「玉川上水」…三鷹から井の頭公園の辺りしか知らないのですが…(^^;

「三鷹」はお稽古ごとで週に一回は通っていました…
「井の頭公園」には子どもたちを連れて、よく遊びに行きましたね…
当時は「ジブリ美術館」などは当然ありませんでした…(^^;
随分と変わったのでしょうね…また上京したときには行ってみたいです(^-^)

随分と健脚ですね…私は車で移動が多く…歩くことが少ないので…ダメですね(>_<)
山歩きをした後は…腰痛です…(T_T)

あっ、お礼が遅くなりましたが…(^^;ようやく元気になりました…
ご心配をおかけいたしましたm(_ _)m

どうぞまた、お気軽に遊びにお越しくださいねヽ('-'*)~♪

投稿: orangepeko | 2006年11月24日 (金) 12:30

江戸時代にこれだけの土木工事が出来たなんて驚きです。43kmで100mの落差、傾斜は1度の8分の1くらい。目に見えないくらいの傾斜をよく保持できたものだと感心します。
もちろん、測量はしたと思いますけど。

玉川上水といっても私が見たのは三鷹辺りだけで、それから上流は見たことはありませんでした。取水口辺りは今は立派に石垣になっていますけど、昔は土手だったでしょうね。
見せていただいてありがとうございました。

それにしても14キロもよく歩かれましたね。
元気、健脚、感心します。
秋の多摩川にススキ、いい景色です。

投稿: 夢閑人 | 2006年11月24日 (金) 14:21

★YUKI-archさま

ありがとうございました。
秋空は高く空気も澄み、歩いていて気持ちの良い季節です。
地図で見ますと、この上水から随分たくさんの用水へ供給されていて、用水はさらに下水用として使われているんだそうです。
そんな辺りなんかもわかっているとさらに楽しくなりますね。
お仕事有のYUKI-archさんは合間を縫ってお出かけは大変だと思います。
来年は夢がかなえられます様に。

投稿: tona | 2006年11月24日 (金) 16:07

★orangepekoさま

ありがとうございました。
お元気になられたそうで良かったです。ほっとしました。
三鷹に通っていらっしゃったことがおありなんですね。
私は国分寺へ引っ越す前は6年以上も井の頭公園のすぐそばに住んでいました。毎朝、散歩が日課でした。公園には木の名前が書いてあったのに、しっかりと覚えてこなかったので未だに、さっぱりわからないので惜しいことをしました。
ジブリの森は予約制なので、仕方なく外から様子を伺うだけです。
上京?ということはどこか遠くに住んでいらっしゃるのですね。
毎日、お邪魔しております。お庭の花を拝見しているところですが、その多さに驚いているところです。腰痛にもなってしまうと思いました。

投稿: tona | 2006年11月24日 (金) 16:28

★夢閑人さま

ありがとうございました。
100mの落差にすごく苦労したそうですね。
1度の8分の1くらいとは!見れば、殆ど平らなところをちゃんと流れています。江戸時代なのにすごいですね。
取水口のところ、なるほど石垣が。昔どんなだったのでしょう。考えてもみませんでした。
取水口に流れ込んだ水は全部上水に流れるのでなく、写真手前左からまた多摩川へ戻されるのです。
多摩川の中流域を見たのは初めて。下流とも上流とも雰囲気が違っています。
川原にすすきがよく似合っていました。

投稿: tona | 2006年11月24日 (金) 16:39

玉川上水ってどこにあるのか調べてみました
立川拝島のほうでしたね この地域は営業で電車利用が多く景色を見逃していましたね
国分寺 井の頭 三鷹といい所ばかりですね 水についてよく分かりました どこに行くのにも行き先の見所を確認しなくてはいけませんね どうも先に景色をみて歴史を忘れています
こんどのんびり武蔵野を歩きたくなりました

投稿: T.O | 2006年11月25日 (土) 18:15

★T.Oさま

こんばんは。ありがとうございます。
拝島の方も営業でいらっしゃったのですか。
立川には国立の昭和記念公園がありますが此処の川の水も玉川上水から引いているのですね。
吉祥寺で降りられて、井の頭公園辺りから武蔵境くらいまでとか、三鷹から小金井公園あたりとか、後者は春は桜並木がどこまでも続いているので、なかなかいいですよ。
もっと上流へ行くほど武蔵野の面影が残っているように思えました。
万歩計をつけ始めました。T.Oさんは早朝だけで7000歩くらいなのですよね。。
私は買い物で4000歩で家事をあわせて6000歩にしかなりませんでした。

投稿: tona | 2006年11月25日 (土) 21:48

こういう川沿いを、いろんな風景を見ながら歩くのは楽しいでしょうね。
かなりな距離を歩かれるんですね。
tonaさんの話を読みながらの写真は、実際自分が歩いているような気がしました。

投稿: pochiko | 2006年11月25日 (土) 22:53

★pochikoさま

ありがとうございます。
平坦な道だとかなり歩けるものですね。
もう登山はやっていないのでむりなので、もっぱら平らな道を探して歩きます。
pochikoさんの家のほうはこんな所が一杯あるでしょうから、歩いていて楽しいのでしょうね。
一緒に歩いてくださってありがとう。

投稿: tona | 2006年11月26日 (日) 08:06

ご心配おかけしました。
またボチボチと更新をしていきますのでヨロシクです。

たくさん歩かれましたね~
水辺のある風景は大好きです。
朝晩の散歩も、どうしても川沿い歩いちゃいます。
ただ、私がtonaさんと違うのはボサ~っと歩いてる事(笑)
tonaさんのように歴史に思いを馳せる事は皆無といっていいです。
地元の川にも歴史があるはず。
なぁんにも知らないのは何だかもったいないですね。

投稿: ちょびママ | 2006年11月26日 (日) 09:35

★ちょびママさま

大丈夫ですか?大分良くなられたのですね。
ああ、良かった!
私も何だかパソコンの見すぎで、この1年でかなり見えなくなり、かつて1.5の視力が0.3になって近くになってやっと人の顔が見えるほどになってしまいました。あまりのギャップで落ち込んでしまいました。殆どは老眼のせいなのですが。白内障にならないといいがと今は思っています。

今回の14kmは足裏が擦りむけました。
ちょびママさん曰くのボサ~ッというのは、中味は実は植物や動物への愛情や観察で満ち溢れているのですね。

お具合が悪いのにコメントをいただきありがとうございました。どうぞお大事になさってくださいね。
ちょびママさん、コメント間違って同じの2回入れちゃいました。削除してください。宜しくお願いします。

投稿: tona | 2006年11月26日 (日) 16:24

こんばんは。
玉川上水、懐かしいです!!
学生時代、井の頭五丁目、明星学園のすぐ近くに住んでいました(笑)
毎日、井の頭公園を抜けて吉祥寺まで歩いていくのが日課でした。
あの階段近くにある交番の脇を過ぎ、池を渡って、焼き鳥やさんを横目で見ながらね。春には桜の花びらが散り敷く道、秋には桜もみじを愛でながら・・・
あらら、玉川上水でしたよね。
下宿の前がすぐ玉川上水でした。
緑陰の小徑を文庫本片手に散歩したり、友達と散策しながら夢中になって青臭い討論をしていた日々を懐かしく思い出します。
あの頃はお写真のように整備されておらず、未舗装のささやかな小徑でしたが、しばらくして「変質者が出る。」といううわさが立ち一人で散歩することは出来なくなってしまいました。あれって、ほんとうだったのかしら?
 

投稿: aosta | 2006年11月29日 (水) 00:08

★aostaさま コメントありがとうございます。

驚きましたね。10年前ここに越してくる前は、井の頭4丁目に住んでいました。娘は池を渡って、吉祥寺へ、夫と私は井の頭公園駅から通勤していました。此処の前の4年間は吉祥寺の南町三丁目の前進座のすぐ隣り合った裏に住んでいたので、勿論毎日公園へ。

aostaさんは玉川上水のの前に下宿していたのですか。いい所に学生時代の居を構えていらっしゃったのですね。京都の哲学の道を歩く学生さんみたい。
整備された緑道は、もう変質者とは関係なく歩けるように思えます。
もし公園などを思い出し歩きなさるときは、ご連絡下さい。

投稿: tona | 2006年11月29日 (水) 08:35

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