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2007年10月31日 (水)

北スペイン・ポルトガル紀行 北スペイン編(4)

(4)ガウディ設計の司教館のあるアストルガ

Tizu_2 レオンから西へ46kmにアストルガがあり、巡礼の立ち寄るところである。レオンを出ると巡礼の道が道路の右、左にと見える。
↓巡礼者が歩いているのが見え出した。

Zyunreisya1_2

アストルガに到着したところで日本からの巡礼者に会ったのである。日本の新宿を10月2日に発ち、10月4日から1日30km、14日間、435kmを歩き続けてこの日18日にアストルガに到着したところである。とてもお元気そうだった。
巡礼者はシンボルのホタテ貝と瓢箪をつけて歩くが、この方は背中に貝をぶら下げていた。78歳で敬虔なカトリック信者だそうで、今回2度目の挑戦だそうだ。私たちはこのあと320km西のサンチャゴまでバスで4時間くらいで行くのに、この方はあと到着まで10日かかるのですね。丁度今頃日本に帰られたのでしょう。何と1ヶ月です。頑張れのエールを送ってお別れしたのだった。
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  ガウディが設計した司教館が素晴らしい。入口の部屋だけ撮影させてもらえたが、その他の各部屋のデザインの素敵なこと、とても気に入った。
この館が完成したとき、城のように見える斬新なデザインため、肝心の司教は恥ずかしがって住まなかったそうである。
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Sikyoukan2 Sikyoukan3_2

↓アストルガのカテドラルも見ごたえがあった。

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↓祭壇がレオンからこのような形式である。
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このあと途中のパラドールで昼食後、いよいよスペイン最後の聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラへ向かった。

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北スペイン・ポルトガル紀行 北スペイン編(3)

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(3)サンチャゴ巡礼の要所レオン

Tizu サマランカから真北へ約200kmのレオンへ。
途中の景色↑は赤茶けている原野が続くが、かなたに山や緑が見えてきたところがレオンだった。
ピレネーからサンチャゴまで800kmといわれる巡礼の道の要所レオンは、サンチャゴまであと約365kmの地点である。
レオンは10~12世紀に栄えた旧レオン王国の首都。後にカスティーリャ王国に併合された。巡礼路の要所でもあるところから教会、カテドラルなど重要なモニュメントも多い。
一方、あのサグラダ・ファミリアのガウディが設計したカサ・デ・ロス・ボディーネスという建物もあるのである。

まずゴシック様式のカテドラルである。100枚以上のステンドグラスが有名である。太陽の動きによってその色合いが1日のうちに変化するという素晴らしいものである。撮影禁止だったので絵葉書で。
グレゴリオ聖歌のような歌が別室から流れてきて、荘重な気分になった。
↓カテドラルとファサードとステンドグラス

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聖イシドロの遺骨が納められたサン・イシドロ教会
ここの付属の美術館の「ロマネスク美術のシスティーナ礼拝堂」と呼ばれるパンテオン(王家の霊廟)があってフレスコ画が素晴らしい。これも撮影禁止なので絵葉書で。
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ガウディが設計したカサ・デ・ロス・ボティーネス
カタルーニャ地方以外の数少ないガウディの作品で四隅の尖塔が特徴的である。建物の前のベンチにガウディが坐っている。

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ここレオンでパラドールに宿泊した。パラドールはスペインが独自に開発した国営ホテルで、現在91ヶ所ある。多くは古城、旧領主の館、豪族の邸宅、修道院などを改造した建物が使われている。
↓ライトアップされた元修道院のパラドール

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↓パラドールの中の中庭と礼拝堂の祭壇
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↓パラードル前面の公園と日本のゲートボールのようなことで遊んでいるお年寄りたち
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洋風のお風呂はかねがね苦手であったが、つい手が滑って危うくハムレットの美女でないオッフェリアになるところだった。

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2007年10月30日 (火)

北スペイン・ポルトガル紀行 北スペイン編(2)

(2)アビラとサラマンカ

(2)ー1 中世の城壁に囲まれたアビラ

Tizu_2 セゴビアから西南に73kmの所に旧市街全体を城壁が囲んでいる「石の町」アビラがある。
この城壁はイスラム教徒への防備のために1090年から9年かけて築かれたもので、ぐるっと全長2.5km、幅約3m、高さ平均12mあって、90も塔がある。今も無傷で全部残っているのが素晴らしい。

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Abira2 Abira3

またアビラは聖女テレサ・デ・ヘススが生まれ育った土地としてカトリック教徒にとって、なじみの土地なのだそうだ。私はカトリック教徒でないのでこの聖女を知らなかった。
テレサ(1515~82)はカルメル修道会の改革を進め、宗教に関する多くの書物を著し、後により厳しい戒律をもつ「裸足のカルメル会」を設立し、1622年に聖者に加わる。

サンタ・テレサ修道院のファサードと中の祭壇

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Syuudouin3 Syuudouin4

2日前だかお誕生日だったので、テレサの像にはお花がたくさん捧げられていた。
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この修道院はテレサの生家跡に建てられた。テレサが幼い頃弟と遊ぶ像が庭に再現されていた。
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(2)ー2 スペイン最古の大学があるサラマンカ

アビラから西北へ97km走ってサラマンカに着いた。古代ローマ人によって築かれ、ローマ帝国時代には「銀の道」の中継地として栄えた歴史ある町である。1218年にはスペイン最古のサラマンカ大学が創設され、パリ、ボローニャ、オックスフォードと並ぶ大学都市で重厚かつ華麗な文化財的建築物が多く、旧市街が世界遺産に登録されている。

マヨール広場を大学生がどんどん斜めに横切っていく。とその広場に「ドンキホーテ」のセルバンテスの彫刻があった。

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サラマンカ大学の正面入口の3段に分かれている彫刻(1534)はプラテレスコ様式の傑作だそうだ。
ヨーロッパの建築美術様式はロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロックと続くが、スペインにはルネッサンス様式は受け入れられなかったので、存在しない。これに変わる様式がプレテレスコ様式でスペイン独特のものである。
別名銀細工士様式と呼ばれ、浅浮き彫の植物模様やメダイヨン(円形や楕円形の模様)が特徴である。

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パテオにはアイルランドにもあったような、いろいろな彫刻が突き出していた。
Daigaku2 Daigaku3

中庭に面して講義室が並んでいる。大学を出ると小学生を見かけた。

Daigaku4_2 Daigaku5

新旧カテドラルは、12世紀のロマネスク様式と16~18世紀に建造されたゴシック様式の大聖堂がくっついているのである。
ファサードのキリストの誕生や十字架のキリストなど見ものである。

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カテドラルの中のマリア様、聖歌隊席、天井です

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貝の家(15世紀後半)と呼ばれるこの家の外壁には一面に巡礼を象徴するホタテ貝の模様で飾られている。かつてサンチャゴ巡礼者を守る騎士の家だった。

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  市場の中も覗いてみた
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Itiba3 Itiba4

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2007年10月27日 (土)

北スペイン・ポルトガル紀行 北スペイン編(1)

Tizu_2 北スペインとポルトガルをそれぞれ4日間ずつ見てきました。ロンドンヒースロー空港乗り継ぎでマドリッドまで行ったのですが、ヒースロー空港でトラブルがあったのと、1人スーツケースが行方不明(4日後に到着)になったので遅れ、現地時間の夜中の1時半にホテル到着で家を出てから26時間かかりました。荷物の行方不明がいつわが身に起こらないとも限らず、4日分くらいは手荷物として持って行かなければならないのです。しかしながらヒースロー空港は今年から手荷物が1個しか認められません。

スペインは面積が日本の約1.3倍、人口が約4400万人で日本の約1/3である。宗教はカトリック教徒が圧倒的多数であるから大聖堂、教会の見学が多い。
イベリア半島は700年にわたってローマの支配を受け、水道橋や教会など影響が色濃く残っている。その後イスラムに制圧され、イスラム芸術の最高傑作がコルドバのメスキータやグラナダのアルハンブラ宮殿に見られる。
その後キリスト教国がレコンキスタを完遂してカスティーリャのイサベル王女とアラゴンのフェルナンド王子が結婚してスペイン王国が誕生した。コロンブスの新大陸発見などで大航海時代の幕開けから中南米制圧、ハプスブルグとの婚姻で絶頂期を迎えるが、やがて没落、スペイン内戦を経てブルボン家王政復古がなされ、バルセロナオリンピックを契機に再び繁栄しつつある。
こんな歴史があるためか、世界遺産もイタリアの41についで世界2位で39もある。

(1)ローマ時代の水道橋が残るセゴビア

スペインの真ん中のマドリッドから北西へ向けて出発する。北部の巡礼の道までは荒涼とした景色が多い。

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首都から95kmの所、セゴビアの町に入ると水道橋が見えてきた。高い。28mもある。全長728mでアーチの数は167個。1884年までセゴビアの町に上部を通って水が供給されていた。1928年からここに水道管が設置され、間接的に今も役目を果たしているそうである。ローマ人は凄い!

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ローマ時代の要塞があったところに、映画「白雪姫」の城のモデルになったアルカサル(城)がある。現在武器、絵画、家具などが保存されている。

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町の中心にはカテドラル(大聖堂)がある。ちなみに教会は大きさと重要度で区別されるが、カテドラルは高位聖職者の司る教会の総本部で都市部におかれる。次の規模がイグレシア(教会)、人里離れた所にあるごく小さなものがエルミータ(礼拝堂)である。
次々と訪れる町ごとにたくさんあって、もうどれがどれだかわからなくなって、今は混乱状態にある。

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セゴビアの名物料理にイベリコ豚丸焼きがある。お昼のレストランで丸焼きの子豚が運ばれ、皿で切れるくらい柔らかいことを示し、子豚が皿で叩かれ、その後皿を床に叩きつけて割るというパフォーマンスがあった。供された子豚は皮が北京ダックのようにパリっとしていて、肉はジューシーであった。

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Iberikobuta2 Ierikobura3

                                       ショーウィンドウに子豚の人形が飾ってあった

Kouyou 北部はもう紅葉が始まっていた。朝晩の冷えこみが厳しいためである。

1番左が普通のワインで段々大きくなる

Wain

セゴビアには型押しの家が多く、いろいろな模様があった

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2007年10月13日 (土)

大江戸庶民事情『江戸のまかない』

大江戸庶民事情『江戸のまかない』石川英輔著

この著者には[えねるぎー] や[リサイクル]や[ボランティア]など『大江戸○○事情シリーズ』が6冊だかあって、どれも面白い。江戸時代の日本は世界に冠たる完全リサイクル国家であり、世界一清潔な国だったということが印象に残っている。
歴史で習ったとき、江戸時代は暗く、武士が威張っていて、明日に何の希望もない悪い時代と信じていた。しかし、この著者は文献や図絵を元に、違う考え方をしていて、楽しく明るく庶民が暮らしていたようなのである。
著者は、「コメディーお江戸でござる」の解説者:杉浦日向子さんから、リニューアルした「コメディー道中でござる」の解説者のバトンタッチした人でもある。。

江戸時代の庶民のおかずが、今の私の大好きなおかずとまったく同じで、ご先祖様のDNAがしっかりと自分に焼き付けられていたのに驚いた。
食べることだけなら、江戸時代に嬉々として生きられる。

相撲仕立てのおかず番付をあげると、
菜食では
大関:8杯豆腐 関脇:昆布油揚げの煮物 小結:きんぴらごぼう 前頭筆頭以下:煮豆、焼き豆腐のすまし汁、ひじきの白和え、切り干し大根の煮つけ、芋がらと油揚げの煮つけ、油揚げ醤油つけ焼き、小松菜お浸しである。
四季では
春:けんちん汁、のっぺい汁、木の芽田楽、叩き牛蒡、わらびとがんもどきの煮つけ、生海苔の三杯酢、たんぽぽ味噌和え、田芹の胡麻和えなどである。
こう書いているときりがないので、夏以下は省略しますが、違和感のあるおかずは1つもない。

今日の散歩で目にした花がきれいです。

Korutikamu

                コルチカム

Syuumeigiku

 ←シュウメイギク

Amezisutosezi

            

                         アメジストセージ→

Asagao

 ←朝顔?

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このお花は何でしょう、わかりません。

リコリスの1種 →ショウキズイセン

orangepekoさんとポージィさんに教えていただきました。ありがとうございました。

15日(月)から25日(木)まで出かけますのでブログをお休みいたします。
来月からもまた宜しくお願いします。

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2007年10月10日 (水)

『チャペックの犬と猫のお話』

Sokkusu 寒くなったので、オーストリア航空で貰ったソックスを履いてみた。なかなか派手な色で、機体にもこの色が使われ、乗務員の制服の色と同じである。
片方だけ指の形模様の先に、飛行機が飛んでいるのが可愛い。つい足元に目がいってしまいます。

Syouga

近所の野菜スタンドで買った、ショウガ100円。作ったおばさんが「ショウガの葉は臭い消しになるから、冷蔵庫に入れたり、部屋に置いておくといいよ。試してみて」というので、トイレの中まで入れてみた。炭も置いてはいますが、果たして効果があったのか?
普通は葉までついていないから、試せません。

『チャペックの犬と猫のお話』カレル・チャペック著

著者は1890年生まれのチェコの国民的作家で『園芸家の12ヶ月』が有名で好きな本である。
著者の兄と著者のイラストが実に可愛く、たくさんの犬や猫など、真似して書きたくなるくらいである。写真もなかなかいい。

とんでもないいたずらの子犬ダーシェンカ(ワイアーヘアード・フォックス・テリア)と気まぐれ猫の話であるが、いたるところ、作者のユーモアが溢れていて読んでいて楽しい。

犬の間引きの話がちょっと残酷というか恐い。
しかし、増え続ける猫をよくあちこちに押し付けたものですね。

イギリスやドイツやフランスのように純粋の血統犬がいるのに、チェコでは絶えてしまったことを非常に残念がっている。
その点日本は日本犬がいっぱいいるので嬉しいことだ。
チャペックさんが実に多種類の犬の名前を挙げているが、その中のある種は絶滅するであろうと心配しているが、なんとその頃から80年以上も経っている日本に、そんな心配もなく愛犬家にたくさん飼われている犬がいることにも驚く。
それはパグ、ミニチュア・シュナウツァー、プードル、イタリアン・グレイハウンドである。心配されたスピッツとコリーは確かに見かけなくなったが。

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2007年10月 6日 (土)

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                  徒雲か

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                 断片雲 か

     雲

おうい雲よ ゆうゆうと

馬鹿にのんきそうじゃないか

どこまでゆくんだ

ずっと磐城平の方までゆくんか

          山村暮鳥

秋晴れの空に浮かぶ雲を眺めていると、中学校の教科書にあったこの詩を口ずさみたくなる。
高橋健司著『空の名前』によれば、雲も[類][種][変種]などいろいろに分類されている。

窓枠22cmの間を2分20秒で北から南へ浮雲が動いていく。

殿ヶ谷戸庭園では白いホトトギスが咲いていた。

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Umemodoki

ウメモドキの実も熟れている

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2007年10月 3日 (水)

ゴーヤ

ゴーヤは夏の終わりにたくさん収穫されるそうです。先週そろそろ終わりとはいえ、まだ可愛い赤ちゃんが誕生していました。

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             近所のゴーヤ畑

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葉の付け根に花の蕾を抱いている可愛い葉がある(道端で)

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               花が咲きました

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   花の下にゴーヤが ちゃんともうごつごつが出来ている

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             大分大きくなりました

ネットのお陰で料理もいろいろ

ゴーヤチャンプルー、ゴーヤの肉詰め、ナムル、天ぷら、味噌煮、ゴーヤとナスのマヨ炒め、ゴーヤとツナのマヨポンサラダ、豚肉とゴーヤのオイスターソース炒め、ゴーヤとベーコンのパスタなど

今日友人がわが町に来てくれたので「梅の花」という湯葉と豆腐料理のお店へ行きました。

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Touhuryouri3  おからのあえもの」と「生湯葉の刺身」が絶品
「湯豆腐」は温まると汁が濁る?
「白身魚のすり身湯葉巻き揚げ」「飛竜頭」「茶碗蒸し」
「炊き込み飯」「湯葉の澄まし汁」「香の物」「八女茶」
〆て1800円也 豆腐、湯葉づくしでなかなかいいお味でした。

Kasi_2 友人のお土産

左:木曾老木

右:木曾巌固岩(栗でできた煎餅)

食欲の秋となりました。

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