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2008年6月19日 (木)

ルーマニア(3)-完ー

Tizu ルーマニアの北西トランシルヴァニアには、オスマン朝のとの戦いで、オスマン軍の兵に対して串刺しの刑を好んだというワラキア公ヴラド3世がいた。この人が吸血鬼ドラキュラのモデルとなった。
↓ブラン城はドラキュラの居城のモデルとなった中世の城砦である。実際には串刺し公(ドラキュラのモデル)の祖父のヴラド1世の居城であった。

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↓シギショアラという町に串刺し公の生家が今も残っている。画像は生家のすぐそばの時計塔で頂上から美しい中世の街並みが望めた。

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↓ハンガリー人の多く住むトゥルグ・ムレシュの町には市庁舎や文化宮殿など美しい建物がある。

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同じくトランシルヴァニアのブラショフはルーマニア第2の美しい古都である。
↓聖ニコラエ教会   ↓町で1番細い路地
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そしてシナイアにはルーマニアで最も壮麗な城と称えられる↓ペレシュ城がある。1875年にカロル1世がルーマニア王室の夏の離宮として8年かけて建てた宮殿で、外観だけでなく内部も美術品や宝飾品など豪華である。

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両国ともに農村は機械化していないで、人々は鍬などで畑を耕している。移動や収穫は馬車でいかにもゆっくりと時間が流れている。
国土全体は緑豊かで、街路樹の菩提樹、マロニエ、ライラックが満開で、菩提樹の香りが素晴らしかった。
ルーマニアの民家の屋根が実に複雑で様々な形で、屋根デザイン建築家がいたのであろうか。世界で1番ではないだろうか。バスからだったので1つも撮れなかったのが残念だ。

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コメント

しばらく放浪してました。
ルーマニア、ブルガリアの旅を満喫されたようで、羨ましい限りです。
カメラのダウンとは残念でしたね。
私もイタリアでやられたことがありました。

ルーマニアは数々の支配の下に置かれ、多難の運命に操られてきたのですね。
チャウシェスクの独裁に泣かされた国民の怒りの革命で、処刑され、やっと勝ち得た民主国家だったのですね。
緑も多く、何か牧歌的な風景を感じます。

食事で野菜が多いのはいいですね。
おいしそうです。
ブルガリアは琴欧州の出身国ですよね。

投稿: 夢閑人 | 2008年6月19日 (木) 16:25

★夢閑人さま

放浪していた由、お元気で何よりです。
夢閑人さんもイタリアで同じ憂き目に遭われたのですね。落胆されたでしょう!
帰ってからの写真を見るのが楽しみなので、瞬間的ですが、旅行する気力が萎えました。

チェコ(プラハの春)やポーランドもこういった意味で有名ですが、ルーマニアも独裁者のもとで随分苦しんだのですね。
亡命した人も随分いたようです。
でも国中緑豊かで美しかったです。

食事がこんなに美味しいとは思いませんでした。
琴欧洲が優勝を果たした後にブルガリアに行き、ホテルで日本の新聞を見ました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月19日 (木) 19:34

かなわぬ夢ですが行ってみたいなァ。
鋤で畑を耕す風景をみたいです。

投稿: saheizi-inokori | 2008年6月20日 (金) 09:54

 
美しい情景にうっとりしました。街中に緑が多いのもいいですね。
こんな美しい街に生まれながら、敵に対してとはいえ、串刺しの刑を
好むなどという残忍な人がいたのが不思議な気がしますが。
吸血鬼ドラキュラ伯爵の伝説は、オスマントルコ側から生まれた
ものなのでしょうかね。
気候は北海道と同じくらいなのでしょうか。

素適な風景に建物、美味しい食事。牧歌的な人々の暮らし。
行ってみたいなぁという気持ちが強くなりました。
イタリアで苦労されたトイレ事情は大丈夫でしたか?(^.^)

投稿: ポージィ | 2008年6月20日 (金) 14:42

★saheizi-inikoriさま

こちらにもありがとうございます。
鋤で畑を耕すためにそれだけ多くの人々が働いていたのです。
他国では凡そ人影なしなんですが、この国の人々は良く働くなあと思いました。
農民の顔は日に焼けて皺がくっきりと寄っていて日頃の労働を物語っているように思えました。
「晩鐘」のような雰囲気とでもいいましょうか。いらっしゃれるといいですね。

投稿: tona | 2008年6月20日 (金) 16:00

★ポージィさま、またまたありがとうございました。

街は街路樹が美しいですね。
日本の銀杏やケヤキに変わるものとしてのマロニエ、ボダイジュが丁度今頃満開なので街中がいい香りに満たされ、とての贅沢な気分を味わいます。
北海道のようでそれは湿度が低いということ、素晴らしいことです。

串刺し公、こんな人がいたなんて信じられません。しかしこ人がいたお陰でルーマニアはトルコに支配されませんでした。

トイレ事情なのですが、これがまた悪かったのですよ。ガソリンスタンドやレストランなのですが、1つしかないところ、男女1つづつのところが殆どです。1つのところは、一行の添乗員さん、ドライバーさんなど入れて27人行列33分かかります。
トイレ休憩の時間が長すぎて時間のロス大ですね。ヨーロッパしか行かないからわかりませんが、日本はトイレ天国です。

投稿: tona | 2008年6月20日 (金) 16:25

美しいお城や、街の建物、花たちの彩り。
こんな光景を見ながらの旅は、tonaさんを、外国へと招くのですね。
画像を拝見しながら一人納得しています。

投稿: anikobe | 2008年6月20日 (金) 22:06

写真で見ると
民家の屋根裏部分に開口部がたくさん取り付けられ、
部屋の存在が見て取れます。

どんな屋根裏なのか、
興味がわきます。

投稿: YUKI-arch | 2008年6月21日 (土) 06:49

すんげ~。早く定年迎えたい。(^_^;)

投稿: Papalin | 2008年6月21日 (土) 08:07

★anikobeさま、おはようございます。

そうなんです。お花や教会、城、いろいろな建物、絵画、そこにややっこしい歴史や宗教、民族がからまって、見聞することがいっぱいです。
ただ安全で清潔なところと限定してしまいます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月21日 (土) 08:25

★YUKI-archさま

なるほど、垣間見える民家の屋根裏部分、気がつきませんでした。
というか殆ど建物の見方を知らないのです。
何か不勉強で損をしていますね。
あちらの小説を読むと屋根裏が良く出てきます。
現在の日本だったら暑くてとても住めそうにありません。
でもあちらでは冬、耐え難い寒さのようですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月21日 (土) 08:29

★Papalinさま

うふふふ、、、そのお気持よくわかります。
Papalinさんはやりたいことがたくさんあって、普通の人と違って、心残りしないで辞められ、その後の人生もさらに素晴らしいものになる方ですね。
あと十数年でしょうか。待ち遠しいですね。私は待って上げられませんが。

投稿: tona | 2008年6月21日 (土) 08:34

戦争は古から多く、それも悲惨な戦争ばかりです。串刺しの刑もむごいでせね。
宮殿も凝りに凝った建物ですね。
美しい建物が目につきます。
未知の世界ルーマニアの今を写真入りで
ご案内していただき、ありがとうございました。写真アルバム大切にします。

投稿: 老春 | 2008年6月21日 (土) 14:08

★老春さま

ヨーロッパも戦争ばかり。
世界史を勉強してもあまりにややこしくて、いつまでたっても覚えられません。
そんな中、中東欧は中世、オスマントルコにすごく苦しめられていました。こんな残忍な王様だからこそ、トルコをやっつけることが出来たともいえるのでしょうね。

宮殿の中はすごく贅沢な建築材をふんだんに使っていて驚きました。
こちらこそ、ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月21日 (土) 20:19

トランシルヴァニアと言えば即座に吸血鬼ドラキュラと出るくらい有名ですね。
いまにも夜になれば、あのドラキュラ伯爵が姿を現しそうなお城の写真。
でも昼間に見れば、とても美しいお城ですね。
いつかこの目で見たい景色でした。

投稿: pochiko | 2008年6月21日 (土) 23:07

建物が素晴らしいですね。
やはり日本とはまるっきり違います。

この細い道はすごいですね。
大きな荷物も持って歩けないかもしれませんね。
太った人は通れないかもです。わたしのように・・・

それにしても農業は昔のままなのですか?
のどかですが、それだけ農業だけに携わってる人も多いのですかね?

いまの日本では考えられなくなりました。

日本ももっと空いてる土地を耕して、少しでも自分のところで作物を作るようになるといいですね。

投稿: もみじママ | 2008年6月22日 (日) 01:05

★pochikoさま

そうなんです。ドラキュラの国です。
映画を2回見ました。
一面の霧で辺りが見えないくらいですね。
昼間でしたから、森の中でありながら、明るくてあんな風景を想像もできませんでした。
夜行ってみたい気分でした。
それにしても城と串刺し公からヒントを得た名作になってしまった話、こんなに有名になってしまったのですね。
ドラキュラのホテルまで出来ていて、そこの暗い部屋でドラキュラに会う体験までしてしまいました。
いつか実現できますように。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月22日 (日) 08:52

★もみじママさま

こちらにもありがとうございました。
建物は西欧同様、素晴らしいです。

城塞都市はどこも敵を防御するために、道も迷路のようで、細くて、他にはもっと狭いのもあるみたいです。本当に横にならないと歩けないような。

そう、農業人口が多いみたいですよ。
農業機械が見当たらず、車さえも使用していなくて驚きました。
ミレーの絵画の世界です。
そう、日本も段々食べ物が厳しくなって行くので、特に野菜などは輸入物でなく、もみじママさんのように自家製の野菜をあいている畑で作りたいものだと思います。
戦中、戦後は皆空き地でつくっていたそうですね。
いろいろ正念場に近づいてきたようにも思えます。

投稿: tona | 2008年6月22日 (日) 09:00

tonaさん、こんにちは。
「ルーマニア」はイメージ通り中世の雰囲気を持った美しい国なのですね…

闇の中に亡霊が佇んでいそうな気がします…その中に現代の人種が生活しているのですね…
この景観がいつまで保てるのでしょうね(・・?)永遠に残して欲しいなぁ~と思いつつ…

今回は何のお勉強もすることなく(>_<)ただ拝見させていただきました…m(_ _)m
時間ができたら…再度拝見したいと思います(^^;有り難うございました…

投稿: orangepeko | 2008年6月24日 (火) 12:42

★orangepekoさま、こんにちは。

ルーマニアを丁寧に見ていただき、コメントありがとうございました。

建物を見ている限り、とても圧制に苦しんでいた面影が見つけられませんでした。
農村に目を向けると、近代化から遠い風景が望めました。
どこも中世そのままの、こんな風景が今の時代、貴重な素晴らしいものに映ります。
人々の貧しい不便な生活のもとにあるのだと理解はできますが。
新聞にルーマニア、ブルガリアが出てきたら興味深く見るであろう国です。

投稿: tona | 2008年6月24日 (火) 15:30

 おはようございます。
 のどかな農村と個性的な建築、建物好きにはたまらないです。tonaさんのお話と写真でたっぷりと楽しませていただきました。
 ありがとうございます。

 ところで、東欧の民族楽器にツィンバロンというのがあります。下の名前のところに写真を貼り付けておきましたが、tonaさんが民族舞踏ショーでお聴きになった「琴のような楽器」は、これと似ていますか?
 中国の揚琴を起源に持つ、ロマ音楽にはかかせない楽器で、ピアノの祖先とも言われ、コダーイやバルトークなども、使用しています。
 写真のものはすごく大きいですが、もともとはもっと小さなものです。

投稿: Nora | 2008年6月25日 (水) 10:53

 貼り付けに失敗したようです。
 こちらをご覧ください。(名前↓)

投稿: Nora | 2008年6月25日 (水) 10:58

★Noraさま、こんばんは。

ルーマニアにはいろいろな建築がありました。
Noraさんならもっといろいろなものを発見されると思うのです。

ルーマニアの民族楽器、ツィンバロン。
そうです。この楽器です。サイトのものより小さかったです。
↑のブログ上に載せましたので見てください。琴のようでしょう。この弦を爪弾いたり、木琴のように叩いたりして演奏していました。
中国の揚琴が起源ですと頷けますね。
ルーマニアはロマが人口の5%を占めるとかで多いですね。
演奏者は歌も歌いました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年6月25日 (水) 20:57

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