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2008年8月25日 (月)

『姥ざかり』田辺聖子

『姥ざかり』『姥ときめき』田辺聖子著

この本は田辺聖子が昭和56年~59年に上梓した、大変古い小説です。
当時私は30代半ば、勿論読んでないし、面白いと言っても読まなかったでしょう。
しかし、姥に入ってしまった今、手に取ると、面白く痛快で一気読み状態です。そういえばこの頃は推理小説以外、小説はあまり読んでいませんね。
現在ではこんな主人公は珍しくもないでしょうが、あの頃だったらかえって奇異の目でみられたのことでしょう。

船場に嫁入りして苦労し、戦災にあって、一からやり直し、頼りない旦那が亡くなってから番頭と孤軍奮闘して建て直し、財を築く。
60歳まで奮闘し、あとは長男にまかせる。自分はマンションで気に入った家具や道具を優雅に使い、油絵や英語、フランス語のお稽古に忙しく、また習字を教える。
77歳の今も、お洒落で、病気で寝込んだこともない。
3人の息子と夫々の嫁もこてんぱんにやっつけ、愚痴愚痴言う友人は大嫌い。でも家事はきちんとこなし、花を活けたり、着物や洋服を着こなしたり、お正月もきちんと迎え、料理も船場で鍛えた腕で、持ち寄りパーティーまでこなす。
元の使用人には手厚く接し、彼女好みの友人にも、医者や管理人にも礼を尽くす。無駄はしないけれども、自分で築いた財産の使い方が上手。周りの人々が、本人の語りで、実に滑稽に描かれていて笑いを誘う。
文章が易しく、読みやすいが、内容は機微に富み、痛快で、普通の人にはやはり書けない、さすが大作家です。

再び学びました。病気の話(私の目)など愚痴を言わない。確かに毎日休日の私にも、こんな暇はないのです。常に楽しく、どんどん新しいことを何でも見ていきたいものです。

↓ハナオクラ・朝顔・クレオメ

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コメント

tonaさん、おはようございます(^-^)
耳に痛い言葉がど~っさり!(^O^)
グチグチは吐き出したら笑い飛ばそうと思いつつ…現実を目の当たりにすると…(^^;

老いは愉しめる年齢の制限があるのでしょうか…それとも性格かしら(・・?)
好奇心一杯の作者だから書ける作品とも思えるし…
書いた当時、本当の老後が予測出来たかどうか(・・?)疑問です…
そのような老後でありたい!…とは思いますが(*^m^*)

老いは徐々に…と思っていましたが…いきなりのようです(^^;
表情も変化します…まぁ自分が年だと感じたら…そうなりますね(*^m^*)
母を見ていて…そう感じました…

今朝初めて「モミジアオイ」が咲きましたヽ('-'*)~♪種から2年目でしたよ~♪
「クレオメ」はまだご報告が出来ません(^^;早く咲かないと冬になっちゃう(>_<)

投稿: orangepeko | 2008年8月26日 (火) 07:28

★orangepekoさん、おはようございます。

orangepekoさんの場合、愚痴ではなく、介護の現在、老いゆく方たちの状況など、レポートになっていて、そういうことを知らせてくださる貴重な情報源であると思います。
愚痴との区別もあると思います。
痛恨なる現実は絶対に吐き出さないと病気になります。
私の場合は単なる愚痴を周りに吐き散らしている、やっかいものです。

老いを楽しむといったら、自由に使えるお金があって、健康であって、暇があることだとわかりました。お金があっても暇がなければ、逆も同じで楽しむどころではありません。
老いのいきなりは辛いですね。まあ、そんなことも間々あります。

モミジアオイは子どもの頃、家にあって、コウショッキと呼んでいました。種からですか。種からって嬉しいですね。
クレオメ遅れているのでしょうね。
我が家は遅れているのが多く、モミジバルコウソウが何とやっと咲き始めました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月26日 (火) 08:44

盛りは良いのですが、
姥という文字が
好きではありませんね。
何とかならないものかと。

考案ください。

投稿: YUKI-arch | 2008年8月26日 (火) 10:56

年のとり方って、個人個人でとても差があるものですね。
生活環境、生活、生き方の姿勢、性格、健康、家族 …etc.
実際の体つきも生き方も、シャキンと背筋が伸びた
そんなおばあちゃんになれたらなと思いますが、現在あまりに
怠惰な日々を送っている私。気を引き締めなくちゃと反省しました(^^;)

投稿: ポージィ | 2008年8月26日 (火) 12:01

★YUKI-archさま

そう言われてみますと、タダ単に女が老いるですものね。
本当に良い字がないかと考えましても、女には悪いイメージの字が次々浮かんできます。婢、嫌、姑、婆、娥、嫉、妬、嬶、娼、媼、妖、孋など。
姫や妖や媚だと若すぎて老いにはふさわしくなく。
なんて、お陰さまで漢字と遊んでしまいました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月26日 (火) 15:18

★ポージィさま

この間も同窓会に行きましたが、随分個人差が出てきました。もう歩けなくて、同窓会に出てこられない人もいました。杖ついている人も2人いたのは気の毒でした。

この頃背を丸めていると楽なのです。これは背が丸まる前兆です。私こそいつも背筋真っ直ぐに気をつけていかねばなりません年になりました。
でも今気がついて良かったと思っています。

ポージィさんのお年で気を引き締めていかれたら、将来は素晴らしくお元気な明るいポージィさんであります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月26日 (火) 20:44

田辺聖子さんの「姥盛り」とっても元気な立派に人生を生き抜かれている女性のお話なのですね。
御若い時には興味が薄くてもやはりご自分がその年に近くなると興味も沸くのでしょうね。
年を重ねて自分のやりたいことを楽しくできるような人生っていいですよね。
やはり健康で、体も気持ちも元気でないと無理かもしれませんね。
tonaさんは十分に楽しんで毎日を送られてるように思いますね。
私も見習えたらと思いますよ。

投稿: もみじママ | 2008年8月26日 (火) 21:14

素晴らしい本ですね。
老いても
楽しく愉快にそして凛として
そんな日々を過ごしていきたい。
私も今の生活を見直さなきゃと思います。


投稿: ももみ | 2008年8月26日 (火) 21:23

★もみじママさま

小説の主人公の山本歌子さんって凄く面白い人です。
このようなさばさばした方、まわりにたくさんいらっしゃるような気がします。

>御若い時には興味が薄くてもやはりご自分がその年に近くなると興味も沸くのでしょうね・・・・全くその通りなんです。話題もそちら方面が多くて偏っていますね。でもこの年になると自然に興味がそうなってしまいます。
おっしゃるように健康で元気なのが、人生最後のばら色に輝く元です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月26日 (火) 21:51

★ももみさま

老いたとき(私はもうその仲間入りしました)、健康に気をつけることが多くなりましたが、それよりも大きいのは気持の持ち方なのですね。
若い頃からを引きずって生きているわけですから、急には考え方は変わらないですが、他人のいろいろな人生はとても参考になります。
お仕事にも情熱をそそがれ、そして写真や愛犬との生活を垣間見ても、素晴らしい生活をされていらっしゃいます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月26日 (火) 21:58

すっきり元気をもらえるような田辺聖子さんの本ですね。

○盛り、いつもそう思って生きていきたいと思っています。

愚痴や心配していたらきりのない年齢にきています。
そこをどすんどすんと、自分流、そしたら、周りもそのペースにいつか乗ってくるような気がします。
優しさや、思いやりは大事にしながら、愚痴仲間結成には加わらないで・・・

投稿: anikobe | 2008年8月26日 (火) 22:53

男も同じですよ。グチグチだらだら、、いかんなあ。
でもあまり頑張ると必ず反動がきます。ほどよく^^。
心がけたいものですが。

投稿: saheizi-inokori | 2008年8月27日 (水) 07:31

★anikobeさま

田辺さんはお若い頃に、私だったら全然考えなかったこのような内容の本を書かれていたのですね。

背筋を真っ直ぐにしたときには何だか若返ったような気になります。
>愚痴や心配していたらきりのない年齢・・
そんなんですね。心配もだめですね。ある程度割り切らないと身が持ちません。
おっしゃるように周りを自分のペースに乗せていく手腕はこの主人公のお手の物です。でも主人公がやり合う相手はなかなかに手強いのがおかしいです。
含蓄のあるお言葉をいただきありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月27日 (水) 08:33

★saheizi-inokoriさま

男性の方が愚痴らないでしょうが、それでもいるのですね。
愚痴る心の状態を他に転嫁されればいいけれども、そうでない場合愚痴を言わないでいるのがストレスになったら辛いものですね。
ほどよくいく、年齢を重ねたのだからそういきたいものですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月27日 (水) 08:38

苦労して成した人生。余生を思いのままに生きる。すばらしいですね。
 そんな人生を送りたい・・・と思ってももう遅い。過去はもう覆せない。
でも、せめて今は自分なりに生きています。
「それでいいのだ」

投稿: 夢閑人 | 2008年8月27日 (水) 13:34

★夢閑人さま

普通苦労して築き上げた人は、死ぬまでずっと仕事にかじりついている人が多いようです。そしてお金を使わないか、反対にきらびやかに家や別荘などにとてつもなく使うかどっちかが多いと聞きます。
ある時点できっぱりやめ、自分の楽しい生活にお金を上手に使うのは最高に素晴らしいです。
夢閑人さんこそ悠々たる生活を送っていらっしゃいます。
是非、後(といっても少しの差ですが)に続きたいと思っています。
ご自分を貫いていらっしゃるのがいいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月27日 (水) 16:34

よくありますね、若い時には響かなかった事が
歳を重ねる毎に迫りくるものを覚えたり。
いろんな経験を重ねるからこそ共感を感じたり…。
若い時にはいろんな事に足掻いて生きてきたけど
そろそろ飄々と生きて行く事があっても良いのかもしれませんね。
大変参考になる話でした。

投稿: pochiko | 2008年8月27日 (水) 23:44

★pochikoさま

そうです。そうです。若い頃は一体何を考えていたのか。それなりに経験を積んでいたのでしょうね。
青春を謳歌し、次は子育てに喜びを感じ、その後親の介護、そして今は全く違った自由を満喫するといったところでしょうか。
迫り来る病、死が近くに控えていることへの心構えはすぐに誰でも出来るものではありませんが、この本では自然体を強調しています。心配しても何も良いことはないと。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年8月28日 (木) 08:26

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