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2007年11月11日 (日)

北スペイン・ポルトガル紀行 ポルトガル編(1)

Tizu ポルトガルといえば、アズレージョといわれる装飾タイル、ポートワイン、コルク、イワシそしてポルトガル風民謡のファドである。
ポルトガル共和国は面積が日本の約1/4、人口は日本の約1/10の1053万人である。宗教はカトリックが97%である。
1498年にヴァスコ・ダ・ガマがインド航路を発見し、新大陸のブラジル併合、インドのゴア占領、マラッカ海峡を掌握して、大航海時代に輝かしい業績を残した。
しかし植民地依存による大きな富は、リスボンの資産家を肥え太らせただけで、国内産業に投資されず、宮殿建設などに投資されてしまった。
その結果、英国やオランダといった新興国に経済力で後れをとり、ポルトガルはヨーロッパの後進国に転落してしまった。
1986年EU加盟国になり、後進地域援助融資を得て経済は活気を取り戻した。1998年には万国博覧会を催し、その発展振りを世界に示した。
日本との関係は1543年ポルトガル船が種子島に漂着し、これが日本と西欧の接触の初めだった。

ポルトガルの場合、南北でなく、大西洋側の地域が豊かで、東側の内陸部は貧しいと聞く。ツアー旅行も西側の沿岸地域を北のポルトから南部のリスボンまで南下して行った。

(1)-1 ポルト

サンチャゴ・デ・コンポステーラから南へ230km、途中国境を越えてポルトガル第二の都市ポルトに到着。同じ経度なのに1時間時差を進める。
ドウロ川の北岸に築かれた坂の多い町で、ポルトガル発祥の地であり、商工業の中心地である。

最初の見学がポルト商業組合の建物であったボルサ宮であるが撮影禁止であったので絵葉書で豪華な「アラブの間」を。アラブの影響がスペインだけでなくポルトガルにも見られる見本である。

↓ポルトガルに入った

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↓ボルサ宮のアラブの間

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サン・フランシスコ教会も撮影禁止。外から想像できないほど、中に入ると金泥細工のバロック装飾に圧倒される。天井、壁、柱すべてに彫刻が施され、金箔が貼られていてキンキラキンである。昔、併合したブラジルで金鉱が発見されたときのものでしょう。

↓民家が見える               ↓サン・フランシスコ教会

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↓教会の中

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最後が帆船の浮かぶドウロ川沿いの、サンデマンというポートワイン工場の見学です。商標と同じマントを着た若者に案内してもらう。大小の樽がいっぱい。100年前のヴィンテージの瓶は黴で覆われている。2種類試飲させてもらったが甘くアルコール度数も高いようで全部いただけなかった。

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↓工場から歴史地区を眺める

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(1)-2 運河の町アベイロ

11abeirounga1 ポルトから南へ78kmに、漁業と牧畜が主な産業のアベイロがある。運河に浮かぶ弓のように舳先をもった船はモリセイロと呼ばれる。酪農地の肥料になる海藻を集めるそうだ。

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アベイロの駅はアベイロの風景を描いたアズレージョで飾られている。アズレージョはイスラムのモザイク・タイルの技術が伝わったもので、ポルトガルでは16世紀から制作され壁面の装飾に多用された。17世紀後半から白地に青のモノ・タイルが主流になったそうだ。

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↓プラットホームにも

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(1)-3 大学の町コインブラ

アベイロから62km南下するとポルトガル第三の都市コインブラである。文化の中心で、丘の上にコインブラ大学(1308年)がある。
この日、日曜日で見られなかったが、学生は黒いマントに身を包み町中を闊歩し、そのマントの裾に切れ目が多いほどもてる証だとか。卒業のときマントをあちこちうち捨てていくらしく、地面にも捨てられ、木にもたくさん引っかかっていた。
大学の図書館には蔵書が30万冊あり、金泥細工による内部装飾や調度品がまたまた素晴らしい。

↓マントの切れ端               ↓大学図書館正面
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↓図書館の中 グランドピアノが小さく見えるほど天井が高い

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↓町の中

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↓国鳥である鶏のお土産が多い。この町で金平糖の元祖を買った。日本にある金平糖は24~36も尖っているが、↓元祖は丸いだけであった。

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↓レストランの中  ↓オーナーが大の日本びいきでバスの中まで「さようなら」を言いにきた25resutoran 
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コメント

うわぁ、ここもまた素晴らしいですね。
民家や歴史地区、運河などの眺めに惹き付けられました。
(tonaさんのお写真にも見惚れました)

そして教会ばかりか大学図書館の中までまばゆいばかりの金尽くめとは!

一転してタイルの装飾もシックでいいですね。もっと小さいものですが見たことがあります。
私には遠い国だけど、いろんなものが日本にも入り込んでいるのでしょう。

金平糖が丸かったというお話も面白く、逆に日本のそれの角の数が何個あるかということや、それを数える様子が浮かんだら、とても可笑しくなりました。
印でもつけていかないと、私には難しい。

投稿: ねむウサギ | 2007年11月11日 (日) 17:30

★ねむウサギさま

ポルトガルの民家、特にポルトやリスボンではひしめき合って、ごたごたした庶民的な感じです。
丘に広がる町の眺めは、夕陽が当たるともっときれいだったでしょう。まだ4時ごろでした。日本と違って7時過ぎですから。
運河も水や空の青がきれいですよね。此処でもアラン諸島同様海藻が使われています。土作りでなく、肥料として。

植民地から搾取?した富(金)をこんなところに使ったのですね。これが今観光資源となっているのですから、財政を傾けてしまったノイシュバンシュタイン城と同じですね。

アズレージョはあちこちで見かけました。今でも工場でたくさん作られているそうです。

コンペイトウの角を最初に数えた人も印をつけたそうです。私はまだ数えていないのです。そう、数えるのを想像したらおかしくなりますね。丸いのと違って、角はいかにも日本の技らしいですね。
早速にありがとうございました。

投稿: tona | 2007年11月11日 (日) 21:33

まばゆいばかりの金色のお城の中や教会、図書館の中。すごいですよね。
日本では純金のお風呂でも盗まれたなんていうニュースがありましたよね。

青いモザイクタイルが素敵ですね。
タイルに絵がかいてあるのでしょうか。
1枚の絵になってますね。

赤いのはポスト?ですかね。
日本の以前の物とよく似てますね。

丸いコンペイトウ、大きさは日本の物と同じくらいでしょうか?
日本のお菓子かと思っていました。

投稿: もみじママ | 2007年11月11日 (日) 23:10

★もみじママさま

金が一体どの位使われているのでしょうね。
ブラジルで発見された金がこういうところにふんだんに使われたのですね。
まばゆいばかりです。
日本で純金のお風呂が盗まれたのですか。知りませんでした。

アズレージョはタイルに絵付けをしてまた焼いたらしいのですが、目地はあるものの絵が繋がっているのです。遠くから見ると目地があまりわかりません。

赤いポストが普通用で青いポスト(見当たりませんでした)が速達用ですって。スペインは黄色のポストでした。

金平糖は日本のとほぼ同じ大きさです。同じ味でした。ポルトガルからきた名前が随分あります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年11月12日 (月) 08:36

 おはようございます。

 おおおおっ。空が青い!いよいよポルトガルですね。

 それにしても、教会や図書館、ほんとうにすごいですね。目がくらみそうです。
 図書館は、上のほうの本をとるのに命綱が必要そうです。
 何か本をご覧になりましたか?

 赤い屋根や運河の船が、青い空に映えてます。船はどれもすてきですね。
 上のは、帆船でしょうか。いいですねー。
 まだ、使ってるんですね。

 あと、ポルトガルの人はよっぽどマント好きなんですね。何もかも驚くことばかりです。

 ところで、金平糖、なんでとがってきたんでしょ。

投稿: Nora | 2007年11月13日 (火) 09:37

★Noraさま、ありがとうございます。

空がきれいでしょう!
このたびはオール晴れだったんです。ですから写真でも空比べです。

教会の中キンキラで、彫刻まで全部金なんです。驚いてしまいました。奥州平泉の金色堂の比ではありませんね。

図書館にはハシゴがあちこちにあります。見えますよね。
でも木の剪定と同様恐いですね。
本は背表紙だけ見られるだけでした。撮影禁止なので、お断りしなかったのですが、絵葉書です。

ポルトの船は帆船のようですが帆が見当たりませんでした。どちらの船も独特で格好がいいですね。さすが大航海時代を築いた国です。

サンデマンといい、大学生といい、言われて見ますとマントが好きなのですね。

金平糖の角状の突起なんですが、私も調べてみたのですが定説がないということなんです。作るのに他のお菓子と違ってすごく時間がかかるそうですね。

投稿: tona | 2007年11月13日 (火) 13:42

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