« 小倉山・雪の中のザゼンソウ | トップページ | ヒサカキの匂い・臭い »

2010年3月20日 (土)

再び民家について、世田谷区の民家園

都内ではさすがに見られない民家も、世田谷区では2箇所に民家を公開しています。向井潤吉さんの絵を思い出しながら見学しました。

1つは岡本公園民家園の旧長崎家住宅です。江戸時代後期の建物で百姓代を勤めていた家で32.2坪です。
Photo

囲炉裏、かまど、そして農機具や道具の数々が当時のまま残されています。
かまどにくべられた薪の煙が家中に燻って、大黒柱や天井まで真っ黒です。
釜で沸かされたお湯で囲炉裏端でお茶を頂きました。その美味しかったこと!ただ家に帰ってきても、服や持ち物がいまだに煙りくさい。当時住んでいた人は燻製のようになっていたことを実感しました。
台所仕事は座ってやったのですね。
同じ頃の江戸の庶民の台所は高田郁著『八朔の雪』によれば、立ってしたようですが、台がとても低く腰を痛めたようです。
何れにしても身長に合わせた調理台で快適に調理できる、こんな当たり前なことが有難いことなのです。
      ↓ござ編み機              ↓台所

Photo_2 Photo_3

                  ↓かまど

Photo_4 Photo_5

       ↓囲炉裏              ↓神棚 仏間
Photo_6 Photo_7

もう1つは次大夫堀公園民家園です。
こちらは江戸時代後期から明治にかけての農村風景を再現しています。
次大夫堀とは、稲毛・川崎領の代官小泉次大夫が指揮して掘った農業・生活用水で多摩川の水を取り入れ、世田谷、六郷を流れていました。
                       ↓名主家

Photo_8

                  ↓土間も広く蚕棚も見られる 

Photo_9

↓立派な障子             ↓同じく座っての台所水場

Photo_11 Photo_12

                       ↓蔵まで茅葺

Photo_10

                  ↓半農半商住宅 店造り形式

Photo_13

       ↓普通の農家           ↓鍛冶展示小屋

Photo_14 Photo_15

↓壁の断面がわかるように展示されていて、11回塗られている厚さに驚きました

Photo_18
↓半農半商家屋に売っていた、子どもの頃以来のラムネが美味しかった

Photo_19

|

« 小倉山・雪の中のザゼンソウ | トップページ | ヒサカキの匂い・臭い »

コメント

あと10年位たてば、この様な古民家を別邸にして住んでみたい気がします
宝くじでも当たったら・・・・夢か~

投稿: OB神戸家 | 2010年3月21日 (日) 09:34

★OB神戸家さま、ありがとうございます。

この頃、地方の茅葺でなくても、このような家に移り住む人が増えているそうです。
今の家を全く離れるのは難しいことですが、別邸なら素晴らしいことです。
宝くじが当たりますように。

投稿: tona | 2010年3月21日 (日) 09:46

tonaさん、こんにちは(^-^)
古民家は風情があって~♪良いですねヽ('-'*)~♪
こちらでも茅葺きは観る機会は殆どありません…

わっ!「八朔の雪」…「みをつくし料理帖」ですね~♪(*^m^*)
お料理のレシピなどもあったりして~♪
高田 郁さんのシリーズ!…丁度新作を読み始めた所です~♪ヽ('-'*)~♪

時代小説にはまっていて(^^;…高田さんのもその一つです…

地名の由来と共に江戸の情景が彷彿とされ…今昔の東京を見直したり…
知らない事が発見できて~♪読んでいてとても楽しいです(*^m^*)
ただ…次の発売までが長くて…(^^;
(何か違うことに反応しているような…(・・?)…(^^;)

投稿: orangepeko | 2010年3月21日 (日) 12:54

★orangepekoさま、こんにちは。

やはりそちらでも茅葺屋根の家を観る機会がなくなってきたのですね。
私は疎開先で知っていたので懐かしい道具がいっぱいでした。

「みをつくし料理帖」などおっしゃるように江戸の情景や食事情など興味を掻き立てられますね。
第2弾「花散らしの雨」を図書館に予約したところです。人気があるらしく9人待ちです。東野圭吾「新参者」などは300人待ちでいやはやです。関係ないことを書きました。
江戸時代の人たちの厚い人情がこのようであれば、この頃失われつつある近所や親戚付き合いを少しは暖かい関係に持って行けるDNAがあるはずと思えますし、逆にもともとの日本人らしい細やかさが日々見られるからこそ、このような小説が書けるのだと感じました。
有難うございました。

投稿: tona | 2010年3月21日 (日) 13:31

保存展示されている古民家をいくつか見ていらしたのですね。
囲炉裏の煙は住人をも燻すんですね!それには思い至りませんでした。
古くは台所仕事は座ってしたのですね。先日私が行った、薬師池公園に
保存されていた古民家(医家)も、やはり座ってするタイプの流しが
ありました。でも水がめがすぐ横にあるわけではなし、いちいち難儀で
非合理的な作りだなぁと思って眺めました。
台所の場所も北の暗くて寒そうな場所。
その点に限らず、今の家はずっと快適でありがたいことです。
でも、古民家には何故か懐かしさをかきたてるものがあるのですよね。

投稿: ポージィ | 2010年3月21日 (日) 21:03

懐かしさを覚えますね。
こちらでも大内宿や野口記念館など、昔の生活を見られるようになっていて
特にこちらの農家作りだと南側の日当たりの良い所が牛馬の部屋になっていました。
土間があって、かまどでご飯を炊いて…囲炉裏端などなど
こうしてみると地域が違うんですけど、中の道具などは、こちらと同じようなものです。
ビンのラムネ…暑い時などは爽やかさが何とも言えませんよね。
懐かしい味です。

投稿: pochiko | 2010年3月21日 (日) 23:59

古い家にいってそこで営まれた生活を思うと現代人は魔法使いですね。
でも日々の充実感はどうなんだろう。
家事に魔法を使うだけでくたびれている?
tonaさんのように外に出て魔法を使う人が少ないですね^^。

投稿: 佐平次 | 2010年3月22日 (月) 10:30

写真を見てまたまた思い出しました。
屋根の頂部の形は、土地によって違いますね。

下(しも)の部屋の真ん中には大きな囲炉裏があって、自在鉤に吊るされた鉄瓶は、何時も「シュンシュン」と音を立てていた。
土間もこんな感じでした。

柱も梁も屋根裏も、焚き火の煙で燻されて、
それはいい色になります。
天上に竹材を置いておくと長い間に燻されてなんともいえない色に染まります。それで籠を編むと、まさに芸術品です。

解体する時に、暑さ10cm、幅1.2m、長さ2.5mくらいのケヤキの一枚板が出てきました。これも随分長い間燻されていたのでしょう、表面はそれはいい色になっていました。
そのほか、厚さ25cm、高さ40cmくらいの長い梁も数本ありました。
家具製造の会社が結構いい値段で買い取ってくれたのを覚えています。

縁側は外縁で、内側に雨戸と障子があり、
張替えも大変でした。
今まで残っていたら管理が大変だったろうと思います。
懐かしく拝見さしていただきました。

投稿: 夢閑人 | 2010年3月22日 (月) 11:57

★ポージィさま

2つの民家園はかなり離れていましたが、歩いて訪れました。
煙はかなりのもので、いただいたパンフレットが今取り出してもにおいます。
みんながにおえば気にならない世界だったと思われました。

この2か所の台所は脇に水甕が置いてありました。排水はどうなっているのでしょう。うかつでした。本当に不便そのものの台所仕事はかまどの薪くべと並んで重労働でしたね。
場所は北側、全体に暗いですね。
おっしゃるように不便でありながら、大勢で助け合って過ごした温かみの漂ってくる民家です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2010年3月22日 (月) 21:44

★pochikoさま

野口記念館は行ったことがないのですが、小さい時に読んだ偉人伝で、英世が囲炉裏端でやけどをした話があって、ずっと想像していました。いつか訪ねてみたいです。
地域が違っても同じように生活していたことがわかりますね。

尋ねたこの日は20℃を越えていましたので、ラムネを一気飲みしました。
疎開先の幼いころに帰りました。アイスキャンデーのことも思い出しながら。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2010年3月22日 (月) 21:50

★佐平次さま、ありがとうございます。

便利さの有難さは、慣れてしまうと、有難味も薄れ、こんなに女性を解放してくれたことも当然のような顔して忘れていました。
お陰様で、仕事が続けられて、自分の得た収入で、老後の飛び回る生活が出来る、こんなことへつながっているのでした。本当に有難いです。

投稿: tona | 2010年3月22日 (月) 21:56

★夢閑人さま

向井潤吉さんの民家も確かに屋根の頂部の形が違っていましたが、同じ世田谷区でも階級によって随分違いますね。
そうそう、上の部屋と下の部屋がありましたね。
岡本民家園では、毎日囲炉裏か竈のどちらかに火が起こされていて、この日は羽釜にお湯が滾っていました。
昔の梁や大黒柱の大きいこと、こんな大きな木を伐採して、運んで家を建てたことに驚きます。
これを買い取って次にどのように使うのでしょうね。
障子の数、畳の数、襖の数だけでもばかにならないもので、その上茅葺屋根の葺き替えを考えますと、維持費が高くて、とても持てませんね。昔は別の意味で生活が豊かだったのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2010年3月22日 (月) 22:10

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146506/47859858

この記事へのトラックバック一覧です: 再び民家について、世田谷区の民家園:

« 小倉山・雪の中のザゼンソウ | トップページ | ヒサカキの匂い・臭い »