本『教科書でおぼえた名詞』
『教科書でおぼえた名詞』文芸春秋編 こんな本が売られていました。
何て懐かしい名詞の数々。私が知っているのも結構ありました。
俵万智さんの「白菜が赤帯しめて店先にうっふんうっふん肩を並べる」
「「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」
や寺山修司が載っているからかなり最近のまで挙げられています。
詩では宮沢賢治「雨ニモマケズ」、島崎藤村「小諸なる古城のほとり」・・暗記させられたなあ。
萩原朔太郎、室生犀星、山村暮鳥「雲」、北原白秋「落葉松」、薄田泣菫「ああ大和にしあらましかば」、三好達治、草野心平、八木重吉、与謝野晶子「君死にたもふこと勿れ」
俳句:松尾芭蕉「古池や蛙飛こむ水のをと」「閑さや岩にしみ入る蝉の声」「秋深き隣は何をする人ぞ」「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」
与謝蕪村「春の海終日のたりのたりかな」「なの花や月は東に日は西に」「さみだれや大河を前に家二軒」
小林一茶「我と来て遊べや親のない雀」「やれ打な蠅が手をすり足をする」「痩蛙まけるな一茶是に有」「あの月をとってくれろと泣子哉」「是がまあつひの栖か雪五尺」
正岡子規「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」
種田山頭火「分け入っても分け入っても青い山」「どうしょうもないわたしが歩いている」
短歌:正岡子規「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」
若山牧水「白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」
石川啄木「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」
「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみのなかにそを聴きにゆく」
「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」(あまり働かなかったそうだが)
斉藤茂吉「みちのくの母のいのちを一目みん一目見んとぞただにいそげる」
伊藤左千夫「おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落ち葉深く」
長塚節「垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども」
与謝野晶子「その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな」
万葉集、古今和歌集、新古今和歌集から今も変わらず有名な歌が載っているのでしょうね。
漢詩:孟浩然「春暁」、杜甫「春望」「絶句」、李白「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」「早に白帝城を発す」「静夜の思ひ」「子夜呉歌」、柳宗元「江雪」、王維「竹里館」、杜牧「江南の春」、詩経「桃夭」、王翰「涼州詞」、蘇軾「春夜」
訳詩:ブッセ「山のあなた」、ブラウニング「春の朝」、ヴェルレーヌ「落葉」
など覚えました。大分記憶から抜けてしまったのもありましたが。いかに古いか、若い方にはなじみがないのでしょうね。
| 固定リンク | 0


コメント
懐かしい俳句や短歌、和歌、作家がどんどん出てくるのは、それを学んだ頃の自分と重なって面白いですね。
それにしても、tonaさんは、いろんな本を見つけてくるのには、いつも感心しています。
私は、好きな作家のしか読まないから、視野が狭いのですね。
投稿: anikobe | 2008年1月26日 (土) 23:01
★anikobeさま、おはようございます。
本当に懐かしかったです。
今のことはなかなか覚えられないのに、あのころのはちゃんと覚えているのですね。
昔ばかりを懐かしがっていてはよくないでしょうが、こういう詞などを繰り返すなら、気分がよくなるのでいいとしましょう。
anikobeさんがおっしゃるように、私も実は同じ作家ばかり読んでいて、食わず嫌いの人が多く、今年は少しは違う作家に当たってみようかと思っているところです。
有難うございました。
投稿: tona | 2008年1月27日 (日) 08:35
tonaさん、お久しぶりです。
最近はいい子にしているので、
殆どどこ(のブログ)にも
お出かけしていません。
(._・)ノ コケ
ちょっと連想。
都会からは、美しい日本の言葉がいくつか消えて行っているような気がします。特に、長い歴史の中で、人間が自然と共存してきたと言いますか、自然の美しさとか、それだけではなくて自然の驚異なんかと共に歩んできた言葉が。
「夕涼み」なんて、いい言葉ですよね。
「打ち水」なんてのも素敵。
都会の人は、ただ木が茂っていたりするところを「空き地」って思うって。緑地ではなくてね。建物が建っていないところは投機的な意味での「空き地」なんですって。by養老さん
なんだか悲しいね。(^_^;)
投稿: Papalin | 2008年1月27日 (日) 11:40
★Papalinさま、ありがとうございます。
Papalinさんはすごく勉強されていますね。いいなあ。勉強して吸収できる頭脳の持ち主ですもの。ブログは手段であって、もっと、もっと励まれて大成されることを祈っていますね。
数々の名詞から素晴らしいことを連想してくださいました。確かに美しい日本の言葉が消えゆき、そして美しい日本語を話す人が少なくなって淋しいですね。
国語教育のこの頃を知らないのですが、どうなのでしょうね。
都会もこの頃臨海の高層をベストと思う若者が増えたそうですが、海の青に緑を加えてベストと言ってもらいたいです。
いろいろと悲しいこと、憂えることが多くなりました。古典にかえると一時心が和みます。
投稿: tona | 2008年1月27日 (日) 21:13
ヴェルレーヌやランボー、
翻訳のしかめ面の文体で読みふけりました。
俵万智、寺山修司、宮沢賢治、島崎藤村、
萩原朔太郎、室生犀星まではかって手に取った記憶があります。
美味な名詞、
美しい名詞に触れるのは
楽しい一時ですね。
投稿: YUKI-arch | 2008年1月28日 (月) 08:23
★YUKI-archさま、ありがとうございます。
明治生まれの作家の翻訳が結構好きでした。
もう今は、こんな名調子の翻訳を読む人もいないことを思うと、得をした気分です。
こんなに便利でいろいろのものがなかった素朴な生活の時代だからこそ、叙情的で1つを素晴らしい言葉で、それもいろいろな言葉で表現できたのでしょうね。そうした世界に踏み込んでいくとき、大きな喜びに浸れます。
投稿: tona | 2008年1月28日 (月) 09:52
またまた、面白いものを見つけられましたね
こうやって、まとめてあると、読んでいくだけで、懐かしく、覚えていると嬉しくて
記憶とともに、楽しめましたね。
いつも勉学されてるtonaさんは、素晴らしいですね。
少しは見習いたいですが。
投稿: もみじママ | 2008年1月28日 (月) 20:28
★もみじママさま、こんばんは。
こちらにもありがとうございました。
知らないのも勿論たくさんあったのですが、私が習ったのより後のでしょうね。
でもたくさん知っているのが出てきて本当に懐かしかったです。
あの頃にかえって、ついでに先生の顔まで思い出してしまいました。
作者は知っていても読んだことがない詞はきっともみじママさんが知っているのだと思われます。
あの頃暗記させられたのは、その時はぶつぶつ言ったでしょうけれども、今は有難く思います。もうこの年になると全然覚えられません。悲しいくらいに。
投稿: tona | 2008年1月28日 (月) 20:49