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2007年11月28日 (水)

きりたんぽ

Hosigaki半月前、 渋柿を6個頂いたので、初めて干し柿を作ろうと、剥いて吊るしてみました。
果たしてあの粉を吹いた甘いのが出来るのであろうか。
今はだいぶ萎びてきました。

Umibudou 「海ぶどう」を沖縄のお土産に頂きました。本当の名は「クビレヅタ」といい、宮古の海中の海藻です。
海のキャビアとも言われ、プチプチ感は秋田のトンブリのようでもあり、食感が美味しいです。
以前は知らないで冷蔵庫に入れたり、たれなどをかけて食べてぼろぼろにしてしまいました。
本当はお刺身を食べる要領で付けて食べるのだそうです。

Kiritanpo1 Kiritanpo2

鍋本番の季節がやってきました。
昨日は「きりたんぽ鍋」。
米2カップで5本のきりたんぽを作りました。
炊いたご飯をよく突くのがコツですが、力仕事でこれは夫に任せました。
米粒があまり残らないほどにすれば割り箸に良くなじみ、くるくる回しながら焼いてもはずれません。
鍋の翌日のお昼のおじやや雑煮がいつも楽しみです。

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2007年11月25日 (日)

ベルト・モリゾ展

Beruo_morizoten Beruto_morizoten2 芸術の秋、今年は音楽会には足が向きませんでしたが、絵画展にあちこち出かけました。
「フェルメール 牛乳を注ぐ女とオランダ風俗画展」「ヴェネチア絵画のきらめき展」「キスリング展」「シャガール展」「フィラデルフィア美術館展」そして「ベルト・モリゾ展」と。

良かったのが今日会期が終わる「ベルト・モリゾ展」
私より100年早く生まれているベルト・モリゾはブルジョア階級の家で育ち、姉とともに絵画を学んでいる。
そして、エドゥアール・マネの実弟と結婚している。マネがモリゾの肖像画を描いた。
当時フランスでも女性が絵画を学び、画家として絵を発表していくことには限界があった。
が、モリゾは結婚して娘が生まれた後も、家庭と両立させながら制作を続け、第1回の印象派展に紅1点参加したのである。
同じように絵を学んだ姉は結婚と同時に絵を断念している。
その作品は妻として、母として何気ない日常風景を、女性らしい優しいまなざしで描いたものが多く、ことに小さい頃から描き続けた娘さんの絵は愛情が溢れんばかりで、とても心温まる素晴らしい作品だ。
マネの影響を受けつつも、モネやルノアール風でもある。
女性に厳しい社会でひとりつつましく男性の絵画の世界に出て行って、印象派に影響を与えたことは、モリゾの絵画技能の高さを伺わせる。
というわけで、100年前は数多くの有能な女性が埋もれてまま花開かなかったこと考えると、今は世に躍り出る女性も、またそれを見せてもらえる我々も、何と恵まれていることかと有難く思った次第なのです。

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2007年11月22日 (木)

達磨山と金冠山

静岡県、伊豆半島に修善寺と西海岸・戸田の間に達磨山(982m)金冠山(816m)がある。伊豆から駿河湾越しに見る富士山の眺めが1番素晴らしいところだそうである。
くっきりと富士山を眺めるには冬季、季節風がそれほど強くない時がいい。ところがこの日11/18は何と木枯らし1号が吹いた日で、山頂は瞬間風速20mを越していた。この風が吹くと、富士山が雪雲で隠されるのだそうだが、やはり雲が少しかかってしまっていた。富士山から目をずっと右に移すと沼津アルプスが目に入る。左に目を移すと大きな駿河湾が広がっている。雄大な眺めだ。

Huzisan1

Huzisan2 ↑→東名のバスから見えた富士山

↓金冠山山頂からの富士山

Kinkanyamakara

金冠山にはリンドウが道すがらずっと咲いている。寒いのに健気です。アザミの花やマムシグサの実も見かける。ハンノキに実がついていた。

↓達磨山(形は達磨に似ていない?)  ↓マムシグサ(サトイモ科)の実

Darumayama Mamusigusanomi2

↓リンドウ(リンドウ科)

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 ↓ハンノキの実

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三島方面に下りていくと名水百選・柿田川湧水群がある。富士山は湧き水という恵みを麓にもたらしてきた。雨や雪解け水が豊富な伏流水となって流れ来て、ここ柿田川で湧水となって1日100~120万トン出るそうだ。35万トンは沼津から熱海まで周辺の市町村の生活用水として使われるそうである。あとは海へ流れて行く。湧き出た水が漣となって広がっていく。飲料水の前では大行列が出来ていて、味わうことができなかった。

Kaitayuusui3 Kakitayuusui4

Kaitayuusui1 Kakitayuusui2       

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2007年11月19日 (月)

本『奇妙な植物散歩』

『奇妙な植物散歩』 山川哲弘著

この本は奇妙な樹幹、茎、葉、花、果実、奇形、虫こぶ、病害、生態などについて写真で紹介したもの。

例えば、奇形では、
幸運をもたらす、四つ葉のクローバーがあることは旧知のことだが、五つ葉もたまに見つかるということです。画像で見ると梅の花のようです。四つ葉のクローバーさえ見つけたことがありません。
エノコログサ(ネコジャラシ)の穂が二つに分かれているのや5つに分かれているのがある。いわゆる猫足型といわれるものが存在するらしい。是非探してみたいものです。
Hutagonoha 双子の葉にも驚く。葉の主脈が基部から二つに分かれ、それに沿って葉が作られるので葉の先端が二つになるのも奇妙なものです。

虫こぶがいろいろ載っています。虫こぶを「~フシ」と呼ぶ。ヌルデの虫こぶ:ヌルデミミフシを割った写真にはウギャーである。黒いアブラムシが数え切れないほど入っている。ヌルデの葉にはダニによるいぼが一面に。これこそ鳥肌が立ちます。

植物の病害も見ても、かわいそうになる悲惨な症状がたくさんあります。

落ち葉にも葉を裏にして落ちる(ソメイヨシノやサンゴジュ)のや、大部分の葉を表にして落ちるのが(クロガネモチ)ある。こうして落ち葉の姿さえ遊びにして語らう著者の自然観察に自然を見る楽しさ、喜びを教えられました。
同じように観察していくと、ぼーと歩いているということが少なくなりそうです。

Kamakiri

←ずっといたカマキリが3日前に遂に姿を消しました。

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2007年11月16日 (金)

月から見た地球

Tikyuu 14日の新聞に「地球の入り」と称して月探査機「かぐや」から撮影された月の地平へと沈んでいく地球の画像が載っていました。
陸地はかすかに茶色に、海が青く写っています。この青に吸い付けられました。月から見えた「水の星:地球」です。月に水があったらこんな風に満月の時に見えるのでしょう。
太陽系の中で、太陽から受ける熱が丁度良く、そして水や空気などの存在で、生物が生きることが出来る地球。不思議、いや奇跡が寄り集まったようなこの地球での自分の存在が、宇宙の中ではあまりに小さすぎることをも考えさせられる画像です。
ハプスブルグのマリア・テレジアの子どもたちの教科書には、宇宙の解説や人体の解剖図も載り、そこには「人間の生まれ方は1つだけだが、死に方は1000種類」と書かれているそうです。小さい存在の自分であるが良い死に方が出来ればと、何故か地球を見て思ってしまったのでした。

Kouteidaria_2  今年は違うお宅にも垣根よりずっと高く「皇帝ダリア」が咲いていました。遠くからみると、天空のコスモスといった風情です。3m以上ありそうです。

シシ柚子を1昨年初めて見てから、今日遂にたくさん生っている木を見つけました。夏みかんより大きいです。後ろに生っている柚子の小さく見えること。

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ダーシェンカ可愛いね。
先日読んだカレル・チャペックが『チャペックの犬と猫のお話』に書いた「ダーシェンカ」を真似して書いてみた。

Dasyennka

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2007年11月13日 (火)

北スペイン・ポルトガル紀行 ポルトガル編(3)最終回

ポルトガル語が日本語になった言葉として、日常使っているのがいろいろあります。鎖国までの短い間に随分影響を受けたが、現在は遠い国になってしまっている。
金平糖、ビスケット、キャラメル、カステラ、ばってら、天ぷら。
コップ、フラスコ、タバコ、カルタ、ミイラ、オルガン、かっぱ、メリヤス、ビロード、ロザリオ、トタンなど。

Tizu (3)-1 首都リスボン

オビドスからリスボンまでの86kmは大西洋に面しているせいか、ずっと風車が続いている。

着いたリスボンはヨーロッパ大陸最西端の首都で、ギリシャ神話の英雄オデュッセウスによって築かれたという伝説を持つ。
テージョ川に面し、「7つの丘の都」と呼ばれ、起伏が激しく、ケーブルカーも3箇所にあり、細い路地には洗濯物がはためいているという、66万人が暮らす町である。
1huusya 2keburuka

川沿いに発見のモニュメントがある。このあたりも世界遺産に登録されている。
エンリケ航海王子の500回忌を記念して1960年に造られた。大海に乗り出す勇壮なカラベル船を手に先頭のエンリケ王子のあとに大航海時代に貢献した人物が並ぶ。
モニュメント前の広場には大理石のモザイクで世界地図と発見年号が記され、日本は1541年とある。

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少し先にベレンの塔がある。16世紀に船の出入り監視する要塞として建てられた。司馬遼太郎が貴婦人がドレスの裾を広げている姿にたとえ「テージョ川の公女」と呼んだそうだ。
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川べりのレストランでポルトガルのチームと対戦するスコットランドのセルティックFCのサポーターたちが気勢を上げていた。私たちを見て中村俊輔のネーム入りTシャツを見せてくれた。10/24の試合は残念ながら負けてしまった。

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道路の反対側にジェロニモス修道院がある。海外からの富によって16世紀に建てられた、大航海時代の栄華を反映させた修道院である。
聖母マリアに捧げられた南門や西門などにレース細工のような彫刻が施されている。教会内にはヴァスコ・ダ・ガマの棺があった。修道院の回廊はマヌエル様式の最高傑作といわれているそうだ。

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1日目の夜はポルトガルの民俗歌謡ファドを聴いた。ギターの伴奏による2拍子の曲で3人の歌手による歌は暗いものでなく明るい歌が多かった。

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2日目の夜は海鮮一杯のポルトガル雑炊をワインでいただいた。スペイン同様海鮮が多いので食事は美味しかった。

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(3)-2 ユーラシア大陸の西の果て ロカ岬

リスボンの西45kmのロカ岬。「ここに地果て、海始まる」を刻んだ石碑が高さ140mの断崖にポツンと建っている。この地を踏んだという証明書をもらった。北緯38度47分、西経9度30分。
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(3)-3 王家の避暑地 シントラ

リスボンの西北28kmのシントラは緑濃き山中に王宮や貴族などの別荘が点在する。ここの文化的景観が世界遺産に登録されている。
王宮内は「カササギの間」「白鳥の間」を初めとして豪華絢爛な室内装飾で、往時のポルトガルの繁栄を目の当たりにした。とはいえヴェルサイユ宮殿などとは比較にはならないが。
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シントラの町

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これでやっと終わりになりました。あまりに長くてあきあきですね。読んでいただきありがとうございました。(完)

                

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2007年11月12日 (月)

北スペイン・ポルトガル紀行 ポルトガル編(2)

Tizu (2)-1 ブサコ国立公園

コインブラの北へ約30kmにある。広大な森に古くから修道僧が修行を行う神聖な土地だったが19世紀から王室が管理した。ポルトガル最後の王マヌエル2世が離宮(1907年)を建てたが、現在ホテルになっている。ここに宿泊した。
庭園は美しく、テラスやエントランスがアズレージョで飾られ、レストランもシャンデリアが輝き豪華な内装で王侯貴族の気分が味わえた。
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                                                        ↑昔の修道の場

公園の北にはサン・ジョアンの泉があり、人々がたくさんのペットボトルにミネラルウォーターを汲みにきている。マリア様が傍らに。

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(2)-2 聖母マリアが現れたというファティマ

ブサコから114km南下するとファティマである。
1917年に3人の子供も前に聖母マリアが出現という奇跡が起こってから聖地になり、巡礼の人が絶えない。30万人を収容するという広場の前に65mの塔を持つネオ・クラシック様式のバジリカが建つ。

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↓ そこに向かって、チベット仏教の五体倒置ほどでないが、ひざで歩行していく熱心な信者がいる。
コルクの木があった。茶色の部分は剥がした痕で、9年に1度剥ぐそうだ。お土産としてスカートや上着まで売っていたが、果たして洗濯はどうするのでしょうか。

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(2)-3 バターリャ

更に19km南下してバターリャに着いた。ポルトガル語で「戦い」という意味。
1385年、スペインに対してポルトガルの独立を守った戦いで、王が聖母マリアの感謝して「勝利の聖母マリア修道院」が建てられた。
壮大、華麗なこの建物は、ポルトガルのゴシック・マヌエル様式を代表するもので、1983年世界遺産に登録された。

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                     ↑戦士の墓を今も兵士が守っている

(2)-4 ナザレ

バターリャから28km南に位置する。8世紀の西ゴート王が、イスラエルのナザレのマリア像を携えてきたので町の名前となった。
フランス映画「過去をもつ愛情」の主題歌をアマリア・ロドリゲスが歌ったシーンでなじみの港町だそうだ。
崖上からの長い砂浜の眺めがすばらしい。
既婚女性は7枚重ねのスカート、寡婦は黒の衣服という独特の服装が面白い。
いわしの炭火焼きも有名で、日本では高くて食べられないいわしを3尾も盛り付けられた。
路地を歩くと、焼いているのが見えた。

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(2)-5 歴代王妃に愛された町オビドス

ナザレの南42kmにある周りを城壁で囲まれたかわいい町。
サンタ・マリア教会の壁面は全部アズレージョで覆われている。
水道橋も残っている。
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↑城壁                     ↑城

↓町の中                    ↓教会の中

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↓水道橋                   ↓城壁からの眺め

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ポルトガルもマリア様信仰がとても盛んである。

 

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2007年11月11日 (日)

北スペイン・ポルトガル紀行 ポルトガル編(1)

Tizu ポルトガルといえば、アズレージョといわれる装飾タイル、ポートワイン、コルク、イワシそしてポルトガル風民謡のファドである。
ポルトガル共和国は面積が日本の約1/4、人口は日本の約1/10の1053万人である。宗教はカトリックが97%である。
1498年にヴァスコ・ダ・ガマがインド航路を発見し、新大陸のブラジル併合、インドのゴア占領、マラッカ海峡を掌握して、大航海時代に輝かしい業績を残した。
しかし植民地依存による大きな富は、リスボンの資産家を肥え太らせただけで、国内産業に投資されず、宮殿建設などに投資されてしまった。
その結果、英国やオランダといった新興国に経済力で後れをとり、ポルトガルはヨーロッパの後進国に転落してしまった。
1986年EU加盟国になり、後進地域援助融資を得て経済は活気を取り戻した。1998年には万国博覧会を催し、その発展振りを世界に示した。
日本との関係は1543年ポルトガル船が種子島に漂着し、これが日本と西欧の接触の初めだった。

ポルトガルの場合、南北でなく、大西洋側の地域が豊かで、東側の内陸部は貧しいと聞く。ツアー旅行も西側の沿岸地域を北のポルトから南部のリスボンまで南下して行った。

(1)-1 ポルト

サンチャゴ・デ・コンポステーラから南へ230km、途中国境を越えてポルトガル第二の都市ポルトに到着。同じ経度なのに1時間時差を進める。
ドウロ川の北岸に築かれた坂の多い町で、ポルトガル発祥の地であり、商工業の中心地である。

最初の見学がポルト商業組合の建物であったボルサ宮であるが撮影禁止であったので絵葉書で豪華な「アラブの間」を。アラブの影響がスペインだけでなくポルトガルにも見られる見本である。

↓ポルトガルに入った

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↓ボルサ宮のアラブの間

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サン・フランシスコ教会も撮影禁止。外から想像できないほど、中に入ると金泥細工のバロック装飾に圧倒される。天井、壁、柱すべてに彫刻が施され、金箔が貼られていてキンキラキンである。昔、併合したブラジルで金鉱が発見されたときのものでしょう。

↓民家が見える               ↓サン・フランシスコ教会

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↓教会の中

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最後が帆船の浮かぶドウロ川沿いの、サンデマンというポートワイン工場の見学です。商標と同じマントを着た若者に案内してもらう。大小の樽がいっぱい。100年前のヴィンテージの瓶は黴で覆われている。2種類試飲させてもらったが甘くアルコール度数も高いようで全部いただけなかった。

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↓工場から歴史地区を眺める

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(1)-2 運河の町アベイロ

11abeirounga1 ポルトから南へ78kmに、漁業と牧畜が主な産業のアベイロがある。運河に浮かぶ弓のように舳先をもった船はモリセイロと呼ばれる。酪農地の肥料になる海藻を集めるそうだ。

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アベイロの駅はアベイロの風景を描いたアズレージョで飾られている。アズレージョはイスラムのモザイク・タイルの技術が伝わったもので、ポルトガルでは16世紀から制作され壁面の装飾に多用された。17世紀後半から白地に青のモノ・タイルが主流になったそうだ。

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↓プラットホームにも

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(1)-3 大学の町コインブラ

アベイロから62km南下するとポルトガル第三の都市コインブラである。文化の中心で、丘の上にコインブラ大学(1308年)がある。
この日、日曜日で見られなかったが、学生は黒いマントに身を包み町中を闊歩し、そのマントの裾に切れ目が多いほどもてる証だとか。卒業のときマントをあちこちうち捨てていくらしく、地面にも捨てられ、木にもたくさん引っかかっていた。
大学の図書館には蔵書が30万冊あり、金泥細工による内部装飾や調度品がまたまた素晴らしい。

↓マントの切れ端               ↓大学図書館正面
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↓図書館の中 グランドピアノが小さく見えるほど天井が高い

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↓町の中

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↓国鳥である鶏のお土産が多い。この町で金平糖の元祖を買った。日本にある金平糖は24~36も尖っているが、↓元祖は丸いだけであった。

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↓レストランの中  ↓オーナーが大の日本びいきでバスの中まで「さようなら」を言いにきた25resutoran 
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2007年11月 7日 (水)

北スペイン・ポルトガル紀行 北スペイン編(5)

(5)キリスト教3大聖地の一つ サンチャゴ・デ・コンポステーラ

Tizu 今回の旅はイヤホン・ガイド付だったので、離れたところで写真を撮っていたり、気に入ったところを眺めていても説明が耳に入ってくるのでとてもよかった。
祈り、学問、雨の町といわれるサンチャゴ・デ・コンポステーラで足掛け3日晴れたのは幸いであった。
聖ヤコブ(サンチャゴ)の墓が813年に、隠者パイオよって発見されて以来、ヨーロッパ中の人々が、ローマバチカンやエルサレム同様、目指す聖なる巡礼地となった。殆どが列車や車でやってくるが、徒歩や自転車でやって来る人々も少なくないそうである。
伝説によると、聖ヤコブはスペイン北部で伝道した後、パレスチナで打ち首にあい命を落とした。遺体は二人の弟子と共にガリシアの海岸に流れ着いた後、様々な変遷を経てリブレドン山の埋葬されたそうである。

世界遺産にも登録されているサンチャゴ巡礼の道は、ヨーロッパにおいて、精神的、文化的、かつ歴史的に大きな意味合いを持っている。巡礼者の多くは、自分自身を見つめるために旅に出る。
この千年の歴史を持つ美しい都市が、あらゆる困難に耐えて巡礼を成し遂げた者を暖かく迎えるのです。

巡礼者がゴールを前にして、サンチャゴの町を見下ろす「ゴーソの丘(喜びの丘)」には巡礼者の銅像がカテドラルを遠くに眺めながら建っている。
町に到着する前の最後の礼拝堂で巡礼者が祈りを捧げる。

↓喜びの丘からサンチャゴの町を望む。遠くの中央3本の塔がカテドラル

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↓巡礼者の像              ↓礼拝堂の巡礼者

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乗り物で来てしまったが、遠い日本から信者ではないけれども、やっと西日に輝くカテドラルの前に着いた。 

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↓丘から眺めたカテドラル      ↓10/18は半月だった     

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2泊するパラドールはカテドラルを正面にして広場の左にある。1499年にカトリック両王が巡礼者のために建てた壮麗な病院兼宿泊所であった。

↓巡礼者が到着した         ↓宿泊したパラドール

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翌日カテドラルの正午のミサを見学した。この大聖堂は1071~1152年にかけて造られたロマネスク様式の古い教会である。大勢の巡礼者を迎え入れてきた。この日も内外から来た巡礼者で溢れていた。
ミサの儀式が進んでいく。歌う修道女の声がとても声量があって美しい。やがてクライマックス、6人の男性が振り回す、大型の香炉ボタフメイロに火がつけられ、煙が立ち、独特の匂いがたちこめた。南北に大きく揺れている。やがて小さくなって儀式は終わった。
折りしも、画像に写っている、撮影しているカメラマンは日本のTBS、日曜日夜11:30から放映される「世界遺産」の撮影に来ていたのである。この模様が来年の1月にテレビで放映されるそうである。

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↓ボタフメイロが揺れる       ↓ミサが終わった

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町の様子

↓石楠花が今頃満開です     ↓坐ってくれました

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↓左が実在した名物姉妹の像 
↓右がカテドラルの屋根の像。サンチャゴ騎士団の十字章が見える。この変わった形の十字章が、ベラスケスの有名な王女マルガリータと道化などを描いた「ラス・メニーナス」の中の画家つまりラスベガス自身の胸に赤く描きこまれている。これはこの絵を描き終えて4年後に亡くなったベラスケスを悼み、国王フェリペ4世が、画中のベラスケスに描き加えたものだそうだ。巡礼者が下げているホタテ貝にも赤く描かれている。

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↓民家の屋根は皆赤い       ↓50近くもあるという教会の1つ

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市場は7棟もあった 

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パラドール2日目の食事 魚介が多かった(前菜、アスパラスープ、鱈、洋梨コンポート)

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Sokuzi3 Syokuzi4

スペインは北ほど、フランスに近いほど物価が高く、不動産も高い。中部のトレドで2LDKが8千万!!、北は倍だというから驚く。日本より高い。
世界一耳が悪い国民だそうで、テレビの音量、会話の声が並みでない大きさだそうだ。集合住宅では天井や壁をトントンと叩いて静かにさせる。
首都リスボンの治安の悪さも有名で、1階と最上階は厳重に締めても泥棒の憂き目に会う。アフリカから600人/1日の不法入国に困っているそうだ。
シェスタの国だからお土産屋を除き、夕方5時頃まで店が閉まる。それで夜中も機上から眺めても町は煌々と輝いていた。全員ではないが、彼らの1日は我々の半日なわけである。(スペイン終り)

 

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2007年11月 4日 (日)

アワコガネギクを見に橋立渓谷へ

Ohanabatakeeki 10/29植物観察会で橋立渓谷へ秋の終わりに咲くアワコガネギクを見に行ってきました。
西武秩父線終点の「秩父駅」で降り、秩父鉄道の「お花畑駅」へ移動するとベンチには毛糸で編んだ円座が7つも置かれていました。駅員の温かい心遣いが感ぜられます。
ここから長瀞とは反対方向の浦山口で降りると、あの武甲山の登山口橋立です。
武甲山は日本武尊が甲(かぶと)を奉納したというのが由来だそうで、昔の秩父セメントによって石灰岩採掘で削られた、荒々しい山容です。

Siroyomena 渓谷沿いを歩いていくとまずシロヨメナが目を惹きました。
草姿が嫁菜に似、頭花が白色ということでついた名前。花びら(舌状花)が8~11枚くらい、葉が長楕円形で先は尖り、葉のへりに鋸歯があると教えられました。

やがてアワコガネギク(泡黄金菊)がちらほら見えてきました。キクタニギク(京都東山の菊渓で発見)の別名です。
花が傘型に咲き、名の通り黄色の花が密集して黄金の泡のようです。
この花を見るのが目的ですから愛おしくなりました。
Awakoganegiku1 Awakoganegiku2_2

アザミがたくさん咲いています。いろいろ種類があるそうですが、タイアザミ(トネアザミ)でしょうか。

Azami1 Azami2

Menamomi メナモミ(キク科)
茎や葉に柔らかい毛がいっぱいついています。
先生はこの花を「毛布」と呼んでいるそうです。
オナモミという花もある。

Nokonngiku_2 Sirenesenkyu

↑ノコンギク(キク科シオン属)↑シラネセンキュウ(セリ科) ヤマゼリより大ぶり

↓イノモトソウ(ウラボシ科) 昔の井戸は周りを石垣で囲っていて、この石垣の隙間によく生えていたので、「井の許草」の名前がついたという。 蟹が歩いていました。

Inomotosou Kani

↓豆柿を採ったが小さいこと、熟れたので食べたが渋かった。
 胡桃を拾ったが剥くと真っ黒で汚いない。

Mamegaki Kurumi

↓ムカゴも初めて採った 舞茸と炊き込み飯にしたらとても美味しかったです
Mukago1 Mugagomesi

なかなか収穫の多い観察会でした。

出かけるので初めてタイマー投稿をやってみますが、ドキドキワクワク!

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