« 航空公園のオオタカ | トップページ | 宗教と道徳 »

2011年2月 7日 (月)

『日本奥地紀行』イザベラ・バード著

Photo 著者(1831~1904)は1878年(明治11年)に半年かけて東京から北海道まで馬で旅行した。
英国生まれでブロンテ姉妹よりは一昔遅れて誕生。ブロンテ姉妹は若くして結核などの病気で次々と亡くなるが、イザベラもブロンテ姉妹と同様牧師の娘であり、体が病弱であった。
医者から航海をすすめられ、40歳過ぎてから本格的に長期旅行を始め、アメリカ、オーストラリア、ハワイ、マレー半島、日本、朝鮮など旅行し、生涯の大半が旅であった。

彼女の他の国の旅行記は読んでないが、明治時代初期の田舎の旅行は、読んでみると困難な辛酸極める旅行であることがわかる。
物凄い悪路で、しかもこの年5月から夏までずっと雨ばかり、しょっちゅう馬から投げ出され、ビニールもない時代だから毎日のように全身ずぶ濡れ。
宿は不潔なところが多く、蚤、虱、蚊に責められ、あまりにもお粗末な食事、障子の穴からの覗き、何故か当時の人は宿で酒に酔ったり博打や歌などで夜中中騒いで寝られなほどだという。

江戸、明治の表街道の描写や武士、富んだ商人の生活の情報が多くて、悲惨といえる地方の奥地の生活が覗けてびっくりしたり驚いたりの連続。
働けなくなったり病気なったりした老人は皆自殺をしたようである。

一方著者は英国とは違った日本の美しい景色にあちこちでめぐり合い見入っている。描写が心憎いほどに素晴らしい。
またこの人こそ好奇心の塊で、願って仏式の葬式に参列させてもらったり、結婚式にも和服姿で出たり、神社仏閣を探索したりでその観察力、行動力は凄いものがある。日本人よりよく知っているといった風である。

北海道におけるアイヌの観察は研究論文級である。
アイヌで面白かったのが義経崇拝(法律の大家として)である。
彼らは基本的には最も原始的形態の自然崇拝である。唯一丘の上の神社に義経を祀っている。
蝦夷に逃れた義経がアイヌ人とともに長年暮らし死んだ。義経は彼らの祖先に文字や数字とともに文明の諸学芸を教え、正しい法律を与えたというのである。
ところが後にアイヌを征服した日本人が学芸を記した本を皆持ち去り、学芸が滅びてしまったとイサベラに言ったという。

イサベラは↑の自身を描いた絵のように、たくさんの挿絵を描き当時を偲ばせるのであるが、実に上手なので本書に一層興を添えているのである。

==============================================================

今年初めから次々とテーブルヤシに花芽が出た。やがて黄色い玉の花になる(以前UPしたのに、分類整理が悪くて探せない自分に呆れています)

Photo_2 Photo_3

                   次第に色が濃くなります

Photo_4

|

« 航空公園のオオタカ | トップページ | 宗教と道徳 »

コメント

この本も気になっていたのです。いよいよよまなくちゃ^^。

投稿: 佐平次 | 2011年2月 8日 (火) 10:01

 
また面白いものを読まれましたね。私にとってはまたまた未知の方、
未知の本です。病弱だったことから航海を勧められたことから
始まって長い旅をいくつも重ねられたこの方、いつのまにかすっかり
健康になっていたんですね。ただの健康体ではなく過酷な旅に耐えられる
タフな体に。過酷な旅に耐え、詳細な記録を残し、見事な挿画を描く。
旅先の人々とのコミュニケーションもばっちり。その多才さに驚かされます。
明治初期のころの日本の地方といったら、彼女の母国とは文明の度合いも
かけ離れていたでしょうから、カルチャーショックは相当大きかった
ことでしょう。実際その時代その場所で生活していた日本人が感じていた
以上に汚さや不便さも感じたかもしれませんね。その辺りを割り引きながら
読んだとしても、かなり興味深い様子をうかがい知ることができそうですね。
読む機会はないかもしれませんが、そういう方がいて、そういう本もある
ということ、覚えておきたいです。

テーブルヤシに花が咲きそうなんですね。以前にアップされたというの
すっかり忘れています。ごめんなさい。ブログ内検索でも出てきませんね。
検索も完璧ではないようですから。ネット検索で粟粒のような
小さな黄色の花を見てきました。

投稿: ポージィ | 2011年2月 8日 (火) 10:59

日本奥地紀行・・
こんな本がありましたか。日本で藤沢周平作品を、また「蝉しぐれ」を思い出します。

この時代に比べると今は窮屈な感じがします。韓国旅行もあるのですね。ソウルが大変な町だったと・・。

時間を見て読んでみたいと思います。
有難うございます。
macchanny

投稿: 松本 | 2011年2月 8日 (火) 11:07

追伸:
tonaさん、
今拝見してきたのですが、茂彦さんのブログからリンクされている
作文の文字が小さくて読めないとのことでしたが、PDFファイルが開いた
そのページの上の方にパーセンテージを変えられる場所があります。
そこの窓を開いて100%なり150%なり選択されると、大きな文字で
お読みになれると思います。
茂彦さんへのコメントにも記入してきたのですが、こちらにも(^^)

投稿: ポージィ | 2011年2月 8日 (火) 11:30

珍しい旅行記の紹介ありがとうございます。
初めて知りました。
今ならイーデスハンソンのような人ですね。
今の時代ならネットで全世界に伝わっていい内容ですね。
当時アイヌの研究は人類学的に見て海外から注目されていたテーマで日本より進んでいたと聞いています。

テーブルヤシは我が家も何度目かの実をつけています。プログにもupしたようにも思います。
しかし、私も整理が苦手で忘れています。

投稿: matsubara | 2011年2月 8日 (火) 12:29

日本紀行の本は数あれど、奥地という事で趣が少し違いそうですね。
働けなくなった老人は口減らしのため自殺。。。
相当に悲惨な生活だった事がうかがえます。
昔、「楢山節考」という姨捨山の映画がありましたね。
あの映画も渋る息子を母親の方が励まして自分を捨てに行かせるというショッキングな内容でした。

テーブルヤシに花芽が出たんですね~
温室でしか見た事ないので、何度も上手に咲かせられるtonaさん、すごいです~

投稿: ちょびママ | 2011年2月 8日 (火) 15:06

★佐平次さま、ありがとうございます。

とても厚い(私にとって)本ですね。
お読みになったときの佐平次さんの感想で、私の頭にきちんと入りそうです。

投稿: tona | 2011年2月 8日 (火) 18:44

★ポージィさま

まず、茂彦さんのブログでのこと、教えてくださいましてありがとうございました。
お陰さまで大きな文字で読むことができました。ちょっとしたことが私にはたいそうなことになって、この様です。これからも宜しくお願いいたします。

2006年にイギリスのブロンテ姉妹が住んでいたそのままの教会と牧師館を見てきましたが、暗い不潔な貧しいイメージと全然違っていたことを記録したと思うのですが、全く同じような環境の牧師館に住んでいた著者も、食物はどうかわかりませんが、住環境は日本と比べられない素晴らしい調度と広い住空間であって、日本の奥地の状態には腰が抜けるほど驚いたのではないかと思いました。
弱い体ではとても長期旅行には耐えられないと思いがちですが、持病に時々苦しめられていたようですが、強くなって今の日本人ではとても耐えられない旅行に敢然と立ち向かって成就したことに驚かされました。
旅行中にこんなに細く書くことは大変なことです。凄いですね。私は旅行してもその日のことを何も書く気力もなくダウンの連続で、写真を見ても何処だったっけの連続、行く旅行社の添乗員さんが記録を書いてくださるので、その時間を見てどこか特定する始末です。
明治時代初期の田舎の生活は驚くことが多く、興味深かったです。

投稿: tona | 2011年2月 8日 (火) 19:07

★松本さま

「蝉しぐれ」の鶴岡でしたか。
著者は山形は繁栄していて富裕で文化的と書いているので、同じ県内でも奥地と藩の城や屋敷がある所は違っていたようです。

ソウルが大変な町だったのですか!
『朝鮮奥地紀行』も読んでみたいですね。
日本と比較してどうだったのでしょう。
どうぞお読みください。
有難うございました。

投稿: tona | 2011年2月 8日 (火) 19:35

★matsubaraさま

当時の日本の奥地を知る貴重な記録ですね。
アイヌには3分の1以上のページをさいていて、アイヌ研究やデータは細部に渡っていて、非常に興味深いです。
アイヌのスケッチも多く残しています。
当時のアイヌ研究が日本より海外のほうが進んでいた由、彼女の熱心さも頷けるというものです。

matsubara家にもテーブルヤシがあるのですね。
途中から整理しようにも遅かったです。
ココログの分類そのままにしたのがいけなかった。つまり何もわからない人がブログをやった感じです。恥ずかしいです。
つくづく記録魔の人を羨ましく思いました。

投稿: tona | 2011年2月 8日 (火) 19:47

★ちょびママさま

『楢山節考』って悲しいお話でした。
家族のために子どもを育て、家計を支えてきた人が年老いて役に立たなくなったときに、子ども側からでなく、自分から口減らしに協力という形で死にゆくなんて涙が止まりません。
今はそんなこともなく、私はなりたくないですが、世話してもらうのが当然と尊大な態度の人も多いと聞きます。高齢者が多くなってしまった私たちあたりの年代は年金をいただけるだけでも有難いから、我儘を言って、年金を支えている少なくなった年代に介護まで負担をたくさんかけるなんて出来ません。でもそうなったときは我儘言わないように頑張ろうと思っています。

今年はテーブルヤシの花芽が多いのですが、きっと年数が経ったからでしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年2月 8日 (火) 19:57

朝鮮紀行,読んだような気がするのですが,本棚に見あたりません。いつか読もうと思っていただけかも知れません。

投稿: gaki | 2011年2月 9日 (水) 18:49

★gakiさま、ありがとうございます。

『朝鮮奥地紀行』が図書館にあるか調べたらありました。予約して読もうと思います。
そちらは如何でしょうね。

投稿: tona | 2011年2月 9日 (水) 20:10

テーブルやし、我が家も出てますよ~~^^
やがて花も咲きますよ。
小さい花ですけど可愛いです。
別な株があると種も出来るみたいです。
息子の部屋にあるのを持って来てみましたが
花の時期が違うのかどうかダメでした。
でも花が咲いただけでも嬉しいです。

投稿: pochiko | 2011年2月10日 (木) 13:20

★pochikoさま、ありがとうございます。

pochiko家も出てきましたか。
別の鉢もあるのですね。
すると種ができるのですね。
雌雄異株とは知りませんでした。
花が葉を弱らせるって書いてあったので(事実かなり葉先が茶色になったので、6つの花のうち2つ切ってしまいました。

投稿: tona | 2011年2月10日 (木) 19:22

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146506/50802467

この記事へのトラックバック一覧です: 『日本奥地紀行』イザベラ・バード著:

« 航空公園のオオタカ | トップページ | 宗教と道徳 »