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2007年9月27日 (木)

里山

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里山(集落、人里に接した山)に登ってきた。その名は梁川(山梨県)の標高523mの斧窪御前山。

御前山とつく山は全国に20近くあるようだ。中央本線沿線にもある。高尾や相模湖を過ぎ、山梨県に入ると上野原駅に上野原御前山、次の四方津駅は四方津御前山、次の梁川駅には梁川御前山と斧窪御前山、その先の大月にも御前山がある。

駅のそばの集落を抜けるとすぐこの山で、里山に接する集落の庭はどこも花でいっぱいである。
お墓や仏壇に先祖代々、供えられてきた花なのであろう。今は、百日草、千日紅、鶏頭、羽毛鶏頭、鳳仙花、白粉花などで、秋深くなると菊に変わっていく。
空気が澄んでいるせいか、緑に囲まれた花々の色の鮮やかなこと。以前信州の佐久、小諸や小布施を巡っていたときに、このことに気がついた。田舎を歩くと里山の風景は似ているところが多い。

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里山はクヌギ、コナラ、シイといった広葉樹によって森林が形成され、この時期これらの木の団栗が一杯落ちていた。
昔は、里山は薪や炭、堆肥の供給源であったが、石油エネルギーへの転換や開発により、利用目的もなくなり、失われ、荒れ果て、貴重な生物も失われた。
しかし、景観の見直しや、自然との触れあいを求める場所として、最近里山を見直す運動が進んでいるようである。
先日海ガメが戻ってくる海岸を作っている人を追っていたが、失われた自然を取り戻す人々の血の滲むような努力に頭が下がる。

Turubo Mi

      ツルボでしょうか          実の色も鮮やかでした

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コメント

日本の原風景、里山。しずか~な~し~ずかな~、どんぐりころころ、あーきのゆ~ひに~、いろんな唄がかぶってきます。
育った田舎の里山のことを思うと懐かしさでたまらなくなります。

投稿: saheizi-inokori | 2007年9月28日 (金) 10:10

里山、良い響きですね。

またまた、山に登られましたか。

これからの季節、山は良いのでしょうね。

まもなく山の木々も色を染めて、山の錦もみられるのでしょう。
脚・腰気をつけて登ってくださいね。

投稿: もみじママ | 2007年9月28日 (金) 10:33

里山の風景、いいですね。ほっと心が落ち着く気がします。
やはり空気が綺麗だと、植物達の色も空の色も緑も、
違って見えるものなのですね。

人が自然を壊してしまうのに要する時間はほんの一瞬。
取り戻すのにかかる時間はとてつもなく長く、
努力と根気のいるものですね。
その努力をしてくださっている人たちがいることに感謝です。

投稿: ポージィ | 2007年9月28日 (金) 11:20

御前山はあちこちにあるようですね。
以前に行った北琵琶湖にもありました。

「御前」というからには後ろに何かあるのではないかと思ってしまいます。

「御前という名は集落の神が祀られる山としての尊称に由来するものであり、したがって御前山すなわち烽火台が設けられる可能性が高い山名と解する程度の方が良いように思われる」と室伏徹という人が分析していますが、真偽はご本人も分からないようです。

烽火台とは街道筋を抑える為の戦国時代の施設だとか。

でもそんなことはどうでもよくて、素直な気持ちで里山の自然に浸りたいものです。
お写真から、この辺りの風景や人々の物腰が伝わってきます。

海がめの放送、私も見ました。
若者が異変に気付き、呼びかけに大勢の人達が応じる⇒日本人もまだまだ捨てたものじゃないと嬉しくなりました。

tonaさんはよいサークルに入られましたね。

投稿: ねむウサギ | 2007年9月28日 (金) 11:58

★saheizi-inokoriさま

懐かしい秋の童謡が出てきました。
昨日のコーラスで、歌ってきましたよ。
何でも童謡は秋の歌が1番多いそうです。
「里の秋」は昭和16年、「どんぐりころころ」は大正10年、「紅葉」は明治44年の歌ですが、戦後音楽の教科書に載っていて、親しみました。古いから里山を思わす歌詞がいっぱいですね。
育った方はいつも思い出すでしょう。私も疎開先の田舎を懐かしんでいます。タケノコやキノコも採りに行きました。

投稿: tona | 2007年9月28日 (金) 14:12

★もみじママさま

今の登山(というほどたいしたことはないのですが)は、兎に角まだ暑いです。
本日(30℃あります)のような暑くて蒸す日でしたから、大汗かきました。10月終わりから11月頃が気持ちよく登れるのでしょうね。
もみじママさん、私には、急な道だったので、杖が要ります。枝を拾って杖代わりにし、あたりの木に捕まり通しで、私も本当に年をとりました。20代と同じに考えてはいけませんでした。転びそうでしたから。
山に錦、、素敵な言葉です。あと1ヶ月で箱根辺りが紅葉するようですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年9月28日 (金) 14:26

★ポージィさま

ここには水辺が見当たりませんでしたが、川なんかがありますと、里山の風情は最高になります。
やはり空気でしょうか。本当に空、植物の緑、花の色が全然違うのですね。
時々こうした所へ行かせてもらえる身はありがたいです。というのもずっと住んでいるのは大変な面もありそうですから。

日本も壊されたものの見直しが、様々な取り組みとともに進行しつつあるようにみえますが、次代の子どもに引き継がれなければ、何もなりません。こうしたことはポージィさんがおっしゃるように、一朝一夕ではできない
ということを、知らせていかねばなりません。ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年9月28日 (金) 14:39

★ねむウサギさま

御前山について教えていただいてありがとうございました。
調べてもいまひとつはっきりしなかったのです。御前という語は相手に対する呼びかけの敬称で、昔から人々が地元の裏山を御前山と呼んで敬ってきたと考える人もいるそうです。
街道筋を抑える烽火台がわかりやすいですね。
中央線のところは甲州街道沿いですね。
琵琶湖のところのは「虎御前山」でしょうか。
里山は日本国中ありますね。荒れたところもまた美しく復活するように祈るばかりです。
それこそが美しい日本です。

ねむウサギさんも海がめのをご覧になったのですね。凄いことに取り組む若い人々がいて、本当に嬉しくなりました。

投稿: tona | 2007年9月28日 (金) 14:56

tonaさんも山登りされたのですね。
でも私の行き当たりバッタリなプチ登山とは違うようで…。
それにしても、最近特に思うようになったんですけど自然は良いですね。
なんだか体の中の毒素がなくなってしまうような気がします。
道すがら見つける草花も新鮮な、また見た事もないものを見るにつけ写真に撮って後で調べてみようかって。
そういうのも楽しみのひとつとなっています。
失われた自然を取戻す…確かにそうかもしれません。
私も山登りがやみつきになりそうです。

投稿: pochiko | 2007年9月28日 (金) 23:35

百日草、千日紅、鶏頭、羽毛鶏頭、鳳仙花、白粉花・・・

懐かしい花の名前ばかりですね。
昔ははどこの家の庭先にも当たり前に咲いていたこうした花たちを、最近はついぞ見かけなくなりました。
我が家の庭を見ても、園芸品種として改良された洋種の花ばかりです。

鳳仙花の花びらで爪をほんのり染めたり、白粉花の種をつぶしてお化粧の真似ごとをしていた子供の頃を思い出します。
懐かしい花たちが風に揺れる里山の風景には、現在の私たちが忘れてきた記憶がたくさん眠っているように思いました。

投稿: aosta | 2007年9月29日 (土) 07:30

★pochikoさま、おはようございます。

pochikoさんの登山、行き当たりばったりで、予想外のいろいろな場面があって、面白かったですよ。
お家のまわりにはそんなところがいっぱいあるのでしょう。
フィトンチッドを吸いながら、いろいろの動植物を目にすると、確かに体が生き返るようですね。
山は家の近所にある花と全然違うのが多いので、確かに調べる楽しみがあります。
慣れるとたやすく登れるようですが、久方ぶりで、杖が必要でした。pochikoさんはまだ必要ないでしょうが。

投稿: tona | 2007年9月29日 (土) 08:14

★aostaさま、おはようございます。

歩いた辺りの家の庭には、むしろ私たちが目にする洋種の花がありませんでした。
そんなことで、小さいとき疎開先で見たそのままの農家の庭先に、何かほっとしました。

aostaさんも鳳仙花や白粉花で遊んだのですか。そんな思い出も大切にしたいですね。
おっしゃるように、里山は小さいときの記憶がたくさん眠っているところなんですね。
もう子どもたちに伝えていくのは無理ということはなく、そんな活動をなさっている方がいるので、託したい気持です。

投稿: tona | 2007年9月29日 (土) 08:26

僕が住んでいるこんな田舎でも里山が見直されています。60代、70代の方たちが、子供たちを連れて里山に登り、昔ながらの体験を"させて"いるようです。今は子供たちだけでは里山にも登れないのかなぁとちょっと悲しくなります。

投稿: Papalin | 2007年9月29日 (土) 19:20

★Papalinさま、ありがとうございます。

なーるほど、60代、70代の方たちが連れて体験させるのですね。
そういえば、山を歩くと、中高年ばかりです。家族で登ることも殆どないのですね。
しかしこんふうになっても、子どもに体験させることはその子ども達に残るものがあれば、何もしないよりずっといいかもしれませんね。
私も子どもの頃の疎開体験がなかったら、少し違う人間になっていたかもしれません。

投稿: tona | 2007年9月29日 (土) 20:21

里山が開発の名のもとになくなりつつあることがよく耳に此の頃ですね。
と同時に、里山保存が自然体系の保全に大切なことが見直されつつあるのは嬉しいことです。
私の住む奈良の片田舎も、住宅地の開発で子供の頃駆け巡った里山がずいぶんなくなって悲しい思いをしています。

でも、まだ残っている里山に続く土地に住んでいるだなぁと実感したのが、tonaさんの、庭先や畑に仏壇や、お墓に参る季節の花が沢山植えている農家が、夕方の散歩などで目にすることでした。
10分も歩けば、木立の繁る山道に入っていく場所にいて、もうこれ以上昔のままの姿を変えて欲しくない、守らねばとつくづく思っています。
海がめの産卵のテレビを感動しながら見ていました。
波消しブロックを取り除いた一部の場所から、可愛い亀が一斉に必死で海に向かう姿が、目に焼きついています。
不自然を自然に。
これは、全ての生命あるものにとって大切ですね。

投稿: anikobe | 2007年9月30日 (日) 10:05

★anikobeさま、ありがとうございました。

anikobeさんの奈良にも里山がたくさんありそうですね。そうなんですか。随分消えてしまったのですね。
anikobeさんのブログを拝見しますと、家の周りが素晴らしいですね。居ながらにして毎日私たちが電車に乗って行って眺める風景が、広がっているのですから。
10分で山に入れるとは!小さい時に遊ばれたことも思い出されることでしょう。

anikobeさんも海がめをご覧になったのですね。動物の子どもは何でも可愛いですが、小がめの健気な姿、私も忘れられません。
人間が破壊してしまった自然を、これからはいろいろつけが回ってきたことがはっきりした今、取り戻していかねばとつくづく思った次第です。私に出来ることも限られていますが。

投稿: tona | 2007年9月30日 (日) 21:02

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