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2010年12月26日 (日)

南米3:リマからナスカへ

Photo_3 ペルーは日本の4.3倍の面積で人口が2615万人。宗教はローマカトリックで言語がスペイン語。
人種はインディヘナ(先住民)が47%、メスティソ(先住民とスペインの混血)40%、ヨーロッパ系12%、その他1%で、白人が大半のアルゼンチンとは大いに異なる。
接したごく少数の人々に感じたことは、とても穏やかでおとなしい。お願いしたりすると気持よくさっさとしてくださる。ペルー人が好きという日本人も多いとのこと。

南米はどこも米ドルを用意すればよいが、ペルーはドル札が汚れていると通用しないとのこと。
空港やホテルでさえ、トイレでペーパーが流せない。それは下水管が細く、しかもし尿の行き着く先が太平洋だからだそうです。

今回行った地域はシエラ(アンデス山岳地域)とコスタ(海岸砂漠地域)に分けられる。
リマからナスカはコスタで年間雨量が1mmしかないところもあってナスカまでその異様な海岸砂漠を見ることになります。

[リマ]
フランシスコ・ピサロは1532年にインカ皇帝を絞首刑にし、インカ首都クスコを占領後、1535年に首都をクスコからリマに移し、イベリア様式にのっとってアルマス広場を中心に町を築きました。
↓そのピサロも1541年には殺され、このアルマス広場に面するカテドラルに遺体のミイラが安置されている

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↓ペルー政庁、大統領が勤務する(かつてフジモリ氏も。現在囚われの身。今娘さんが大統領候補)

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↓かつて日本大使館人質事件があった所で、今は大使館は別の場所に移転した。

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       ↓ここにもジャカランタが。桐の花にちょっと似ている。

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            ↓リマの海岸は断崖絶壁がずっと続いている

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          ↓絶壁の上の「恋人たちの公園」には初夏の花々咲いている

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              ↓食事 アボガドが結構たくさん出た

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   ↓南瓜の粉で作ったドーナツ       ↓肉を焼いていた

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     ↓ペルーの焼きそば 決して日本から入ってきたものではないそうだ

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            ↓川エビスープやクレープも美味しかった

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[リマからナスカへ]
海岸砂漠地域ですから雨がほとんど降りません。そのため家の屋根はいらないのであるから、日射しを避けるだけで、殆ど立派な屋根とは言えず筵みたいのがかけてあるだけの家もあった。
リマには周りに小山が点在しますが雨が降らないために木が生えていないのです。その代わりに四角い家が斜面にたくさん建っていて異様な光景です。

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                    ↓リマ郊外のタクシーPhoto_23

         ↓やがて砂ではなく土の砂漠が現れる(土漠というのか?)

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↓砂漠の中にこんなバラックがたくさん建っている所が数カ所現れる。開拓村と言われ、これは実は不法占拠の家で、水は給水車に頼り、電気はなし。やがてたくさん集まって電気などを引いてもらえるようになる由。不毛の、木1本ない砂漠に水に不自由しながら住んでいる人がいることに驚き、想像を絶する生活に、にわかに信じがたい光景であった。

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↓インカの遺跡(パチャカマ)にはヒメコンドルがいた。コンドルは見かけないそうだ。

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↓時々緑のオアシスが現れるがアンデスの伏流水が地下から湧き出るという。
 現れたこのオアシスは周りがピンクの砂の砂漠の山に囲まれている。何でも11あったオアシスが全部枯れて、ここでは1つだけになり、ここも人が多く住むようになってあと10年持つかどうかだそうだ。

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↓アカシアツリーと教えられた火焔木に似た木が真っ赤に燃えていた

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                       ↓砂漠の夕焼け

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[ナスカ地上絵]
Photo_2  いよいよ14人乗りのセスナ機に乗って、空から地上絵を見ます。くじ運悪く窓際でなく真ん中席だったので、地上絵はばっちり見えましたが写真は撮れませんでした。全部で10くらい確認できたでしょうか。以前科学博物館でヴァーチャルCG体験した時の方が高度が低くてスリルがあったように思えます。
ナスカ地帯は、白い土壌の上に黒い石の混じった土壌が覆っているが、この黒い石をどけて幅20cm~1m、深さ20~30cmの白い部分を出すと空から筋となって見える。黒い石は鉄分を多く含んでいて重いので露出した白い部分に飛ばないのだそうだ。又、霧で石が地面にしっかりくっつくらしい。
1939年に発見されたもので、紀元前200年から紀元後800年に造られたそうですが、何のために描いたかは諸説あってまだはっきりしていない。

                         ↓ハチドリ

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                      ↓コンドルの半分

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                ↓友人からいただいた宇宙人

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                   ↓その他に見えた景色

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                       アンデス山

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↓ナスカのホテル           ↓町には日射しを避けて休む場所がある

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               以上ご覧いただきありがとうございました。 

                         ーー完ーー

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コメント

こうして改めてみるとほんとに不思議なナスカ。
誰がどんなことを考えてやったのでしょうね。
このことを扱った小説ってないのかな。

投稿: 佐平次 | 2010年12月27日 (月) 10:00

 
tonaさんの今日の記事を拝見しながらペルーという国に関して、
日本と深い関係があるのに、あまり歴史も国の実情も知らないでいたなぁと
改めて感じました。大使館人質事件など、忘れていたことも多々です。
今は亡き義叔父が何十年か前仕事でペルーに行っていたことがあって
(鉱山系?)、お土産に色鮮やかな織物で作った袋を貰った事を
思い出します。その何十年前と今とではどんな風に変わったのか
変わっていないのか、聞いてみたい気がしますがかなわぬことです。
この地にも、スペインの勢力と影響が入らなかったとしたら、
今どんな文明がどのように営まれていたんでしょうね。
遠い過去に崩れたバランスが、立て直せないまま今に至っている面もあるのかしらと、
そんな気持ちにもなりました。

ナスカの地上絵はやはり飛行機からご覧になったのですね。
いつ頃でしたか、常にない雨が降り続いてナスカの地上絵にも危機?
というニュースが流れていたように思いますが大丈夫だったようですね。
いったい何のために作られた絵なのか…やはり信仰と関係があるのか??
これだけ大きなものをよくぞグネグネ曲がりもせずに描けたと、
描いた理由と共に不思議です。

今回もすばらしい旅紀行、大いに楽しませていただきました。
ありがとうございます!!

投稿: ポージィ | 2010年12月27日 (月) 10:22

★佐平次さま

ナスカが書いてある小説は知りませんが、ペルーではあるのでしょうか。
ウィキペディアを読みますと、描いたのは暦法関連であったとか、雨乞い儀式に利用したとか説が称えられているそうですが、世界の他の遺跡と違ってあまりにも奇抜です。
宇宙船のある高度からやっとわかるのもあるそうで驚きます。
科学が発達しても昔の人がどうやってどのような意味で造ったかわからないのが多いのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2010年12月27日 (月) 13:56

★ポージィさま

ブラジルやアルゼンチンは滝を観るだけで足跡を残しただけで、深く知り得ませんでしたが、ペルーに関してはスペインに征服され、不幸な歴史を遺跡に都市に見るに付け、いろいろな感想を持ちました。
ことにリマ在住の日本人ガイドさんのお話はとてもペルーを知る上で参考になりました。
日本から1年のつもりで行ったペルーがもう在住10年、お子さんまでいて、携帯でお子さんにいろいろ指図したりしていました。
この方に国の内情など説明を受け貧富の差が激しく、都市は治安が悪いなど決してすべて順調というわけでないことがわかりました。
しかし食物はお米も収穫し、野菜は豊富で、食べ物で日本恋しということはそれほどないということです。

叔父様がいらしてからリマはさらに発展したと思われますが、クスコはあまり変わらなように思われました。

新聞やニュースなどでペルーが出たら、今度はすぐ反応しそうです。

ナスカ地上絵の不思議はなかなか解明されないようです。
日本の小学生が画鋲と糸で大きな地上絵を描くのに成功したとウィキペディアに出ていました。一筆書きだそうですが、直線は曲がらず、曲線は上手に描けています。
飛行機がない時代だから空から見ることも叶わないのに何故の疑問がどうしても出てしまいます。
素敵な感想をありがとうございました。

投稿: tona | 2010年12月27日 (月) 14:16

かって大統領だったフジモリ氏、今は囚われの身。
そして娘さんが大統領候補ですか?
不思議で、よく分からない話です。

不毛の土地に住む人々の光景。

ナスカ地上絵:
科学博物館で見たものを、現地で実際に見る、
それは感激ですね。
珍しい写真と詳しいお話、楽しく拝見しました。

投稿: 茂彦 | 2010年12月28日 (火) 08:40

★茂彦さま

どうしてフジモリ氏の娘さんが立候補できて、支持を得ることができるのでしょう。
彼女は現在貧困層の圧倒的支持を得た国会議員だからですね。
両親が日本からの移民で、その息子がフランスやアメリカの大学の学位を得て、大統領にまでなったことは凄いことでしたが、途中から独裁主義的になって、いろいろな罪で禁固刑になってしまったのは残念な人生です。

はからずも貧困層の家など見ることが出来ました。一生忘れられないあの光景です。
ナスカの地上絵もまた忘れられない思い出となりました。
御覧頂いてコメントありがとうございました。

投稿: tona | 2010年12月28日 (火) 09:32

 実際に飛ばれたとは・・・・!感動です。
 いただいた写真との事ですが、宇宙人(ガチャピン)も、ご覧になったんですね。
 ナスカ展などでじっくり見たつもりでしたが、tonaさんがご覧になったことによって、ほんとうにこれらのものが存在するんだということが実感として感じられて、ますます驚きが深まりました。
 それにしても、こちらも、リマのカラフルな家々や砂漠の砂山やオアシスや夕日など、目的地に着くまでの光景が地上絵にも負けず劣らずすごいですね。

 少し早いですが、今年もいろいろな珍しいものを見せていただいたり、教えていただいたりして、ありがとうございました。
 来年もよろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。

PS、焼きそば、おいしそうですね。
   ソース味でしょうか。

投稿: Nora | 2010年12月28日 (火) 16:14

★Noraさま

こちらにもコメントありがとうございました。

突然秋頃友人と、もう年齢的に無理になるから、今年のうちに行こうということになって、とうとうナスカの地上絵を見ることができました。国立科学博物館の展覧会の時にはまさか本物を見ることになるとは夢にも思いませんでしたから。
30分のフライトで渡された↑のパンフレットにあるうち、9フラミンゴ、10オウムは確認できませんでしたがそれ以外は全部見ました。

リマからナスカまで450kmを飛行機で行ったら決して見られなかった光景は凄く印象的で、3つの絶景に劣らず心に染みました。
砂漠で生きることは厳しいでしょうが、オアシスはとても魅力的です。エジプトでもオアシスが見られなかったので、本当に初めての風景に感動しました。

こちらこそいろいろ教えていただいた事が多かったのです。でも頭に入らなくて2度聞いたりするかもしれませんが、来年もよろしくお願い致しますね。
素敵な新年を迎えられますように。

投稿: tona | 2010年12月28日 (火) 16:52

リマの悲しい歴史はテレビで知りました。
現地に行かれますと事実が重くのしかかると思います。

ジャガランタの花はタイでも見たと思いますが、写真がうまく撮れませんでした。
高木のために・・・
花びらまでよく撮影されましたね。

地上絵はテレビでしか普通見られない光景ですが実際見られたらスケールが違うでしょうね。

この写真だけでも大旅行というイメージです。

貧しさはネパールも同じでした。

投稿: matsubara | 2010年12月30日 (木) 06:22

★matsubaraさま

リマについて何も知らないまま出かけました。
町中や郊外のスラムらしき景色に驚きました。
ネパールはTVでしか見ていませんが、喧騒の中に人々が元気よく生活している様子が伝わってきましたが。

ジャカランタは1度見たくて憧れていました。地面に花びらがたくさん落ちていたので1つ拾って写真に収めることができました。

地上絵は広い砂漠の上を30分間飛び回って、息を飲む美しさでした。最後のハイライトで、現地につくまでの長かった行程も忘れてしまう程でした。
お疲れのところをありがとうございました。

投稿: tona | 2010年12月30日 (木) 08:39

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