« 石川英輔著『泉光院江戸旅日記』 | トップページ | 小倉山・雪の中のザゼンソウ »

2010年3月14日 (日)

向井潤吉展と民家の雛飾り

Photo_2Photo_4かやぶき屋根の民家を、その家を取り囲む風土風景を主としながら、戦後40年間描き続けた向井潤吉の展覧会が日本橋高島屋で行われています。
以前、世田谷の向井潤吉アトリエ館や世田谷美術館で鑑賞したけれども、今回は130点も紹介されているのでたっぷり民家を味わうことができました。

郷愁を誘われる美しい里山の風景の中に、今はすっかり姿を消したかやぶき屋根の家が、懐かしい佇まいを見せている絵は大好きです。
行動美術協会の行動展は北九州に居た頃から見ていますが、行動展の中でただ一人、民家を描いている向井潤吉さんの絵は際立っていました。
今にも崩れそうな民家、凄く大きな民家、作り方も実に様々あったことが伺えます。
その中での生活は、夏は涼しいけれども、冬の寒さは厳しかったのであろうと、日々の労働は厳しく、不便な生活を強いられていたのではと想像するが、四季を彩る周りの美しい景色は都会人が味わえないものです。

昨日山梨県に行ったのですが、民家があるかと見回しましたが、もう今は1軒もありませんでした。
ただ塩山駅前の「高野家住宅・甘草屋敷」の馬屋がかやぶき屋根で、保存されていました。
  Photo_5

高野家は「甘草屋敷」とも呼ばれ、八代将軍吉宗の頃、幕府の命により薬用植物の甘草を栽培し、納めていた。
屋敷は江戸時代末から明治初頭の屋敷構えで重要文化財となっている。
たくさんの種類のお雛様があって、今「ひな祭りと桃の花まつり」展が開かれていました。
たくさんの説明のなかで覚えていたのが、「三人官女の中に眉が引いてないのやお歯黒がいて、この官女は既婚です」というものでした。
ここも次々とツアーのバスが到着して、賑わっていましたが、ツアー客を連れた添乗員が以前スイスに行ったときの添乗員でびっくりでした。

Photo_6

Photo_7

Photo_8

Photo_9

Photo_10

Photo_11 Photo_12

塩山は樋口一葉が夢見たふるさとだそうで、一葉の両親の出身地とのこと。二人は結婚を許されなかったので、江戸本郷に出府したのだそうで、ここで一葉が生まれた。塩山市内の慈雲寺に「一葉女史文学碑」がある。
Photo_13日本で初めて女性の肖像画を用いた「新五千円」紙幣。平成16年に日本銀行発券局より、市制50周年の塩山市へ「番号5番」の紙幣が特別に配布されたそうで飾ってありました。

|

« 石川英輔著『泉光院江戸旅日記』 | トップページ | 小倉山・雪の中のザゼンソウ »

コメント

文体からは想像できないほど活動的でいらっしゃいますね!
知らない世界が沢山展開されて大変ありがたいです。

向井潤吉展、関西にも来るかしら。
機会に恵まれたら見たいと思います。

投稿: もみじ | 2010年3月15日 (月) 09:33

スイスと塩山、凄い偶然ですね!
あちらは覚えていましたか?

投稿: 佐平次 | 2010年3月15日 (月) 09:50

向井潤吉展と山梨へお出かけでいらっしゃいましたか。
向井潤吉は全国を旅しながら民家を描き続けたのですよね。
今にも崩れそうだったり、不便な生活だったろうと思ってしまう民家も
ありますが、でもそこには何か温もりがあるのですよね。
 
山梨も自然がたくさん残されている土地柄だと思いますが、
なかなか昔のままの民家はもう残っていないのですね。
そのうち、公園などに移築されたものを見られるだけになるかも
しれませんね。

数々のお雛様たち、歴史が感じられますね。
長い年月大切にされてきた建物、雛人形、には人々の思いも
たっぷりこめられていることでしょう。

投稿: ポージィ | 2010年3月15日 (月) 10:01

★もみじさま

向井潤吉展は高島屋本店で催されています。そちらであるといいのですが。
向井氏が何でも最初高島屋にお勤めしたらしいので、その関係で開かれたのかとも思いました。
春になったので、あちこちに足が向いてしまいます。

投稿: tona | 2010年3月15日 (月) 13:16

★佐平次さま

車に乗ってから気が付きましたので、声をかけられませんでした。
大勢の人に出会うでしょうから、10日間のお付き合いとはいえ、多分覚えていないと思うのです。

投稿: tona | 2010年3月15日 (月) 13:20

★ポージィさま

そうですね。温かみのある、心が落ち着くような、そこに入って行きたい誘惑にかられるのが民家ですね。
疎開していた時はみなこのような茅葺でしたから、あの鄙びたにおいまで伝わってくる絵です。
白川郷では大きな民家を沢山見られますが、保存された民家だけになりますね。

お雛様とつるし雛の数はかなりのものでした。
男性でもつるし雛つくりにのめり込んでいる話を聞きましたが、縫いにくそうですね。
どんなものでもモチーフになるのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2010年3月15日 (月) 13:28

かやぶきの家。この頃見かけるのはほとんどないでしょう。田舎でも少なくなりました。

私の生家は、中学生時代までかやぶきの家でした。
昭和17年ごろで85年くらい経っていると言っていましたから、明治以前に建てられたことになります。曽祖父の時代です。

L字型の武家屋敷造りで、上の部屋と、下の部屋とに別れ、上の部屋は12畳の床の間に玄関の間、控えの間に奥の間など6部屋で、格の高い客は表門を入り、中庭の門を通って直接床の間に入っていたのを覚えています。

下の部屋は誰でも気軽には入れるところで、
炊事場に土間つきの竈がありました。
畳は80枚くらいで、夏の大掃除は大変でした。体の小さかった私と兄は床下の掃除当番でした。床の高さは1mくらいで、そんなに苦にはなりませんでした。

葺き替えも大変で、十数年ごと一面づつ葺き替えていました。
萱も職人も少なくなり、親父も苦労してたようです。後は藁葺きになっていました。

町のほうで、歴史建造物として保存しようという動きもありましたが、昭和20年夏の
「枕崎台風」の時、裏の大楠の枝が折れ、屋根を突き抜け、屋根の一部が吹き飛んだので
やむなく瓦屋根に変えました。
それから35年、住む人も無くなったので
解体しました。

夏は涼しく、冬は暖かいはずなのに、隙間風で寒かった記憶があります。

あちこち行かれて、相変わらず見聞を広められておられますね。
旧家の雛人形。さすがに趣があります。

ツアー旅行の添乗員さんと再会するとはまた偶然でしたね。
今まで一緒に旅行した人とも会ったことはありません。

投稿: 夢閑人 | 2010年3月15日 (月) 16:24

★夢閑人さま

おぉ!夢閑人さんはかやぶき屋根の家に生まれ、中学生まで住まわれたのですか。
それも江戸時代のですね。凄いですね。
それも上の部屋と下の部屋がって、入る門も別とは。
武家屋敷って大きかったのですね。
畳だけでも80枚ですか!畳がえだけでも大変な費用。障子や襖張り替えも大変でしたでしょうね。
1mもある床の高さにも驚きますが、その下のお掃除もされたとはね。
凄く貴重な体験もされたのですね。
屋根の葺き替えも白川郷のをテレビで観ましたが、村中総出でしかも費用も驚くほどにかかるのですよね。
そんな思い出の家の解体のときは悲しかったことでしょう。
今のサッシュの家と違ってやはり冬は寒かったでしょう。
貴重なお話をありがとうございました。
驚きました。
夢閑人さんのこの家にも、お雛様も立派なのが飾られていたでしょう!
家が広くないとお雛様も飾れませんね。
この甘草屋敷も太い柱で、お座敷が広く、たくさんのお雛様がびっしりでした。

私はツアーでご一緒した人にたまに会ったりしましたがこの頃は全然でしたので、びっくりでした。結構世の中狭いものです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2010年3月15日 (月) 18:16

沢山の立派なお雛さまをご覧になることのできたいいツアーでしたね。
三人官女の、お歯黒と眉のこと、私も前から気になっていて、高取の町家の雛めぐりのとき、それに気をつけながら観て回りました。

萱葺き屋根の民家は最近稀になってきましたね。
関西では京都府の美山町では、一つの集落がそれを守り続けていますし、そこが今も生活の場で、見学の人も大変多いです。
チャンスに恵まれれば、屋根の葺き替えの場面にも出会えることがあります。

投稿: anikobe | 2010年3月16日 (火) 09:25

★anikobeさま

今年はこれ1回だけとなりましたが、いろいろなお雛様を見ることができました。
様々な人形のお顔がありますね。
anikobeさんは眉とお歯黒のことご存じだったのですね。これからはどこで見ても気になるでしょう。お雛様1つにしても知らないことがたくさんあります。

白川郷は有名ですが、京都の美山町があるのですか!屋根のふき替えはテレビで観ただけですが、本当に見たいものですね。
いろいろ教えていただいて有難うございました。

投稿: tona | 2010年3月16日 (火) 19:23

過去の記事にお邪魔します。
九州にもおられたのですね。
私の油絵の師匠も行動美術会に所属しておられましたので、行動展は名古屋まで見に行きました。
46年前ですが、行動展では向井さんの絵が目立っていたのを覚えています。

長屋門展示室にも似た絵を飾っています。

投稿: matsubara | 2010年12月 2日 (木) 09:01

★matsubaraさま

こちらも御覧頂いてありがとうございます。
北九州市に4年ほどおりました。眼鏡の形のと呼んでいた美術館がありまして行動展が東京からやってきました。
matsubaraさんは油絵もなさるのですか!!
趣味豊かで、またお人柄も伝わってきまして感動します。
長屋門展示室、いつかきっとお邪魔したく思います。

投稿: tona | 2010年12月 2日 (木) 16:56

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146506/47807928

この記事へのトラックバック一覧です: 向井潤吉展と民家の雛飾り:

« 石川英輔著『泉光院江戸旅日記』 | トップページ | 小倉山・雪の中のザゼンソウ »