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2011年3月29日 (火)

原発がどんなものか知ってほしい

「原発がどんなものか知ってほしい」平井憲夫

平井さんは100回の内部被曝で発癌し1997年に亡くなった人で、亡くなる前に書いたものです。もうお読みになっている方も多いでしょうが、まだの方は冷静な気持ちで読んでいただきたいです。自分の子どもや孫たちのことを考えたら、きっと考えるところがあると思うのです。

今年初めて見た「キバナノアマナ(ユリ科)」です。葉は粉がふいているような白っぽい緑です。

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                        後ろ姿と蕾

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2011年3月25日 (金)

蒟蒻と朝鮮人参

以前都立薬用植物園で、蒟蒻の花を撮影したとき、蒟蒻が出来て出荷されるまで18ヶ月かかることを知りました。
それを上回って収穫まで何と6~7年もかかるのが朝鮮人参です。
このことがイザベラ・バードの『朝鮮奥地紀行』に書いてありました。

4月に種子が蒔かれ、翌年の春、移植される。この2年目にはわずか2枚葉が出るだけ。再び3年以内に最近栽培されなかった土壌に移植される。
4年目に高さ15cmに育ち、4枚の葉を持ち、茎から直角に突き出る。6~7年に成熟する。
1度栽培された土壌は7年間、朝鮮人参栽培には使えない。
何とも手間のかかる、贅沢な人参でしょう!
昨年韓国に行ったとき買ってきたのですが、かなり高価であったのも頷けます。
夏バテに飲んでみたら、気のせいかもしれないですが効いたのです。

      初春の公園には柳も芽吹き、サンシュユ、ハクモクレンが満開です。

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    もうアヤメらしい紫の花も咲き、↓キショウブのようなも咲いていました。

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↓イヌシデの老木の樹皮は網目状。樹皮カンディ図鑑を見ると、若木・成木・老木では色が変わるし、樹肌まで違ってくるものがあります。この本には葉・花・実・樹形まで出ています。杉や桜の一部やサルスベリしかわからないですが、本を買っても一向に勉強は進みません。

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                 ↓サイカチ・痛そうな刺だらけ

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原子炉事故の先はますます見えなくなってきて、放射線漏れがはっきりしてきて、原発から30kmも危うくなって自主避難が促されました。
もうこの先何十年も20km内には住めないのでしょうね。そこに住んでいた人々はもう2度と戻れないかもしれなくて、移住ということになるでしょうか、これもまた大変なことになりました。放射能は農業、漁業、観光などなど、そして飲み水に影響を与え始め、まるでチェルノブイリの悪夢と同じようで、底知れぬ恐怖感に襲われます。

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2011年3月21日 (月)

ボランティア

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震災ではいつも積極的なボランティアの立ち働く姿が見られる。こうした緊急を要する現場ではその使命感はフルに発揮され、される側の感謝もまた励みになるでしょう。
女子中学生の、又自身身内を亡くしていても、ボランティアに打ち込んで泣いている暇もなく立ち働く人の姿に心打たれます。

一方インドのコルカタ(カルカッタ)のマザーズハウス(マザー・テレサの家)ではボランティアの事情がだいぶ違うようだ。
館内はとても清潔で、設備や環境もよく整い、世界中から集まったボランティアで殆ど飽和状態で「人手は十分足りていますが、寄付金は有り難く受け取ります」と。

アフリカへ「支援をしたい」と考える人がとても多いけど、支援を妨害する障害も多い。その例が1つの村を助けるとすると格差や嫉みが生じて周囲の村が不満を言い出す。それが紛争の火種となって状況がますます悪化することもある。宗教や民族、地域間の対立の中には外部の人には理解出来ないルールやシステムや秩序があり、また原理主義者や過激派の存在、権力やプライドがあって、せっかくの善意が時には彼らを挑発し、バランスや社会の構造を壊すから援助は難しいという。

以上は『インパラの朝』中村安希著に書いてあった。
著者はこの本で第7回開高健ノンフィクション賞を取った。
180万円?でユーラシア・アフリカ大陸の治安状況の極めて悪い国など47ヶ国を684日かけての実に過酷な一人旅。電気・ガス・水道がない場所も数知れず、野宿、5,60時間も続くトラック旅、下痢が止まらない、南京虫に喰われて発狂しそう、高熱を出しても医者は居ない、強盗に襲われて殴られるなどの体験の合間の人々の交流が淡々と書かれる。

その中のアフリカのガーナ人の話す絶望がやりれない。怠け者が多いこの国、仕事があっても怠けてやろうとしない。リベリアからの難民はキャンプでも手伝うことすらしないで大麻を吸うだけ。
「物をよこせ。金をよこせ。それがお前の義務だ。ないならとっとと国へ帰れ」。このことから突っ込んでいっても、アフリカ援助のあり方が難しいと叫ばれて久しいが、地域によっては援助がかえって人々を荒廃させていることを知った1冊でした。

庭ではまだ咲く気配のないビオラが、アスファルトの割れ目からは1週間前から咲かせています。あら、この写真で気がついたけれど、家の塀に割れ目が。

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              雨の日はじっと閉じているカタクリの花

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2011年3月18日 (金)

買いだめなど

あれから1週間が過ぎました。実は震度5の揺れを体験してないのです。
11日にまさか大地震が起こることなど知る由もなく、呑気に10日に倉敷、山陰に出かけました。11日3時頃バスで、誰かの携帯に大変なことが起きているとメールがありました。そこで皆連絡をとったのですが、殆どの人の携帯はその日通じませんでした。私もやっと夜半、娘と連絡が出来たら、何と帰れないで都心のビルで一夜を明かすとのこと、7階とかで余震でかなり揺れているが無事であることがわかって一安心でした。翌日は観光も一部打ち切って、飛行機も飛んで帰ってきたのでした。家ではかなり物が落ちていたようで、かなり怖かったであろうと思ったことでした。

前記事を書いてからも今日で4日目、次々と報道されて明らかになっていく惨状や、思いもよらぬニュースに一喜一憂します。
そんな中、増え続ける死者・行方不明者のことや原発事故による放射能被爆不安が重くのしかかってもきます。
原発に関するその構造や爆発の経過もろもろTVの解説で見てこんなだったのだと今までの無知、無関心を恥じたものです。
必死の放水にもかかわらず、事態はますます悪化しているような感じで、大丈夫という楽観論も外国大使館の大阪移転や外国人国外退去に急に尻すぼみで、情報が届く茶の間でもおののく始末です。

今日、お米も少なくなったので小麦粉を買いに出かけましたが、スーパーで入場制限していて店員が「入荷したばかりの米、トイレットペーパー、パン、牛乳は売り切れです」と叫んでいました。牛乳はあるけど、パックが東北で造られているのでないというわけ。
一体お米を買えた人は何時から待っていたのか、お米が入荷するかわからなのだから毎日待っていたのか、凄いことです。
店内では納豆もなくなり、また店員が「バナナやモヤシはお一人一つでお願いします」と叫んだらどっとそこへ人が押しかけカゴに入れていました。なんか煽られてなくなるという恐怖観念に捕らわれる心境になるのですね。

今朝の朝日川柳に
 [ にっくきは 投資家 買いだめ サギにデマ ] う~ん上手い!

で、お米なのですが、娘からのメールで、婿さんが某地下食品売り場で米2kgを買ったからあげますというので、慌てて夫が同じ店へ駆けつけたところありました。その後すぐなくなったようですが。
婿さんはお米を抱えてそのまま仕事に行ってくれたのですね。感謝です。とりあえず計6kgのお米で、今日の蒸しパン作りを明日に延期です。

電気が使えないということで昨日は2冊も本が読めたのでいいこともありです。働いている人、ごめんなさい。

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2011年3月14日 (月)

大地震

M9.0という日本における最大級の地震で大変なことになりました。
海岸の町があっという間に波に流され飲み込まれ、壊滅していく映像、原発の爆発で放射能漏れの危機の報道など、最近観た「2012年」を観ましたが、映画を観ているようです。
現実にその恐怖を体験してあっと言う間に生命を絶たれた方々には言葉もありません。ご冥福をお祈りいたします。岩手、宮城県だけでも行方がわからない人が1万人以上もおられるとか。
またかろうじて避難出来ても、家族や家や仕事まで失って、また厳しい避難所生活を送っておられる何十万人の人々の気持ちを考えたら涙が止まりません。
まだこれから1年間は余震があるかもしれないことを思うと暗澹とした気持ちになりますが、少しでも何とか助けていきたい気持ちです。
東京も23区は停電がなくてよかったですが、関東各地とともに私どもも1週間程度でしょうか、計画停電で、本日は9:20^13:00と18:20~22:00と2回の停電です。過去にこんな経験もなく、また医者の予約や銀行の振込は兎も角、店の冷蔵冷凍品はどうなるのか。
昨日は買い占めがあってスーパーから米などいろいろな食品が消え、食品が品薄でした。
今朝はとっておいた保冷剤を全部入れて何とか食品を保持しようと試みています。PCも使えないし、電気がないと電子レンジも使えないしなんて思っていたら、すぐ避難所の方々がチラついて、何言っているのと自分を叱ったところです。水とガスがあるだけでもどんなにありがたい事か感謝の今です。

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2011年3月 8日 (火)

『お箸の秘密』三田村有純著

『お箸の秘密』三田村有純著
ーお箸は食と自分をつなぐ命のかけはしー

お箸の素材には実に様々なものがありますが、箸の仕上げに使われるものに注意しなくてはいけないことがわかったのです。
塗り箸と何も塗ってない箸(白木の箸、割り箸)に分類される。

塗り箸も漆(他に柿渋、蜜蝋、クルミ油、椿油、亜麻仁油、荏胡麻油も使用される)と合成樹脂があって、
原料が原油の合成樹脂は安価ではあるが、剥げ落ちつつある箸を使用するとその石油を口に入れることになるのが、気持ちの悪い問題と指摘している。
漆は高価だけど、韓国では薬用に使用され、また葉なども食用にしているそうで、食べられる漆は箸には害はない。割り箸はじめ合成樹脂仕立ての箸は燃えるけれども、火に強く、なかなか燃えないそうなのです。
中にはポリエステル塗料の輪島塗なんかもあって燃えてしまうとのこと。

割り箸は安全で、間伐材や切れ端が使用されるため、環境に優しいと言われますが、それは国産に限ります。国産の杉や檜はカビが生えません。
ところが輸入品、中国からの割り箸はロシアで伐採した木を輸入し、防腐剤、防カビ剤、漂白剤に漬けているのだそうです。これは伐採なので環境にやさしくないし、安全でもないわけです。
お店に入って割り箸は選べません。マイ箸を使っている人は殆ど見かけませんが、その人なりにこのような意義を見出して使っているのですね。
ずっとお箸を買うことなく戴いた箸を使い続けていて、気がつかなかったことでした。
丁度良い箸の長さとかお箸の作法とか漆のことなども書かれています。

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                     全部いただき物の箸

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2011年3月 6日 (日)

春を歌おう

♪春を歌おう♪ 小林純一作詞 中田喜直作曲

1.春を歌おう このやわらかい光のもとで
  花が木の芽が背伸びして
  待ち望んでいた春!春が来たんだ
  あなたの町でも歌ってる 歌ってる 私の町でも歌ってる 歌ってる
  春天来了(チュンティェンンライラ) ポミワッタ ヴェスナーナスターラ 春がきた 
   (中国語、朝鮮語、ロシア語の春が来たの意味)
  ああ ポミポミ 春がきたんだ
  ああ 春春 春が来たんだ

2.春を歌おう この暖かい風のなかで 
  重いセーター脱ぎ捨てて
  駆け出したくなる春!春が来たんだ
  あなたの町でも踊ってる 踊ってる 私の町でも踊ってる踊ってる
  春天来了 ポミワッタ ヴェスナーナスターラ 春が来た
  ああ 春天春天 春が来たんだ
  ああ 春春 春が来たんだ

春が来た喜びをこんなふうに歌詞と曲で歌い上げる楽しい曲を、暖かいこの日、歌ってきました。

今日はコーラスの、年に一度の発表会で歌ったのは12曲。
今年は中田喜直の童謡6曲と春夏秋冬の曲6曲でした。この「春を歌おう」の他「夏の思い出」「ちいさい秋見つけた」「雪の降る町を」「心の窓にともし火を」「ねむの花」と懐かしい曲ばかり。 
暗譜してなかった童謡は昨晩からの一夜漬けで、夫に[一夜浅漬け]と言われました。
兎も角終わって、私には春が来ました!

                        道端でも春!

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         23区内はもう沈丁花が8分咲きで、とても良い香りが漂う

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今日の会場の文化祭では南方のカンアオイ(寒葵)が展示されていました。2,3月に咲くのは沖縄から九州四国までで、4月にならないと本州を北上しないとのこと。
↓パンダ寒葵(中国四川省原産)パンダに似ている?パンダと同じ四川省原産とはPhoto_4

              ↓キウイ寒葵(中国原産)中がキウイの色

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間宮林蔵と最初に樺太探検をした松田伝十郎は吉村昭氏が書いているところでは

強靭な精神力と頑健な肉体を持ち、
豪胆でありながら思慮深く
病にかからぬ工夫  

をした人です。何とも羨ましく頼もしい人が情報の少ない時代にもいたものです。

今なら差し詰め宇宙飛行士がこんな条件を揃えているのではないでしょうか。
若田光一さんが今度は13年末からISSに長期滞在して船長として指揮を執ることになりました。
語られた抱負が「日本人の和の心を大切にしチームをまとめていきたい。少なくとも1日3回の食事時間はみんな顔を合わせ、コミニュケーションを図る・・・」
草食系なんていう言葉なんて早く消えて、こんな逞しい人がどんどん出てほしい日本です。

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2011年3月 3日 (木)

木蔦の葉の不思議

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↑キヅタ(木蔦:別名冬蔦、ウコギ科)の実は紫色。秋にヤツデに似た白い花を咲かせます。
常緑の艶のある葉で、茎から気根を出して、他の木に這い上がる。
若い枝の葉は葉先が3裂しているというのです。見たことはありませんが画像で見ると↓の我が家にもあった「冬蔦」の葉にそっくりです。

↓以前「冬蔦」ということでいただき、確かに冬も枯れないし、気根を出してどんどん広がっていくのですが、数年たっても↑のような葉になりません。
ということは、この冬蔦は「セイヨウキヅタ」と言われるものでしょうか?

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                 → 2/26に咲いた最初の蚕豆の花Photo_4

 『写楽 閉じた国の幻』島田荘司

あの歌舞伎の大首絵を描いた「東洲斎写楽」って一体誰?
江戸の町にたった10ヶ月現れただけで忽然として消えてしまった写楽。
板元の蔦屋重三郎も誰であるか秘しているし、写楽は写楽、歌麿や北斎であるようななさそうな。
本当に不思議な話です。
島田荘司の写楽ミステリーで、ああ、あの人だったのか!

『このミステリがすごい!』2011年版第2位
『ミステリが読みたい!2011年版』大賞第3位

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