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2011年1月 5日 (水)

鑑真和上

日本の高僧を差し置いて、私は鑑真和上が好きです。
当時日本では僧侶になると納税の義務が免除されるということで、にわか僧侶が溢れ風紀が乱れたそうです。その対策のために受戒師を招くべく、唐へ2人の僧侶が派遣されました。
当時唐は出国を禁じていたこともあり、また玄宗皇帝が鑑真和上の人徳を惜しんだこともあって、密出国という形で6回目、11年目に(嵐にあったり、密告にあったりで)やっと日本に辿り着いたというわけです。
やがて哀しいかな、鑑真和上の思惑と朝廷の本心が対立して東大寺を追われしまう。人々の尽力あって唐招提寺を開き、貧民の救済にあたりました。
その一生は頭下がるばかりです。祖国中国にいたら安穏な人生であったでしょうが、帰化僧として我が日本のために精神的に尽くしてくださったことに感謝です。
TV番組「45日間奈良時代一周」で、鑑真が実は来日当初はまだ目が見えていたという説が紹介されていて、「あゝ良かった」が実感です。
また味噌と薬草の知識を伝えてくださったのですね。
その最期は西に向かって座禅したまま息を引き取ったということ!計り知れない意志の力、仏と一体になったことでしょうか。我が最期も思い浮かべて、また我が最期に鑑真和上の姿がよぎればと思ったことでした。
井上靖『天平の甍』永井路子『氷論』など読み返して、作家の視点を見直したいものです。  

    ↓今年も家族で新年会 最後にカニ鍋で多国籍料理になってしまいました

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4年食事記録日記 : 昨晩何を食べたか、思い出して書くために記録を始めて3年目。ひび割れてきた頭では、何とこの頃思い出せなくなって、その日のうちに書かないとだめになりました。忘れて空白の日も多く、また昨年と同じ献立で苦笑することもあります。

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             だんだん形が悪くなってしまったシャコバサボテン

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コメント

一昨年の4月に「鑑真和上展」を見た時の感動を思い起こしました。「誰も日本に行かないのなら,私が行く」と決意したのが54歳。
苦難の末に日本にたどり着いた時は65歳。その座像は美しさに充ち満ちていました。

http://gakisroom.exblog.jp/9627728

投稿: gaki | 2011年1月 5日 (水) 15:19

★gakiさま

「国宝 鑑真和上展」を再び拝見致しました。
私が唐招提寺を訪れたときは修復中でした。
1昨年の展覧会で和上像だけでなく国宝がたくさん見ることが出来て感動されたことでしょうね。
54歳から65歳までの長い月日の一途な思いを想像しただけでも、涙が出てしまいます。
また唐招提寺を訪ねたいと思います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年1月 5日 (水) 21:29

 
ものを知らない私、鑑真のこともかの有名な座像を知るばかりでした。
(歴史で習ったこともごくごく浅い事実だけだったような…)
tonaさんのこの記事をきっかけに、ネットでも鑑真のことを検索して
少し調べてみました。最初に命がけの渡日を決意されたことからしてすごいのに、
密告されたり嵐にあって計画が頓挫してもなお、試み続けついに果たされた
その熱意は原動力は何からきていたのでしょう。
この方がいたからこその日本の仏教だったのですね。
長い年月を経たいまなお、日本でも中国でも多くの人々に敬われ慕われ
続けていることにお人柄もうかがえます。

ご家族での新年会、たくさんお料理が並びましたね。多国籍料理は
日本ならではの楽しい食卓風景かもしれません(^^)
3年も、前の晩に作られたお料理を思い出し記録されているんですね。
私は思い出せるかしら?…作る品数が少ないので何とか大丈夫そうです(笑)

シャコバサボテン、可愛いピンクが並びましたね。挿し芽で増やされたもの
でしょうか?形が崩れてしまうのはわが家も同じですが、花の数は
tonaさんのお宅のもののほうが断然たくさんです。うちはしょぼしょぼ~

投稿: ポージィ | 2011年1月 6日 (木) 13:23

鑑真和上の坐像と東山魁夷の襖絵を見るために6/1早くから家を出て並んだことを思い出します。何度も唐招提寺には行きましたがあんなに人が多かったのは初めてでした。

本当に遅れた日本のことを思い、来て下さった尊い方のことを感謝したいですね。

凄いお料理ですね。雰囲気も伝わります。さぞ楽しいひとときだったことでしょう。

料理日記は私も過去につけていました。最近は怠慢になっています。20年くらい前までは来客に手料理を作っていましたので重なるといけないので毎回記録していました。
招待した人の名と料理を・・・
今は店かお取り寄せなので書かなくなりました。
何年かぶりにそのことを思い出しました。

シャコバサボテンとても立派です。我が家のものは1/3くらいです。

投稿: matsubara | 2011年1月 6日 (木) 15:03

★ポージィさま

ネットで調べてくださったのですね。
凄い方でしょう!
どうしてそこまでと思ってしまいますよね。
優秀なお坊さんを育て、貧しい人々の見方になって助けていったことはなんて素晴らしい方かと感動します。現代のマザー・テレサのようです。

作るのは楽しいです。2日は時々休みますが、1日中台所です。普段面倒で作らないものなどを。
ポージィさんは記憶力抜群でしょう。
私はもう昨晩のを翌日に思い出すのが殆どだめになりました。うぅぅぅ、恥ずかしい。情けない。

シャコバサオテンってやはり形が崩れますか。そうなんです。挿し芽で増えます。でも7年ぐらい経つと全滅になります。赤の花は昨年死んでしまいました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年1月 6日 (木) 15:22

★matsubaraさま

唐招提寺にいらっしゃったのですね。
もう1度行きたいですが、今度はお墓までちゃんと行きたいです。見物も抜け抜けで、いつも後悔ですので。
鑑真和上のお陰を感じます。本当にありがたいですね。
この像ができてすぐ亡くなられたそうで、まさしくその時のお顔ですね。机上にずっと飾りたいほどです。

料理日記をつけられていらした頃はさぞお忙しく、大変だったことでしょう。でも若いと意欲的にこなせるものですね。

シャコバサボテン、ありがとうございます。
この花はとても複雑な形をしていて、描くとしたら難しいですね。

投稿: tona | 2011年1月 6日 (木) 15:52

若い頃はさほどにも思わなかったのに年をとるとエライ人のエラさがしみじみと分かってきます。
我が身に置き換えてみるから。
最期にそういう人のことを考えることができたら凄いですね。

投稿: 佐平次 | 2011年1月 6日 (木) 18:56

★佐平次さま、おはようございます。

ありがとうございます。
本当にその通りで、特に家にいるようになってからです。
私の仏様になったら最期に考えながらあの世に行けると思うのです。

投稿: tona | 2011年1月 7日 (金) 08:43

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