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2009年4月29日 (水)

甲斐武田の里(4/19)

Photo_16 童謡「花かげ」

十五夜お月様 一人ぼち
桜吹雪の 花かげに
花嫁姿の お姉さま
車にゆられて 行きました

十五夜お月様 見てたでしょう
桜吹雪の 花かげに
花嫁姿の 姉さまと
お別れ惜しんで 泣きました

十五夜お月様 一人ぼち
桜吹雪の 花かげに
遠いお里の お姉さま
私は一人 なりました

Photo_17 説明板にあるように、「花かげ」は山梨県の塩山駅から行く、塩ノ山南麓の向嶽寺の境内に関係があります。
郷土の詩人大村主計が少年の頃、このお寺の桜並木を通って姉が嫁入りする後姿を涙ながらに見送った体験を詩にした歌です。幼い妹が歌った女性の作かと勘違いしていました。「瀬戸の花嫁」とは時代の違いです。
その向嶽寺の桜がもう散っていたので取り忘れました。
↓お寺から登った塩ノ山の山頂からの眺め、富士山がうっすらっと。

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↓山にはオトコヨウゾメ(スイカズラ科)とヤマツツジがあちこちに咲いています。
オトコヨウゾメを「男用済み」と話題にする人が多い。

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↓サワフタギ(ハイノキ科)か?
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↓吉祥寺の枝垂桜
↓雲峰寺のエドヒガンザクラ 樹齢700年 樹高21.5m 幹周り5m
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↓乾徳公園

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↓洞雲寺は石像だらけ

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↓膝立の天王桜 県指定天然記念物

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2009年4月28日 (火)

西新井大師の牡丹

知人が16日に咲いたと写真をメールで送ってきてくれました。

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弘法大師ゆかりの総持寺・西新井大師は
「西の長谷寺 東の西新井」として牡丹の名所です。寺社では関東一。
奈良の総本山長谷寺から移植され、文化文政期(1804-30)頃より展開。

↓雨などで行く機会がなく遅れて26日に行ったら残念ながらだいぶ萎れていました。
芍薬がぽつんぽつんと咲いていたのでした。

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↓藤は満開、樹齢700年で、長さ1mくらいはあるでしょうか。あたり一面香っていました。

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↓オオデマリも立派です。
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花を見てからお参りです。
↓大本堂                       ↓水子地蔵

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↓滝と池

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↓山門                        ↓弘法大師像 

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2009年4月25日 (土)

映画『スラムドッグ$ミリオネア』

ツルオドリコソウ(シソ科・踊子草と同じ花で色が黄色)がもう咲いていました

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立て続けに映画2本観てきました。

『スラムドッグ$ミリオネア』
世界中にある4択、賞金が倍々になるクイズ番組、ミネオリアがインドを舞台に行われている。
このクイズにスラム育ちで殆ど教育を受けていない若者が挑戦している。
何故?挑戦、何故?最高賞金まで行ったのか。
どう考えても殆ど勉強していない子が、この難問に答えられるわけがない。
しかし彼の育った過酷な人生にその答えが全部結びついていたというのである。
どんな問題とも結びつくほど、彼はめまぐるしい体験の連続の人生を送ってきたのか。
全問答えられたのはこれは奇跡としかいいようがないが、奇跡としても私には不自然と受け取れてしまった。
しかし映画だからいいのでしょう。
それにしても以前観たフィリッピンのスラムのドキュメンタリーの上を行く、凄まじいとしか言いようのないスラムである。のっけから打ちのめされそうな光景が続く。
孤児になった兄弟が恐ろしい魔の手から逃亡して、タージマハルであらゆる違法な行為をしてでも生き延びていく、その逞しさは計り知れない。
一見そんなに強そうに見えない若者がクイズに挑戦するのも、幼いときに行動をともにした女の子と離れ離れになって、またその子に会いたい一心からだ。
彼にとって彼女が、こんなにないない尽くし生活の中の一条の光であり続けたわけだ。賞金と彼女の両方を手にするハッピーエンドの物語であるけれども、インドの最も貧しい人々の凄まじいエネルギーに圧倒されてしまった映画でした。

『ある公爵夫人の生涯』
一転してこちらは18世紀後半の豪華なあつらえの館に、大勢の召使にかしずかれ、贅沢な生活の公爵夫人の生涯を撮った映画。
ダイアナ元妃の先祖ということで観たくなった映画です。
どんなに富と家柄に恵まれても、貴族は家系を絶やさないために、男の子を生まなくてはいけないという道具として結婚を強いられ、愛のない生活に縛られ、それはそれは悲しい毎日の連続です。
この実話の場合、彼女の親友まで夫が愛人にして同じ屋根の下に生活する。夫と親友に裏切られて、後に首相になる人物と恋する仲になるが、許されずに恋人との子供とも引き離される。彼女亡き後、彼女の遺言で夫は愛人と結婚するのがまた涙を誘われる。
ただこの映画は本年度アカデミー賞で最優秀衣装デザイン賞受賞だけあって、次々と装われる衣装に釘付けです。
スラムと貴族、どちらも悲しみ・不幸は質は違っても同じ、比較するのもおかしいのですが、どちらもノーサンキューです。

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2009年4月22日 (水)

春の文学散歩(その1) 小石川・本郷

文京区は港区についで坂の多い区で、ゆかりの文学者も多い町です。

菊坂の家に咲いていたヤマボウシの花、まだ開ききってないのか

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地下鉄後楽園駅を降りると、すぐ礫川(れきせん)公園と砲兵工廠と諸工伝習所跡があります。
東京は明治時代から軍隊の町だったわけで、小石川だけでなく、代々木、神宮、青山、北の丸などにも練兵場や秘密の軍事工場などがありました。
さらにこの裏手には東京都戦没者霊苑と戦没者記念会館があります。
この記念会館で見た、若き特攻が書いた遺書などに涙を誘われました。

↓礫川公園は八重桜が満開     ↓文京区役所展望台からの公園一帯

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↓砲兵工廠・諸工伝習所跡           ↓東京都戦没者霊苑
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またまた「こんにゃくえんま」の源覚寺です。
眼病の老婆が閻魔大王に祈願したところ、閻魔大王が自分の目をあげて老婆は治った。閻魔の右目がその後ひび割れていたとか。それから老婆は好物のこんにゃくを断って、お礼にこんにゃくを供えたそうで、現在もお参りの人がお供えにも持ってくるこんにゃくが積まれている。
 ↓お供えのこんにゃく             ↓閻魔大王の絵馬
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↓塩地蔵尊(清い塩、参詣者は自分の悪いところを触って祈願する)も閻魔堂の隣にあります。
↓汎太平洋の鐘(1690年元禄時代に鋳造された鐘で、1937年にサイパン島に転出、南太平洋にひびきわたる。その後消息不明になっていたが、1949年アメリカよりこの源覚寺に寄贈された)     

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↓本郷通りと春日通りに囲まれた一角に、今は世田谷給田に引っ越してしまった、藤堂高虎によって再建された真光寺跡がある。取り残されてしまったのがこの露座の十一面観音菩薩像です。都内で露座の仏像は珍しいとのこと。

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「文京ふるさと歴史館」では弥生土器が発見の地とかで土器片など展示されています。五千円札に載っている樋口一葉、石川啄木、幸田露伴、森鴎外、島木赤彦など100人に及ぶ文豪がこの地に関係して展示されています。
気象予報士の半井さんが、樋口一葉の師であり、思慕の人であった半井桃水のお孫さんであったとは。
↓石川啄木が家族と住んだ床屋さんの家は、まだ同じ床屋さんが営業しています。
↓都心はタチアオイやシランなど満開で花が何でも早いです。
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↓菅原道真が祭神の桜木神社  絵馬は桜

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最後は麟祥院です。有名な家光の乳母春日局が引退したときに、仏門に帰依して創建した庵で死後菩提寺とした。当時、周囲をからたちの木で垣をめぐらしていたので「からたち寺」と呼ばれていた。
京都花園妙心寺の末寺で、麟祥院は春日局の法名で呼称されるようになった。
春日局の墓は穴が2つ開いている実にユニークで忘れられません。

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↓麟祥禅院        ↓タイツリソウやヤマシャクヤクなどが咲いていた

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2009年4月18日 (土)

イチリンソウ

4月16日の植物観察会はまた所沢でした。

ちょっとした林内のイチリンソウ(キンポウゲ科)の群落です。
ニリンソウより大きく直径4cmくらいあるでしょうか。夏の終わりに咲くキツネノカミソリの葉とまざって咲いていました。
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茎葉の間から3本柄を出して3つの花を咲かせているニリンソウ(ピンボケで見にくいですね)
別にサンリンソウというのもあるそうです。
イチリンソウとニリンソウの葉の違いがやっとわかりました。

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フデリンドウ(リンドウ科)、春に咲くリンドウで花が筆の穂先に似ているとか。美しい色と形をした花です。
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セリバヒエンソウの群落もありました。
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ウワミズザクラ(バラ科)も満開です。

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ハナズオウ(マメ科)の畑。濃淡2種類のハナズオウとシロバナハナズオウ

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2009年4月16日 (木)

『びっくり先進国ドイツ』熊谷徹著

        白菜の花                 大根の花

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『びっくり先進国ドイツ』熊谷徹著

ドイツ人は節約家であるとか、衣食にお金をかけずに旅行・住居のお金をかけるとか、個人主義が徹底しているなどイメージとして知っていたことはありました。
この本を読んで最もびっくりしたのが、カトリックもしくはプロテスタントの信者は教会税を払わなくてはならないということ。
例えば税引き前の月給が約47万円のサラリーマンは毎月1万400円の教会税を納めなくてはならないそうで、年では12万5千円、30年で370万円になる。
教会税以外にも所得税、旧東ドイツ再建のための連帯税や社会保険料で収入の4割近くを天引きされる。
そのため教会税だけでも節約しようとする人が教会を脱退するわけで、キリスト教信者が94%を占めていたのが過去20年間に64%に激減してしまったそうなのです。
教会税を取る教会は、幼稚園や養老院の運営や、ホームレスの支援、第3世界への援助活動など有意義な活動を数多く行っているそうではありますが。

あとおかしかったのが、ヨーロッパ人の頭髪は、概して柔らかくサラサラしているので、日本人の頭髪は太くて切りにくいと文句を言う理髪師がいるというのです。
女性の場合は、「髪の毛が洋服につきますよ」という変な理由をつけて洋服を脱がされるところもあるそうです。
日本人が700人しか住んでないミュンヘンには日本人経営の日本人向け理髪店があり、フランクフルトにもデュッセルドルフにもあって、遠くからやってくる日本人もいるそうです。
美しい街並みに感動しながら通り過ぎる旅人には見えない、意外な良い面悪い面があることを紹介する本でした。

「国分寺仁王門」をくぐって階段を上がると「国分寺薬師堂」があります。
「薬師如来坐像」が安置されていますが、まだご開帳にめぐり合えません。
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薬師堂の裏には壊れかけたのも含めて64体のかわいい石像があります。いつ誰が作ったのか?いろいろな顔があって見ていると楽しいです。

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2009年4月12日 (日)

タツタソウの花

5月末にやっと給付金の申請書を送付と市報にちらっと出ていました。
実際に手にするのは早くて6月末でしょうか。使い道はもう決めてあるのですが。

4月6日~8日の近くの公園と寺(国分寺)の花です。公園も庭もあっという間に一面緑に覆われました。

↓モクレンとハクモクレンの雑種のサラサモクレンでしょうか。薄いピンクの花がびっしり咲いていました。
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↓ユキヤナギとレンギョウ、アセビがまだまだ真っ盛りでした。

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↓ユキヤナギ (バラ科)          ↓アセビ(ツツジ科)

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↓カキドオシ(シソ科) ムラサキサギゴケとトキワハゼに花がそっくりです。
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お寺に入っていくと
↓イカリソウ(メギ科)は毎年よく咲いています。

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↓タツタソウ(竜田草・メギ科)別名糸巻草 サイトの友人たちに教えていただきました。
 朝鮮半島北部、中国北東部、アムール地方が原産の多年草。日露戦争のとき軍艦「竜田」の乗組員が1904年に黄河流域で採集したのが名前の由来とのこと。
薄紫の花は6弁で美しい。1枚がめくれあがってしまっています。

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 ↓イワヤツデ(ユキノシタ科)
 中国から朝鮮半島原産の多年草で、岩地に生えて葉が八手に似る。

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       ↓ヒトリシズカ(一人静・センリョウ科)4枚の葉が輪生。

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2009年4月 9日 (木)

花祭と阿修羅展

昨日は潅仏会、お釈迦様の誕生を祝う花祭でした。
このお寺では、桜と菜の花で飾った花御堂の中に甘茶で満たされた潅仏桶が置かれ、誕生仏の像が中央に安置されていました。

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柄杓で像に甘茶をかけ、甘茶を振舞っていただきました。95歳の墓守の婦人が全部支度をしてくださいました。とても元気です。
甘茶は何と小学生のとき以来です。おやつのない時代に甘茶が凄いご馳走の飲み物だった記憶があります。懐かしい味でした。
甘茶をかけるのは、釈迦の誕生のとき、産湯を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだという伝説に由来する。

↓東京国立博物館の桜。枝垂れていて花びらが毬のように集まっているという、面白い桜です。

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Photo_6 平成館で「国宝 阿修羅展」を観ました。
興福寺創建1300年記念展で八部衆の1つ、国宝・阿修羅像が単独で展示室に安置され、360度全方向から拝観できる。
何でも古代ペルシャの最高神で、古代インドでは、魔神アスラとしてインドの帝釈天と戦争して常に負けていたそうで、その戦争の場を修羅場という。
その後、仏教の八部衆に属する守護神となったわけです。
興福寺の阿修羅像は、そんな修羅場の神とは思えない、三面六臂の美少年の姿。八頭身美人の女性のよう。強烈な印象を与えられる像でした。

もう1点、法隆寺の国宝・阿弥陀三尊像は阿修羅像を発願した光明皇后の母、橘三千代が日ごろ拝んでいたと伝えられるもので、素晴らしいお顔と細かい彫刻に魅せられ、離れがたかったです。

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2009年4月 6日 (月)

千鳥ヶ淵の桜

今年の桜、待たされました。やっと満開ということで、三度東京に住んで23年、初めての千鳥ヶ淵へ行きました。1 昨日(4日)のことです。
井の頭公園もなかなかいいのですが、ここはそれ以上に素晴らしく、今までで最高の桜見物となりました。

↓千鳥ヶ淵展望台から

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↓展望バスが2台通りました。寒くなく気持ちよさそうです。

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↓枝垂桜とシャクナゲ

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↓東京国立近代美術館工芸館 元陸軍近衛師団指令部庁舎として明治43年建立
   (簡易ゴシック様式イギリス積み赤煉瓦造で外国にいるようです)

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↓皇居の乾門まで歩いて廻ってきました。 
↓北白川宮能久親王銅像(近衛師団長として台湾にご出征、そこで薨去遊ばされた)
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↓北の丸公園からの千鳥ヶ淵

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↓田安門近くのお堀

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  ↓靖国神社

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↓靖国神社の桜の老木

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2009年4月 3日 (金)

小学生に声かけられて

ミズキの新芽

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小学生にあいさつしただけで通報されることがあります。
子供を狙った誘拐事件や殺傷事件などが少なくない世の中、栃木県のある市の警察では、人に声をかけられても相手にせず逃げるか防犯ブザーをならすか、警察にすぐ通報するように家庭で子供に指導するよう注意を喚起しているそうです。
確かに出会い頭に何かされてしまう可能性だってあるので、この注意喚起は正しいことでしょうが、今後小学生を見かけても、挨拶は勿論、道を尋ねることもしてはいけません。大変な世の中になってきました。

先日植物観察会で所沢市を歩いていたとき、下校途中の小学生の女の子2人連れに会いました。その2人が大きな声で「こんにちは」と挨拶してくれました。次にやってくる子も同じです。その次に5,6人の子がやってきたのですが、男の子が「どこへ行くの」の問答で、「一緒に行ってもいいか」と言ったのには驚いてしまい、「今日は早く家に帰リましょうね」と同行の人が言ったら、「じゃー、さようなら」と皆で挨拶して帰っていきました。
おばあさんの一群だからだったからでしょうか。何だか微笑みたくなるような小学生でした。

       ↓所沢の砂川堀はまだ冬景色

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       ↓まだ蚕を飼っている家の桑畑、冬は全部上部を伐採

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↓アオイスミレ 葉が葵の葉のようで、花は縮れているように見える

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↓アオイスミレの新葉が出てくるときは筒状に伸びてきて、白い産毛が生えている

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       ↓イチリンソウ(キンポゲ科)の蕾の開きかけが可愛い

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      ↓セントウソウ(セリ科)白い花は小さく、葉がセリにそっくり   

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↓カナムグラ(クワ科)の芽生え(子葉と本葉)、先生が特別に教えてくださいました。
 百人一首(恵慶法師)
 八重葎 しげれる宿の 淋しさに 人こそ見えね 秋は来にけり
このヤエムグラはカナムグラを指すといわれる。というのはヤエムグラは秋に芽吹いて   春開花結実枯死し、夏は種子で休眠だから。
カナムグラは今芽生え、蔓を伸ばしてはびこり、荒れて手がつけられない状態になり、おまけに茎に棘がついている。
 この歌では落ちぶれた貴族のさまをたとえている。

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↓シキミ 花を仏壇や墓に供える 樹皮や葉から線香や抹香を作る
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       ↓キビシロタンポポ又はシロバナタンポポ(キク科)

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↓河童が皿に植木鉢を載せていました
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