« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月31日 (水)

女性のひとり旅

Hitoritabi 私は宿泊を伴ったひとり旅をまだ1度もしたことがない。その理由がまさしくこの本と同じである。

『ひとりたび1年生』たかぎなおこ著

インドア派、さびしがりやで小心者、方向オンチで体力なしの著者が思い切ってひとり旅に出た。出てみるとドキドキで心細いことかぎりない。
「あの人ひとりで観光しているなあ~」とまわりから思われていないかと気になる。ひとりで食事していると「あの人ひとりで食べてさみし~」とか思われていないだろうかと気になってばかりいる。
でも著者は果敢にも宿坊に泊まって朝のお勤め体験とか、自炊の温泉宿泊、日本最長深夜バス、沖縄でダイバーの資格取得、京都で舞妓体験などに挑む。
イラストレーターである著者ならではの漫画風の本でとても楽しい。この他『150cmライフ。1~3』も

Hinintoyuuzyo 女性の旅については網野善彦著『中世の非人と遊女』に興味ある話が載っている。
戦国末から織豊期にかけてポルトガル人宣教師フロイスの『日欧文化比較』に次のようなことが記されている。

「日本では娘たちは両親にことわりもしないで、1日でも幾日でも、ひとりで好きな所へ出かける」
「日本の女性は夫に知らせず、好きな所に行く自由をもっている」
「日本では堕胎はきわめて普通のことで20回も堕した女性があるほどである」
「日本の女性は嬰児を育てていくことができないと思うと、みんな喉の上に足をのせて殺してしまう」
「日本の高貴の女性は文字を知らなければ価値が下がると考えている」
関係あるのは冒頭2項目であるが、著者はかなりの程度、的確に事実を衝いていると検証する。
近代は女性は家父長の下できびしく抑圧され、身動きもできないとされてきたけれども、少なくとも中世と近世の物詣、女性の行商など数例であるにしても、これまでの常識的な女性像とは大きく異なるものがあるようである。女性だけの旅が近代になってからも盛んだったことが宮本常一の『忘れられた日本人』で知ることができるそうだ。

現在日本の女性はきわめてよく旅をするようになった。国内だけでなく海外も女性だけで、ときにはひとりで旅をする。危険なこともあるが、ツアー旅と違って得るものはとても多い。出来る人を羨ましく思う。

| | コメント (24) | トラックバック (0)

2007年1月28日 (日)

謙信ゆかりの「飯山の笹ずし」

Kumazasa1_1 Kumazasa2

隈笹などの笹には清々しい芳香や防腐効果があり、また容器になる。
また、雪ノ下で青々としていて、春到来とともに若緑に変身する笹の葉から、古来日本人は神聖なものを感じたから使ったとも言われる。
こんな利点を利用してこれでくるんだ食べ物は多い。
本場豪雪地帯の越後の笹団子や笹飴は有名だ。

Iiyamanoosizusi

知人から毎年いただく「飯山の笹ずし」はご覧のように笹にすし飯を広げ、具を彩りよくのせた山家風ちらしずしで、信越国境の富倉峠が発祥の地だ。
この富倉峠は上杉謙信の川中島への通り道で、宿敵武田信玄との戦に急ぐ謙信公に富倉の人々が差し入れたものだそうである。
具はぜんまいの煮付け、大根の味噌漬け、山ぐるみのみじん切り、野沢菜、しらすぼし、かんぴよう、油揚げ、ひじき、人参、椎茸などで山の幸が多い。笹とすし飯のおかげで宅急便でも腐らない。
そういえば、志賀高原の山小屋でも夕ご飯やお弁当にあった。

柿の葉や朴葉も笹と同じ効用がある。
奈良の「柿の葉ずし」は本当に美味しい。京都や奈良に行くときは必ず舌鼓をうつ。
郡上の朴葉ずしも有名らしいがこれも是非食べてみたい。

和菓子なら柏餅と桜餅。何時だったか柏の葉が調達出来なくて紫陽花の葉で作ったら不評であった。

| | コメント (21) | トラックバック (1)

2007年1月25日 (木)

フクシャの実

フクシャの花も咲き終わって、初めて実が2つつきました。

Hukusyanomi 

パイナップルのような香りがして甘くて美味しい実とありました。
香りはしませんが、皮がつるっと剥けて、食べてみると甘さが口の中に広がりました。
まさか死ぬことはないでしょうね。

Hukusyanomi2_1

ブルーベリー色した果肉と果汁の中にゴマのような形をした種が3つ入っていました。
直径は1mmくらい。

これを蒔くと発芽するのだろうか?
フクシャの挿し芽は3月だから2月頃蒔いてみましょう。

Hukusyanotane_1

Nobiru Bara2_1

日当たりが悪いのでノビルがもやしのようです。暖冬で黄色のツルバラが昨年5月から咲きっぱなしで、まだ蕾がたくさん見えます。

| | コメント (25) | トラックバック (0)

2007年1月23日 (火)

鉄ちゃんと鉄子

Bokenomi 『汽車旅放浪記』関川夏央著より

――国鉄完乗を果たした宮脇俊三が虚脱感を味わったのは無理からぬことであった。退職したらあれをしようこれもしようと心づもりしていたが、いっこうに気はのらない。自由はありすぎると扱いに困る。制約の中に自由は発見され、不自由を克服してはじめて自由は価値を持つのである。――

これは多くの退職者が始めに味わう問題である。

このあと宮脇俊三が実行したのが「最長片道切符の旅」であった。最長片道切符の有効期限は68日、値段は65000円。全長13319.4km、北海道広尾から鹿児島枕崎まで乗りぬいた。人はこれを「児戯」と呼ぶ。

なぜ「鉄ちゃん」は掃いて捨てるほど隠れて棲息しているのに「鉄子」がまれなのか?
その答えの1つがここにあった。
宮脇俊三が果たしたこれらの鉄道の旅は「児戯にひとしい」がこれは真剣で求道的味わいのある「児戯」で、趣味のあり方が人の根源に触れる。幼少時代、人がその人になったときの体験が記憶の岩盤から生じている。
特に男性はそれを生涯持ち続ける傾向にある。女性はこれを「コドモねえ」と時々大のオトナの男にあきれ憐れむ。

NHKの「熱中時間」でしたか、出てくる人に男性が多く、いつもうなってしまうが、殆どの人が小さいときからの趣味をそのまま大人になっても引きずって、ある人は家庭を顧みないで熱中してやり続ける。これは女性には出来ません。しかし時代は変わって、女性も家庭のことを考えずに自分のやりたいことを貫く人生を選ぶことが可能になり覗くのは楽しい。

上記の本の中に鉄ちゃんをわくわくさせる薀蓄が披露されているが、他に近代文学の巨匠たちのエピソードが満載されていて楽しい読み物になっている。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2007年1月20日 (土)

ネクタイとリボンの紐

Nekutai

昨年秋近くの農園の入口に古くなったネクタイがぶら下がっていました。何に使ったのでしょうか、もう1本もなくなっていました。

お隣のmiekoさん、1昨年の12月に紹介した方です。
彼女がブログ(→こちら)にご主人のネクタイで作ったベストが載っていました。7本分くらいで作ってあるのでしょうか。無駄なく使い切って、配色、配置が素晴らしく感心しました。

そして私は50本ちかくをすべてゴミとして出しました。

Komonoire1 Komonoire2 これはコーラス&麻雀の先生がお菓子などにかけてあるリボンで作った小物入れで、世界に1つしかなく素敵です。

和服のリフォームなどいろいろありますが、一度役目を終えたものを他のことに使うこと、もう一度芸術品のように生き返えさせることは何と素晴らしいことでしょうか。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2007年1月17日 (水)

『この駅弁が旨い』

Ekibenn 積読本の中に『この駅弁が旨い』小林しのぶ著があった。昼前に本屋に入るとついついこんな本に目が行って購入してしまう。

駅弁といえば湘南電車の横浜「シュウマイ弁当」、大船と小田原の「鯵の押し寿司」そして以前毎年行っていた軽井沢の手前の横川の「峠の釜飯」しか経験がない。
今は電車旅も停車時間は少ないし、窓は開かないから車内販売の駅弁だけ、それも殆ど電車での旅をしないので駅弁といったら幻です。従ってこの本は見て楽しむだけのもの。でも食べたいです。

Kamamesi 1章:旨い駅弁
2章:変り種駅弁
3章:新作&リニューアル駅弁

旨い駅弁はお馴染み、ウナギ、ウニ、カニ、アワビや牛肉などを美味しく作った弁当

変り種駅弁は容器や中を見たら思わずうなってしまうひねりのきいた9品で、「稲庭割子付け麺」「納豆弁当」「雑穀・古代米入り弁当」ワイン瓶の入った「神戸ワイン弁当」や、器が雪だるまやたぬきが面白い。

新作&リニューアル駅弁は「鹿肉の紅葉弁当」「出雲も国(血液)さらさら健康御膳」「富士宮焼きそば弁当」など思わずその駅に行きたいと思わせるほど美味しそうだった。

16日の新聞に、新宿京王百貨店で行われた、1966年から始まった駅弁大会の記事が載っていた。”駅弁対決”舞台裏で奔走というもの。今年はあわびとふぐの対決で新作を競わせるその舞台裏がすさまじい。13日間の売り上げが6億円を越すそうだ。
駅に行って買って食べられないからこんな催し会場で買って味わうのもいいが、何か商業ベースに乗せられている感じも否めない。ここで競ったものが新しい駅弁開発になっているのかもしれない。

食事係(夫)が大変だろうと友人や娘がいろいろ届けてくれありがたかったが。。。

・・・動かぬも食欲だけは衰えず 豚への道をまっしぐら・・・

Omimai1 Omimai2 Oseti Tyokohonzyu Nuresennbei Siokyarameuaisumiruku ぬれ煎餅は赤字の銚子電鉄の枕木点検の費用のために買ってきてくれたもの。お手製の果物のチョコフォンジュや塩キャラメルアイスミルクやその他あんこやケーキをたくさん食べて、もう中性脂肪がかなり上がってしまったかもしれない。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2007年1月13日 (土)

トホホ短歌

Roubai

かつて手首の骨を粉々に砕いてしまったコーラスの先生が、猫持先生のトホホ短歌に密かに入門して、グチの掃き溜めとして闘病生活の歌をたくさん作ったのを見せてくださいました。
そのとき私に捧げてくださったトホホ短歌四首が同封されていました。ありがたかったです。自分もこの調子でなんかできるかと頭をひねったのですが一首も出来なかったのが情けない。

 1日は24時間×(掛ける)100(3ヶ月の意味) 動いちゃならぬ直すためには

 長い日々 無駄には出来ぬどないする 五感があるさ動く手もある

 今一番やらねばならぬそのことは あせらずあわてず直すことのみ

 ご主人の愛と力をお借りして 今しばらくは休業宣言

そこで密かな師である猫持先生の猫持歌集『猫と未練と』寒川猫持著を早速読みました。
私より一回り下でバツイチとか、大阪の目医者さんで猫と暮らす、40歳頃の歌のようです。
ご存知だったらすみません。おかしいので20首ばかり紹介します。

 雨ニモ負ケテ風ニモ負ケテタダ寝テル ソウイウモノニ私ハナリタイ

 芋だよと言えば寝てても飛んで来る 別にいいけど猫だよキミは

 「センセ、わて何ぼ食べてもでまへんねん」 目医者にそんなこと言われても

 外科・内科あの連中に言わせたら 眼科・耳鼻科はメクソハナクソ

 ゴルフして地球ばっかり叩いてる たしかにこれも球ではあるが

 平生はすぐにセクハラ言うくせに ご馳走すると言えばゴロニャン

 暑いから夏は何もせずにおき 冬は寒くてまた何もせぬ

 無理をして買った車に乗せる人 いなくてまずは地球にやさし

 両足を互い違いに前に出し ここまで来たがほぼ進歩なし

 記憶力あてにしたら泣きをみる 歌ができたら紙に書くべし

 同じ阿呆なら踊らにゃ損損 阿呆ではあるが踊らずに見る

 「ノーと言える人間にならなくてはダメ」そして誰もいなくなった

 愛されて死んだ男の映画観て どうして俺が泣いているのか

 いつまでも何もしないでいるならば 何も起こらぬ人生である

 風邪ひけば家で寝ていて治ったら 病院に来る婆さんがいる

 枕から右のおててをどけなさい うんちが付いているではにゃあか

 タテに寝りゃ狭くないのにヨコに寝て 飼い主様がフトンはみ出す

 人間の吾はケモノの君を飼い ケモノの君は虫の蚤飼う

 何とまあ馬鹿な人生四十年 思い出したくないことばかり

 呆れつつ万年蒲団はよせと言う ご心配なくまだ二年弱

 
 

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2007年1月11日 (木)

猪眠山(いねむりやま)

猪眠山(いねむりやま) 今年の干支亥・猪ゆかりの名の山の1つで宮城県にあるたった67.7mの何とも愉快な名の山です。
国土地理院のHPには1997年の丑から今年亥まで(子はないので来年まで待とう)11年間の干支にゆかりの地名が網羅されていてとても見ていて面白い。山・池・川・湖・島・地名・行政名などに付いている。各年目に付いたのを1つあげてみました。

2007 亥・猪・・・猪眠山
2006 戌・犬・・・犬吼湖
2005 酉・鶏・・・鶏小島
2004 申・猿・・・猿沢池
2003 未・未・・・羊蹄山
2002 午・馬・・・馬糞森山
2001 巳・蛇・・・新蛇抜山(しんじゃぬけやま)
2000 辰・竜・龍・・・九頭竜湖
1999 卯・兎・・・光兎山(こうさぎやま)
1998 寅・虎・・・虎御前
1997 丑・牛・・・牛飼  

Honn_1 『どうせ今夜も波の上』椎名誠
笑いたくなったときのお勧めの本です。”新宿赤マント”シリーズです。このシリーズの中で秀逸でしょう。
作家によっては同じ文体、言い回しによる笑いがあるものですが、この本の場合は一話一話おかしみが違います。抱腹絶倒と言う言葉がありますが、その上に眠くなくなってしまいますので要注意。一気読みです。
へーとかホーとか感心する箇所もあります。

『志の輔旅まくら』立川志の輔
[ためしてガッテン]の顔。
10話収められているいますが会場に足を運んでいる気分でなかなかよろしいです。
「まくら」というのが落語そのものに入る前に喋る、テーマに添った小噺や世間話のことだったんです。知らなかったです。

| | コメント (16) | トラックバック (0)

2007年1月 8日 (月)

ユーロ紙幣の裏面

今月1日にルーマニアとブルガリアがEUに加盟し27カ国なりました。
だが両国は他のEU諸国との経済格差は大きく(1人当たりのGDPは他の国の3割)、その上汚職や組織犯罪、人身売買への対策が不十分であり、低賃金で働く両国の移民が受け入れ側の雇用を脅かすなど、この新たな仲間入りは歓迎されなかったようです。

一方ユーロ紙幣を導入している国は12カ国です。
このユーロ紙幣のデザインは表面は「窓」又は」「門」で裏面が「橋」です。

Yurosatu2_1 Yurosatu_1   5ユーロ札:古典
 10ユーロ札:ロマネスク
 20ユーロ札:ゴシック
 50ユーロ札:ルネッサンス
100ユーロ札:バロック&ロココ
200ユーロ札:アール・ヌーヴォー
500ユーロ札:モダニズム

塩野七生著『ローマ人の物語』全15巻の10巻目は「すべての道はローマに通ず」と独立しています。
古代ローマ人のものすごいインフラストラクチャーが紹介されています。
道路、橋、上水道と下水道、円形闘技場、劇場、大浴場、競技場、広場など、あの広大な古代ローマ帝国の隅々まで今でも遺跡として残り、見るものを感動させずにはおかない。
このローマの上水道の水道橋が5ユーロ札の古典の橋としてデザインされています。橋はユーロ紙幣導入国どうしの架け橋としての意味があって使われたようだと塩野さんの本から知りました。
橋の変遷を見るのも面白く、ローマのが一番頑丈にさえ見えます。日本のお札さえろくすぽ見ないのに、ましてや7年も使われているユーロ札のデザインが全然目に入っていませんでした。

| | コメント (14) | トラックバック (1)

2007年1月 5日 (金)

セネカの言葉

Kiku 中野孝次著『セネカ 現代人への手紙』
YUKIーarchさんに教えていただいた本で、セネカがルキリウスへあてた手紙を中野孝次さんが現代の私たちに内容を紹介したものです。

セネカは古代ローマの暴君ネロ帝のときの側近で最後はネロに自殺させられた哲人である。
2000年前の話なのに2000年後の私たちが何か勇気付けられる箴言がたくさん盛り込まれている。
中野孝次さんがこの本を書き終えたと同時にガンを告知され、打ちのめされるようなショックを受けたが、比較的平静に聞き、ガンを客観的に受け入れ、苦しさに耐え抜いてそして亡くなった。
ガン告知を平静に受けたのはセネカの『どんなことでも起こりえないことはない。神の定めと納得して、嘆くよりも平然として受け入れ、冷静に対処した方が賢明ではないか』だった。

現代医療の想像を絶する苛烈なガン治療の苦しさを堪えさせたのは、セネカが手紙の中で語っている旧友のバッススのことだった。バッススは病と老いで全身がぼろぼろ、崩壊寸前の状態なのに、精神だけはいきいきと実に晴れやかに、セネカと哲学を語ったと言うその姿を思い浮かべて励まされたということである。

老いて方々にガタのきた身体をかかえて嘆いている老人はすべてこのセネカの体験に耳を傾けるように。
あるいは、たとえ醜い容貌に生まれついても、たえずよく生きようと努め、心を正しく保とうとし、やがて精神がみずから自信をもちだせば、一般の標準で醜いとされる顔がかえって独自の美しさをもって輝きだすようになるのだ。逆に若く美しくとも心がだらしなかったり、歪んでいたり、驕っていたりすればどんな美しい容貌でも醜くなる。

人を支えるのは精神、心、気力、魂など目に見えないものの力であると教えてもらった。
今日医者で3ヶ月、あと9週間の安静を言われたけれども、がん告知と闘病生活とは比較にもならない。

| | コメント (17) | トラックバック (1)

2007年1月 2日 (火)

おめでとうございます

ちょっと出遅れましたが
明けましておめでとうございます。
昨年暮れは骨折騒ぎでやさしいお見舞いのことばを戴きどうもありがとうございました。
お陰さまで日に日に痛みが薄らいで大分良くなって少し起きていられるようになりました。
あまりにありがたくて、今畳に手を突いて皆様の方角にご挨拶をしたところです。
どうぞ、今年も宜しくお願いいたします。

スーパーエッシャー展』 Bunkamuraザ・ミュージアムに昨12/15に行ってきました。

11damasie1 12damasie2 13damasie3 14damasie4 これは凄い!
エッシャーといえば《だまし絵》
有名な「滝」:水が上へ流れ、滝となって落ちる。とか
「上昇と下降」:時計回りに永遠に続くのぼり階段を歩く人、反対回りの人は階段を降り続ける(写真2枚目)
「物見の塔」:2階では上部が前面につながっている柱が下部では後方に接続されている(写真1枚目)。こんなだまし絵がたくさん展示されている。

1hunnkorogasi 2zigazou

ところがだまし絵はエッシャーの比較的最後のほうの仕事で、最初は《身近なものと自画像》であった。(上の写真)。手法はリノカット、木版、リトグラフで実に様々なものを描いている。

3tabinozyoukei1 4tabinohuukei2 5tabinohuukei3 6tabinohuukei4 その後イタリアに旅行し住んだころから《旅の風景》へと変わる。この景色も様々な技法で、一体どの位時間をかけたのか、気の遠くなるような作業に圧倒される。明暗のコントラストで夜の風景画が素晴らしい。家や山や木や海が写真のように彫ってあるのもある。

次は《平面と立体の正則分割》へ。
グラナダのアルハンブラ宮殿のタイル模様にも大きく影響されるのであるが、傑作「8つの頭」なんか学生時代の作品と言う。4人の女性と4人の男性がパズルのピースのようにぴったり合っていて、しかも半分は上下逆さである(下写真左)。その他とかげ(エッシャーは好きだったんですねー)昆虫、魚などいろいろある。
7seisokubunnkatu1 8seisokubunnkatu2 9hirutoyoru_1 10seisokubunnkatu4_1

そして冒頭の《だまし絵》となる。
こんな素晴らしい作品が153点、資料も含めて182点が展示されている。実に面白く興奮してしまった。1/13(土)と会期が迫ってしまったがこんな機会は暫くないでしょうから、転ぶ前に観ることが出来て本当に良かったです。何処へ行っても女性が多い中、若い男性も多かったです。

| | コメント (22) | トラックバック (0)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »