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2009年10月16日 (金)

秋の文学散歩(3)三鷹界隈

[国木田独歩]

中央線武蔵境駅で降りて、北側数百メートル歩くと玉川上水に着く。
そこに国木田独歩の文学碑や橋があり、少し入ったところに独歩が「武蔵野」に描いた雑木林があるが、100年以上も前の雑木林が残っているのはこの一角のみである。

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↑この残された林は独歩が恋人佐々城信子とデイトした場所である。信子とはいろいろあってやっと結婚するが、半年後には離婚の憂き目に会う。
信子の従姉妹(母親同士が姉妹)の相馬黒光(こっこう)の手記『国木田独歩と信子』によれば、独歩は理想主義的、独善的、男尊女卑的な人物だという。

相馬黒光とは夫の愛蔵と共に新宿中村屋を起こした実業家、社会事業家。木村屋がアンパンなら、彼女はクリームパンを発明し、中華饅頭、月餅、インド式カリーなど考案する一方、絵画、文学サロンをつくった人として有名である。

↓独歩詩碑が三鷹駅駅北口にある。
  山林に自由存す
  われこの句を吟じて血のわくを覚ゆ
  嗚呼山林に自由存す
  いかなればわれ山林をみすてし

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[太宰治]

太宰は昭和23年6月13日、三鷹駅と吉祥寺駅の間の玉川上水で、美容師の山崎富栄と入水自殺、19日に下流の井の頭公園近くで発見された。
今は柵がある上水も、往時はなく、水は2m以上もの深さで勢いよく流れていたそうである。

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この近辺には太宰ゆかり場所が多い。
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6月19日の桜桃忌はお墓のある禅林寺で行われる。太宰治がここに眠る因縁となったのは森鴎外の墓があったからである。
『花吹雪』に、三鷹下連雀の家の近くにある柔道の道場を覗き見して、若い頑強な肉体を、生まれて初めて胸の焼け焦げるほどうらやましく思った。うなだれてすぐ近くの禅林寺に行ってみる。森鴎外の墓がある。なぜ鴎外の墓があるのかわからないが、ともかく鴎外の文章にふさわしい清潔な墓地で、自分の汚い骨でもこんな墓地の片隅に埋められたら救われるような気持ちがする。しかし自分にはそんな資格はありそうにもない。墓地の選り好みなんて出来る身分ではないのだ。
というようなことを書いていたのだ。
道端には太宰治の出身地、青森県の金木町産の「玉鹿石」まで飾ってある。
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[山本有三]

山本有三は、同じく上水沿いの下連雀に昭和11年4月に家を建てた。スコットランドの邸宅風建築で今は「山本有三少年文庫」となっている。

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エントランスには『路傍の石』の「石」が置いてあった。とても大きな路傍の石である。

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庭は有三記念公園となっている。
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 [野口 雨情]

井の頭公園内に野口有情碑がある。大正13年からこの町に住んだからである。
  <広い東京の 気晴らしどころ ここは公園 井之頭ヨ>・・・で始まる全六節のうちの五節
  <鳴いてさわいで 日の暮れ頃は 葦に行々子 はなりやせぬ>が碑に書かれている。
↓雨情碑から見る井の頭池  

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池中に清泉湧出する所が7箇所あったので「七井の池」と呼ばれていた。三代将軍家光がこの水を愛し、城に引くようにと、弁財天のそばの辛夷の樹に「井頭」と彫ったことから「井の頭池」と呼ばれるようになった。
今この辛夷はすぐ上のお寺に移されたそうである。 

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コメント

いいお散歩ですね♪

ゆっくりと読み進めながら、一時、ご一緒に散歩させていただきました。

有難うございました。

投稿: もみじ | 2009年10月17日 (土) 09:02

もみじさま

気候がいい季節には、文学散歩は楽しいです。
もみじさんの方にもたくさんあるでしょう!
いつかご紹介いただけたら嬉しいです。
こちらこそ有難うございました。

投稿: tona | 2009年10月17日 (土) 09:22

禅林寺は妻の葬儀をやりました。
カトリックでやったのですよ。ホスピスの教会から神父に来てもらって。

投稿: 佐平次 | 2009年10月17日 (土) 09:53

★佐平次さま

そうだったのですか。
お寺でカトリックでなさったのですか。
ホスピスケアでの神父さんなのですね。
いいお葬式だった様子が浮かんできます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2009年10月17日 (土) 11:44

三鷹は、もうずーっと前のことですが、母方の叔母一家が住んでいた
ことのある地で、小学生のとき1度だけ行ったことがありますが、
ただ連れられて行っただけでしたので何の記憶も残っていません。
縁のある有名な方が何人かいらしたのですね。
木漏れ日も美しく、tonaさんがゆったりとしたお気持ちで
文学散歩を楽しまれたご様子が目に浮かびました。
太宰治は、憧れていたお寺に葬られ、故郷の石まで置いてもらい、
自分の死後の様子を知ることができるとするなら、どんなにか胸を
熱くしたことでしょうね。
路傍の石は読んだことがありますが(内容は忘れてしまいました)、
作者については全く何も知りませんでした。
戦前にこんな素適な洋館を建てていて、それが残っていることが、
意外なようにも思いました。


投稿: ポージィ | 2009年10月19日 (月) 11:45

★ポージィさま

小学生の時1度お見えになっていらっしゃるのですね。
私は井の頭公園近くの武蔵野市・吉祥寺と三鷹市・井の頭に住んだことがあります。
年始参りは寒川神社から井の頭弁財天に変わり、今でもここです。
おっしゃる通り、「自分なんてとてもこんなお寺に墓地を定める資格がない」と嘆いていたのに、ここに葬られ、毎年桜桃忌まで行われて、この世に戻ることが可能なら感激されることでしょうね。
ポージィさんて本当に優しい、天使のような方です。

私も「路傍の石」や「真実一路」「女の一生」など読みましたが、内容は何1つ覚えておりません。
この建物は進駐軍に目を付けられて接収されたため、もう山本有三はこの家に戻ることなく東京都に寄附したので、きれいに維持されているそうです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2009年10月19日 (月) 16:24

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