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2011年4月28日 (木)

妙義山の奇岩

Photo_2 昔、軽井沢に行くときに電車や車から眺めた妙義山。あのごつごつした岩山はどのような位置にあるのか、そばで見たらどんな形をしているのかを知りたくなってツアーに参加してみました。
妙義山は元は個人のものだったそうで、みんなに見てもらいたいと持ち主が寄付したんだとか。

上毛三山は赤城山・榛名山・妙義山です。この三山はいずれも、この名を冠した山はなくていくつかの山の集まりです。

妙義山は表側(南側)を表妙義[白雲山、金銅山など] と裏側(北側)[御岳、下須ノ頭など] に分かれてあるそうなのだ。
その表妙義の2つの山の中腹にあたる中間道を縦走しました。
日本三大奇勝(耶馬渓と小豆島寒霞渓)の1つでもあって奇岩奇石が連なっている。

↓山登りのツアーなので妙義神社のお参りはなし

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              ↓登り始めると金銅山が立ちはだかる

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                     ↓振り返ると白雲山

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                 ↓途中にあった本読みの僧

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                    ↓奇岩が次々と現れるPhoto_6

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               ↓第4石門(向こうに大砲岩が見える)

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                        ↓大砲岩

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                   ↓麓に白く見えるのが桜

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                     降りたところの桜

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やっとゴツゴツ山の状態がわかって満足満足。しかし岩に這いつくばって登ったりして後日筋肉が痛みました。(老体なのですぐ痛まず2日目くらいになって痛む)

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道の駅で買ってきたトマト味噌。スパゲティに和えたら絶品でした。

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2011年4月25日 (月)

「シュルレアリスム展」於国立新美術館

Photo ダダイズムからシュルレアリスム、今までずっと、何だかわけのわからない芸術と思い込んでいたものです。
「シュルレアリスム宣言」を発表したのが詩人アンドレ・ブルドン(この人の書斎が映像で25分近く映し出されていたが、本とアフリカの民芸品などで埋まっていて一見の価値あり)
内容は偶然性、夢、幻想、神話、共同性などを鍵に、人間の無意識の世界の探求をおこない、日常的な現実を超えた新しい美と真実を発見し、生の変革を実現しようと試みるものという。

サルバドール・ダリの溶けてしまいそうぐにゃっとした絵、
ルネ・マグリットの奇抜な絵、ポスターの(秘密の分身)なんて、実際の顔がどうも想像がつかなくて、ポスターの左を切り抜いて右に嵌めたくなります。
デ・キリコやエルンストやミロ、アンドレ・マッソンなどの楽しくなるとさえいえるポンピドゥセンターからの170点です。

見終わってミッドタウン、ガレリア内ガーデンテラス1階の[ピッツェリア・トラットリア・ナプレ]のテラスにてピザをいただきました。

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眼下のミッドタウンガーデンに檜町公園が続いていて、緑美しい公園です。
檜が多かった、毛利家の下屋敷があったところで、檜町の名の由来になったとか。
まさしく都会のオアシス。池に映る高層のビルが日本庭園とマッチするようになってしまった今日の東京です。

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2011年4月20日 (水)

フェノロサと岡倉天心

Photo_11   先日「ボストン美術館浮世絵名品展」”錦絵の黄金時代 清長、歌麿、写楽”を見てきました。初めての八頭身美人を描いた清長、美人画の巨匠歌麿、見得を切った歌舞伎役者が印象的な写楽と3人3様の絵が里帰りした。。
このコレクションは明治初期にエドワード・モース、アーネスト・フェノロサ、ウィリアム・ビゲローのよって収集されたもの。

3人の中で著名なフェノロサは日本美術を評価し紹介に努め、帰国後ボストン美術館東洋部長となった。また法隆寺夢殿秘仏を開扉したことでも有名。
しかし、谷崎光著『感動中国』によれば、岡倉天心を使い、明治の多くのタダ同然の日本美術を買いまくり、コレクター経由でボストン美術館に鹿鳴館の建築費の1.5倍の高値で売り飛ばしたのです。日本美術品保護ではなかった。

一方、岡倉天心は、現・東京藝術大学設立に貢献し、日本美術院を創立した人であるが、フェノロサを手伝い、ボストン美術館に高賃金で就職し、日本美術品のみならず中国の石窟の仏像はじめ、中国美術品も壮大に買い集めていた人なのである。日本美術品流出反対を唱えながら自分が流出さすという二枚舌の人だった。
このまとめて買ったことが、国外とはいえまとまった形で日本美術の名品が残っているという功績もあったのであるが。

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夏の登山に備えて、10kgのザックを背負って、高尾山を1日に2回連続で登って来なさいとリーダーから言われました。
1昨日早速出かけたのですが、、

ザックに3kgの水と砂糖4kgや食料や雨具を詰めていざ出発。生まれてから此の方、7kg以上重い物を持って歩き続けたこともなく、さらに3kgというのが駅までもこんなに辛いとは。これで山に登れるのか?
高尾山はとても緩やかで1時間半コースなので楽な山です。
登り始めると、それが最初からフーフーハーハー。30分登って5分休憩を2回、最後25分で頂上へ。途中校外学習の男子高校生が挨拶しながら追い越して行く。計1時間25分。
20分休憩し、下山。下山は足を痛めるので、途中にあるケーブルカーで下まで降りる。初めて乗ったケーブルカーは31度85分だそうで、日本1の傾斜のケーブルカーだそう。31度とはいえまるで垂直の絶壁のようです。

1度でやめようと思いながら、結局意を決して再び登り始める。先ほどの高校生の一団が3つにわかれて降りてくるのに出会う。「お久しぶり」と声をかけられ(あれ、やはり判っちゃった。このばあさん、何で2度も登っているんだ)と思われているようで、恥ずかしくなって、帽子のひさしを低くして挨拶しながら、頑張って登頂。2度目の方が水、食べ物の分1kg減って10分早く登る事が出来た。
あんなに食べたのに体重は1kg以上減っていました。
実際はこの2倍初日に登り、下り終わるまで3日間背負って歩かねばなりません。多分無理のような気もします。

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2011年4月17日 (日)

川海苔を味わってみたいが

東京の西のはずれの奥多摩の川苔山(川乗山)1364mに行ってきました。
終点の奥多摩駅から登山口までバスで行き、2つ手前の鷹巣駅まで休憩を含めて8時間の行程です。

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以前、この山を流れる川苔川(↑小さなせせらぎである)で「川海苔(カワノリ)」がとれたことから付いた名前の山。今は殆どとれないという。
と聞くと食べたくなって、調べたら群馬県水上の利根川支流でとれて佃煮にして売られているということで、申し込もうとしたらセキュリティ証明書の問題ありでだめでした。

川海苔は淡水で育つ緑藻類の一種で、関東から九州までの太平洋側に注ぐ河川に生息していたが、環境汚染などで、水温、水流、水質がそろわなくなって激変したそうで残念です。海苔と味が微妙に違うのでしょう。

山は国有林市町村や個人所有などいろいろあるようで、ここは個人の部分もあるようですが、伐採された木が累々と横たわっている箇所が続いていました。いつも思うに、木って重いし、本当に扱いが大変、美林として存続するには人件費もかかって大変。そんなこともあって外国から輸入したほうが安価で、外国は森が丸裸になり、日本の山が荒れていく一方なんていう矛盾した話は今もなお続いている。
山を歩かせてもらっていつもこんなことを考えて先へ思考は進まない。

             ↓横たわっている木はどうなるのでしょう

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    ↓奥多摩随一と言われる「百尋の滝」40mは木の間ではっきり見えない

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       ↓頂上からは昼過ぎでもあるし、春霞がかかって眺望はきかない

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川苔山は花が少ない山で、「ユリワサビ」と「キケマン」の他に「ハシリドコロ」と「ミヤマネコノメソウ」だけでした。
↓ハシリドコロ(ナス科、毒があって食べると狂乱して走り回るから名付けられた)は水沢山で初見以来。

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↓ミヤマネコノメソウと聞いたが、雄しべの葯がミヤマネコノメソウは黄色からオレンジ。ヨゴレネコノメソウは葯が暗紅色ということでこれは高尾山のヨゴレネコノメソウと同じのようだ。

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2011年4月13日 (水)

春の丘陵

東京駅そばの丸善の「松岡正剛コーナー」が凄い!
たくさんのジャンル別ごとに選ばれた本が向きもいろいろに並べられている。
凡そ今まで読んだこともないジャンルの「読んでみようかなあ」という気にさせるような本を、縦横に無造作にシックな本棚に納められている。
世の中にはこんなに畑違いでも面白そうな本があるのだ、と偉く感心して、でも1冊も買わないで帰ってきたのです。まだの方はぜひ覗いてみてください。

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近くの丘陵もまさに桜が満開です。でも人が殆ど見えません。お花見の独占状態でした。
ソメイヨシノもヤマザクラもオオシマザクラもが競演です。

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                    ↓オオシマザクラの花

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↓小さいころから原っぱが好き。ヒメオドリコソウを踏むのが可哀そうで歩けなかった。

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          ↓ヒトリシズカ 年々減ってしまう。もう数年で絶滅かしら。

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  ↓ニオイタチツボスミレ スミレ色が何とも美しく高貴。匂いませんでした。

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↓ミツバツチグリ(バラ科キジムシロ属)の葉は3枚複葉。そっくりの花にキジムシロがあるが、こちらは花後に葉が大きく展開して、雉が休めるような広さになるというのである。来年まで覚えていないでしょう。

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    ↓モミジイチゴ(バラ科キイチゴ属:別名黄苺)葉がモミジみたいです。

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                     ↓白いボケの花

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前回も書きましたが、ここを歩いた時に子供が挨拶してくれたのですが、今回もわざわざ自転車から降りて「こんにちは」の挨拶、そしてまた通りかかった子たちが声をかけてくれる。学校か家庭か両方で挨拶を教えているのでしょうか。徹底していて本当に感心です。

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2011年4月10日 (日)

回文

「いろはにほへとちりぬるを わかよたれそつねならむ うゐのおくやまけふこえて あさきゆめみしゑひもせす」 
(色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず)
平安時代に作られたらしいですが、誰かはわかっていません。七五調で本当によく出来ていて感心したのですが、回文もすごい。
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フジモトマサル著『ダンスがすんだ』2004年 新潮社      
回文の傑作です。全部で76あって、微妙に話がつながっています。
「旦那がなんだ」には笑えました。長いものでは何と26文字の回文があって「よくぞ作った」です。

著者マサルサマは1968年生まれ。
イラストレーター マンガ家
ときに、なぞなぞ作家 そして回文作家
 随分才能に恵まれている方です。

暗い気分を明るくしてくれる回文の傑作です。

              国分寺万葉植物園に咲いていました。
              何の花でしょう?
              葉は縁が紫がかっています。

タツタソウ(竜田草・メギ科) 葉が展開してから花が咲くタイプで、朝鮮半島北部、中国東北部、アムール地方原産。名の由来は日露戦争時に軍艦「竜田」の乗組員が1904年に採集して持ち帰ったから。 matsubaraさま、ありがとうございました。

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                   ショウジョウバカマです。

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                          蕾

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ヤブレガサ 10日ほどこの破れ傘状態が続いてその後は平らに葉が開く。まだ花を見たことがない。
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2011年4月 7日 (木)

4月7日の日記

朝の福島原発関連のニュースを見ながら、今日もまた暗い気持ちになって落ち込み、気をとりなおして家事をする。
PCで娘と福井の友人からのメールチェック後、日本の原発地図をチェック。各電力会社が何処に何基原発を持っているか。また玄海電発さえもトラブルが何十回も発生している事実に驚愕する。東京電力圏と関西電力圏はほぼ同数基である。
世界ではアメリカがトップ、2位がフランスで次が日本だがフランスとほとんど変わらない。国土はフランスが広く、電力の80%を頼っているのに20%の日本と同じということは、人口が多いだけでなく、かなり贅沢に電気を使っているとみた。ヨーロッパは照明に関する限りキラキラと使ってない。

PCで図書館に予約していた本が2冊用意されていることを確認したので出かける。8階まで階段上りをしてから本を受け取り、スーパーで買い物をする。今日も納豆と8枚切り食パンだけがなし。

帰宅して庭仕事。バラを移植するため、ハナニラを植え替える。雑草を抜く。
おぉ!ヒゴスミレが咲いているではないか。一体何処から来たのか、貴方は!葉がエイザンスミレと似ているがエイザンスミレは3裂、ヒゴスミレは5裂とのことで勝手にこれに決めた。

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焼きそばとフルーツの簡単な昼食後、借りてきた角幡有唯介の『空白の五マイル』を読み始め、世界地図帳でルーペを使って、チベットを調べる。うううぅぅ、チベット自治区でさえこの広さ!中国も広い!広い!治めるのも大変だなあ。
チベットの世界最大のツァンポー峡谷の、まだ誰も探検家によって踏破できていない空白の五マイル(8km)を著者はどうやら2002~2003年にかけて踏破したらしい。死ぬ寸前だったらしい。よくぞ生きて帰った、その奇跡を楽しみに読むとしよう。

今日は桜が満開になったので、歩いて3分くらいの国分寺跡に出かけてみる。
桜の下の方はまだ蕾が残っているが上の方は満開。
木曜日なので観桜者は多くない。

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           消防署の前を通ったら弔旗が掲げられていた。

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         都立公園に足を伸ばすとここも人は桜の下に少しいるだけ。

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デイケアだろうか。車椅子の人がお花見に連れてきてもらっていた。それなりに幸せそうだ。
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                 クリスマスローズの花壇も満開状況

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夕刊に韓国の幼稚園や小・中学校が「放射能の雨が降る」ということで臨時休校に踏み切ったとあった。やれやれ。

夕ご飯が終わって、このあとはちょっとだけ勉強することがあって、あとはテレビ・ビデオ三昧。高峰秀子の「二十四の瞳」を久しぶりに鑑賞する。

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2011年4月 4日 (月)

圏央道

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これは圏央道(首都圏中央連絡自動車道)を造るために、高尾山にまさに穴が開けられたところです。
高尾山の中腹に直系10m、長さ1340mの巨大なトンネルを2本貫かせ、裏高尾の狭い谷間に高さ80mの巨大なジャンクションを建設しています。

高尾山は貴重な自然の宝庫で、1300種以上の植物、100種以上の野鳥、5000種の昆虫がいる。開山以来1200年の庶民信仰の山でもある。
しかしながら、ミシュランに載ってから大勢のハイカーによって登山道も荒らされ、雨が降らなかったので土はますます削られ、晴れた日は土埃で頂上ではお弁当も食べられないほどになってしまった。
その上反対運動にも関わらず、利便性の向上(神奈川側⇔埼玉側、又各々から中央高速への)には勝てず、まさに掘られているのです。
原発もそうですが、便利で快適ばかり求めては、後でどんなつけが廻って来るのかと考えさせられてしまいます。この工事も原発事故で霞んでしまいますが。

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                 この下は高尾梅郷が続いている

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沢沿いにはユキノシタ科のハナネコノメソウとヨゴレネコノメソウが咲いていた。ネコノメソウには種類がいろいろあるが、特にこの二つに出会えてとても嬉しかった。

                     ↓ハナネコノメソウ

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               ↓ヨゴレネコノメソウ(かわいそうな名前)

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↓少し登ると早春の花、ユリワサビ(アブラナ科)が咲いていた(直径1cm)

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              ↓ヤマルリソウ(ムラサキ科)も(直径1cm)

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            ↓アズマイチゲ(キンポウゲ科)は眠っていました

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2011年4月 1日 (金)

いろいろな日本一

3/10~3/12 倉敷から入る山陰の旅で鳥取県が日本で1番人口が少なく島根県が次に少ないと知りました。
鳥取県が58.7万人、島根県が71.4万人。ちなみに東京23区で、広い区の世田谷区87.7万人、練馬区70,7万人、江戸川区68.4万人、大田区68.2万人、足立区64,6万人で一区で鳥取県より多いのですね。
島根県は北海道、岩手、秋田についで人口密度も低く、人家、人もまばらで寂しい。冬も住みにくく、人々が都会に出て行ったのでしょうか。

[倉敷] 日本一安全な地域といわれる。白壁の倉敷美観地区は歴史的町並み景観の1つ。大原美術館も目玉の1つ。

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[足立美術館] 庭園日本一(足立全康創立の5万坪の日本庭園で、米国の庭園専門誌の日本庭園ランキングで8年連続日本一。2位は桂離宮)

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[出雲大社] 注連縄日本一 人間が小さく見える。今60年に1度の平成の大遷宮が行われている。

Photo_7 [鳥取砂丘] 海岸砂丘日本一 東西16km 、南北2.4km、最高起伏は92mで日本一。残念ながら冬の美しい風紋は見えず。折から雪もチラチラと。

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<浦冨海岸>(うらどめ)(鳥取県)国の名勝、天然記念物に指定され(1928年)「日本百景」、「日本の白砂青松百選」、「日本の渚百選」、「平成にっぽん観光地百選」などに選ばれている日本海沿岸の自然景勝地である。ここに着く15分前に大地震が起こったのでした。

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<余部鉄橋>(あまるべ)(兵庫県)昨年7月に初代が終わり、8月から2代目が使われている。写真右に赤い初代橋梁(日本一高い鉄橋)が見える。

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<天橋立>(京都府)日本三景の1つ。展望台で股のぞき。龍が天に昇っていくように見えるというのでやってみる。
天橋立の静かな内海の阿蘇海(2枚目の写真左)に天橋立の途中の切れ目から、前日の大地震による津波がここにも押し寄せて、どんどん流れこみ、遊覧船もすべて欠航になりました。

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