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2010年12月23日 (木)

南米2:クスコからマチュピチュへ

Photo_19  アルゼンチンからペルーの首都に戻り、そこからクスコへは飛行機で1時間15分。

[クスコ]
クスコは昔のインカ帝国の首都であった所で標高3399mで富士山より低い。

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アルプスを登るのは下からゆっくりと高度をあげるから高山病にはならないけれど、0m地帯からいきなり飛行機で上がるのでどんな人でも無理すると高山病にかかると散々言われました。場合によっては生命に危険があるとのこと。ここだけでなく3800mのチチカカ湖に行くツアーでは亡くなった人もいるとか。つくづくそのツアーに行かなくて良かったと思ったことでした。
高山病にならない対策として
○水をたくさん飲む(1日2リットルくらい。とても飲めません)
○深呼吸を心がける。気持ちゆったり、行動ゆっくり。
○お酒は控える
○腹八分目を心がける
以上を守っていましたので、幸い高山病にはなりませんでしたが、思考能力はかなり低下し、ドル札何十枚を何度数えても、いくらあったのか忘れてしまうという事態には我ながら驚きました。
物事をてきぱきと裁けないことにもこれが自分かと信じられない思いでした。

16世紀にスペイン人に滅ぼされたインカは山奥へと追いやられたのであるが、スペイン人は神殿の黄金をすべて自国へ持ち去り、神殿上部を破壊してインカの土台の上に教会を建てていったのでした。

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インカの石組みは剃刀の刃1枚通さない精密さを持っているそうで、石組みは大阪城など城壁を思い起こさせる。
         ↓12角の石                               ↓町の様子

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↓30円ぐらい払うとモデルになってくれたおばあさん(75歳)とリャマ。ラクダのような顔したリャマは、おとなしくおばあさんに寄り添っていてとても可愛い。実はこの可愛いリャマの肉を食べてしまったのですが、意外に癖がなくて美味しかったのです。
高価なセーターになるアルパカはラクダのようにきつい性格だそうだが、見かけることが出来なかった。というか区別が出来ませんでした。

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                            ↓遺跡タンポマチャイ(インカ時代の沐浴場跡)

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↓遺跡サクサイマン(インカの要塞跡)巨石を三層に積み上げ、石は360トンもあるのがある。

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                      ↓子どもが陣取りのように、ケンケンパーと遊んでいた

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                    ↓女性は荷を背負い、スカートを何枚もはいているそうだ

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                            ↓各家の屋根にはお守りが飾ってある

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                                         ↓少し前に雹が降った

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↓我町でも駅に時々やってくるが、フォルクローレディナーショーで演奏を楽しんだ

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[マチュピチュ]
クスコから列車で約2時間
                              ↓車窓から雪のアンデスの山を望む

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その後バスに乗ること30分で標高2400mのマチュピチュに到着です。(平地に降りたように呼吸が楽になりました。少々走っても支障ありません)
TVで一体何回見たでしょう、この景色!

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ここを何故空中都市というか?麓とは400mの標高差があって、断崖と尖った山々に囲まれ、下方の密林に覆われたジャングル(マチュピチュがジャングルの中とは知りませんでした)からその姿を確認出来ないので空中都市というそうです。
総面積5k㎡でその3分の2が山の斜面を利用した段々畑です。

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遺跡の周囲は高さ5m、厚さ1.8mの城壁で固められ、最も古い部分は2000年前に建造されたそうで、農地管理人住居跡とか太陽神殿や王女の宮殿跡とか水汲み場などいろいろありました。
近づくとこんな様子でした。(クリックすると大きくなります)

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コメント

マチュピチュだぁ~ 見下ろす角度のこの光景、TVなどで紹介されるときは
必ず登場しますね。それをtonaさんも実際にご覧になって歩いて
いらしたんですねぇ。地形などの条件によってかなり近年になるまで
発見されずに来た遺跡と聞きました。
石の窓から覗いた石の遺跡の光景のお写真がとても新鮮に感じられました。
動物もトカゲに小鳥にウサギ?色々いたんですね!

インカ帝国の首都クスコより標高は低いのですね。約1000mもの差が
あると知ってビックリしました。1000m下りたら酸素の濃さも
かなり違うでしょうね。
いやー見事な石積み建築。インカ帝国も高度な文明を築いていたのに、
攻撃的な文明の人たちが訪れたことによって滅んでしまったのが
とても残念に思われます。

高山病になられず済んでよかったです。何かというとすぐに頭痛になる私は、
こうした高地へ行くのは無理だろうな~
高地の酸素の薄さは影響があったのですね。普段はあまり意識もしないで
吸っている空気ですが、大いに意識させられますね。
けれど適応して暮らしている人々がいる。生き物の適応力もまた
すごいなと思います。

何だか支離滅裂な感想ですみません(^^;)

投稿: ポージィ | 2010年12月24日 (金) 09:51

旅行記のつづき興味深く読ませていただきました。私も高地と言われるネパールへ行く前はとても心配でしたが何の異常もなくほっとしました。
でもアンデスの方が高いでしょうね。

テレビでしか見ることの出来ないところへ実際に行かれてよかったですね。
ネパールより最果てのように感じます。変わった動物もいるし、民族衣装もエキゾチックですし・・・
ネパールはパンジャブスーツというサリーに似たものが主流でした。
動物は見られなかったです。カトマンズ中心でしたので・・・

投稿: matsubara | 2010年12月24日 (金) 12:30

★ポージィさま

いろいろなご感想を頂きありがとうございました。

この遺跡が発見されたのは100年前の1911年だそうで、その時アメリカがこの遺跡にあった遺物を研究と称して持ち帰りました。ペルー大統領がオバマ大統領に返還するよう手紙を書いたら来年100周年でペルーに返還することになったそうです。
どんなものがあったのでしょう。
今にここマチュピチュに博物館が出来て飾られるのでしょうか。

私も石の窓からの写真が気に入っています。
花はベコニアに似たのが咲いていました。あと緑色の花も。
スペイン人の持ってきた馬に驚いて負けてしまったの感があるインカ、滅ぼされて奥へと逃げていったのですね。高度な石の文明もあっけなかったのです。マチュピチュも謎がいっぱいのようです。

薄い酸素でも現地の子どもはサッカーをしていました。適応って凄いことですね。
惚けたような状態は一種の高山病です。二晩だけで結構でした。何しろお風呂に浸かったりシャワーもやめた方が良いと言われました。
高山病の初期症状は頭痛だそうです。もしかして頭痛持ちの人の方が高地に強かったりして。ゆったりした旅行でしたらきっと大丈夫でしょう。今回のはハード過ぎましたから。

さらに高地のチチカカ湖の方面ではインカの末裔がここで暮らしていたように暮らしているのかと想像しています。


投稿: tona | 2010年12月24日 (金) 13:55

★matsubaraさま

読んでいただきコメントをありがとうございます。

ネパールに行かれたのですね。
どんな国かとネットを覗いてみましたが、やはり行かないことにはわかりません。
ネパールのお花を見るツアーはひとり参加ではなかなか行けません。
カトマンズはアンデスとはかなり違うのですね。何となく同じような感じに思い込んでいました。
行かれる前、高地だそうでご心配だったでしょう。
私も山に登るとはいえ、それとはぜんぜん違うということでかなり緊張して行きました。本当に高山とは違っていました。規則を守らなかったらきっと高山病になっていたと思います。
ネパール紀行また拝見させていただきます。

投稿: tona | 2010年12月24日 (金) 14:13

もしたった一人でまちゅぴちゅに行ったら怖いでしょうね。
地の果て、異界に来たようで。

投稿: 佐平次 | 2010年12月24日 (金) 16:22

ネパールはブログを始める前に行きましたのでアップしていません。旅行は多分2003年でしたでしょうか。
ブログは2004年からでした。

投稿: matsubara | 2010年12月24日 (金) 18:20

★佐平次さま

そうですね。
あそこに誰もいなくて、たった一人立ったら、恐ろしいでしょうね。
何時どんな様子でインカの人はここを離れたのでしょう。夢の跡のようです。

投稿: tona | 2010年12月24日 (金) 19:11

★matsubaraさま

先ほど海外旅行編を全部拝見しました。
載ってななかったのでブログを始められる以前だと思いました。ブログを始められたのも随分早かったのですね。
ご丁寧にありがとうございました。

投稿: tona | 2010年12月24日 (金) 19:14

私が毎日見ている風景。
そうです、パソコンの待ち受け画面がマチュピチュ。

ますます行きたくなってしまいました。

願えば叶うかな~~

それにしてもtonaさんの体力・気力に脱帽です。

投稿: もみじ | 2010年12月25日 (土) 10:40

★もみじさま

パソコンの待ち受け画面をマチュピチュにされているのですね!
それじゃー、絶対に行動に移さなくては。
季節ですが、クスコ方面は12月から2月頃まで雨期だそうです。でもマチュピチュは薄日が射しましたよ。
イグアスの滝はこの時期でないと水量が多くなくて楽しめないそうです。
ナスカは雨こそ降りませんが、気象条件が今頃が良いということでした。
ですからどこも最高というわけにはいかないですが、向こうの夏場がいいようです。
体力のあるうちがいいですからできるだけ早くね。
こちらにもコメントありがとうございました。

投稿: tona | 2010年12月25日 (土) 11:04

あんな高い場所へ行くことがないので、高山病とは無縁な私ですが、
見るだけでも怖いですね。tonaさんは、幸い高山病にはならなかったどうで、
よかったです。
ドル札を何度も数えましたか?
マチュピチュ:
写真を見ただけでもすごい場所だと思いますが、実物見たら圧倒される
でしょうね。それにしても、沢山の写真をよくぞ撮られました。
どうして、こんなすごい建造物がつくられたのか?謎の多い遺跡ですね。
このあともゆっくり拝見させていただきます。

投稿: 茂彦 | 2010年12月26日 (日) 21:22

★茂彦さま

高山病は病気ではないそうですが、へたすると死に至るというのが恐ろしいです。
隣ボリビアの首都ラパスの方に、標高4150mのエルアルトの町があるそうですが、こんな所で暮らしている人がいるなんて凄いです。
エジプトは勿論、行ったことがないインドネシアやカンボジアやメキシコの建造群も凄いですが、マチュピチュは標高が高いことが違うのですね。
遺跡をみますと、どうして突然消えてしまったかの謎はどこにでもあって、ロマンが掻き立てられて研究する方が何処にもいらっしゃる。主の居なくなった遺産を眺められて、いろいろ思いを巡らせたことはいい思い出でありました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2010年12月27日 (月) 08:37

 こんにちは。
 マチュピチュに行くには、ずっと山を登っていくのだとばかり思っていましたが、3千メートルを超えるクスコから下りてくるとは。初めて知りました。行く前からすでに過酷なんですね。
 こんなにくわしく遺跡の様子を見たのも初めてです。一枚一枚、これは何の建物だろう、何に使っていた施設だろう、と想像すると、時の経つのも忘れてしまいます。
 ウサギやトカゲだけが住む現在の光景も十分すごいですけど、
 遠い昔、たくさんの人が生活して、にぎわっていた時の光景、泉に水が湧き、段々畑に作物が育っていた時の光景は、さぞやすごかっただろうなと想像がふくらみます。
 たくさんの写真を、ありがとうございます。

投稿: Nora | 2010年12月28日 (火) 10:45

★Noraさま、こんにちは。

マチュピチュの方が高山病になるのかと思っていましたが、楽になるのですね。私も全然知識がないままに出かけました。
遺跡の様子なんですが、もっと細部も撮りましたし、全体の様子も少しずつ変わっていく様子など撮りましたが、載せることが出来ないのが残念でした。
段々畑の作物はじゃがいもやとうもろこしやトマトなど南米原産の野菜などたくさんの種類が植えられていたのでしょう。数千人が住んでいたらしいですが、その賑わいが佇むと聞こえてくるような気がしました。
どこの国の昔の人々も懸命に働いて築き上げたのだと感慨深いです。
いつの日かいらしてください。

こちらこそご覧いただきコメントをありがとうございました。

投稿: tona | 2010年12月28日 (火) 16:37

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