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2008年4月30日 (水)

昭和記念公園のキンラン、ギンラン

園田天光光(89歳)が著書『女の胆力』で前向きに生きるエネルギーの源泉を次のように説いているそうです。

「私はね、いいことしか覚えていない。人を見るときは長所だけを見る。そうすると、楽なんですよ」

この頃、ブログ友をはじめとして、私の周囲、あるいは新聞や本、テレビで出てくる人の凄い!偉い!という人の何と多いことよ。
それでも人の長所だけでなく、悪い所が鼻についたりすることもたまにあって、むしろ長所がどこかに追いやられて短所の蔭に隠れてしまうこともあります。
心の中で、あの人また同じことしているなんて、我がふり見ずに批判したりしています。
そんなとき、上記の「人の長所だけを見る」は素晴らしい発想であり、そういうふうにして生き続けてきた筆者は只者でない。腹の立つことも少ないでしょうね。
見習っていきたいです。

昨日の国営昭和記念公園は入場料無料で、さすがの広い園内も人人人でした。
チューリップは終わりに近づいていましたが、ポピーや菜の花はまだ見頃、牡丹が満開で春の日差しに、あの香りにむせそうでした。

Nanohana

Botan1

Botan2 Botan3

今年はネモフィラ・メンジーシー(ハゼリンソウ科)畑もありました。
Nemohira

林の中に㊧キンラン(ラン科)と㊨ギンラン(ラン科)がひっそりと。
キンランは金色に輝いて見えたので付いた名前
ギンランはキンランより少し小さく白い花で名が付いた
花びらは5枚で外側の3枚ががく片、内側の2枚が側花弁、下側に唇弁。葉が互い違いに4~5枚ついている。

Photo Photo_2

㊧ストベリーキャンドル(マメ科)を見つけました。
㊨ハナビシソウ(ケシ科)とネモフィラとヤグルマギクの花畑は淡い感じ
Suroberikyanndoru Hanabisisou

人が小さく見えるほどの巨大な鯉のぼり
Koinobori

㊧シャクナゲ(ツツジ科)の蕾と花 ㊨日本庭園の池 

Syakunage_3 Nihonteien_3

日本庭園の藤棚と剪定が見事だったハナミズキ(ミズキ科)

Huzi

㊧今年もまたオオデマリ(スイカズラ科)が満開 ㊨そのそばの?の花

Oodemari Hatena

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2008年4月26日 (土)

ルノワール+ルノワール展

近所のソシンロウバイ(ロウバイ科)に実がなりました。最後は茶色になるようです。我が家には実が付きませんでした。

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オオアマナ(ユリ科)があちこちに咲いています。

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ツリガネズイセン(ユリ科)も白と青が咲いています。
鯉のぼりを珍しく見かけました。

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Photo_3 これは以前カパークラフト(銅板レリーフ)として作った「ルノワールの読書する少女」です。
家の中に飾っていてもレリーフではあまりルノワールの雰囲気は味わえませんが。

Runowarutenn_2  「ルノワール+ルノワール」展に渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムに行ってきました。
画家の父と映画監督の息子の日本初共演ということで、父の絵画約50点と息子の映画約15点の抜粋を同時に伝えるという企画です。

Runowaruten2 パンフレットにある『田舎のダンス』のモデルで、後の妻アリーヌの間の長男ピエールは俳優、次男ジャンがこの映画監督、三男クロードは陶芸家です。ちなみに「都会のダンス」の方のモデルはユトリロの母のシュザンヌ・ヴァラドンだそうだ。
ジャン・ルノワール監督が映画に採り入れた風景などは、父が描き出した絵画のイメージが記憶の底から引き出されたものが多かったということで、今回父の絵の横に監督の映画の場面が比較して映されているのです。
『田舎のダンス』と映画「恋多き女」・・・イングリッド・バーグマン、メル・ファーラー出演(古いのはグレタ・ガルボ)
『ブランコ』と映画「ピクニック」
『ピエール・ルノワールの肖像』と映画「ラ・マルセイエーズ」
『レ・コレットの農家』と映画「草上の昼食」
『バナナ畑』と「河」
といった具合です。
父の印象派絵画の自然光に輝く絵画と、映画の明るい光はまさしく同じ光景で、父子の織り成す芸術は私たちを魅了します。

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2008年4月23日 (水)

目黒の自然教育園

パソコンの中からカラカラという変な音がここ4,5日して、今日は固まって動かなくなってしまい、何かあやしい感じです。
慌てて投稿です。生きながらえるか、壊れるか。様子をみます。
Tyrippu_2 Sinbiziummu_2

↑我が家の八重のチューリップとシンビジウムです。

Photo_4 日の丸自動車学校のビルを右に見た後、恵比寿から目黒まで一駅歩いたところに「自然教育園」があります。国立科学博物館附属です。
明治神宮の森とともに烏の塒だとかで、かなり烏の鳴き声が聞こえました。
ここは500年前は豪族の館があったところで、その後江戸時代は大名屋敷が、明治時代は陸海軍の火薬庫、大正時代は白金大尽の御料地で、人が入れなかったので豊かな自然が残ったそうだ。今も白金はセレブが住んでいます。

まず目に飛び込んだのがクサイチゴ(バラ科)の群生です。
ヘビイチゴ、ニガイチゴ、モミジイチゴと~イチゴが多くて、結構混同してます。

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↑→ラショウモンカズラ(シソ科)に遂に会えました。
花の形が、羅生門で渡辺綱が鬼退治をしたときに、切り落とした鬼の腕に似ているというのですが・・

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↑→イチリンソウ(キンポウゲ科)は茎葉の間から長い柄を1本だし、その先に直径4cmの5弁の白い花を咲かせています。ニリンソウのように近くには咲いていないので久しぶりです。イチリンソウなので一輪にしたかったのに、二輪入ってしまいましたー。

ニリンソウ(キンポウゲ科)は柄を2本だして、直径2cm位の花をつけています。

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↓ヤマブキソウ(ケシ科)ヤマブキに似ているので付いた名ですが、ヤマブキは花びらが5枚なのに、ヤマブキソウは4枚でした。

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↓イカリソウ(メギ科)花が錨に似ています。8枚のがく片と4枚の花弁からなっている。

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↓ミツガジワ(リンドウ科)が池に咲いていました。3枚の小葉をカシワの葉に見立てて付いた名前。10~20個の花が総状に付いています。雌しべの長いのと短いのがあって、長いほうが結実するそうだ。

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㊧セントウソウ(セリ科)葉がセリに似てます。花が小さくてデジカメでは無理でした。   
㊨バイモ(ユリ科)内側に紫色の編み目模様があり、別名アミガサユリと呼ばれている。

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この時期の花はシベがきれいに輝いて見えます。

 

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2008年4月21日 (月)

奇妙なビル

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恵比寿のガーデンプレイスを抜けて目黒方面に歩いていくと、線路の向こうに、この奇妙なビルが見えてきました。ビル4階分くらいにすっぽり赤い球が半分突き出ています。じつに大きな半球。
ということは恵比寿より目黒方面への山手線に乗れば右側に見えていたのかなあ。知らなかったのは私だけだったのかも。
派出所で聞いたら日の丸自動車のビルとのこと。赤い球は日の丸を表わしていたのですね。で、明かりが一切入らないからこの中はどうなっているのでしょう。見てみたい!
調べてみたらこの下に1階があってその前面が自動車教習所でした。ビルの名前が「日の丸自動車学校」でした。

すっかり開ききったチューリップの花の中を覗いて見たら、幾何学模様が素晴らしい。

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メダカが元気に泳ぐ季節になりました。
昨年お隣から新しい血族を10匹入れたり、同じ頃生まれたのを3つにグループ分けして越冬させたのが、合計60匹くらい生き残っていました。
今年は雪が降ったり、氷も張ったりで生き残っているか心配だったのですが、よくぞ生き残ってくれました。

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2008年4月18日 (金)

スミレ

今月の植物観察会は狭山湖の近くの狭山丘陵(高根山、野山北・六道山公園)でした。

この時期はスミレです。昨年は高尾でマルバスミレ、ナガバノスミレサイシン、タカオスミレ、タチツボスミレ、エイザンスミレを見たのですが、すっかり見分け方を忘れていました。

今年は
フモトスミレ 名前の如く山の麓あたりに多くあり、葉の形が心形で葉の裏が紫色、花の色は白っぽい。

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コスミレ 葉が結構大きくこんな形で、葉の裏は紫色。
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ヒメスミレ 小さく葉の形は長細い。花の色は濃い紫でした。

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ハナミズキ(ミズキ科)の咲き始めもきれいです。

Hanamizuki

㊧ウグイスカグラ(スイカズラ科)があちこちに
㊨アオハダ(モチノキ科)の若葉が美しい

Uguisukagura Aohada

㊧ニガイチゴ(バラ科)はもう花をつけて  
㊨モミジイチゴ(バラ科)の葉はモミジ形
Nigaitigo Momiziitigo

㊧今年もヒトリシズカ(センリョウ科)に会えました。ルーペで見たら花の雄しべ、雌しべが複雑です。
㊨オドリコソウ(シソ科)-傘を被った踊り子に似ているそうだが咲き始めでわからない。

Hitorisizuka Odorikosou

クサノオウ(瘡の王)(ケシ科)-丹毒を治す薬 にも出会えました。
Kusanoou

㊧キジムシロ(バラ科)は黄色が目立ちます。三葉の先に葉が続きます。
㊨ミツバツチグリ(バラ科)はキジムシロに花が似ていて、葉が三葉のみ。(この画像は他のところで撮影しました)

Kizimusiro Mitubatutiguri_2

㊧マメグミ(グミ科)の実がもう生っています。ナツグミに似ているとのこと。
㊨里山民家も見学できました。

Mamegumi Satouyamaminnka

六道山公園は山桜など散り始め、桜吹雪で道は桜の絨毯でした。

Rokudouzankouen_sakura

Sakura1 Sakura2

本日の収穫は土筆です。袴を取るのが大変でしたが美味しい野の味を味わえました。
Tukusi

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2008年4月15日 (火)

「桜さくらサクラ・2008」展

ある本で「都こんぶ」が出てきました。懐かしいあの酢こんぶ。でも今まで正しい読み方を知りませんでした。多分「みやこ」と読むのだろうとは思っていたものの、あるいは「と」、または「つ」かもしれない。便利なパソコン、調べてみたら「みやこ」でよかったのでした。何か恥ずかしい話ですね。今でも大阪の中野物産で手作業で作られている。

Photo 千鳥ヶ淵にある山種美術館で20日までやっているこの美術展に行ってきました。

桜を描いた絵47点が展示されていました。
横山大観、川合玉堂、上村松園、菱田春草、小林古径、奥村土牛、速水御舟、伊藤深水など錚錚たる人たちの桜の名画が並んでいました。よくぞ一堂に集めたものです。
桜がかくも絵になると儚げに、より美しく、淋しく、あるいは華やかに描かれるのですね。
画家が選んだ桜は京都や吉野が多いようです。
京都の「花の寺」勝持寺も2枚ありました。このお寺は山腹境内に約500本の桜があり、西行桜が有名とのこと、さぞや画家たちの胸を騒がせたことでしょう。
時代物として「式子内親王(聴花)」や「道成寺入相桜」や「児島高徳」など美しい。
しかし私はなんといっても感動したのは石田武の「吉野」「春宵」「千鳥ヶ淵」です。その桜の美しいこと!
奥村土牛の「吉野」も。そして奥田玄栄の「奥入瀬(春)」も若葉の奥入瀬に桜が控えめにというのが何とも言えず感動しました。

近くの桜の名所千鳥ヶ淵はすっかり葉桜になって、人影もまばら、お堀にはカルガモやサギが喧騒から逃れて静かに泳いでいました。

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ドウダンツツジやツツジの白が目に沁みました

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八重の桜が満開

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2008年4月12日 (土)

マルタ島

Tizu_3 シチリア島から89km南のマルタ島は空路30分です。
マルタといえば「庭の千草」で有名な、娘が小さい頃ピアノを弾いた「歌劇マルタ」を思い出しますが、調べたらこのマルタ島とは関係なく、主人公の偽名でした。Photo_15

マルタ共和国は淡路島の約2/3で人口が40万人で、西北にはゴゾ島があり、この島にも渡りました。欧州では人口密度が①モナコ②バチカンについで第三位です。
イタリアとアフリカに挟まれ「地球のヘソ」と呼ばれ、好立地で数多の民族の侵略を受けました。オスマントルコとの戦いに果敢に挑んでマルタの町を築いたのが「聖ヨハネ騎士団」です。
又、マルタでは、水道水は海水から作られるで少し塩辛いが、大変貴重な水です。世界で水を海水からに頼ったのは初めてということですが、コストがかかるのでしょうか。
↑㊨ゴゾ島 船で30分

首都ヴァレッタに聖ヨハネ騎士団の大聖堂と宮殿があります。
聖ヨハネ大聖堂は騎士団の富と力を結集したもので欧州でも1番豪華な聖堂と言われています。
中央祭壇に続く身廊の他に騎士たちの言語別に8つの礼拝堂が取り巻き、床は騎士たちのお墓になっています。
隣接した美術館で、ローマで殺人を犯し、南イタリヤなど放浪したカラヴァッジョの「洗礼者ヨハネの斬首」「聖ヒエロニムス」を見ることができました。
↓聖ヨハネ大聖堂の豪華な内部 

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↓㊧床の墓碑                 ↓㊨祭壇

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騎士団長の宮殿の中も立派です

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マルタ島にはマルタストーンとも呼ばれる特産の黄褐色の石が切り出されて、島の殆どの建物がこの石で造られています。くず石は境界線の塀にし、これは土砂の流出を防ぐ役目も果たしています。掘られた石切り場はその上を農地にしています。
↓㊧島の九州平尾台のような光景 ↓㊨マルタストーンで建物は造られている

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↓㊧境界線はイギリスの湖水地方のよう ↓㊨城壁
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マルタ南西部はアフリカからのシロッコが吹き、その影響で激しい浸食により断崖絶壁になっているところが多く、波の浸食で奇勝が生まれました。
↓マルタ版青の洞門「ブルーグロット」 

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↓㊧ゴゾ島の青の洞門「アズール・ウインドー」高さ20m、幅100m、奥行き40mの自然のアーチ
↓㊨ゴゾ島の青の洞窟 カプリ島と同じくマルタでも青の洞窟・青の洞門とも波が荒くて、船に乗ることが出来ませんでした。

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↓㊧カリプソの洞窟 ホメロスの叙情詩「オデッセイ」で歌われた、美しい妖精カリプソがオデュッセウスを愛の虜として7年間閉じ込めた洞窟
↓㊨洞窟から見える素晴らしいサンディ・ビーチ

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マルタ本島、ゴゾ島に点在する30にも上る巨石神殿には、数十トンに及ぶ巨大な石が運ばれ、組み立てられています。発掘品は考古学博物館に収められています。
↓ゴゾ島のジュガンティーヤ神殿はBC3600年頃造られ、世界最古で、エジプトのピラミッドより古い。崩れそうな石を足場で支えています。

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↓㊧本島のタルシーン神殿はBC3600~2500頃のもので、日本の鳥居に似た形の石組みが見られます
↓㊨高さ2.5mのスカートをはいた太った豊穣の女神の下半身像で当時の美人
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↓両島の町の高台にある要塞からの眺めは素晴らしい

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↓㊧地中海の島には猫が多いみたい ↓㊨ポストと電話ボックスは赤い
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↓最後の夜は深い湾にある海辺のレストランで食事をしました
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実質13日間に撮った写真が1500枚でデジカメゆえに、後で消せばよいと少し撮りすぎました。
植物や食事もたくさんありましたが、載せることができなかったのが残念です。
4回にわたる紀行を見ていただいて有難うございました。

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シチリア島2

Tizu_2 イタリア南部と島は、かなりトイレ事情が悪いです。流れが悪い所が多いです。
高速道路には日本のようにサービスエリアがそんなにありません。その上サービスエリアさえ50セントを払います。パレルモの駅の公衆トイレは1ユーロです。観光地では公衆トイレが殆ど無く、バールに入ってコーヒーなど数ユーロ払ってトイレを借ります。
復活祭では数千人が集まっているのにバールが1件しかありませんでした。日本人ばかり行列していて、欧米人は何時間でも大丈夫なのですね。そんなわけでトイレのために随分お金を使いました。日本の駅で使わせてもらっていますが、タダできれいでありがたいことです。

ある町の昼食のレストランではガラス越しに孔雀や、アヒル、七面鳥、鶏などを飼っているのですが、私たち日本人が残した残飯をやっていて、体をトマトパスタの色で汚しながら美味しそうに食べていました。なるほど無駄が全然ありません。感心しました。

↓パレルモからアグリジェントへ移動したときの風景
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アーモンドが特産のアグリジェントは、海からせり上がる斜面に古代ギリシャのドーリア式神殿が集積しています。殆ど同時にたくさんの神殿が建てられたのは外敵に威容を誇示して攻められるのを防いだそうです。海の向こうはアフリカです。
ちなみにお昼のスパゲティはアーモンド入りトマトソースでした。

↓㊧ヘラの神殿 ヘラはゼウスの正妻でここで結婚の儀がとり行われたらしい    ↓㊨お墓

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↓㊧コンコルディア神殿 ここは中世から18世紀までキリスト教の教会として使われていたので保存状態がよい
↓㊨ヘラクレス神殿 最古(BC6世紀)の神殿で8本の柱が残るのみ

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↓㊧アーモンドの実がもうたわわに生っていました。食べてよしということで味わいましたが、渋く、芯は苦かった
↓㊨三寸アヤメらしい群生がありました
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↓シラクーサへ行く途中のピアッツァ・アルメリーナのカザーレ荘は古代ローマの別荘で贅を極め、床のモザイクが傑作です

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同じく途中のカルタジローネの町はイスラム支配時代からの陶器細工の町です。
↓ 142段の階段の蹴上りには動物や植物などをモチーフにしたデザインのマヨルカ焼の装飾が組まれて、全部違っていて素晴らしい。
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↓㊧橋の欄干にも陶器が       ↓㊨路地

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シラクーサの南のノートの町
↓㊧何処の町でも見かけた、家から追い出されて公園にたむろするおじいさん達
↓㊧町のドゥオーモ
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シラク-サは古代ギリシャ時代アルキメデスがいたという。

シラクーサの海
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↓石切り場のディオニッソスの耳 かの放浪の画家カラヴァッジョが1603年に名付けたもので奥行65m高さ23mの洞窟で中から見る入口の光が美しい。
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↓㊧シラクーサのドゥオームは神殿の柱をそのまま使って建てられた珍しい教会です
↓㊨ここやアグリジェントで見かけたサボテン

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2008年4月 7日 (月)

シチリア島1

まだ春休み、近くの川の中の桝の中に釣り糸で大きなザリガニを何匹も釣っている子がいました。
通りかかる人に褒められている彼が説明していました。
殻の柔らかいのは、脱皮したばかりですぐ痛んでしまうからすぐ逃がしてあげるのだそうだ。なるほどね。
毎日通りかかると、川の中に入りこんで、かがんで、小動物を追いかけている姿とそれをそばで応援しているお母さんが居て、とてもいい風景です。

Tizu_4 さて次は旅の続きです。長靴型のイタリア本島のつま先のメッシーナ海峡を隔てて最短距離で3km先にあるシチリア島にカーフェリーで渡りました。
日本ならすぐ橋を造ってしまうが、計画はあったのに中止になってしまったそうです。地元の船舶関係の猛反対にあったとか。
シチリアといえば、マフィア誕生の怖い島というイメージしか持っていなかったのが、そんな感じはなく旅行書にも言葉が見当たりません。
何もかも一緒に花が咲き乱れ、海岸線も美しく、ウチワサボテン、オレンジ、レモンの果実や南国のシュロやヤシやソテツがいっぱいの島です。
歴史を紐解けば、その昔ギリシャが東をフェニキアが西を、そしてローマの支配下に、その後イスラム、ノルマン、スペイン、ドイツとめまぐるしく支配が代わっていろいろな影響が建造物や食べ物に混じり合っています。

↓㊧メッシーナ海峡 すぐ近くにシチリア島が見えます 
↓㊨島に入るとウチワサボテンだらけ(赤い実のジャムを買いました)

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メッシーナのすぐ南のタオルミーナにはギリシャ劇場があります。ローマ人が拡張工事をして5000人から1万人収容にしてます。いかに当時の人々が贅沢であったか!高い場所に眼下には美しい海岸が、舞台の背後にはシチリアの富士山であるエトナ山{(3323m)が今でも噴煙をあげ、今まだ雪を抱いています}を見ながら観劇していたのです。本当に凄い。
ここでの昼食でウニソースのスバゲティを食べました。ウニの美味しさがわかるのは日本人とシチリア人だけだそうです。
↓㊧ギリシャ劇場 ㊨劇場から遥か海岸とエトナ山を望む
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↓㊧ドゥオーモの中 ㊨坂の路地が多く壷などが置いてあって美しい

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↓バスから見えたエトナ山

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パレルモはシチリア州の州都で、文豪ゲーテが「世界一美しいイスラムの都市」と書いています。今も馬車が行きかっています。

↓㊧サンタカタルド教会の屋根には赤いドームが3つあってイスラム風で、その影響を受けたことがわかります。
↓㊨マッシモ劇場のこの階段が、映画「ゴッド・ファーザー」Ⅲでの衝撃的シーンに使われました。
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パレルモの近郊のピアナ・デリ・アルバネシ村で3月23日に復活祭のパレードがありました。この村は15世紀に、オスマントルコに追われて逃れてきたアルバニア人の子孫たちが定住した所で、この日民族衣装に身を包んだ人々が、村のメインストリートをゆっくり歩いていました。
大聖堂ではイコンが掛けられていて、長いミサが正教式に行われていました。アルバニア人が皆美人なので驚きました。

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↓パレルモの近郊:モンレアーレのドゥオーモには手を広げたキリストの光り輝くモザイク画に圧倒されました。
↓ドゥオーモ横の回廊には228本の円柱があって異なったモザイクが嵌めこまれています。
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パレルモの近郊のもう1つの町チェファルにシチリアの鉄道に乗って行きました。      ↓㊧パレルモの駅
↓㊨チェファルはあの有名な映画「シネマ・ニュー・パラダイス」の撮影地の1つで、少年が大きくなって旅立った駅です。
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↓㊧チェファルの遠望と㊨チェファルの海岸

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2008年4月 3日 (木)

南イタリア

Tizu_23月16日から31日まで南イタリア・シチリア島・マルタ島へ行ってきました。
3月は天候が安定せず、傘を持たない日は最後の1日を除いて全部。雨女、遂に面目を施すってな感じでした。また、風もあり、寒波が襲来して北部は吹雪、東京より寒いので震え上がりました。
途中で普通の人はまずやらない大ドジをしてしまったのにはまいりました。それは自由時間に出かけたバスの中にリュックを忘れてしまったことです。保険やら薬が入っていたので、これは病気になっては大変と覚悟をしていたのですが、添乗員さんのお陰で、あのイタリアで何と奇跡的に2時間後に見つかったのでした。
帰り着くまで「忘れ物をしない」と呪文を唱えた日々でした。

↓㊧ナポリに降り立ってみると、ゴミ問題は完全に解決しておらず到る所ゴミの山。治安の悪さで有名なナポリで何と自由時間がありましたが、勿論出かけませんでした。
↓㊨ナポリ湾とヴェスーヴィオ火山もすっきりしない天候で視界がききません。

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↓㊧考古学博物館には、ポンペイから出土したというあの有名なアレキサンダー大王のモザイクがありました。
↓㊨サンタキアラ教会の回廊付き中庭は18世紀のマヨルカ焼きタイルがふんだんに使われ美しい。

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↓㊧カプリ島はローマの初代皇帝アウグストゥスの別荘があったところで、有名な「青の洞窟」もある。入口の高さが僅か1mなのでボートに寝る形にならないと通れそうもない。青い光に満たされた洞窟内に残念ながら波が高くて入れなかったのです。
↓㊨カプリ村から海を臨む。

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↓世界遺産のアマルフィ海岸とアマルフィの大聖堂

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↓㊧ポンペイの遺跡は広い。↓㊨はずれにある「ポンペイの赤」で有名な秘儀荘の中。

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↓㊧世界遺産のマテーラの洞窟住宅(サッシ)には人口6万人のうちの約5000人が今も住んでいるという。
↓㊨洞窟教会も岩山に聳える

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↓㊧洞窟の内部 ↓㊨グラビーナ渓谷を隔てた岩山はメル・ギブソン監督の映画「パッション」に出ている。
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世界遺産の町アルベロベッロには「トゥルッリ」という真っ白な壁に円錐形の屋根の家が1400軒あまり保存されています。16年前にこの町に来て結婚した陽子さんによれば、住んでいる家が世界遺産になってしまったそうだ。普通世界遺産になると保護のためのお金が出たり、税金はないそうなのに税金を課され、そのお金が流れて、某役人は豪邸を建てているそうな。いかにもイタリアらしい。男の子を育てながら、12も部屋を持つ家でお土産屋さんを営んでいます。屋上に登らせていただいて町を眺め、初めてトリュフなるものをご馳走になりました。
またマリアさんという女性にツアーでご一緒した方とお店に招かれ、私は何も買わなかったのに、屋上や家の中の寝室や台所まで見せていただき、その上手作りのケーキまでご馳走になって、ワインはいかがというのを辞退してお別れしました。マリアさんは姉妹都市の白川郷にも来ており、和服を着たりで大の日本好きで、オリジナルの草木染の織物などを販売していました。この町に泊まったので朝に夕に散歩が出来て大満足でした。

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↓㊧灰色の屋根にシンボルが大きく描かれているのもある。
↓㊨教会の屋根も円錐形

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↓㊧屋上はこんな感じ ↓㊨お店の隣の自宅の前のマリアさん
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