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2007年12月 1日 (土)

『逝きし世の面影』

Poinsetia 『逝きし世の面影』渡辺京二著 saheizi-inokoriさんが9月10、11、15日と3回にわたって紹介されていた本です。

19世紀の日本、今の人口の1/4だった時代、生活は不便で物質的には贅沢でない、そんな時代に今でも美しい景観の欧米から来た人々が、口を揃えて日本の美しさを讃美している。
その表現は様々だが、彼らが記録した日本の自然美こそ、この世の桃源郷ではないか。
人口増と開発などによって今は失われてしまったが、まだまだ奥の方に入れば残っている。その美しい自然を我々のエゴでこれ以上壊していきたくないと痛切に思った。

幕末に異邦人たちが目撃した徳川後期文明は、ひとつの完成の域に達した文明で、異邦人を讃嘆へと誘わずにはいない文明だったが、幕藩制の制度的矛盾と世界資本主義システムによりその命数を終えたと説かれている。
その崩壊の中をくぐり抜けてきて、今に継がれているものもある筈で、それを大切に受け継いでいかねばならない。

日本は子どもの楽園であったという項目がある。
私も子どものとき、お正月には凧揚げ、羽根つき、双六、カルタなどで遊び、日頃は外の道や原っぱ、時には川や畑でいろいろな遊びに興じていた。
それが何と江戸時代から全く同じであったという記述に驚いた。がしかし、自然が失われ、生活形態も変わり、教育の問題もあり、外から室内に、遊具もゲームやパソコンなどへと変化してきた。
子どもが心身ともにひ弱になり、いじめに走ったりと、物質的には豊かに便利になったのに、失われたものも多いと思う。
600頁におよぶ大作で欧米人の書いた日本のいろいろな様子が実に面白かった。

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コメント

面白そうというか、切実な日本の問題を考えさせられそうですね。

昔は自然がいっぱいあって、のどかでしたよね。
今は便利すぎて、いいこともありますが、
便利なのに、忙しい人が増えてるし、このままでは、日本はだめになるような気がします。

昨日は畑でしょうがを盗まれました。
とったしょうがの葉は差し込んであって、最初は気付かなくて、先日はチンゲン菜、
作っていても、いやになります。
もう少し早めに収穫しておけばよかったのですが、まだ成長してましたし。

のどかで、もっと安心できる世の中にもどれないでしょうか?


投稿: もみじママ | 2007年12月 1日 (土) 22:01

★もみじママさま、おはようございます。

物質的によくなっても、必ずしも比例して良くならないということですね。
特に自然や人の心の問題ではどうにかしないとだめになっていきますよね。

えっ、畑のショウガやチンゲン菜が盗まれたのですか。ひどいですね。それも葉だけ残して埋め込んでいくなんて。
生活に困っている人ではないような。モラルの欠けた人がやったのでしょうか。
本の時代では、農家でも1日中家を開けたままでも、泥棒に入る人はいなかったと書いてあります。
毎日のようにあちこちで殺人は起こるのも同じくいやになりますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年12月 2日 (日) 08:37

充足、
足るを知る。

モノが過剰になり、
飽食がまんえんし、
足らないものを意識しない文明の危うさを
感じさせてくれます。

投稿: YUKI-arch | 2007年12月 2日 (日) 10:53

★YUKI-archさま、こんばんは。

本当にそうですね。
足るを知ることなく、次から次へと求めている。
もうそろそろ終わりにして、危ういことを回避していかなければ。
文明の持続、実は永久に続かないことを歴史が証明していますものね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年12月 2日 (日) 17:00

江戸時代は循環型社会が非常に上手く機能していたそうですね。

今夜何チャンネルだかで「自給自足生活」をしている人たちを紹介していました。

自生するものや自分で育てた物を使って生きている人たちの素敵な笑顔が印象的でした。
苦労が一杯ある筈なのに。

「やむを得ず」ではなく「自らその世界に飛び込んで」行った人の言葉は重みがありました。私が生活している上で無意識に犯している罪を意識させられました。

この本、調べたら図書館にあるようです。
二つの出版社から出ているようですが是非読んでみたいと思います。

投稿: ねむウサギ | 2007年12月 2日 (日) 22:44

★ねむウサギさま、おはようございます。

そうですね。江戸時代の100%循環には石川さんの本を読んで驚いたことがあります。
藁の項にはこんなにというほど使いこなしていたんですね。森林の下枝まで全部使っていたから、枯れ葉1枚落ちていず、あるいは堆肥として敷いていたほどだったとか。ごみが1つもなかったなんて信じられません。
ご覧になった番組、見損ないましたが、「自らその世界に飛び込んで」という方々ってどんな方なのでしょう。凄い信念でしょう。しかし実践してみると苦労を上回る喜びがあるのでしょう。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年12月 3日 (月) 08:11

厚い本で読み応えがありましたでしょう。
でも読みながら毎日の自分の生活、心の持ち方など随分反省させられました。
手遅れと思わずにできることは変えて行きたいと思います。
ご紹介有難うございました。

投稿: saheizi-inokori | 2007年12月 3日 (月) 11:04

tonaさん、こんにちは(^-^)
>物質的によくなっても、必ずしも比例して良くならないということですね…
今日も朝から殺人事件の報道で…正直うんざり(>_<)
お花だけ見て暮らしていたいです(^^;っていうのは…逃避かな…(・・?)
心を穏やかに保つには努力が必要です…こんな日本に誰がした!…のかな

>日本は子どもの楽園であった…
なんて、過去形の表現が寂しいですね…今もそうであると良いのですが…

こんな時代だからこそ…自己を確立できる教育体制が望まれますし…
子どもを育てる努力が大人に、社会全体に求められているのでは…と感じますね…

投稿: orangepeko | 2007年12月 3日 (月) 12:22

古い時代の日本のこと、外国の方々の目にはそんなふうに
映っていたのですか。
自然はともかく、人々の暮らしの様子の古い写真を見ても、
あまり素晴らしくは見えなかった私ですが、表面だけでは
見えてこない素晴らしいものが存在したのでしょうね。
(例えばひどく辛い農家の暮らしの様子などばかり読んだせいで
 私には良い面も見え辛くなくなってしまったのかも…)
けれど、現代社会が大切なものをどこかに置き去りにしてきて
しまっていることは、そのとおりだと思います。

投稿: ポージィ | 2007年12月 3日 (月) 15:35

★saheizi-inokoriさま

本当にそのとおりです。
まず自分から反省していくことだと思いました。
自然、子どもの幸せ・遊びだけでなくそのほかのいろいろな章で頷くことが多かったです。
いい本を紹介していただきありがとうございました。

投稿: tona | 2007年12月 3日 (月) 18:47

★orangepekoさま、こんばんは。

火事と殺人と汚職の報道のない日はありませんね。orangepekoさんのおっしゃるようにうんざりです。
本当にお花だけ見て暮らせたら素晴らしいです。
世の中、便利になっても人心の質だけは落ちていっているなあと感じることがあまりに多いです。

私自身の子育てが終わったからいいやとは言えません。昔と同じようにとはいいませんが、子どもの本当の意味での幸せを願います。
そのため、orangepekoさんのおっしゃる最後の2行がジーンときます。
昔のように子どもに他人が注意できた時代にはもう戻れませんでしょう。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年12月 3日 (月) 19:07

★ポージィさま、こんばんは。

確かに貧しく、不便で、美味しいものも食べるチャンスもハレの日だけ、家制度に押しつぶされてさぞ大変だっただろうなと私も思っていました。
しかし、そういうことにも満足しきって、庶民は外国人には、異様に楽しそうに写ったようなのです。
当時の日本人は現代と随分違っていたように思われるというか、現代へと戦後すっかり変わったようなのです。
私自身は両時代を生きたような感じです。子どもの頃は江戸時代を引きずり、大人の後半はすっかり現代に浸り、現代を有難く生きています。個人的には今の便利な生活、家制度に縛られない生活を大人としてするのは有難く、往時に決して戻りたいと思いません。しかし欧米人が讃嘆した精神的に素晴らしかった面は復活して、せめて子どもだけでも何とか本当の幸せな生活をして欲しいと希望します。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2007年12月 3日 (月) 19:25

古きよき時代の名残、昭和30年代頃までは残ってましたよね。
文明が発達した分、文化が廃れていくような気がします。
便利になればなるほど考える事、感謝する事が減ってきますよね。
労しなかった分、感動も薄くなるんでしょうか。。。
大切なのは心の豊かさだと思うのに、人はもっともっとと刺激を求めてる気がします。
刺激を求めすぎたら麻痺しちゃいますよねぇ
幸せを感じる心だけは敏感でいたいです。

投稿: ちょびママ | 2007年12月 3日 (月) 22:29

あ、追記です。
干し柿、表面が乾いてからもんで下さいね。

投稿: ちょびママ | 2007年12月 3日 (月) 22:31

★ちょびママさま、おはようございます。

本当に便利になったのに、そのことを感謝して、ますます心に磨きをかけて、幸せになるのが筋ですが、逆に走っていっていますね。
便利で豊かが当然で、有難くも感じなくなり、自分だけが居心地良く、人のことを考えないで、荒廃していっているのは、情けなく悲しいです。
この本は日本人は明治以前はこうであった、本当はこんな民族だったんだということを警告してくれています。民族の持っているよきものを思い出させ、ますます悪くなっていく心の問題をこれ以上悪しき方向に進めないようにしていかれたらと願います。

柿ありがとうございました。3週間以上経ちまして、何と萎んで柔らかくなってきました。そろそろでしょうか。朝晩冷えているのとお天気が比較的良かったので、失敗を免れたようです。

投稿: tona | 2007年12月 4日 (火) 08:21

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受信: 2007年12月30日 (日) 02:39

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