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2009年12月12日 (土)

トクサ(木賊)の垣根

トクサの垣根がありました。
トクサはかつて、実家にあって、まあ、増えること増えること!これを抜くのが若き日の私の役目でした。
とても強く、ほっておいても育つというのが印象的です。ですからうまくすれば、垣根にもなるのですね。あの時はそんなことは全然考えても見ませんでした。

トクサ(木賊、砥草:トクサ科)、別名は歯磨草(硬い茎で歯を磨いた)という。
砥石の代用の砥ぐ草。葉が退化して見えない。茎の表面に筋がついていてざらざらして、これで木材や金属の研磨に使用したそうだ。
昔は腸出血などを抑える薬としたそうだ。

Photo_2

↓クレマチスの垣根もありました。

Photo_3

↓ベニバナトキワマンサクの垣根は2,3見かけます。

Photo_4

我が家の何の変哲もないブロック塀と違い、クレマチスの垣根は四ツ目垣に這わせて、風通しよく涼しげで、お花の時期は素敵な風情です。
これが京都へ行けば、光悦垣、建仁時垣、桂垣などいろいろな垣根が寺院や数奇屋風の家に見られて、とても楽しい。

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今朝の新聞記事「高橋睦郎・花をひろう」に
ポール・ヴェルレーヌの「秋の歌」のことが載っていました。
あの有名な上田敏の他に堀口大学訳があったことを知りませんでした。

上田敏訳
秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し
鐘のおとに 胸ふたぎ 色かえて 涙ぐむ 過ぎし日の 思い出や
げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな

堀口大学訳
秋風の ヴィオロンの 節ながき啜泣 もの憂き哀みに わが魂を 痛ましむ
時の鐘 鳴りも出づれば せつなくも胸せまり 思ひぞ出づる 来し方に 涙は湧く
落葉ならぬ 身をば遣る われも かなたこなた 吹きまくれ 逆風よ

訳によって随分感じが違います。大学訳のほうが原詩に忠実だとのこと。

家のヤマボウシの落ち葉もなかなか多い。
残っている枝の紅葉が、いろいろな色で綺麗なのを今年初めて発見
Photo_5

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コメント

トクサの垣根、初めて見ました。
余分に拡がらない地中の工夫があるのでしょうか?

まっすぐに伸びて、これだけ揃うと壮観ですね。

tonaさんの着眼点、楽しいです。
見過ごしていた日常を振り返らせてくれます。

投稿: もみじ | 2009年12月13日 (日) 10:08

★もみじさま

多分、幅として広がっていくのを、どんどん抜いているのではないかと想像しています。
垣根の高さになるほど、こんなに高いのに驚きました。
手入れもそこそこにしないと格好が乱れてしまいますね。
この発想に敬服しました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2009年12月13日 (日) 12:25

垣根の垣根の曲がり角、たき火だたき火だ、落ち葉焚き、
昨日は公園でたき火をしているのをじっと立ちつくして見ていました。

投稿: 佐平次 | 2009年12月14日 (月) 10:35

 
トクサの垣根!初めて見ました。庭の湿り気のある場所に
いくらか固まって生えている、そういう光景しか見た事がありませんから、
この生垣にはびっくりです。保つのが大変そうですが、面白いですね。

クレマチスの垣根もすてきですね。花の時期にはみなが足を止めて
見ていくのではないでしょうか。竹を組んだこういうのを
「四ツ目垣」というのですか。その竹ともよくマッチしていますね。

ポール・ヴェルレーヌの「秋の歌」、訳によってずいぶんと感じが
違ってくるものですね。上田敏・訳の方が、ロマンチック感の強く
感じられる意訳の印象を受けました。

投稿: ポージィ | 2009年12月14日 (月) 11:17

★佐平次さま

垣根といえば、この歌ですね。
公園で焚き火をやっていましたか!
焼きいもが出てきたのかなあと想像したりします。
この頃は何処にも焚き火が見られないで寂しいです。ありがとうございました。

投稿: tona | 2009年12月14日 (月) 11:20

★ポージィさま

トクサは湿り気のある場所がいいそうですが、この垣根の場合は、水を常にやっているのでしょうかと思ったりしました。そいsていつもいつも抜いたり、倒れたりしないようにしているのでしょうね。
クレマチスの方もきれいに手入れして、すっきりしています。春が楽しみな垣根です。

ポール・ヴェルレーヌ「秋に歌」の上田敏訳は暗記させられました。
そのせいか、私の感性にもこちらがずっとロマンチックであっています。好みの問題でしょうね。
英語の教科書を辞書の言葉で直訳して、全然面白くない訳文を答案に書いていた日々が蘇ってきました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2009年12月14日 (月) 11:34

「秋の歌」
上田敏訳だけしか知らなかったです。

好きな詩だったし、暗記して一人一人朗読させられたせいもあり、今でも、すぐ口のぼります。
やっぱり、こちらの方が好きですね。

投稿: anikobe | 2009年12月14日 (月) 14:24

★anikobeさま

やっぱり上田敏訳の方がお好きですか!
私も暗記させられました。
本当に素敵な詩です。私もこちらが好きです。
同じ原文を訳しているのに、こんなにも表現が違うということに驚きました。
若い頃に覚えたのはすらすらと出てくるのに、最近はとんと覚えられなくなりました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2009年12月14日 (月) 20:26

トクサの垣根なんてすごいですね。
初めて見ました!
それにしても、いろんな垣根があって楽しいです。
こちらではウコギを垣根にしているお宅を見かけますよ^^

投稿: pochiko | 2009年12月15日 (火) 00:08

★pochikoさま、ありがとうございます。

トクサのこの垣根、長さもある程度ありますが、厚さがありました。その上、丈も長くて垣根に丁度良いです。
考えたものです。脱帽でした。

ウコギといいますと、山菜でとして天ぷらなどで食べますね。垣根にあの美しい葉があるのはいいですね。素敵です!
神代植物園に多くの種類の垣根が見本みたいに並んでいるのですよ。どれにしようかと迷うほどです。

投稿: tona | 2009年12月15日 (火) 08:25

私も新聞で堀口大学の訳を初めて知りました。
傲慢にも「うらぶれて ここかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな」に私を重ねたりしました。半世紀も前の高校時代のことです。

翻訳と言えば,ジイドの「狭き門」を2種類の訳で読みました。訳者によって雰囲気が全く違っていました。私は新潮文庫の山内義雄訳のほうが好きでした。

投稿: gaki | 2009年12月15日 (火) 18:50

★gakiさま

この歌にご自分を重ねられたそうで、文学青年でもあったのですね!

まあ、ジイドの「狭き門」を2種類の翻訳で読まれたのですか。
私はどちらだったのかしら。筑摩書房だったから山内義雄さんではないかもしれません。この間世界文学全集を捨てました。もう1度どんな内容だったか読みたいです。根気がなくなったのが困りものです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2009年12月15日 (火) 19:21

近所に「木賊」姓を名乗る方がおられます。
最初は「トクサ」と読めず、難しい名前だな、どちらの出身かな、
などと思っていました。
tonaさんのブログを拝見して、初めて、こんな植物があったのを
思い出しました。子供の時、遊んだ記憶があります。
しかし垣根まであるなんて・・・。
ポールベルレーヌの「秋の歌」
ネットで調べてみたら、堀口大学、上田敏、他にも
金子光晴、窪田般彌の訳がありました。
それぞれに味がある訳で、興味深かったです。
毎度のことながら、いろいろ勉強になります。

投稿: 茂彦 | 2009年12月15日 (火) 20:31

★茂彦さま、こんばんは。

まあ!「木賊」さんがいらっしゃるのですか。珍しい姓ですね。本当にご出身がどちらか知りたいですね。びっくりしました。
小さい時トクサで遊ばれたのですか。

早速ネットで調べました。
金子光晴は知っていましたが、フランス文学者・窪田般彌は初めてです。
それぞれ、同じ原文からこんなに訳者によりニュアンスが違ってくるのですね。
ノートに書き写しておきたいと思います。
教えていただきありがとうございました。

投稿: tona | 2009年12月15日 (火) 20:59

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