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2008年6月16日 (月)

ルーマニア(1)

Tizu ブルガリアのバラ祭りに合わせて、ルーマニア・ブルガリアへ行ってきました。
ルーマニアの最後の日に突然カメラが壊れて、友人がカメラを持っていなかったので、よけいがっくりし、しょぼんとしてしまいました。ブルガリアは頭の中にしっかりと焼付けなければなりませんでした。
とりあえずルーマニアだけ、よかったらご覧下さい。

ルーマニアは「ローマニア・ROMANIA」と書かれ、中東欧で唯一のラテン民族の血を引いている。というのも、ローマ支配以前のダキア人とローマ人の混血が進んで形成されたからである。
中世になると南のワラキア、北西のトランシルヴァニア、北東のモルドヴァの3つに分かれ、異民族やオスマン帝国の支配を受けたり、南はオーストリア・ハンガリー2重帝国のハンガリ-に属したりして、ルーマニア王国になるも第2次世界大戦後はルーマニア人民共和国が成立した。
しかしソビエト連邦の意向で共産党が権力を握り、1865年チャウシェスクが独裁を進め、国民の犠牲の下、国民の館の建設や汚職が行われた。1989年遂に革命が起こりチャウシェスク夫妻も処刑され、民主化達成、2007年加盟国27のEU加盟を果たした。

面積は日本の本州とほぼ同じで、人口は2230万人、主な宗教はルーマニア正教、公用語はルーマニア語である。まだ平均給料が月300ユーロとかで生活は苦しいようです。

首都ブカレストは南部ワラキアにあり、残念ながら共産党の手により、古い教会や歴史的建造物は破壊されてしまっている。シャウシェスクの造った「国民の館」は国民のためのものでなく彼の私欲を満たすための館であった。日本円で1500億円を投じたそうで、アメリカ国防総省ペンタゴンに継ぐ、世界で2番目の大きさという。
内部はいたるところ純金の装飾が施され、クリスタルやシルク、樫の木がふんだんに使われ、大柱は国中から集めた数種の色の大理石であり、その蔭に国民は飢餓を強いられていたという。ちなみに両国とも主な教会や城などでは入場料の他に、カメラ・ビデオ券を買わねばならず、国民の館は1500円であった。

↓国民の館(大きくて私のカメラに全体が入らない)と内部

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↓階段も金ぴか              ↓大理石の大柱

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↓クレツレスク教会(ルーマニア正教)    ↓水上レストラン

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北東モルドヴァ(地図のクンプルング・モルドベネスク)には世界遺産の5つの修道院がある。これはモルドヴァ公国が黄金期を迎えた16世紀のもので、中だけ出なく↓のように外壁にも全面に聖書の場面や、オスマン朝との戦闘場面のフレスコ画が描かれている。それは文字が読めなく、修道院にも入れない人々のためだったとのこと。最後の審判場面では地獄に落ちるのがオスマントルコ人だったのがおかしかった。

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↓街路樹や目に付く木には虫除けが白く塗られている

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↓は修道院へ行く途中のピカズ渓谷である。どこか日本に似ていた。

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お土産さんはどこも建物でなく小屋掛けである。

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↓モネの「積み藁」を思い起こさせる「積み草」がいたるところに点在する。

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↓農村には馬やロバに牽かれた荷馬車が草などを運んでいるのを目にする。日本が豊か過ぎるのでしょうか。

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↓墓地 墓石に造花が飾られている  ↓陶器工場

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↓民族舞踊のディナーショー(琴のような楽器も演奏される)
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コメント

私にとっては総てが未知の世界
です。
ブルガリアのバラ祭に合わせての
海外旅行とは、豪勢ですね。
世界遺産の修道院、28枚の写真
にただただ見惚れるばかりです。
大理石など豪勢な造りに唖然とし
ております。
詳細にガイドしていただき、ありが
とうございました。

投稿: 老春 | 2008年6月16日 (月) 16:31

★老春さま

こちらこそありがとうございました。
この時期は大変ブルガリアは混むそうで、かなり早く予約して何と1番ビリに滑り込めました。阪急クリスタルで24人ずつ2組が出発しました。

両国とも外見はそんなに貧しそうでなく、割合きれいですが、農村の風景は大昔の日本で、なんか懐かしい感じでした。

チャウシェスクの贅沢には本当にびっくり、よその国にもありそうです。でも革命が起こってよかった人とそうでない人がいるそうです。主義や政治は難しいものだと思いました。

投稿: tona | 2008年6月16日 (月) 17:09

しばらく更新されてないので、また旅行かと思っていましたが、やはりそうでしたか?ルーマニア、ブルガリアですか?カメラが壊れてしまったとか、それは残念でした。一番最後の日ということは、カメラがなかったのは一日だけ?ブログ拝見して、平素あまり目にしない珍しい風景が拝見できて嬉しいです。

投稿: 茂彦 | 2008年6月16日 (月) 21:19

★茂彦さま

ルーマニア、ブルガリアの順に旅しましたので、ブルガリアの方の写真が1枚もありません。
いつも何か起こるのですが、まさかこんなことが起こるとは夢にも思いませんでした。
農村の景色が他の欧州の国と違っていて牧歌的でした。それに野や畑に他の国より人が多く出て働いていました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月16日 (月) 22:11

お帰りなさい。ずいぶん長いお留守だなあと思っていましたがtonaにとってはあっという間の旅だったのでしょうね。
ルーマニアは銀座にあるレストランと米原万里さんのエッセイでしか知りません。
今の人はどうか、ずいぶん苦しんだ歴史の国ですね。

投稿: saheizi-inokori | 2008年6月16日 (月) 22:51

お元気にお帰りになられてよかったです。
でもカメラが壊れて本当に残念でしたね。

ルーマニアの建物豪華です。
そして農村はのどかです。
まだまだ自然がいっぱいですね。

ブルガリアのバラ祭、いかがでしたか?
画像がないのでしょうね。
残念です。

投稿: もみじママ | 2008年6月16日 (月) 23:06

★sahezi-inokoriさま

12日間ですから実質9日間でした。
銀座にルーマニアのレストランがあるのですか!今度調べてみます。
米原万理さんのエッセイにも出ているのですか。チェコにいらしたから、ルーマニアはそこから南東の方向の近い国ですね。
この国は昔コマネチで、またドラキュラで知りました。彼女が独裁政権の犠牲になり、自殺を図ったり、アメリカ亡命したなどこの国の不幸を目のあたりにしました。今はそんな人々にとって自由を謳歌できる国になりました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月17日 (火) 08:31

★もみじママさま

カメラのことはショックでした。旅行とカメラは切り離せないですものね。
でも同行の方がそのうちメールで送ってくださるそうで、パソコンのお陰です。

農村風景は本当に昔の日本のようでのんびりと、そしてゆっくりと時間が流れています。
貧しいのでしょうが、旅人にとってはとても心癒される風景でした。

バラ祭りのバラ摘みとパレードが素晴らしかったです。旅のハイライトでした。とても残念です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月17日 (火) 08:36

お帰りなさい。
カメラのアクシデント、残念でしたね。でも、その分いつも以上に
しっかりじっくりご覧になれたかもしれませんね。
ここでお写真を拝見できないのは残念ですが。

私にとってルーマニアといえば、コマネチとチャウチェスクの
二人の名前しか浮かびませんが、tonaさんの記事のおかげで
また新しく知識が増えました。
周りのあちこちの国に支配されたりと苦難の歴史を歩んできた国で、
現在はヨーロッパの中では経済的に貧しい国なのですね。
独裁政権の下でおいしい汁を吸っていた人たちは今の社会には
不平不満たらたら、一方で、かって虐げられて来た人たちは、
貧しくとものびのびと暮らしているのかもしれないと、勝手に想像しました。
国民の館の絢爛豪華さとは逆に、素朴な風景と暮らしの様子に
かえって心和むものを感じました。

投稿: ポージィ | 2008年6月17日 (火) 12:23

★ポージィさま

ブルガリアは同行の方が忘れた頃になるかもしれないれども、メールで送ってくださることになりました。
確かにカメラがないと説明もよく聞けますね。最初は落胆で何も頭に入りませんでしたが。

私もポージィさんと同じ、この二人の名前しか知りません。
やはり虐げられた国民にとって革命が成功したことは本当によかったです。
まだまだ世界には苦しんでいる国がいっぱいありますね。M国も最近災害にあったのにさらに深刻化させてしまいました。全世界が平和になることを願っても、まだまだ程遠いです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月17日 (火) 20:10

tonaさんの、旅はよく目にする一般的な外国旅行と違った、拘りのたびという素晴らしい場所を選ばれていますので、今回のルーマニアも、このようにtonaさんの目を通してご紹介していただきますと、少し、身近な国と思えるようになりました。

それにしても、「国民の館」は、贅の限りを尽くした権威の象徴なのですね。

農村風景の積み藁、規模が違いますが、大和の棚田で見る長閑さを感じました。

カメラの故障は、旅先のさまざまな記録をしたい時ですので心中お察しします。
残念でしたね。

素晴らしい画像とご案内、有り難うございました。

投稿: anikobe | 2008年6月18日 (水) 16:48

★anikobeさま

社会主義国だったルーマニアがチャウシェスク処刑後どう変わったか、興味がありました。
今まだEU入りしたばかりで、西への出稼ぎも多く、大変のようですが、だんだん豊かになっていくと思います。
平和なことは他の西欧諸国となんら変わりません。
独裁者の独り占めをこの館で見て、驚きました。

田舎は確かに日本の風景に似た所がありましたよ。大和の棚田、私は自分の眼で見たことがありませんが、雰囲気は確かに長閑でそんな感じです。

同行の方にDVDやCD-Rを送っていただきました。またメールで画像を添付してくださるという方ができましたので、ブルガリアも振り返ることができます。昔と違って今はありがたいですね。
こちらこそ有難うございました。

投稿: tona | 2008年6月18日 (水) 21:30

★tonaさん、教えていただいてありがとうございました。
正に、ブルビネ・フルテスケンス でした。
花アロエとも言われているんですね。
ブルビネは難しくて覚えられそうにないので
コチラに決定しました。

ブログ拝見していると、
えっ、ルーマニア‥と、びっくり。
わたしにとって全く未知の国で
興味一杯拝見しました。
ドラキュラ伯爵しか浮かびませんでした。

投稿: るな | 2008年6月18日 (水) 22:34

tonaさん おかえりなさい。

今回はルーマニアに行かれていましたか。
ルーマニアとは私に取って未知の世界です。
特にルーマニアだけでなく、国内にも未知の世界は至るところですが…^^;
すばらしい建築物ですね。
何か重厚感をかんじさせます。
写真でさえそう思うのですから、実際に目で見たら…
想像を絶するものかと思われます。
またtonaさんの詳しい説明で、大変よく分かりましたよ^^

投稿: pochiko | 2008年6月19日 (木) 00:10

tonaさん、おはようございます。
お疲れはとれたようですね~♪
写真を拝見して…表の華やかさと裏の長閑さが同居していて…何処も同じなのね…(^^;
という印象です…発展の影に取り残された空間が本当は貴重なのでしょうね…

「国民の館」はもう完成しているのでしょうか(・・?)
チャウシェスク亡き後も作り続けられたというのが不思議です…
使われていない部屋も多数とか…いずれホテルにでもなるのでしょうか??
どんなお花が彩っていたのでしょう(・・?)そちらの方が気になったりして…(*^m^*)

修道院2の壁画の色彩がとても良いですね~♪エンジと藍…好きな取り合わせです~♪
外壁一面のアップはエッ!と思いましたがトータルで見ると違和感はないのですね(^^;

昔、ルーマニアの方が自転車で日本縦断旅行をされていて…縁があって、実家に一泊されました
当時学生(・・?)だったように思うのですが…革命は彼に何をもたらしたのか…
気になっていました…今は音信不通です…

ブルガリアの資料も手に入れられたようで…良かったですね~♪愉しみですヽ('-'*)~♪

投稿: orangepeko | 2008年6月19日 (木) 06:03

ルーマニアとは、まったく知りルーマニアでした。
ドラキュラ伝説でしか知らないので、行こうと思った事もありませんでした。

tonaさんのブログから情報を仕入れます。

投稿: YUKI-arch | 2008年6月19日 (木) 08:10

★るなさま

コメントありがとうございました。
ブルビネ・フルテスケンスは我が家にあるのですが、私もいつまでたっても覚えられません。「花アロエ」、私もこちらを覚えます。
るなさんは何時拝見しても、お忙しい中、苔玉を作られたり、いろいろ手入れされ、可愛いワンちゃんの散歩と美しい花々の撮影、いつもため息が出るほどです。見習いたいです。

ルーマニアも他の西欧諸国と同様、広告が見えず、電線もあるかないか目立たず、美しい国でした。ご覧いただきありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月19日 (木) 08:38

★pochikoさま

ルーマニアも直行便がなくて、ドイツフランクフルトでのトランジットで遠い国でした。
私も国内は知らない所ばかり、会津もまだ未知です。
ルーマニアは本州と同じ広さなのに5日間だけでさっと見て回るのですから、ほんの少し垣間見ただけで印象を述べておこがましいです。
社会主義者により壊されたとはいえ、重厚な建物、教会などが少し見られました。
こんな国もあると、ご覧頂きありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月19日 (木) 08:48

★orangepekoさま、おはようございます。

>発展の影に残された空間
確かに農村のあの空間は地球の中で貴重ですね。でも今に車と農作業の機械化が進められていくのでしょうか。でも自然破壊や宅地化が進まなければ美しいままでしょうね。

「国民の館」700人の建築家と2万人の労働者が6年間昼夜ノンストップで作り続けてたそうですが、完成したかはわかりませんでした。部屋数が3107室で画像のような会議室が100以上もあるのですね。壁はシルクで、大きな会議室の絨毯が1枚で出来ているペルシャ絨毯だそうで、もうあきれるほど贅沢です。

5つの修道院とも同じ時期ですから当然雰囲気も似ています。世界の中でも独特で、よくフレスコ画が残ったものだと思います。

まあ、ルーマニアの方が自転車で日本縦断旅行されて、その方がご実家に宿泊されたなんて!びっくりです。その方今どうしていらっしゃるでしょうね。もしかしてブカレストに!
花は(2)に載せて今日UPしますが、日本で見かけるようなのでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月19日 (木) 09:26

★YUKI-archさま

ドラキュラ伝説、映画でドラキュラのいる城などを見てもっとおどろおどろしい所を想像していましたが、明るくそんな雰囲気は全然ありませんでした。
ブルガリアと違ってトルコの影響がずっと少ないのは、歴史的にトルコの侵略を串刺し公が防いだからだようです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月19日 (木) 09:34

 こんにちは。
 ついにルーマニアに行かれましたか!
 昨年、ロマの音楽に触れてたいへん感銘を受けたので、tonaさんの旅行記を楽しみにしていました。
 最後にちらっと出ている民族舞踏も、写真で見る限りのどかで良い雰囲気ですね。音楽はどんな感じだったでしょうか?

 記事を読ませていただきましたが、観光地等では、わたしも、国民の館よりも、古い素朴な教会の方が心に迫るものがありました。 外壁の装飾など、よくこれだけ美しく残っているものですね。
 国民の館も、実際に見たら圧倒されるのでしょうけれど・・・・。

 あと、おみやげのつぼ?は、なんでみんな、こんなにひねくれた顔してるのでしょう。
 そこが妙にかわいいのですが。(笑)

投稿: Nora | 2008年6月20日 (金) 15:47

★Noraさま

楽しみにしていただいてありがとうございました。
ルーマニアの音楽はバイオリンやその他名前のわからない楽器で演奏されますが、抑揚が激しくリバーダンスの時のようなダンスがついています。
ハンガリーのあの哀調を帯びたのかと思いましたがちょっと違いました。琴のような楽器を弾いていた方は80歳で14歳から弾いているそうです。

緑の中にある教会、とても素晴らしかったです。
西北の方には木造教会があって、こちらはよくテレビで紹介されていますね。

お土産の壷の顔、可愛いですよね。持って帰れないのが残念でした。庭に置いて眺めたら楽しいのにです。

投稿: tona | 2008年6月20日 (金) 16:35

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