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2008年1月30日 (水)

映画『レンブラントの夜警』

Renburantonoyakei映画『レンブラントの夜警』を観てきました。ピーター・グリーナウェイ監督。カナダ、仏、独、英、ポーランド、オランダ合作。ヴェネチア国際映画祭 ミンモ・ロテッラ賞受賞。

フェルメールと並ぶ、17世紀のオランダ絵画の巨匠レンブラントの名画「夜警」、現在アムステルダム国立美術館の入ったすぐの部屋に掲げられている。この絵はアムステルダム・スキポール空港内の博物館のそばのトイレにも書いてあって実に印象的であった。
門外不出の世界的名画「夜警」を1942年、36歳にして描いた頃、レンブラントは莫大な富みを築き、待望の男子誕生、弟子を抱えて人生の絶頂にあった。
ところがこの絵が完成後、画家の人生は転落していく。
当時の共和国オランダは市民が社会を動かす時代になっていて、画家への注文は王侯貴族や教会でなく、市民からの肖像画などが主流となった。
集団肖像制作では、どの登場人物も平等に描かれるのが基本であるが、レンブラントの場合は、画面に動きをつけ、物語性の高い集団肖像画を描いている。

Yakei 映画ではレンブラントがあるスキャンダルを絵筆で、この絵に暴露したことから、3人の女性との係わり合いを軸に、どん底へと落ちていくのである。
「夜警」の謎に迫っているのであるが、絵の中の登場人物である市警団のスキャンダルなどがイマイチ理解できなくて、私にとっては難しい内容だった。
絵にはそれぞれ背景や物語がある。「夜警」には複雑ないきがかりがあり、それが画家の人生を変えたといういわくありの絵画であることがわかり、ふと4年前に観たフェルメールの映画『真珠の耳飾の少女』を思い出した。

Yukisio 宮古島の自然塩「雪塩」をいただきました。これがパウダータイプでパウダーシュガーと見た目が全く同じです。初めてです。ミネラルを多く含むのが特徴で、ほんのり甘みを感じ、天ぷらやおにぎり、サラダに合います。

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2008年1月26日 (土)

本『教科書でおぼえた名詞』

Hon 『教科書でおぼえた名詞』文芸春秋編 こんな本が売られていました。

何て懐かしい名詞の数々。私が知っているのも結構ありました。
俵万智さんの「白菜が赤帯しめて店先にうっふんうっふん肩を並べる」
      「「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」
や寺山修司が載っているからかなり最近のまで挙げられています。

詩では宮沢賢治「雨ニモマケズ」、島崎藤村「小諸なる古城のほとり」・・暗記させられたなあ。
萩原朔太郎、室生犀星、山村暮鳥「雲」、北原白秋「落葉松」、薄田泣菫「ああ大和にしあらましかば」、三好達治、草野心平、八木重吉、与謝野晶子「君死にたもふこと勿れ」

俳句:松尾芭蕉「古池や蛙飛こむ水のをと」「閑さや岩にしみ入る蝉の声」「秋深き隣は何をする人ぞ」「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」
   与謝蕪村「春の海終日のたりのたりかな」「なの花や月は東に日は西に」「さみだれや大河を前に家二軒」
   小林一茶「我と来て遊べや親のない雀」「やれ打な蠅が手をすり足をする」「痩蛙まけるな一茶是に有」「あの月をとってくれろと泣子哉」「是がまあつひの栖か雪五尺」
   正岡子規「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」
   種田山頭火「分け入っても分け入っても青い山」「どうしょうもないわたしが歩いている」

短歌:正岡子規「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」
   若山牧水「白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」
   石川啄木「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」
       「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみのなかにそを聴きにゆく」
       「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」(あまり働かなかったそうだが)
   斉藤茂吉「みちのくの母のいのちを一目みん一目見んとぞただにいそげる」
   伊藤左千夫「おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落ち葉深く」
   長塚節「垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども」
   与謝野晶子「その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな」 

   万葉集、古今和歌集、新古今和歌集から今も変わらず有名な歌が載っているのでしょうね。

漢詩:孟浩然「春暁」、杜甫「春望」「絶句」、李白「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」「早に白帝城を発す」「静夜の思ひ」「子夜呉歌」、柳宗元「江雪」、王維「竹里館」、杜牧「江南の春」、詩経「桃夭」、王翰「涼州詞」、蘇軾「春夜」

訳詩:ブッセ「山のあなた」、ブラウニング「春の朝」、ヴェルレーヌ「落葉」

など覚えました。大分記憶から抜けてしまったのもありましたが。いかに古いか、若い方にはなじみがないのでしょうね。 

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今朝の小鳥たち

Badobasu 昨日朝、毎年やってきているツグミが庭のバードバスに水を飲みにやってきました。
ところががちがちに凍っていました。あわてて湯を注いで融かしました。しかしその後ツグミは現れませんでした。かわいそうなことをしました。
そこで今朝はあらかじめ氷の上に水を入れました。7時半にやってきたツグミが水を飲み始めました。何と20回も顔を突っ込んで。よほど喉が渇いていたのね。ああ、良かった。
そのあと続いて、ジョウビタキがやってきました。5回で飛び立ってしまいました。
9時半ごろ、あれれ、水が見えない。何と薄氷が張っていました。今朝も冷たかったわけです。

その後、ヒヨドリのつがいが賑やかにやってきました。
寒いのに水浴びを夫婦が交代でするのです。そして、もうあたりに大分餌がなくなってきたのか、遂に万両に逆さにぶら下がって器用に食べ始めました。

我が家にやって来る鳥たちはせわしなくて、写真を撮るどころではありません。毎年失敗しているので、はなから諦めて撮りませんでした。
世の中の皆さん、どうしてあんなに素敵に鳥の写真を撮られるのでしょう!!

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2008年1月23日 (水)

神武天皇の母・玉依姫命

Suisen_2  ハイキングの会で千葉県の軍荼利山(ぐんだりやま)に行ってきました。山といってもたった73mで130段くらいの階段を上ると東浪見寺(とらみじ)があります。
JR千葉駅の先の蘇我から内房線と外房線に分かれ、その外房線に乗り九十九里浜の東浪見駅から軍荼利山へは近く、眼下に太平洋が見えました。
この辺りは温暖でもう紅梅が咲いています。

Ume

何処の鐘も盗まれないようにフェンスで囲まれているのに、東浪見寺の鐘楼は囲まれていませんでした。本殿の屋根が珍しい。

Yane_3 Teranokane_2

歩いていくと 洞庭湖があって、江戸時代につくられた人造湖で中国の洞庭湖に因み名付けられたそうだ。梨畑はすべてネットで覆われていました。

Douteiko Nasibatake

東浪見駅から1つ手前の上総一ノ宮駅までが今回のコースで上総一ノ宮駅のそばに玉前神社があります。
この神社は玉依姫命を祀り、古くから皇室や幕府の崇拝の対象となってきた。というのは、玉依姫命が海よりこの地に上がり、初代天皇・神武帝をお産みになったということで現皇室のご先祖だからです。建物などに菊のご紋章がありました。
また、上総国一ノ宮として、平安時代にはすでに日本の中でも、重きを置くべき神社とされていたそうです。

        玉前神社                  さざれ石

Tamamaezinzya Sazareisi

銀杏がまだたくさん付いているイチョウがありました。
この神社の神木「イスノキ」マンサク科が大木になっています。葉にたくさん虫えいが出来て気持が悪い木です。虫が飛び出した空き殻は昔の子どもたちの笛として遊ばれていました。
Ginnan Isunoki

この日の収穫はクチナシの実とカラスウリの実
クチナシの実はきんとんや沢庵の色づけ、煎じてうがい水として使う。割ってみたら種らしきものが2つ出てきました。
カラスウリは植木鉢に入れてみよう。

Kutinasinomi1 Kutinasinomi2

Karasuuri 18kippu 青春18きっぷを初めて使って往復しました。どういう仕組みか分からなく『一億人青春18きっぷ』小林克己著でやっとわかったところです。

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2008年1月20日 (日)

シモバシラの霜柱

殿ヶ谷戸庭園のシモバシラの霜柱が今朝やっときれいに出来ました。

シモバシラはシソ科の多年草で、関東から西にある。
花は9月下旬から10月頃に咲いて、墨田区の向島百花園で萩の咲くころ見ました。
白く小さな唇形の花で、シソやコリウス、テンニンソウ(これにも霜柱ができるそうだ)に似ている。

シモバシラの枯れた茎はかなり丈夫で、冬になっても根元から折れずに立っている。この茎が毛細管現象により地中の水分を吸い上げ、それが凍って、冷え込んだ朝に茎の外へ鰭状に伸び出し、霜柱となって神秘的な氷の彫刻を作るのがそうだ。
別名の「雪寄草」というのも頷ける気がします。

Simobasira3

Simobasira

Simobasira2 

近所に黄梅(迎春花)とラベンダーがもう咲いていました。

Oubai

Rabenda_2 

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2008年1月17日 (木)

茅ヶ崎(その2)

Hatakenoyuki 未明に雪が降ったようですが、前の畑にはどうしたわけか半分しか雪がなかった。日中の日当たりの関係で、地面がそれだけ温まっているからでしょう。本当に久しぶりの雪です。

茅ヶ崎について以前書いたことがありました(こちら

青春時代から過ごした茅ヶ崎は結婚してからも、そこに家があったので永住するつもりでした。
ところが夫々の勤めが東京で子どもの大学も東京で、都内を転々とするうちに借りていても高額な家賃がバカにならなくて、東京に家を構え永住することにしました。
そうしてみると茅ヶ崎が故郷となり、両親が居なくなった今、墓参だけの帰郷です。
そんな折、昨年新聞に、毎日茅ヶ崎を撮り続けている方のHPが紹介されたお陰で、懐かしい海や江ノ島を毎日眺める幸せに浴しました。

その名も「茅ヶ崎熱血情報」というHPでこの方の持続力が凄い!今日で連続撮影2281日、世界記録更新中ということで、一日も欠かさず、それも朝、日が昇らないうちから出かけて撮られています。
時には一泊どまりぐらいででも何処かに出かけないのでしょうか。時には風邪を引いたりして体調を崩されることはないのでしょうか。6年以上も続けるなんて信じられません。

私がかかさず持続していることといえば、それも入院なんかで抜かされたこともありましたが食事と、徹夜も殆どしていないから寝ることだけです。全然自慢できる話ではありません。
今年は毎日人に、何か1つは必ず親切にすることが目標です。目上の人には席を譲るとか諸々。でもほんのたまに席を譲っていただくようになってしまいました。

Passkara Syakobasaboten

パーシーカラーとシャコバサボテンが年々増えて鉢が大きくなっていきます。花の乏しい冬の室内を賑わしてくれます。

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2008年1月14日 (月)

アンカー展・有名駅弁と全国うまいもの大会

Ankaten 「アンカー展」Bunkamura ザ・ミュージアム

アルベール・アンカー(1831~1910年)が約100年前に亡くなったスイスの画家であることも知りませんでした。
写真のような絵で、生まれ育ったスイスの故郷の村の情景が描かれる。特に少女を描いた作品が多い。
編み物や縫い物や刺繍やあやとりをする少女の真剣なまなざし、洋服の布地の織りや髪の毛の1本1本までが丁寧に描かれている。この「少女と2匹の猫」の猫のかわいいことといったらない。
おじいさんとおばあさんシリーズにも心惹かれる。当時スイスでも、父母が働いていて孫を預かって面倒を見ていたようだ。「おじいさんの膝で眠る孫娘」や「孫にスープを飲ませるおばあさん」など実に微笑ましい。まだ豊かでなかった1世紀も前のスイスの田舎で、子どもたちの中には裸足で歩いている子もいる中、可愛い洋服を着て、遊びに、お手伝いにと励む子どもたちは、もう今はどこにも見られなくなってしまった。
102枚の1枚1枚丁寧に描かれた、心温まる絵は私をはじめ、来館した人たちに深い感銘を与えたことでしょう。

Ekiben1 Ekiben2

昨年『この駅弁が旨い』を読んでも行かれなかった、新宿京王百貨店の第43回「有名駅弁と全国旨いもの大会」で駅弁を買ってきました。
13日間で6億円の売り上げというこの会場に着いてみると、人だらけ、行列だらけ、人気弁当は数時間先の受け取りという状態です。
結局買ったのが並ばないでも買える、この本に載っていた岩手県・宮古駅の「いちご弁当」1200円と福岡県・折尾駅の「かしわめし」750円でした。
「いちご弁当」の「いちご」とはウニとアワビを使った三陸の郷土料理「いちご煮」の意味です。アワビがとても柔らかくウニもたっぷりで美味しかった。
夫が選んだ「かしわめし」は以前折尾の近くに住んでいたので懐かしく買ったようで、鶏めし弁当です。

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2008年1月10日 (木)

エルトゥールル号回顧展

遭難に関して二題

『椿と花水木』(万次郎の生涯)津本陽著

遅まきながら、ジョン万次郎の生涯をこの本を読んで知りました。
どういう生涯であったかは、省くとして、
幕末から明治にかけての早々たる人々とも関係していたし、なんといってもこの人こそ遭難して、「波乱万丈」「数奇な運命を辿る」という言葉にぴったりの人である。
「運命を切り開く」という言葉もあるが持って生まれた体力、気力、優れた頭脳が備わっていたと見るべきでもある。一緒に漂流した人との差に顕れる。
アメリカ人にも、また幕府の一部頭の固い人を除いてどんなにか人々に好かれたことか。英語力と航海士の実力で当時の日本にどれだけ貢献したか、計り知れないものがある。
家族や恩人や貧しい人々を愛する人でもあった。新年早々に、ものすごい元気をもらえました。

Erutorurukaikoten 遭難に関するその2として「エルトゥールル号回顧展」を見ました。
トルコ人は日本に親近感を持っている。(私も以前トルコを回ったとき、子ども達もそのお母さん達も寄って来て話しかけようとするし、親切で感じがよかった)
何故か?その1つとして1890年にオスマン帝国の親善使節団として日本を訪れたトルコ軍艦が串本沖遭難したとき、住民総出で生存者を救助し、日本の軍艦でトルコまで送り届けたということがあった。そうした善意に対しての感謝がトルコの親日の原点となって今に語り継がれ受け継がれているようである。
2つ目が1904~5年の日露戦争だ。トルコにとって長年の宿敵であったロシアを東洋の日本が破ったことをオスマン帝国は非常に喜んだ。
3つ目は1950~53年の朝鮮戦争に送られてきたトルコ兵士は、帰国前に日本を訪ねてその好印象を祖国に伝えたこと。
幕末や明治時代の歴史の重みを改めて感じました。

Iigiri2 いつものイイギリはまだいっぱい実をつけていました。
長く長くぶら下がっています。

Iigiri

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2008年1月 7日 (月)

富士山の頂上に太陽が沈む

1月5日、立川市の柴崎の多摩川土手で、富士山の頂上に太陽が沈むところを見て感激しました。富士山の真上から日が沈もうとしている絵がありますが、それと違って、斜め左上から降りてきて真ん中に命中したのでした。
大勢のカメラマンが太陽が斜め上にあるのに、どうして土手のこの位置にみなさん構えているのか不思議でしたが、納得でした。

太陽は左斜め上

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頂上に到達

2   

まだ少し左

3

頂上に命中

4_2

5_2

見えなくなりました

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YosidanoudonUdonkarintou

Touhu この位置から富士山の右手裾野の方に富士吉田や忍野八海がありますが、そこで娘達が買ってきてくれた中のお土産です。
富士の美味しい水で打った「吉田のうどん」や吉田うどんで作った「うどんかりんとう」、忍野八海の豆腐。
富士吉田はうどん好きの土地柄で生まれたうどんのようです。確かに美味しかった。ご馳走様。

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2008年1月 4日 (金)

今年もロウバイの香りで

Roubai2

殿ヶ谷戸庭園にロウバイがもう満開でした。葉はふつう花が咲く前に落ちるが、これは開花してもまだたくさん残っていて、花の見映えがとても悪いです。でも匂いは素晴らしく思う存分吸ってきました。

↓この隣の木にはロウバイの実がぶら下がり、端に花が同時に咲いていました。
近所にもお気に入りの1本があります。これもソシンロウバイ(中心が赤くない)のようです。

Roubainomi_2 Roubai1

お正月2日は子どもが来て恒例の新年会です。昨年もだめで、1昨年も元旦から風邪で寝込んだので3年ぶりで、少し張り切って作りました。

大根と人参のナムル 二色パプリカの焼きナムル1

蕪とキャベツの辛味レモン漬け カナッペ 合鴨パストラミ

2

刺身

3_2

海老とエリンギのチリソース炒め 春巻き

4

鶏スペアリブの甘辛煮 豚スペアリブのオーブン焼き
ぶれぶれで目も当てられない画像です。目が回る。

5

牡蠣のチゲ鍋

6

あまってしまったので昨日3日は食事作りは怠けました。

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2008年1月 1日 (火)

2008年おめでとうございます

あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。

干支の交代 亥から子へ

InosisiNezumi

スモッグの無い澄み渡った空に大好きな富士山を望む

Huzisan

恒例の吉祥寺にある井の頭恩賜公園の弁財天に初詣に行きました。
人はまばらで、池の水浄化のため餌が禁じられたせいか、鴨の数が大変少なくなっていました。
Bezaiten

ゴイサギが昼寝しています。夜行性なので起きているところ見たことがありません。
Gisagi

『レイチェル・カーソン』ポール・ブルックス著に子どもの教育について触れている箇所があります。

「知る」ということは「感じる」ことの半分も重要ではない。
子どもがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。
美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知のものに触れたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。
消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろこどもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうが、どんなにたいせつであるかしれません。

詰め込み主義への警鐘ともとれる、大変示唆に富んだ文面で、全ての子どもがこのようにして育てられていったらと年頭にあたって思ったことでした。

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