« 西行 | トップページ | ターシャと大伴坂上郎女 »

2007年2月 9日 (金)

繰り返しの詩歌

芭蕉 :松島や ああ松島や 松島や 

明恵上人:あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや                           あかあかや月   

山村慕鳥 :風景(聖三稜玻璃)
      
       純銀もざいく
    いちめんのなのはな  いちめんのなのはな  いちめんのなのはな
    いちめんのなのはな  いちめんのなのはな  いちめんのなのはな
    いちめんのなのはな  いちめんのなのはな  いちめんのなのはな
    いちめんのなのはな  いちめんのなのはな  いちめんのなのはな
    いちめんのなのはな  いちめんのなのはな  いちめんのなのはな
    いちめんのなのはな  いちめんのなのはな  いちめんのなのはな
    いちめんのなのはな  いちめんのなのはな  いちめんのなのはな
    かすかなるむぎぶえ  ひばりのおしゃべり    やめるはひるのつき
    いちめんのなのはな。 いちめんのなのはな。 いちめんのなのはな。

作者? さようなら さようなら さようなら さようなら さようなら
      さようなら さようなら さようなら
    おれ達はそれを見た 百人の女工が降り 千人の女工が乗りつづけて行くのを 

今までで印象深かった、同じ語句がいくつも重なり合っている歌と詩を4つ書き並べました。

松島の句は小学生の頃、これなら自分でもできるやと真似して土地の名を入れて遊んだ句です。
いちめんのなのはな この間から神奈川県の二ノ宮の吾妻公園の満開の菜の花が新聞やテレビで紹介されていて、誰だってこの句が思い浮かんだに違いありません。。

これらの詩歌はただそれだけの言葉なのに、それだからこそ、読んだ者をしてそこから自分の思いや想像を広げてくれます。一人その中に浸って遊ぶ。それは人によって全然違うでしょう。
これらの詩歌に言葉を置き換えてみると、真似、2番煎じでいいものではない。
まだまだこのような詩歌があるかもしれません。

ポージィさんがドウダンツツジの赤い可愛い芽を紹介されていました。
私も隣の家のを観察していたとき、我が家の黒っぽい芽を見つけたのが、この紫陽花の芽です。

Azisainome Azisainome2

近くのお宅で咲いていた梅の花
Ume

|

« 西行 | トップページ | ターシャと大伴坂上郎女 »

コメント

またまた面白い詩に目をつけられましたね。
それからアジサイの芽。

松島や・・は私もいろいろ替え歌を作った記憶があります。

山又山山桜又山桜  阿波野青畝
というのもあったりして。
何事も真っ先に思いつけば、たとえ駄作だって光が当たるのだと思いつつ、駄作と言い切れない力強さが伝わってくるところが、凡人と名人の違いだというのは同感です。

梅の古木も姿がよくて、この家の主のたたずまいまで偲ばれます。

投稿: ねむウサギ | 2007年2月 9日 (金) 22:38

梅の木、見事ですね。
空の青に映えて美しいです。
いちめんのなのはなの詩、のどやかなような、儚いような、、、、。
いずれにしても忘れることのない詩ですよね。

投稿: otayori | 2007年2月 9日 (金) 22:55

★コメントありがとうございました★

★ねむウサギさま

おはようございます♪
誰でもできそうで自分では考えつかないものですね。

山又山山桜又山桜 
この歌知りませんでした。面白いですね。
ノートに書いておきます。私でもすぐ覚えられます。
モンドリアンやピカソの絵も私でも書けそうと思っても、そんなもんではないですね。

梅の家は盆栽がいっぱいです。

投稿: tona | 2007年2月10日 (土) 08:19

★otayoriさま

おはようございます♪
梅の古木、こんなふうに仕立てるのに何年かかったのでしょう。
今年はいつもよりこれでも花が多いような気がします。

いちめんのなのはな
教科書に載っていましたよね。
その時はこんな詩がと衝撃を覚えました。
otayoriさんはのどかな中に儚さも覚えられた。別のイメージが膨れ上がります。

投稿: tona | 2007年2月10日 (土) 08:27

詩は人を想像力の翼に乗せて、絶景へと導いてくれる、不思議な力がありますね。
古木は自然が作り出した、ポエムでしょうか。

投稿: YUKI-arch | 2007年2月10日 (土) 09:02

繰り返すことによって、イメージがどんどん広がっていって
印象もどんどん深まっていく感じですね。
いちめんのなのはな は、どこまでもどこまでも続く菜の花畑が
本当に目の前に広がっているような気分になります。
円広志の とんでとんでとんでとんで まわってまわってまわって…
も思い出しました。(何回繰り返されているのか忘れましたが ^^;)

tonaさんのお宅のアジサイの冬芽ですね(^^)
昨日散歩のとき、同じ色をした冬芽をたくさん見てきました。
あるアジサイの株はこういう色の冬芽の中でひとつだけ
黄緑色になって少し先っぽが開きかけていました。

ご近所のこの梅はすごいですね。いかにも古木の風情です。

投稿: ポージィ | 2007年2月10日 (土) 11:27

アジサイの新芽と葉痕は、見ようによったらトナカイに見えたり、帽子を被った木の妖精に見えたり。。。
って、今、新芽や葉痕を撮ってる最中なんです。
今の時期だからこそ楽しめる撮影ですけど。

梅の木は古木になるほど姿がよくなってきますよね。
桜とは違った頑なさが木から伺えます。

>松島や ああ松島や 松島や
は私も遊んだ記憶あります。

投稿: ちょびママ | 2007年2月10日 (土) 13:44

繰り返すことによって、その情景を強調し、印象付ける。なにかそんな気がします。
だからといって、何でも並べればいいものでないところに難しさがあります。

アジサイの芽、じっと春を待っています。
見事な姿の梅ですね。まさしく大きな盆栽。大事にされているのでしょう。

投稿: 夢閑人 | 2007年2月10日 (土) 14:27

すみません。佇まいではなく立ち居振る舞い或いは居住まいです。(汗))

投稿: ねむウサギ | 2007年2月10日 (土) 15:24

★YUKI-archさま

本当にいろいろな世界に連れて行ってくれます。
それも見知らぬ光景に出会ったりして、暫しそこで遊べます。
たまには詩集もひもとかねば。
この頃ご無沙汰しています。

なるほど古木も自然が作り出したポエム
何か語りかけてくれます。

投稿: tona | 2007年2月10日 (土) 16:14

★ポージィさま

円広志の歌知りませんでした。
調べてノートに追加です。
房総半島にも菜の花畑が広がっているそうですが、遥かかなたまで続いているのを見たら、こんな詩も生まれたのでしょう。
本当にいい詩です。

お名前を勝手に書いてすみませんでした。
ドウダンツツジの可愛さに比べると色も形も紫陽花は段違いですね。
もう黄緑色になって開きかけとは早いですね。やっぱり暖冬のため。

梅の古木、絵に描けたらなあと思ったりしました。

投稿: tona | 2007年2月10日 (土) 16:25

★ちょびママさま

ちょびママさんの裸の木、とても素敵でした。
で、次は新芽や葉痕を撮っていらっしゃるのですね。
とても楽しみ!
紫陽花のがトナカイや木の妖精に見えるなんて!私には何も見えなかったんですよ。

梅の古木、本当に桜とは全然趣が違うものなんですね。

松島の歌、やっぱりちょびママさんも遊んだ口ですか。

投稿: tona | 2007年2月10日 (土) 16:33

★夢閑人さま

そうなんですね。強調し印象付ける。
それぞれ松島と言う場所、赤い月、いちめんのなのはな、別れを。
となると、何か自分でも出来そうなのですが、名人は違うんですね。
皆様のお蔭で何か広がりました。

そしてお蔭さまで、今まで花だけでなく、枯葉や実、裸木や新芽も観察することで楽しみが増えました。

古木の家は庭に数え切れないほどの盆栽があります。言われてみると一番大きな盆栽ですね。

投稿: tona | 2007年2月10日 (土) 16:42

★ねむウサギさま

わざわざすみませんでした。

マンホールの蓋、駒場のも写っていましたよ。
魚、波、五重の塔、籠目、蛸足、あぶく等等デザインがいろいろでした。
外国編もあるのだそうです。

投稿: tona | 2007年2月10日 (土) 16:47

この方の本、パリ編?を見ました。本の題名は忘れたけど。
私もパリの看板撮っています。こんなに上手ではないけど。(汗))

世の中には面白い方、似た方がいらっしゃるものですね。(赤瀬川さんもね。tonaさんも。)

マンホルの蓋も是非読みたいと思います。
教えていただいて嬉しいです。ありがとう。

投稿: ねむウサギ | 2007年2月10日 (土) 17:09

いちめんなのはな、の詩が好きなんです。
この詩を読むと、視界いちめんの菜の花が脳裏に浮かぶんです。
アジサイの芽も膨らみましたね。
こちらの方も少しですが、膨らみ始めましたよ^^
梅の花も咲き始めましたか。
tonaさんの方は、こちらより暖かいですからね。
もう冬も終わりになってしまったような、この頃の気候です。

投稿: pochiko | 2007年2月10日 (土) 21:43

★ねむウサギさま

『マンホールの蓋』外国篇ではなくて、何かのパリ編なのですね。
外国の街灯や看板など撮られて面白かったでしょうね。
デジカメ時代ですから何でも心置きなく撮れて嬉しいです。
ねむウサギさんは若き頃から東大のマンホールに気がついていたなんて、驚いています。
私なんて、ずっと目がありながらない(差別語になるので使えないので変になりました)状態で損をしました。

投稿: tona | 2007年2月11日 (日) 08:24

★pochikoさま

pochikoさんの方でもこのなのはなの世界が展開されるのでしょうね。

さすが、今年の暖冬はそちらでも、紫陽花の芽を育んでいるのですね。
梅は今週どこも満開近しですよ。
雪柳の芽もかなり目立ちだしました。
薔薇の剪定の季節なのにまだ蕾があって出来ないです。

投稿: tona | 2007年2月11日 (日) 08:30

ごぶさたしてしまいました。
山村慕鳥、心魅かれる詩人です。
この「いちめんのななはな」、同じ言葉、同じひらがなの繰り返しだけで、聴覚も視覚も虜にしてしまう詩ですね。
 途中、「かすかなるむぎぶえ・・・」で始まる たった一行の破調はなんと効果的なことでしょう。
うらうらと眠くなるような春の陽射し。
暖かな風に波打つように揺れる金色の菜の花。
どこかから蜂の羽音までも聞こえてくるような詩です。

投稿: aosta | 2007年2月11日 (日) 18:04

★aostaさま

お元気ですか。
aostaさんのコメントでなのはなの世界に漂ってきました。
>一行の破調はなんと効果的なことでしょう
本当にそうですね。
「やめるはひるのつき」は春になったら探してみようと思う思いもかけない表現です。

蜂の羽音・・菜の花の蜂蜜まで菜の花色かしらと想像する私はaostaさんの世界をぶちこわしています。ごめんなさい。

投稿: tona | 2007年2月12日 (月) 08:28

tonaさま
>菜の花の蜂蜜まで菜の花色かしら

本当にそうだったら素敵ですね!!
お友達の息子さんが近くで養蜂をしていらっしゃるのですが、そこで頂く蜂蜜の色は本当に綺麗!!
一番ポピュラーな蜂蜜といえばアカシアなのでしょうが、そのアカシアの蜂蜜の色は透き通った淡いグリーン。ペリドットのような緑色をしています。
どの花の蜂蜜かで色は全然違うんですって。
(もちろん、純度が高い蜂蜜ということは大前提ですけれど・・・)

安いものは水あめを混ぜていたり、蜂さんたちに花の蜜ではなく砂糖水を吸わせて安易に「はちみつ」を製造するという話です。

本物が少なくなりましたね(哀)

投稿: aosta | 2007年2月12日 (月) 10:28

★aostaさま

お友達の息子さん養蜂家なのですか。
蜂蜜にもいろいろな色があるのですね。
味も違うでしょうね。
ペリドットのような色、素敵な色!
イブニングエメラルド色。
ケルンの大聖堂に200カラットのがあるそうですね。
一度見られるといいなあ。
今度から蜂蜜の色も観察してみます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年2月12日 (月) 12:47

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146506/13845523

この記事へのトラックバック一覧です: 繰り返しの詩歌:

» 『てふてふが1匹 韃靼海峡を渡って行った』 [消えがてのうた]
『てふてふが1匹 韃靼(だったん)海峡を渡って行った』 この詩とも俳句ともつかないたった一行が持つイメージの鮮烈さはなんだろう。 蝶々と読ませる、この「てふてふ」という平仮名の持つ視覚的イメージは蝶の羽ばたきそのものを喚起させる。... [続きを読む]

受信: 2007年2月13日 (火) 08:12

« 西行 | トップページ | ターシャと大伴坂上郎女 »