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2008年10月16日 (木)

実篤公園と深大寺

Photo_15 秋の文学散歩(その1)で尋ねたのが調布市です。

仙川に武者小路実篤が90歳で亡くなるまでの20年間を過ごした家があります。
約1500坪の敷地は現在「実篤公園」となり、邸宅の他に「武者小路実篤記念館」があります。
子どもの頃から水のあるところに住みたいという願いどおりに居を定めたこの地は、湧水地なので、湧水の滝と池が2つもあり、池にはあづまやや中ノ島まで存在します。又、竹林、野草園、菖蒲園まであってたくさんの草木が生い茂り、武蔵野の面影を残しています。

↓住んでいた邸宅

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↓池                            ↓竹林

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↓家の中と記念館の中

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実篤といえば、『白樺』創刊、「新しき村」創設。文学作品は『お目でたき人』『その妹』『友情』『愛と死』『真理先生』が代表作であるが、もっと有名なのが誰でも見たことがある書画でしょう。
カボチャや貝殻が好きだったようで、邸宅内に遺品・愛蔵品にたくさん見られます。
この絵は、今はなくなったけれども、マンホールの蓋にもなっていたとのこと。

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実篤の父は子爵、母も「勘解由小路(かでのこうじ)」家出身、武者小路家は遠く藤原鎌足へとたどり着きます。
文化勲章受賞や、志賀直哉等との交流など、さまざまな活動や作品を見て、作家の生涯を偲ぶことができました。作品も1つくらいは読み返してみたい。果たして今の私にはどのように読めるでしょうか。

次に向ったのが深大寺です。
天平5年(733年)創建の寺で、私が住んでいる武蔵国分寺が天平13年(741年)なので殆ど同時期です。
どちらも湧き水豊富な地で、古代人にとっても住むのに好適地だったことが伺われます。
ちなみに都内で最も古く好適地として住まわれたのが、寅さんの柴又だったとか。

↓湧水池                    
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↑本堂                         ↑そば守観音

文学散歩としての深大寺は
むくろじの 実のまだあをき 庫裡の前 もの申すこゑの 我はありつつ
と詠った北原白秋です。
歌集『黒檜』に「深大寺の九月」と題する一連の歌が収められています。眼病を患っていて小康を得た昭和13年9月の歌です。
その頃からあったムクロジが青い実をつけて、境内に大きく広がっていました。落ちた青い実の中には、あの羽つきの羽根の球になる黒い種子が出来ていました。実の皮は石けんの代用になったのでしたね。

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本堂の隣の元三大師堂の前には↓巨大なキンモクセイがあって、良い香りがあたり一面に漂っていました。
自分の体の悪い所がよくなるように、↓賓頭盧尊者のその部分に触るといいということで、頭と目と口を念入りに撫でてみました。

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資料館などをまわるというのに、初めて眼鏡を忘れて、細かい字を全然見ることが出来ず、おまけにカメラのピントが合っているかもわからず、往生しました。

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コメント

僕たちの時代はまだ、
武者小路実篤は読まれていましたが、
今はどうでしょうか。

かれの書画は
生活のリズムを刻んでいるようで、
のどかでなごみますね。

投稿: YUKI-arch | 2008年10月17日 (金) 03:03

★YUKI-archさま

そうですね。
文学部の学生にも読まれていないでしょうね。
書画もそうなのでしょうか。

画の中の字ですが、楷書で崩してないのが印象的です。
見ていると確かにおっしゃるように、心が和みます。

投稿: tona | 2008年10月17日 (金) 08:39

アハハ、最後の写真は確かにちょっとピンボケ?
いや、私の目のセイかな^^。

投稿: saheizi-inokori | 2008年10月17日 (金) 12:10

★saheizi-inokoriさま

そうなんですよ。
凄いピンボケです。
暫くは眼鏡だけは忘れないようにするでしょう。
玄関を出るときからかけてしまえばいいのですが、つい鬱陶しくて。

投稿: tona | 2008年10月17日 (金) 12:45

実篤公園があるのですね。

武者小路実篤、「友情」を読みました。

なんだか懐かしいです。

大きな大きなキンモクセイの木ですね。

あたり一面いい香りが漂っていたでしょうね。

投稿: もみじママ | 2008年10月18日 (土) 14:21

「秋の文学散歩」とってもいい響き
です。今でも文学散歩出来る人生に
乾杯です。武者小路実篤さんの公園
に記念館に銅像も見せていただき感
動しております。
733年創建の深大寺の威厳さに驚
きました。お写真も豊富にみせてい
ただき、ありがとうございました。

投稿: 老春 | 2008年10月18日 (土) 16:22

★もみじママさま

『友情』読まれたんですね。
私はもうすっかり忘れてしまいした。
今度ちょっと読み直してみようかと思っています。

キンモクセイ、大きいでしょう!
今まで見た中で1番大きなキンモクセイでした。
丁度満開で良い香りがあたり一面でしたよ。
遅くなってすみませんでした。

投稿: tona | 2008年10月19日 (日) 22:09

★老春さま

遅くなってすみませんでした。
こちらこそ写真を丁寧に見ていただきありがとうございました。
東京の町も文学に関してだけでも、いたるところ散歩道となりますね。
文学に関してもほんのちょっぴり、齧っているだけですから知らないことばかりです。
今回はたまたま知っている人で親しみがありました。
深大寺にもその名の謂れがありました。
東京でも最も古いほうに入るお寺だったのですね。

投稿: tona | 2008年10月19日 (日) 22:14

実篤公園というのがあるのは知りませんでした。近いうちに一度行ってみたいと思います。武蔵野の面影が残っているのですね。代表作を読んだのは、さていつのことだったか?遠い昔のような気がします。
深大寺ももう一度訪ねてみたい場所です。

投稿: 茂彦 | 2008年10月20日 (月) 07:39

★茂彦さま

私も知りませんでした。
この代表作昔読みましたが、さっぱり内容は覚えていません。
今の時代と全然違った世界なのでしょうね。
私が行った同じ場所にお尋ねくださったことがあって、有難く思います。
深大寺界隈、いつも賑わっていますね。
お蕎麦を食べ損ないました。

投稿: tona | 2008年10月20日 (月) 09:24

恥ずかしながら、武者小路実篤という名は知ってましたが、どの作品とも出会うことなく今日まできてしまいました。
すごい方だったのですね。。。

大きな金木犀の木ですね~
香りもすごかったでしょう?
1里先でも香りが届きそうです(笑)

アハハ、最後ブレちゃいましたね。
皆さんが触りすぎて崩れてきてるのかと思いました。


投稿: ちょびママ | 2008年10月20日 (月) 17:44

★ちょびママさま

凄く大変なのにコメントしていただいて涙が出てしまいます。感謝です。
でもいつも明るく一所懸命なお姿に安心したりもしています。

若い方はもう教科書でも武者小路実篤を習うことがなくて知らない人のほうが多いのではないでしょうか。日本文学も芥川賞・直木賞の作品内容も随分変わったと思います。
こんな文学散歩を喜んでいるのは高齢者ばかりでした。

こんな大きいキンモクセイは初めてでしたが、仰るとおりあたり一面でした。
あはは、、触りすぎて崩れたのならよかったのですがね。

投稿: tona | 2008年10月20日 (月) 20:35

 こんばんは。
 すっかり秋めいた深大寺、いいですね。
 お堂の前の木は、金木犀でしたか。行けなくても、香りが感じられるようです。
 おびんづる様は、わたしも撫でまくりました。東大寺にもいらっしゃいましたが、こちらはあまりにも大きくて、足にしか触れませんでした。

 実篤公園、初めて知りましたが、やはり水が多くて、いいところですね。また行きたいところが増えました。それにしても1500坪というのは驚いてしまいますね。

投稿: Nora | 2008年10月22日 (水) 21:33

★Noraさま

こんにちは。
金木犀とムクロジの大きさには驚きました。それもそう、北原白秋も見ているのですから。先人たちもこうして眺めたのだなあと感慨深いです。
おびんずる様が東大寺もですか。知りませんでした。
西洋にも金銅などで出来ている像を撫でるのがありますが、金ぴかです。このおびんずる様もかなり光っていました。
実篤公園は傾斜地ですから、崖のようなところから水が湧いています。実篤が水が好きだったことを新たに頭に入れました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2008年10月23日 (木) 16:29

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