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2008年6月29日 (日)

ブルガリア(2)

[プロヴディフ]
カザンラクから南へ下ると、ブルガリア第2の都市、トラキアへ平原の真ん中にあるプロヴディフに着く。アレキサンダー大王の国マケドニアの主要都市だったが、ローマの支配下になったので、地下には競技場跡が、断崖にはローマの円形劇場跡もある。
さらにオスマン朝に支配されたのでその雰囲気も残されている町である。
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[ソフィア]
ブルガリアの西部の首都ソフィアは標高が550mで欧州の首都としては、マドリッドに次ぐ高所にある。隣国セルビアが近い。
ここもローマ、フン族、ビザンツ帝国、スラヴ、オスマン、共産党に支配され実にめまぐるしかった。ここは共産党に関する建物や銅像がすべて撤去された。ここでは教会めぐりをした。

↓博物館に展示されているトラキア人の金細工は精巧で見事だった

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↓聖ボヤナ教会(世界遺産、中心から8kmにある) ↓聖ソフィア教会

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↓アレクサンドル・ネフスキー寺院   ↓聖ニコライ・ロシア教会

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↓聖ゲオルギ教会 手前はローマの遺跡     ↓衛兵

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[コウノトリ]
リラの僧院へ行く途中にコウノトリの巣が煙突にある町を通った。

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[リラの僧院]
ソフィアの南のリラ山の奥深くにある、ブルガリア正教の総本山で、世界遺産である。私がブルガリアで1番見たかった建物である。
10世紀にイヴァン・リルスキによって建立され、14世紀に現在の形になり、19世紀に火事で焼けた後復旧されたのである。
ブルガリアがオスマン朝の支配を500年間受けたときも、この僧院だけは活動が黙認されたので、諸外国から贈られた眩いばかりの宝がたくさん残存し、書籍、印刷機などブルガリアの文化の保存、発展に貢献した僧院なのである。
4階建ての外陣には360の房があり、全国からの僧が寝起きしていて、厨房の煙突や鍋の大きさに驚き、清潔な部屋は住みごこちよさそうである。

外陣に囲まれて聖母誕生教会がある。白と黒の縞々模様のアーチをくぐるとその天井と教会の外壁に、これまたフレスコ画がびっしり。聖書の場面やこの地方のそれぞれの時代の生活の様子が描かれている。
教会内部のイコンも輝くばかりで立派である。

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                     ↓アーチのないところの壁も縞々模様である

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↓手前の塔は焼けないで14世紀のもの

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↓僧坊の中

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ルーマニアもブルガリアも正教だからイコンをたくさん見てきたが、それより両国では外壁や内部、墓、洞窟のフレスコ画の見事だったことが印象的です。

[いただいたたくさんの画像は色もショットもよくて、本当に有難かったです。両氏に感謝してこの紀行を終わります。有難うございました]

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コメント

たくさんのブルガリアの画像、どれも素敵ですね。

建物もアーチになったところが多いようですね。

また、コウノトリの巣、面白いですね。
コウノトリの姿までしっかりと見えます。

投稿: もみじママ | 2008年6月29日 (日) 22:24

tonaさん、おはようございます。
壁画の見事なこと!素敵な色彩に見入るばかりですヽ('-'*)~♪

拝見しているだけで…「ブルガリア」の虜になりそうです(*^m^*)
敢えて素晴らしい処だけ取り上げてあるのでしょうか(*^m^*)
時間を遡っているような錯覚を覚えます…こんな場所が大好きです~♪
日本にもたくさんありますが…又違った魅力ですね~♪(^-^)V
行ってみたい処が一つ増えました(^O^)有り難うございます…

投稿: orangepeko | 2008年6月30日 (月) 07:54

 
ブルガリアの画像、いただくことができて良かったですね。
私たちも見せていただけてありがとうございます。
ルーマニアと隣り合った国でも、雰囲気が結構違うことに
少し驚きました。なんとなくブルガリアの方がごつごつと
荒削りの印象を受けたました。
それにしても、あちこちの大国に入れ替わり立ちかわり支配され、
この国も大変な歴史を刻んできたのだと思いました。
私にはどれがどれとは分かりませんが、建物も色々な様式のものが
混在して残されているのですね。
ふと、日本の経済が破綻して立ち行かなくなってしまい、
どこかの国に飲み込まれるようなことがあったら、どうなるのだろう
という想いがよぎりました。

投稿: ポージィ | 2008年6月30日 (月) 11:37

★もみじママさま

そう言われてみると、確かにアーチが多いですね。ロマネスク様式といいましょうか。
昔ローマ人が橋を造るときに接着剤を使わずに強度を支えるこの方式を発明・発見したとか、なるほどですね。

コウノトリはヨーロッパでもこの両国のドナウ川を中心とした一体に多いそうです。
家々に煙突があり、使われなくなっているのでそこに巣を作っているのですね。枯れ枝が良く見えます。
日本のトキのような存在でしょうか。
ありがとうございました。


投稿: tona | 2008年6月30日 (月) 14:41

★orangepekoさま、こんにちは。

フレスコ画といえば、ミラノのダ・ヴィンチの「最後の晩餐」が思い浮かびます。修復しても色がくすんでいて、500年という年月にあんなになってしまうのかと思ったものです。
ところがトラキア人の墓の内部(ずっと最近まで埋もれていたため、紀元前の壁画がきれいに保存されていたのには驚きます。
リラは火事で消失して修復が1800年代ですが、150年はたっているのに外壁のでさえきれいなものですね。

どこも首都を除いて、町は赤い屋根で統一されて高みから眺める町の景色が美しい国ですね。ごみもそれほどちらかってなくて道路もきれいです。時間を遡った中世の雰囲気濃厚でした。
こちらこそ、見ていただいて、貴重な感想をありがとうござました。

投稿: tona | 2008年6月30日 (月) 14:52

★ポージィさま

お陰さまで親切な方がたくさんのブルガリアの画像を提供してくださって、まとめることができました。
ブルガリアの印象を書いていただきましたが、私はなかなかはっきりとつかめないでいます。おまけに建築様式もごてごてしたバロックが少し分かるくらいなんです。
ブルガリアは明るく荒削り、ルーマニアは少し陰鬱気味でも素晴らしい建築があって落ち着いている。
経済はどうなのでしょうか。ルーマニアはチャウシェスクが搾取した割には、ブルガリアより家屋方面だけかもしれませんが豊かに見えたから不思議でした。

ポージィさんが抱かれた不安が実際に起こったら大恐慌ですね。日本はずっと島国で鎖国が続いていたので、攻めつ攻められるという恐怖を味わわないできました。幸せな太平な世の中で過ごしてきた民族なので、何処へ行っても城塞都市の欧州の迷路のような造りに、そして今もそういったところで暮らしている方が安全のような気分でいる人たちのDNAを思ってしまいます。
幕末が大変であったように、現在の政治も世界相手で実は大変なのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月30日 (月) 15:12

ブルガリアは遠いなー。
もちろん心理的なものです。

壁画を見てギリシャ聖教の国なんだなーと
想像できました。

ロシア文学の
本の1ページに載っていたような・・・。

投稿: YUKI-arch | 2008年7月 1日 (火) 09:04

★YUKI-archさま

ブルガリア、行くのも遠い国です。
ビザンチンからの系統の正教は偶像がイコンになり、パイプオルガンがなく、椅子もなくて、体の具合が悪い人のためだけに、壁側にあるということを、今回知りました。
外側の壁画はこの両国だけでしょうか。
ギリシャもロシアも教会内は殆ど見られなかったのですが、今回両国でイコノスタシスをたくさん見ることが出来ました次第です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年7月 1日 (火) 15:32

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