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2007年7月29日 (日)

パブでギネス

Pabu 今日は午後から雷雨が激しく今まで、パソコンに触れられなかった。

昨日は暑く、名うての暑がりで、暑い暑いを連発していた1日だった。
そんな中、パブでビールという話になり夕方、吉祥寺の「ウラプール」というパブへ娘夫婦と出かけた。
駅についてみると、下り方面にも上り方面にも浴衣を着た若い娘さんやカップルが異常に多い。
下りは立川の昭和記念公園の花火大会、上りは隅田川の花火大会に行くらしい。
吉祥寺の街はあいも変わらず、人でごったがえしている。

パブのお店は小さいけれども、雰囲気が落ち着いている。これがイギリス風のパブなのですね。

Ginesu Abottoeru

まず[ギネス]を半パイント、暑かったので苦味も気にならなくその美味しいこと。おつまみは
ハニー・チーズ
オニオンリング
フィッシュ&チップス
シェパーズ・パイ
シーザースサラダ

さらにビール[アボット・エール]半パイントを追加した。ギネスより苦味がなく、美味しくとても気に入った。
1hanitizu 2onionrungu 3hissyuandotippusu 4syepazupai_2

5sizazusarada_2 パブでビールは初体験。屋上のビアガーデンは未だだが、暑い夜にはうってつけでしょうね。

また雷が鳴り出した。 

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2007年7月26日 (木)

インディアン料理

Noto 古い古いノートに貼りつけてある「アメリカ・インディアンの煮込み料理」を作った。
昭和56年(1981年)2月、26年前だが、鄙びた味がたまにはいい。
料理研究家の大原照子さんがオクラホマで出あったもの。

[コーンと豚肉のシチュー]は夏向きとは言えないが、とうもろこしの出まわるこの時期をはずせない。
玉ねぎのみじん切りをバターで炒めた中に、シチュー用豚肉ととうもろこしとスープを入れてコトコト(私は圧力釜で)煮込んで塩コショウしたもの。

[揚げパン] これは煮込み料理ではないが主食の1つ。
薄力粉220gにベーキングパウダー大さじ1と塩小さじ1/2を入れて篩った中に牛乳1カップを入れてスプーンでかき回したものを12個に分けて揚げたもの。粉砂糖をまぶすのが好みです。発酵をしないパンで簡単で、ドーナツとも違う味わいがある。
後はサラダにパッションフルーツ(頂き物・・殆どたべるところがない)で簡単料理でした。

Kontobutanikusityu Agepan

Passyonhurutu 他に[カブの煮物]や[豆の煮物]やロールキャベツやカボチャの煮物などがあるが、私たちにも違和感が無い懐かしい味と紹介されていた。インディアン居留地でも、当時でももうインディアン的な生活様式が薄れているらしい。
もっと古いのには「3分クッキング」4冊が娘のところにある。

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2007年7月23日 (月)

タマアジサイ

東京の西、神奈川県との境にある高尾山(599m)は植物、鳥、昆虫など自然豊かな国定公園である。
この山に年に1人で20回近く登るというコーラスの友人は、その理由に足腰丈夫で寝込まないように予防するためと言っている。
現に70半ばというのに、医者は歯医者以外に通ったことがなく、背中は真っ直ぐ、歩くのも早く、世界を殆ど回り、子どもはいても自立心旺盛である。
「最後は病院に入れてね・・」とか言ってどこかで甘えているわが身を深く反省し、少しでもあやかりたく、友人に付いて下から登った。

Keburukaeki このケーブルカー駅の所は標高203mである。いつもこれに乗ってしまっていた。
8つある登山道のうち、駅の横からの1号路を登る。

地蔵や祠など祀られている。

Zizou Hokora

1号路の圧巻はタマアジサイである。
シャクヤクみたいな蕾をたくさんつけた小さい木が一体なんであるのかわからなかったが、説明板で判明した。
山地の渓谷や沢沿いにあり、他のアジサイより遅れて8月から9月が開花時期である。したがって殆ど咲いていなかったのだが、この玉のような蕾がガクアジサイ風に開いていく様子が見られた。8月に来たらきれいでしょう!

1tamaazisaitubomi

     タマアジサイの蕾(開花まで1ヶ月かかる)

2tubomihiraku_1

             まわりが開花

3zennbuhiraku

           装飾花が全部開いた

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          中心の両性化も開いた

Mogura Kannbatu

      モグラの掘った後      登山道沿いの杉が伐採されていた 

Hanaikada ハナイカダ、綺麗な蝶々やリス、長い蛭も見かけた。頂上からの富士見100選の富士山は曇りのため、見えなかったのは残念であった。
たった400mであったが、平らな道を歩くのとちがって確かに足腰鍛えるにはよさそうな気がする。少なくとも1ヶ月に1度は登りたいものです。

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2007年7月20日 (金)

『スギ林はじゃまものか』

Yuri_2 『スギ林はじゃまものか』山岡寛人著

スギは日本原産の、常緑針葉樹で、青森県から屋久島まで分布する。

日本の森林面積は国土面積の67%で先進国でもトップクラスである。
そのうち41%が人工林で、人工林の43%がスギである。
何故スギか?木目が美しく、軽くて丈夫で、家屋の建築用材として優れている。又、成長も早く、植林してから30~40年でまっすぐに高さ50mに育つ。

戦後復興のため、国策としてスギが造林計画に使われた。
ここで私は昭和19年の国民合唱歌の「お山の杉の子」を思いだ出す。禿山の杉の子が椎の木に馬鹿にされて、[今に見ろ、大きくなって皆(国)のため、お役に立ってみせまする]と考え、大きなスギになったというもの。私が1番最初に覚えた歌(と親が言っていた)で、私より下の方は知らないほど古い歌である。

ところが伐採の時期を迎える頃、コンクリートや2×4構法など建築方法が変わったり、価格暴落、人件費高騰などでスギ林は放置された。そのため、山地崩壊、土砂流出、スギ花粉症の問題が引き起こされた。それでじゃまものに・・・

解決策としては・・・スギ人工林の中にギャップ(森林の穴)を作って、そこに木の実が豊富な落葉広葉樹を植え、クマ、カモシカ、イノシシ、シカ、サルなどが人里に出ないようにする。
その上、森林は地球環境保全機能や土砂災害防止機能などたくさんの機能を有する。花粉症のためにもスギ人工林の世話をしていかなければならない。林業に関心を持つ若者も少し増えているが、もっと育っていって欲しい。という内容でスギ林をじゃまにするばかりではないといういきかたがあり、少し林業への目が開かれた。

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2007年7月17日 (火)

背中の絵

ザルツブルクで見かけた、前を歩いていた外国人観光客のリュックの模様が面白かった。
一体何の顔なのかわからない。
本人は見えないけれども、後ろを歩いていると実に楽しい。ずっとついて行きました。

Zarutuburukude

Tsyatu 同じく後ろが見えなくて、洗濯したときと着るときに楽しんでいるのがこのTシャツ。
娘がハワイで買ってきてくれたもの。こんな猫ちゃんが何処かに居るような気がする。

街を歩いていると背中が笑いを誘うのを着ている人を時々見かけますね。

Tsyatumaemigoro Tsyatuusiromigoro

              前身頃                  後ろ身頃

『イギリス式収納』井形慶子著 によれば、イギリスでは大切なものは全部飾って収納する。
我々なら埃がかぶって掃除が大変ということになる。どうやらイギリスは日本と違って埃が少ないらしい。
それというのも、1日に何度も雨が降り、日本より家の周辺に草木が多いため、埃が発生しにくく、セントラルヒーティングの完備によって、窓を閉め切っているからである。
さらに、イギリスの断熱工法は発泡スチロールのような素材だが、日本はガラスを細かくしたグラスファイバーが断熱材としてよく使われるがこれがほこりの原因ではないかともいわれているそうだ。
日本は埃多き国だったのです。やっぱり飾り立てるのは無理だし、家に合わないようだ。

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2007年7月15日 (日)

大賀ハス

先日、雨がちょっとやんだ午前中に、隣の市、東村山市の北山公園に友人とハスを見に行ってきました。
ここのは大賀ハスです。大賀博士が1952年に咲かせた2000年以上前のハスの分根されたものです。
ハスの花の命はわずか4日間で、色の濃い美しい花は2日目と3日目です。
大きなハスの葉には雨水が残っていてゆらすといろいろな形になって楽しい。まるでクリスタルのように美しく輝く。

Oogahasu1

Oogahasu2 Hasunoha

元休耕田だったところですから、水が張られた足元には田の植物がありました。初めてです。植物に詳しい友人に教えていただいた名前です。
タカサブロウ、イヌクグ、スカシタゴボウ、アゼナ、タガラシ、コナギ、ヤノネグサなどを観察できました。
Takasaburou Inukugu

        タカサブロウ               イヌクグ

Sukasitagobou Sumokuturi

      スカシタゴボウ       帰り道にスモークツリー 初めてです

すぐそばにあったのが東京都内唯一の国宝建造物「正福寺 千体地蔵堂」です。鎌倉幕府の執権、北条時頼が1278年建てたと伝えられる禅宗様建築です。手彫りの厄除け小地蔵が千体位安置されている。屋根の形が素晴らしいそりを見せている。正福寺の入口には13仏が新しく作られ安置されていました。
Sentaizisoudou 13butu

Nasu_1 途中の農家で買った緑色の茄子です(100円)

焼き茄子、煮物用。濃い味でした。

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2007年7月12日 (木)

立春の卵

Hana_2 『中谷宇吉郎随筆集』に「立春の卵」の話(昭和22年)がある。
これは立春のときに卵が立つという話で、中国の本から発見され、1945年(昭和20年)に上海で立春に卵を立て、2年後の立春に上海、ニューヨークや東京などで実験に成功した。数千年の間中国の古書に秘められていた偉大なる真理が、突如脚光を浴びて、科学の世界に踊り出た。

しかし著者は立春の時だけ卵が立つことが科学的に説明できないとして、家で実験したら3,4分でちゃんと立ち、科学的に説明している。立春の卵の話は人類の盲点の存在を示す。人間の歴史が些細な盲点に著しく左右されるかもしれないというのである。
私も卵を立ててみたが、10分であきらめた。身近に成功した方がいるでしょうか?

中谷宇吉郎は世界で初めて人工雪の結晶を作った、雪と氷の世界的な科学者であり、寺田寅彦に師事した随筆家の名手でもある。

7/9の新聞に、霧を使って空間を演出する、世界的に有名な「霧の彫刻家」の中谷芙二子さんのことが載っていた。この方が中谷宇吉郎のお嬢さんである。
画家から造形に転じ、大阪万博でペプシ館を人口霧で包んだのが初の「霧作品」だそうである。
「芸術家も現代に生きる限り、科学や自然、社会との関係に敏感でなければならない」というのが父から継いだ考えとのこと。父譲りの独特の自然観を持った芸術家なのである。
10,11日とお台場の科学未来館で「霧の芸術」を披露したそうで、どんな世界が出現したのでしょう。

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2007年7月 9日 (月)

チョウトンボとショウジョウトンボ

77hikousenn 七夕の日、我が家の真上を飛行船が通りました。真上から右にも、左にも外れていなかったので、嬉しくなって手などを振って喜び、カメラを取りに家の中に入っている間に、はるか彼方に遠ざかっていました。

さっき買い物から帰って門を入った途端、自転車で乗り付けてきた初老の男性に「何か恵んでくれませんか」と弱々しい声で話しかけられました。とっさに「失礼します」と言ったらすぐ立ち去りましたが、正直驚きました。道端でもずっと見かけたことがないのに、個人宅に押しかけて来るとは。あとでどんな対応が良かったのか考えてしまいました。

ここから本題です。
wakasamaさんから、昭和記念公園に「チョウトンボやほかのトンボがもう飛んでいますよ。まずはお出かけ下さい」というメッセージを戴いて、昨日、早速出かけてみました。
目的場所は日本庭園の池です。着いてみるとたくさんのトンボが飛んでいました。この頃全然見ていないトンボです。
よく目を凝らすとwakasamaさんのブログで見た、「チョウトンボ」がたくさん舞っていました。角度によって水色、ラピス色、虹のように見え、それはそれは美しい色です。あいにくの曇り空で、輝く色ではありませんでしたが、大満足でした。
ギンヤンマやシオカラトンボの他にこれも教えていいただいたのが、「ショウジョウトンボ」で真紅の胴体の美しいこと!皆元気の良いこと!
知らせてくださったwさんに感謝です。

Tyoutonbo1_1

                チョウトンボ

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                                 ショウジョウトンボ

今の時期、お花があまりなかったけれども、この季節ならではのが2,3咲いていました。

                    「蓮」

Hasu2_1 Hasu1

                    
                 「ハンゲショウ」 

Hangesyou1 Hangsyou2

「モナルダ」 調べてみると「ヤグルマハッカ」とか「ベルガモット」ともいうハーブらしい。この猫はいつも日本庭園の前でいろいろな姿態を見せてくれます。

Monaruda1 Monaruda2 Monaruda3 Neko

「桔梗」は秋の七草なので9月に咲くのだとずっと勘違いしていました。おお、恥ずかしい。

Kikyou1 Kikyou2

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2007年7月 6日 (金)

オーストリア旅行(6)ウィーン

<6、7日目:6月19、20日ーウィーン>

音楽の都、そして19世紀期末に花開いた芸術の都、かつてのハプスブルク家のお膝元のウィーンにやってきた。
ウィーンは東京と同じく23区からなっているのである。これに続く西側と南側の東京23区の2倍の面積の地域がウィーンの森である。

Syutehandaiseidou1 中心の1区はリンクと呼ばれる環状道路で囲まれていて、路面電車で20分くらいで1周する。ウィーンのへそである中心にはシンボル[シュテファン寺院]が聳える。137mで寺院の塔で世界3番目で、地下のカタコンベにはハプスブルグ家の人々の心臓以外の内臓が保管されているということである。

リンクの両サイドには国立オペラ座、王宮、博物館や美術館、国会議事堂、市庁舎、ブルク劇場、ウィーン大学と美しい建物が立ち並んでいる。

Operaza2 オペラ座]はヨーロッパ三大オペラ劇場でこけら落としはモーツァルトの「ドン・ジョバンニ」1869年であった。

Oukyuu3 [王宮]はハプスブルク家が650年住んでいた。2500も部屋があって広いこと、乗馬学校まである。フランツ・ヨーゼフ皇帝の部屋の質素なこと、后妃エリーザベトの化粧室の運動器具がウエスト52cmのプロポーションを保つためのだった。王宮礼拝堂はウィーン少年合唱団がミサで歌う。

Mariatereziazou4_5

王宮のリンクを挟んだ向かいには自然史博物館と美術史美術館があってその真ん中に堂々と[マリア・テレジア像]及び関係する将軍、芸術家像が建っている。

Motuarutozou5_6 Gesuidou6_1

(上)モーツァルト像 (下)映画「第三の男」の下水道口

ヨーロッパ三大美術館の1つ[美術史美術館]で数々の名画を見た。ブリューゲルの有名な絵は本家ベルギーでなく殆どここにある。「雪中の狩人」「農民の婚礼」「子どもの遊び」「バベルの塔」など。
ラファエロ「草原の聖母」、フェルメール「絵画芸術」、ベラスケスのマルガリータの3歳、5歳、8歳の肖像画、アーチンボルトのあの野菜などで出来た愉快な顔の絵など盛りだくさんだった。

    農民の婚礼(ブリューゲル)      絵画芸術(フェルメール)

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Aoihukunoouzyomarugarita7_1 Sougennoseibo10 

青い服の王女マルガリータ(ベラスケス)    草原の聖母(ラファエロ)

リンクの外には王家が栄華を誇った[シェーンブルン宮殿]や[ベルヴェデーレ宮殿]がある。前者には広大な庭園と贅を尽くした室内を、後者ではクリムトの「接吻」他、エゴンシーレやココシュカなど分離派の絵を見た。

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    シェーンブルン宮殿の庭園       ベルヴェデーレ宮殿

Uinnomori13 郊外の[ウィーンの森]はマリア・テレジアが愛した松の木を散見し、日本の山道の雰囲気であった。
[マイヤーリングの館]はオーストリア皇太子が愛人とピストル自殺を遂げたところで、映画「うたかたの恋」のカトリーヌ・ドヌーブを思い起こす。

シトー派の[ハイリゲンクロイツ修道院]も質素ながら見ごたえのある修道院だ。

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      マイヤーリングの館       ハイリゲンクロイツ修道院の中

最後はシューベルトの滞在した館だ。シューベルトが菩提樹の歌を作曲したらしい。大きな菩提樹と泉(ここには井戸)が家の前にあった。
Syuberutononingyou16 Bodaizyunomi17

     シューベルトの人形           菩提樹の実もたわわ

オーストリアはユーロが高くなった(この時170円)せいか、北欧やスイス並みに物価が高いように思われた。グラスワイン1杯が5ユーロ(850円)はともかく、小さなドーナツやパン1個も2ユーロ近くしたのもあって東京よりずっと高い!
最近、ブルガリアやルーマニアもEU入りしたが、そのため、これらの国からの出稼ぎの人がウィーンに増え、1部の人が罪を犯し、良かった治安が急速に悪くなって頭を抱えている。
足の萎えた乞食たちも見かけたが、ルーマニアでは子どもが小さいときに、親がわざと足を折って、大きくなるまで乞食をさせる親が多かったそうな。何て悲惨な話でしょう。乞食といえども結構お金をもっているそうで、「皆さんお金をやらないで下さい」とガイドに注意を受けた。こういう人々が増えては困るわけだ。

登山鉄道の係員に人種差別を受けた。同じ車両にアジア人が一緒なのはどうも・・だったのだと思われる。
どの都市も30度以上で、最後ウィーンでは34度であったが、湿度が低いため汗を殆どかかない。恵まれたお天気と良き添乗員さんと同行した人たち、ガイドさん、ドライバーさんたちのお蔭で楽しい旅行をさせていただいた。

帰国して半月も、長々とお付き合いいただいた皆様に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。(完)

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2007年7月 5日 (木)

オーストリア旅行(5)ヴァッハウ渓谷

<5日目:6月18日ードナウ川クルーズ・ヴァッハウ渓谷を下る>

1kuroutadori オーストリアのホテルではどこも、早朝でも夜でもクロウタドリの美しい鳴き声が聞こえてきてとても癒された。体が黒く嘴がオレンジ色で大型ツグミの一種である。画像のは首のところが白いので似ているけれども違うようだ。
烏は見かけなかった。日本みたい残飯が何処にも転がっていないからだろうか。雀は警戒心がなく可愛い。
犬はたくさん見かけたが、猫を1匹も見かけなかったのが残念である。

この日、更に東に移動してドナウ川のメルクに到る。
メルクには有名な[メルク修道院]がある。10世紀建立、18世紀改築のバロックの至宝といわれ、1770年にマリー・アントワネットがフランスのルイ16世のもとへ嫁ぐ途中でここに1泊したそうだ。
9万冊の蔵書を収めた図書館が素晴らしかった。

2merukusyuudouin1 3merukusyuudouin2

5syuudouinnokyoukai 6kirisuto

4tosyokan

午後メルクからクレムスまでの35kmのブァッハウ渓谷を船で下る。ドナウ川の最も美しいところで世界遺産に登録されている。風光明媚なだけでなく、軍事的に重要な拠点で、多くの民族が戦った所である。
美しき青きドナウを1時間40分かけて下ったが、カンカン照りで焦げそうだった。しかし帽子を被るのは日本人だけ、欧米人は決して被らないだけでなく、膚を露出し、わざわざ一所懸命焼いている。7/1の新聞にも紫外線に当たると皮膚ガンになりやすいと出ていたが、そうなると欧米人は全員皮膚ガンにかかりそうだが、そんな話も聞かない。冬日差しが乏しいから焼くとか、金持ちのステータスが日焼けとか聞くが果たしてどうなのだろうか。
船上で仙台の語学学校、今話題の「NOVA」で英語の先生をしていたというアメリカ人の若者が話しかけてきて、インチキ・カタコト英語で会話を楽しんだ。

7hune 8kozyou1

9kozyou2 10budoubatake

         古城                    ブドウ畑

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ここで料理について。オーストリアはハプスブルク帝国の諸民族がもたらした伝統料理が取り入れられてバラエティーに富んでいるとのこと。
小麦粉をだんごやすいとん風や細切りクレープにしたりしたものが他の国と違っていた。また帝国内だったハンガリーやドイツ、イタリアなどの影響を受けていることが分かる。
歴史あるコーヒー(アインシュペンナー)やザッハトルテなどのケーキは甘くも変化に富んでいて堪能した。
今回は撮り忘れたり、半分食べてから撮影したりで、美味しそうなお料理の写真があまりなかった。

13odangoirisupu 14suitonkezesyupettueru

     小麦粉団子のスープ       すいとん(ケーゼシュペッツェル)  

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        ザルツブルクノックル

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2007年7月 2日 (月)

オーストリア旅行(4)ザルツカンマーグート

<4日目:6月17日ーザルツカンマーグート(塩の領地)>

ザルツカンマーグートはザルツブルクの東に広がるオーストリア屈指の景勝地。1500~2000m級の山々に抱かれた高原内に大小50の湖がちりばめられている。この素晴らしい絶景が映画「サウンド・オブ・ミュージック」でも紹介されている。

最初に到着したのが世界遺産の[ハルシュタット]。とんがり屋根の教会を中心に山際に家々が軒を連ね、船で1周した[ハルシュタット湖]は周囲の山を映し出して深い青色の水を湛えている。世界の湖岸の町で最も美しいと言われているのである。
有史以前から人が住み、ケルトの最初の遺跡も出ている。湖岸の山の上は世界最古の岩塩坑があり、今も操業中である。お土産に買ったが味がしっかりつくと、娘からも喜ばれた。湖岸の切り立った崖に沿って列車も走っている。

1harusyutattoko

2harusyutatoko 3hanguraida

4ressya  カトリック教会の裏に納骨堂があった。狭い土地で墓地が充分取れなかったので、埋葬してから10~20年たった遺骨をとりだして次の遺体を埋める風習があった。1720年に始まって、此処には今、約1000個の骸骨が並んでいる。頭蓋骨には、故人の生没年とともに、バラや葉などが描かれている。最も新しいものが1983年に亡くなり、1995年に納められた女性のもので、十字架の右にある。美しいといっていいほどの骸骨であった。

5noukotudou1 6noukotudou2

お昼にザルツカンマーグートの真ん中にある、この地方の湖では最も美しいといわれる、[ヴォルフガング湖]のほとりの町[ザンクト・ヴォルフガング]に到着。食後、映画にも出てきた[シャーフベルク登山鉄道]に乗って、シャーフベルク山(1783m)の頂上へ40分かけて登った。着いた頂上は360℃の大展望台。この日は快晴で、眼下には湖が点在し、足元にはお花が一杯咲いている。いつまでもいたかったが、帰りの蒸気機関車の時間が迫って名残を惜しんだのだった。

7tozannressya

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10santyoukara3 11hana1

12hana2 13yanagiran

                                                                   ヤナギラン

この町もたいそう美しく歩いていて楽しい。

14ie 15souuinndou

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             岩塩

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この日泊まったのがヴォルフガング湖畔にある450年前に建てられた「白馬亭」で、オペレッタ『白馬亭にて』で有名なのだそうだ。室内調度も良く、大変豪華なホテルだった。対岸の一番右の湖畔にある[ザンクト・ギルゲン]の村はモーツァルトの母が生まれ、姉のナンネルが結婚後住んでいた。
湖を眺めながらの夕食と朝食は生涯忘れられない。ただ、今でも慙愧に耐えないのが、うっかり枕チップを置き忘れたことである。申し訳なかった。。。

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2007年7月 1日 (日)

とうもろこし

Toumorokosi

とうもろこしの美味しい季節になりました。
今日戴いた2本のとうもろこしのうちの1本、この並び方の不揃いなこと、こんなのは初めてです。
思わずカメラでパチリ。ちょっとピンボケでした。
もう1本が比較的揃っていたので夫にあげました。
何しろ食べるとき1列ずつ食べる人です。こんなごちゃごちゃのはどうやって食べていいか、相当に悩むのではないだろうかと思ったから。後で考えれば、どうやって食べるかも見たかったですが。

Umemiso_2   もみじママさんに「梅味噌」を教えていただきました。
梅と味噌と砂糖を同量混ぜて水分が出るまで置いておくだけ。
梅肉をミキサーで細かくし、液状になった味噌に入れて火にかけて練り上げます。
甘い酢味噌に似ているけれども醸造酢でなく梅から出た酢でなかなか乙な味です。
甘めだけれども工夫すれば夏向きの、あるいは肴としての1品がいろいろ出来そうです。

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