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2007年5月 8日 (火)

世界屠畜紀行

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ゴールデンウィークも終わり、桐が散り始めた。

Tigaya1

Tigaya2

原っぱにチガヤの群生が見られる。撮影していると、通りかかった老婦人が戦争中、出たばかりの穂を食べたそうで、それが「甘かったのよ」と教えてくださった。食べ物に困った戦時中ならではのことで、私も若そうな穂を味わってみたがもう時期が遅すぎたようで甘くなかった。

『世界屠畜紀行』内澤旬子著が面白かった。

著者は1967年生まれで、女性でありながら死体とニオイ紛々の屠殺現場に足を踏み入れ、ある時は手伝い、ある時はそこですぐ調理して食べ、生贄として神に捧げる反面、その仕事が穢れ、忌み嫌われてきたことをとことん追求した1書である。
撮影禁止の多い屠畜の世界でイラストルポライターであるがゆえに、家畜の絶命方法から解体の手順まで活き活きと描いていて、文章の助けになっている。

屠畜に関する考え方は世界でいろいろある。モンゴルでは屠畜できる人が敬われ、エジプトでは「神様がくれた仕事」と屠畜を誇りにする。ところがインドのヒンドゥー教徒は屠畜を忌み嫌う。
日本では仏教の殺生戒や穢れの感覚があり、屠場への悪意と偏見に満ちている。
一方、欧米各国では肉を多く消費するがゆえに、80年代から動物愛護運動が盛んになり、家畜動物が「残酷に」屠殺されていると大規模屠畜場を批判するテレビ番組が大量に作られ放映されてきている。

東京の芝浦屠場から墨田区の革鞣まで克明に記され興味深い。肉だけでなく、内臓、頭、脂肪、皮の処理が凄い。重さ800kg近い牛のこれらの重さも半端でない。BSE検査のための課程は煩雑を極める。やっと出来上がったこれらも必要とする業者に全部引き取られる。
アメリカ、韓国の他、インド、イラン、エジプト、モロッコ、チェコと、その抜群の行動力で「動物が肉になるまで」を描いているが、意表を衝かれる内容で、私はびっくりであった。
こんな課程を知ると、食べ物を「丁寧に食べる」の感を深くした。

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コメント

「チガヤ」子供の頃は食べましたよ。甘かったかな?口の中でモサモサして決しておいしいものではなかった記憶がある。
鹿児島では穂のことを「ツバナ」と言っていた。近くの道路の中央分離帯に群生したところがあります。

「屠畜」「屠殺」日本では忌み嫌われ、それに従事する人は差別的眼で見られていた。近代、大分解放運動が叫ばれ、その影は薄くなってきました。でも田舎では未だにその根は深い。必要な立派な職業なのに。

インドは宗教上、肉は食べない。牛は神聖なものとして見ている。カルカッタの都会でも
一歩裏通りに入れば牛がのっそりと歩いていることがあった。決して追っ払ってはならない。車でもどいてくれるまで待たねばならない。そんな風景をよく見てきた。

投稿: 夢閑人 | 2007年5月 8日 (火) 15:24

★夢閑人さま

まあ、夢閑人さんも召し上がったのですね。
やっぱり甘いのですね。そうそう、その老婦人も「ツバナ」と言ってました。
私も成長したのを食べたのですがモサモサしていました。食べたというのを聞いてとても興味が湧きました。

北九州にいたとき、解放運動が盛んで、実際に近くにありました。こんなに誰でも肉を食べる時代ですから、こんなことがあってはならないと思います。芝浦でも長い間闘ってきたらしいです。

インドのお話、実際にその地でご覧になっているから迫力がありますね。インドだけはとても行けそうにありませんので、人の話を聞くのが好きです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年5月 8日 (火) 16:03

桐の花初めて見ました。

チガヤはこの辺では最近見ませんね。
芽が出たてのを是非食べてみたいですね。

今度、注意してみて見ます。

tonaさんは、植物のこと、よく知ってみえますね。さすがです。

ところで、腰は大丈夫でしょうか?
無理をされませんようにね。

投稿: もみじママ | 2007年5月 9日 (水) 08:14

面白そうな本ですね。是非読んでみたいと思います。シエフは動物をキチンと処理することができないと一人前じゃないといいますね。中澤新一などがいう対称性の世界では人と動物が入れ替わることもあったから必要な範囲で敬虔な気持ちで熊や牛を処理したのに鋭利な刃物な登場して必要以上に動物を捕獲するようになり対称性は失われてしまったといいます。

投稿: saheizi-inokori | 2007年5月 9日 (水) 11:31

チガヤ、白い穂が綺麗だなぁとおもって見たことはありますが、
まさかそれが食べられるものだったとは驚きました。
でも、確かにいかにもモサモサしそうです…(^^;)

屠畜と読んで「橋のない川」を思い出しました。「橋のない川」の
主人公は屠畜業ではありませんでしたが…
世界各地で、その宗教や社会的思想などによって、屠畜に携わる
人たちへの目の向け方が違うのですね。
日本は穢れととった。でも自分は何の苦労もなく家畜の肉を
食べたり革製品を使っているのに、それをしてくれる人たちを
蔑んだとはひどい話ですね。

投稿: ポージィ | 2007年5月 9日 (水) 12:05

★もみじママさま

この地に引っ越してくるまで近くで桐を見たことがありませんでした。綺麗な藤色で1つ1つお花が大きいですね。

チガヤは今年初めて気がつきました。
まさか食べられるとは!驚きました。
もし気がつかれたらぜひ試してみてくださいね。

腰なんですが、ずっと調子がよかったのですが、突然伸びなくなって、膏薬を貼ってしのいでいます。2歩進んで1歩戻るのですね。
大丈夫です。どうもすみませんです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年5月 9日 (水) 16:41

★saheizi-inokoriさま

この本、版を重ねているようですね。
>シェフは動物を処理できないと一人前でない・・そうでしょうね。というとその点だけのせいではありませんが、女性のシェフがあまりいないですね。

中澤新一氏の本、難しそうで、不勉強で1冊も読んでいませんでした。
対称性の世界で人と動物が入れ替わることがあるのですか。敬虔な気持ちで処理したというのは、家畜たちと一緒に生活していているモンゴルやエジプトの人々に似ていると思いました。ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年5月 9日 (水) 16:56

★ポージィさま

チガヤは決して美味しいとは言えません。
がこんなのを甘味源としておやつに食べていた子供たちがいたのですね。童話的だなあなんて言ってはいけないような。

「橋のない川」、差別を受けた人々の悲痛な叫びが伝わってきますね。住井すえさん自身はその出身でないのに。きっと奈良の地は大阪や福岡と同じく大変だったのですね。
もう1つ藤村の「破戒」がとても印象的でした。
1日も早くこの問題がなくなるといいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年5月 9日 (水) 17:07

現役時代に芝浦と墨田区の皮革工場を視察しました。
米を食べるときは"お百姓さんに感謝”
肉も同じですね。

従事者の方々へのいわれのない偏見です。
寝た子を起こすなともいわれますが、違いますね。
子どものころから、しっかり学習することが大事です。

世界屠畜紀行ですね。
さがしてみます。

投稿: オヤジな私 | 2007年5月10日 (木) 10:13

実家の隣町に屠殺場がありました。
物心ついた頃はその場所に保育園や公民館などが建ち、屠殺場だった気配はまったくなくなりました。
私が子供の頃、屠殺場があったすぐそばの池を埋め立てた広場を遊び場にしてたのですが、動物の骨が時々出てきて、あ、屠殺場があったんだよな~って思い出したりしてました。
また隣町の川も私たち子供たちの遊び場で、近くに朝鮮学校があり川沿いに居を構える人たちがニワトリを絞めてるとこなどをしょっちゅう見てました。
大人と違って偏見という目を持たなかった私たち子供たちは結構大事にしてもらい、その迷路のような居住区を案内してもらった事を今も鮮明に覚えてます。
今の私の目がどうかは分かりませんが、幼い頃から、アレだめ、これだめって言わず、いろんな事に触れさせていけば、偏った見方や考え方をする事の愚かさが分かると思うのですが。。。
頭が固くなりつつある大人になってからの理解より、柔軟な頭の頃に得た経験は何者にも替え難いと思います。
文化の違いはそれぞれ。
区切るんじゃなく尊重しあう。
それが平和にもつながるんじゃないかと。。。

投稿: ちょびママ | 2007年5月10日 (木) 12:58

★オヤジな私さま

芝浦と墨田、両方視察されたのですか。
皮革工場のなめしの課程を読んでいて、興味深く見てみたいなあと思いました。
この本を読んですぐ食べられる状態の食べ物に毎日感謝です。
オヤジな私さんみたいに野菜さえ作っていないので、自分で作ったものが何1つないですものね。

子どもの頃からの教育、少し考え直していかなければというのがいろいろありそうです。
この本、山積みになって今、売られていました。ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年5月10日 (木) 16:51

★ちょびママさま

いろいろな体験をお話いただいてありがとうございました。
本当に子どもの頃のこんな体験は貴重ですね。
偏見もないし当たり前にして見ている訳ですからね。
それが長じてそうだったのになったとき、ちょびママさんのように考えて、思って、素直にやさしく、偏見をもたずに生活できていくのですね。
北九州にいた時は居住区の中を通らないようになんて言われましたっけ。大分違いますね。
文化や宗教の違いを理解しないで自分と同じ感覚で押し通そうとすると、ブッシュのイラクになってしまうような、なんてつまらなことに頭がいってしまいました。
いつの時代もいつまでたっても、全世界が平和になりません。苦しんでいる人々が気の毒になります。

投稿: tona | 2007年5月10日 (木) 17:00

チガヤ、食べられるとは知りませんでした。あのホヤホヤし感じの穂を眺めて楽しんでいましたが、今度機会があったら食べて見ますね。
tonaさんのブログを拝見していて小学校のころの担任の先生を思い出しました。
晴れた日に理科の授業があると、良く校外の散歩に連れ出してくれた先生は、道端の雑草や昆虫の名前をたくさん教えてくださいました。そして食べられる草のことも。
水辺に生えるマコモやヒシ、このあたりでは「スイバ」と呼ばれる植物の若い茎。
雑草としか知らなかったスベリヒュやアカザさえもおひたしにして食べられること。
当時散歩した田んぼのあぜ道や原っぱは今では住宅が立て込んで、あのころの面影はありません。
でも私が植物に興味を持つ一番のきっかけを作ってくださった先生への感謝の気持ちは今も変わりません。

投稿: aosta | 2007年5月10日 (木) 23:04

★aostaさま

豊かな自然と担任の先生が揃って、豊かな小学生時代が送れたのですね。
現代の都会の子どもに比べたら比較にならないくらい幸せなことです。
先生の影響って大きいですよね。
特に小学校の担任は幅広い教養と知識を持ち合わせて、うまく子供たちに教え、体験させていくことはとても重要だと思います。
語学や情報教育以前に環境・自然教育はとても必要だと思うのです。先生の質が問われ、何年に1度か免許更新制度が採られるようになるようですが、それもそうかなあと思いますが、現代の難しい子どもたちへの対応にくたびれて情熱を失っていくのこそ悲しいことです。
地方でさえ、年々自然が失われていくのは淋しいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年5月11日 (金) 08:18

●私の体験…
っていうほどのものではありませんが、中1まで住んでいた家の前に運河があり、向こう岸に貨物駅があって、そこから屠殺場へ運ばれていく牛や豚の啼き声が時々聞こえました。
言わば悲鳴(そう聞こえた)に近い啼き声で、母から「牛や豚でも、自分の運命が分かっていて、あんな声で啼くんや」と教えられた記憶があります。

私らが子どもの頃は、家で飼っているニワトリが卵を産まなくなったら絞めて食べるとか、お肉屋さんにデカイ骨付きの塊があったりして、わりと「そういうこと」を目にする機会が多かったように思います。

そういうことから極端にいえば「目をそらす」、例えばパック詰めの肉や魚が当り前になったころから、「食べ物を無駄にする」ようになったことが反比例し始めたんじゃないでしょうか。
日本で無駄にしている食糧を持っていけば、何十万人もの栄養失調で亡くなる子どもを救える、とか。
そのくせ自給率が低いなんて、ヘンな国になっちまったもんです…

投稿: 讃岐の団塊オヤジ | 2007年5月14日 (月) 09:50

★讃岐の団塊オヤジさま

貴重な体験のお話ありがとうざいました。
貨物の中の動物は映画の中だけですが、トラックに詰め込まれた豚を高速道路で一度見かけました。
運ばれていく牛や豚たちの啼く声を聞いてお母様もせつなくなられたのでしょうね。

鶏を絞めるとか枝肉がぶら下がっているのを私たちは見ています。ただ見るだけの体験でも、確かに食べ物を粗末にしないことにつながっているような気がします。
酪農家だけでなく、処理して食卓に提供してくださる人々にも感謝しなくてはなりませんね。
外食産業の中にはお持ち帰りを励行しているところもあるとか聞きました。
大変なことにならないように物、食べ物を無駄にしない国にしたいものですね。

投稿: tona | 2007年5月14日 (月) 15:37

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