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2008年10月30日 (木)

健康診断

健康診断を受けて結果が翌日わかりました。
毎年抱えていた課題はコレステロールと中性脂肪が多いことです。
何と両方とも今年は基準値の範囲になりました。ばんざーい!早速おまんじゅうです。
思うに、山歩きや今も続けている駅ビルの階段上りが効果があったのでしょう。実証できた形です。
血圧、肺、心臓、肝臓、腎臓、糖尿など全部正常というのが信じられないですが、ただ1つ白血球がかなり少ないので風邪が長引いた時は医者に行くようにと言われただけです。

今、文化勲章受賞が決まった田辺聖子さんの『源氏がたり』を読んでいます。
原文を読まないであらすじと物語の周辺がわかって、大変楽しい読み物です。
その中の「胡蝶の巻」に女房が詠んだ歌として
 春の日の うららにさして ゆく船は
     棹のしずくも 花ぞ散りける
がありますが、武島羽衣作詞、滝廉太郎作曲の「花」
 春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が
 櫂のしずくも花と散る ながめを何にたとうべき
を源氏物語のこの歌から作ったということで、1000年昔の歌が「花」となって110年も歌い継がれたとは。

で、この平安貴族の女性なのですが、男子のように蹴鞠をするわけでもなく、重い十二単を着て、部屋の奥深く、じっと座って一生を送っていました。
全然運動しなかったので、和食だったでしょうが、身体に良いわけがなく、鉛の白粉も身体に悪く、より平均寿命も短かったのではないかと思います。
これは御所や大奥の女性も然り、元気に歩くということが皆無だったようで、何ともお気の毒な人生でした。

「世界の山ちゃん」で飲んだビールは、何も味噌の香りも、風味もないビールでした。

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2008年10月27日 (月)

タコノアシ

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秋の野草 埼玉県飯能・宮沢にて

放棄された田畑に秋の野草を観察するために、同じ所を何時間も地面に這いつくばっている私たちを、何をしているのか、人は好奇の目で見ることでしょう。
10倍のルーペが活躍して、シベや穂などの驚異の世界をたくさん覗き、おまけに自分の手の深い皺までたっぷりを見ることができました。
淋しそうに見える秋の野にも、タコノアシやメリケンカルカヤ、セイタカアワダチソウ、背景にススキが重なってにぎやかに咲いていました。

↓タコノアシ(蛸の足・ベンケイソウ科) 蛸の吸盤のような花でユーモラスです。

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↓ノハラアザミ(野原薊・キク科) やわらかな感じのアザミです。

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↓メリケンカルカヤ(イネ科 )やや乾燥した荒地に生える。 ↓トダシバ(イネ科)

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↓コセンダングサ(キク科) 白い舌状花が見える。花の上を撫でると花粉が出てきました。これは虫が花に乗ると花粉が出てつく仕組みだそうです。ひっつき虫があちこちに付きました。
↓イヌタデ(タデ科)がびっしりです。他にハナタデ、ボントクタデも盛りです。
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↓アブラススキ(油薄・イネ科) 茎や穂の軸から油臭い粘液を出す。
↓キンエノコログサ(金狗尾草・イネ科)、アキノエノコログサより金色に見える。
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↓ヒメクグ(カヤツリグサ科) この科は茎が丸くない。 
↓サツマイモ花(ヒルガオ科) 実はサツマイモの花は初めてです。掘りあげて捨ててあった所に咲いていました。

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↓コナギ(小水葱・ミズアオイ科) 水田雑草で放棄水田などに繁茂する。万葉集にも詠われているように、かつては野菜、染料、薬草として使われていた。ミズアオイは絶滅に近いとのこと。        ↓
↓同じく水田雑草のイボグサ(疣草・ツユクサ科)の紅葉

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↓コウヤボウキ(高野箒・キク科) 高野山でこの枝を束ねて箒にした。
↓アキノウナギツカミ(秋の鰻掴み・タデ科) 葉に棘があるのでこれを使えば鰻も掴めるとのこと。似ているミゾソバも満開です。

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↓イクチ(アミタケ・イクチ科) ↓オオジシバリ(大地縛り・キク科)=ツルニガナ、葉がへら状
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まだまだ狂い咲きも含めて、たくさん咲いていました。

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2008年10月23日 (木)

乗鞍山麓・五色ヶ原

長野県と岐阜県の境の安房トンネルが出来たお陰で、大回りに迂回していた道路を通らずあっという間に奥飛騨、乗鞍岳北西山麓に到着しました。民宿のお食事の自家製のほうれんそうの甘さが今も忘れられません。

Photo_122日目に五色ヶ原の全長7.3km、標高差230mのシラビソコースを7時間半位かけてトレッキングしました。ガイドさんと一緒でないと入山できません。コース内の花は全て終わり、紅葉まで落ちてしまっているし、池も枯れているが、滝、渓流でマイナスイオンを、木々からフィトンチッドをたっぷり吸うことができました。いろいろガイドさんから教えていただき、勉強にもなりました。桂の木は側によるとカラメルソースのような甘い匂いがします。

↓夏あの美しい白い花を咲かせていたゴゼンタチバナの実がきれいです。
                         ↓唯一咲いていた最期のアザミ
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↓倒木更新です。地上に生じた幼樹は雪腐病菌によって枯れてしまうことが多いが、倒木上は風通しがよく、病原菌も少なく成長しやすい環境なのだそうです。
↓乗鞍岳の噴火によって、到る所「ゴスワラ」と呼ばれる大きな岩塊が見られます。

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コシアブラ(ウコギ科)は樹脂を漉して漆に用いていた。新芽はタラノキに次ぐ人気とか。
↓コシアブラの黄葉  ↓コシアブラの実は熊が大好きで幹に熊の爪あとが。熊がいるんですね。

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森は多種類の苔で覆われています。
↓スギゴケの胞子  ↓黄色のタイマツゴケ(ネットで調べても出てこない) キノコのように見えます。

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↓川の中にある石にはすべて苔が生えていて、この景色を案内された外人はwondaful viewととても喜ぶそうです。

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↓カエデ                      ↓カラマツの黄葉  

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↓眺望が開けて乗鞍岳の連なりが見えました。全部で17座あって馬の鞍の形に似ているので名付けられた。

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↓コースのフィナーレを飾る布引滝       ↓横手鳴る滝   
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↓ゴールに到着すると、ネズの木を刳り貫いた中の冷えたトマトを戴きました。

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平湯大滝(日本の滝百選)・飛騨大鍾乳洞

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今月は北アルプスの最南端の乗鞍岳(3026m)山麓の五色ヶ原のトレッキングでした。
長野・上高地の分岐点から安房トンネルを抜けると、そこはもう奥飛騨です。乗鞍岳の北西山麓に位置する五色ヶ原は3000haの広大な森林地帯です。
このあたりの山はもう見事な紅葉です。

安房トンネルを出たところは平湯温泉で、ここに平湯大滝(幅6m、落差64m)があります。日本の滝百選の1つでした。これで私はやっと11見ることが出来ました。

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五色ヶ原を通り越した先に飛騨大鍾乳洞があります。
入口に世界の古美術千点を集めた大橋コレクションがあって、金塊が印象的でした。100kgの金塊が盗まれて70kgに減って発見されたというのが飾ってあたからです。日光東照宮に使用されている金塊より多いです。
大橋さんが3億年前の地層の姿を残した鍾乳洞を発見したそうで、良くこんな所を発見したものと感心しました。
↓金塊       

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↓ストロー鍾乳石                  ↓ウドも栽培できる

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↓東洋1(長さ4.5m)の石筍     ↓外にまだアジサイが咲いていた

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2008年10月20日 (月)

横文字が苦手

Photo 先日、アメリカに在住する日本人の奥さんが我が家に見えました。
今年3月に南イタリア旅行で知り合った方で、ご主人の仕事の関係で40年以上もアメリカに在住、日本に帰るのは年3ヶ月で毎年往復しています。メールアドレス交換で、アメリカの家に咲いている月下美人やエンジェルス・トランペット等を見せていただいたりしているうちに、是非我が家のをみたいということで、来宅されたわけです。
彼女も大使館にお勤めしていたし、英語で生活しているようで、名詞も、メールの題名も全て英語です。
私に「たまには英語でメールを頂戴ね」とか「アメリカに自分達で飛行機に乗って遊びにいらっしゃい」とか仰るのですが・・・

その私は方向オンチならぬ横文字オンチで、10年前までは「カメラ」を「写真機」、「チョーク」を「白墨」などと言っていたのですから、押して知るべし、今も新横文字用語がわからず、全然覚えられないで苦労しています。
ちょっと英語などで言うとセンスが光ることもあるのに。
チョッキもやっとベストと言ったら、フランス語で「ジレ」と言うのよなんて言われたりして。
一頃は写真にあるような本を買い込んだりしていましたが、ほんの数頁でやめています。世に語学の天才が多い中、そのまるっきり反対できっぱり努力することをやめました。その時間、お花をたくさん見られるし。
とまあ、今日は意気地のないお話でした。

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2008年10月16日 (木)

実篤公園と深大寺

Photo_15 秋の文学散歩(その1)で尋ねたのが調布市です。

仙川に武者小路実篤が90歳で亡くなるまでの20年間を過ごした家があります。
約1500坪の敷地は現在「実篤公園」となり、邸宅の他に「武者小路実篤記念館」があります。
子どもの頃から水のあるところに住みたいという願いどおりに居を定めたこの地は、湧水地なので、湧水の滝と池が2つもあり、池にはあづまやや中ノ島まで存在します。又、竹林、野草園、菖蒲園まであってたくさんの草木が生い茂り、武蔵野の面影を残しています。

↓住んでいた邸宅

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↓池                            ↓竹林

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↓家の中と記念館の中

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実篤といえば、『白樺』創刊、「新しき村」創設。文学作品は『お目でたき人』『その妹』『友情』『愛と死』『真理先生』が代表作であるが、もっと有名なのが誰でも見たことがある書画でしょう。
カボチャや貝殻が好きだったようで、邸宅内に遺品・愛蔵品にたくさん見られます。
この絵は、今はなくなったけれども、マンホールの蓋にもなっていたとのこと。

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実篤の父は子爵、母も「勘解由小路(かでのこうじ)」家出身、武者小路家は遠く藤原鎌足へとたどり着きます。
文化勲章受賞や、志賀直哉等との交流など、さまざまな活動や作品を見て、作家の生涯を偲ぶことができました。作品も1つくらいは読み返してみたい。果たして今の私にはどのように読めるでしょうか。

次に向ったのが深大寺です。
天平5年(733年)創建の寺で、私が住んでいる武蔵国分寺が天平13年(741年)なので殆ど同時期です。
どちらも湧き水豊富な地で、古代人にとっても住むのに好適地だったことが伺われます。
ちなみに都内で最も古く好適地として住まわれたのが、寅さんの柴又だったとか。

↓湧水池                    
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↑本堂                         ↑そば守観音

文学散歩としての深大寺は
むくろじの 実のまだあをき 庫裡の前 もの申すこゑの 我はありつつ
と詠った北原白秋です。
歌集『黒檜』に「深大寺の九月」と題する一連の歌が収められています。眼病を患っていて小康を得た昭和13年9月の歌です。
その頃からあったムクロジが青い実をつけて、境内に大きく広がっていました。落ちた青い実の中には、あの羽つきの羽根の球になる黒い種子が出来ていました。実の皮は石けんの代用になったのでしたね。

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本堂の隣の元三大師堂の前には↓巨大なキンモクセイがあって、良い香りがあたり一面に漂っていました。
自分の体の悪い所がよくなるように、↓賓頭盧尊者のその部分に触るといいということで、頭と目と口を念入りに撫でてみました。

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資料館などをまわるというのに、初めて眼鏡を忘れて、細かい字を全然見ることが出来ず、おまけにカメラのピントが合っているかもわからず、往生しました。

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ダリアと秋のバラ

神代植物園のダリア園のダリアが満開です。気に入った名前のダリアです。

↓超人                       ↓珍流

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↓エンマカロリン                  ↓クロイドンエース

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↓浮気心                      ↓土俵入り

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バラ園は新聞やテレビで紹介されて人でいっぱいでした。たくさんの種類の中から8種類。

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2008年10月13日 (月)

4DKの遺品整理に70万円

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テレビがやっと見られるようになった頃、「パパは何でも知っている」などのアメリカのホームドラマを観て、何てアメリカは大きな家に住み素敵なインテリアに囲まれて素晴らしい生活をしているのだろうと憧れたものでした。
時代は進んで、日本のごく庶民の私もうさぎ小屋を手に入れ、椅子生活になり、いろいろな物をこまごま買い入れ、粗大ゴミに出してはまた買い込み、なんて馬鹿なことをしたのでしょう。消費者は王様、どんどん買ってどんどん捨てる。そんな罰当たりな生活のツケがゴミ問題、地球温暖化となって押し寄せてきました。
物を大切に命を全うするまで使おうと世の中は真っ逆さまな方向に、かと思うとどんどん捨てましょうと。
貧→物質が満たされる→価値観ある生活に切り替え心を満たす方向に流れてきたように考えます。

かくして年を取り、目に付いたのが10/9の新聞記事「人生のエンディング・遺品整理」です。
この世を旅立つ時持っていけるものは1つもなく、形見分けされるものもごく僅かとか。片付けは誰かに頼まなければならず、遺族は遺品整理に何日もかけられないので、専門業者に頼むことも多いそうだ。
遺族が支払う料金は2DKで35万円とのこと。我が家は70万円か。
<どんなに大事にしていたものでも、死ねばみんなゴミ>・・・本当にその通りです。
<持ち物を始末する努力を>・・・家の中のたくさんの物を眺めながら、できるだけそうしたいと再び真剣に思います。過日、捨てる決心をしながらたいして進行してないことにため息が出るのでした。

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2008年10月11日 (土)

奈良「山の辺の道」

「山の辺の道」は大和盆地と東側の三輪山・巻向山などの山地の境界線に南北に走っている、古代に開かれた日本最古といわれる道です。

クラス会メンバー有志4人で、時々雨がぱらつく中、北の天理から南の桜井までのルートを時間の関係で、逆の桜井の1つ北の駅三輪から天理に向けて出発、約11kmをぶらぶらと6時間かけて歩きました。
道筋には古墳の他に神社・寺・歌碑・石仏などがあり、万葉集にも出てくる地名や旧跡もあり、景色ものどかで美しい道です。

神武・綏靖・安寧・懿徳・孝昭・孝安・孝霊・孝元・開化・10崇神・垂仁・12景行・・15応神・16仁徳・・・21雄略
高校時代に覚えた歴代天皇も今は最初の方少しだけしか出てこないです。
この山の辺の道には10代崇神天皇(実在の可能性のある最初の天皇と考えられている)と12代景行天皇(日本武尊の父で日本神話が誕生した頃の天皇)の陵があります。

まず三輪山が御神体の[大神神社]です。伊勢神宮、出雲大社と並ぶ古社の1つとされています。
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次に[狭井神社]があります。三輪山入山の窓口の神社。

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さらに行くと[玄賓庵]。 玄賓僧都が隠棲していた庵。謡曲「三輪」は玄賓と三輪明神の物語を題材にしたもの。

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[檜原神社]は鳥居があるのみ。 崇神天皇が天照大神を祀った社で、後に天照大神は伊勢神宮に移された。

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[大和の青垣] このあたりは大和青垣国定公園に指定されている。
<大和は国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる大和し 美わし>
と古事記にうたわれた。遠くに見える山、近くに見える山、天皇陵と幾重にも緑の垣根に囲まれているから。
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↓景行天皇陵                  ↓崇神天皇陵
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さらに進むと[長岳寺]です。このあたりは奈良古都の写真で有名な故・入江泰吉が好んで撮影した場所だそうです。
弘法大師創建のお寺で重要文化財の仏像がある。狩野山楽の描いた「大地獄絵」が自分が落ちたら恐ろしい。

↓長岳寺・わが国最古の鐘楼門         ↓本堂

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↓延命殿                       ↓石棺佛

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柿本人麻呂の歌碑があります。
<衾道 引手の山に 妹を置きて 山路をゆけば 生けりともなし>
この地で妻を亡くした柿本人麻呂の慟哭が偲ばれる碑です。
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さらにこんな道を行く。

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最後の石神神宮に到着です。御神体は神武天皇ゆかりの神剣。国宝の檜皮葺きの拝殿は日本最古。境内に神鶏としてニワトリが飼育されている。

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天理駅までタクシーで見た天理教の大学、病院、各施設などの建物がビルと違って屋根がついていて、異様な感じで目を瞠ってしまいました。
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ちょっとだけ降られたけれども、日本最古の道を万葉集の歌などを思い出しながら歩けとおせたことが、何より嬉しい。奈良に住む友人が下見をしてくださり、同じ道をまた歩いてくださったこと、同じくお疲れの幹事さんも同行してくださり、もう一人の方が提案してくださったことを感謝します。

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2008年10月 7日 (火)

近江(石山寺・三井寺・延暦寺)

クラス会で近江を尋ねました。修学旅行以来なので殆ど覚えておりませんでした。

[石山寺]
↓東大門

Photo 石山寺は境内から硅灰石が出たのが寺の名前になったと言う。
聖武天皇の勅願により良辨僧正のよって開基され、西国巡礼十三番の札所。広い境内にはたくさんの建造物があります。
遠く瀬田の唐橋も望めます。

↓天然記念物 硅灰石

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今年は「源氏物語千年紀」、紫式部が『源氏物語』を書いてから丁度千年に当たる記念すべき年というわけで、「石山寺と紫式部」展が開かれています。
というのも堂内「源氏の間」が紫式部が「源氏物語」を書いたところと伝えられているからです。
紫式部は「女手ーひらがな」を駆使して複雑な喜び・怒り・哀しみ、また微妙な愛のありかたを表現したというわけです。
第一帖で挫折を繰り返してきた私ですが、是非田辺聖子の「新源氏物語」でも読もうと決心した次第です(ちょっとオーバー)。
↓源氏の間
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↓紫式部の銅像           ↓境内の苔が美しい

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↓瀬田川     ↓瀬田の唐橋(俵藤太秀郷がムカデ退治したという)  

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Photo_12  [園城寺(三井寺)]
近江八景「三井の晩鐘」で有名な三井寺は天台寺門宗の総本山。俗に「三井寺」と呼ばれるのは天智・天武・持統天皇の産湯に用いられた霊泉があって「御井の寺」と呼ばれたとか。
梵鐘は宇治の平等院、高尾の神護寺と共に日本三銘鐘に数えられる。是非聞いてみたいものです。

国宝「三井寺展」がそのうち東京でも開かれるそうで、この日最後の重要文化財の襖絵や障壁画を見ることが出来ました。
↓三井寺仁王門

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↓三井晩鐘

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↓穴太衆積み

Photo_15 [比叡山麓の門前町・坂本]・・・三塔十六谷、三千坊といわれる権勢をふるった比叡山延暦寺の台所を預かる町として栄えました。
京阪電車坂本線の終点・坂本で降りると日吉大社への参道の左右は延暦寺の里房が並んでいます。これは比叡山で修行を積んだ僧侶たちの隠居房だそうです。
またここには、「穴太(あのお)衆積み」の石垣があります。加工しない自然のままの石面を巧みに用いて美しい石積みを構成しているのが特徴だそうです。

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↑琵琶湖

↓東塔・根本中堂

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比叡山延暦寺]
坂本ケーブルに乗ると、琵琶湖が眼下に広がり、信長の焼き討ちや僧兵が駆け上がったりした昔を偲ぶうちに11分(日本で1番長い)で到着します。

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 ↑横川・横川中堂                                 ↑西塔・釈迦堂                                 

次は奈良「山の辺の道」へ行きました。

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