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2011年5月18日 (水)

ハンガリー一周(1)

Photo_20 16日に帰って参りました。
ハンガリーは日本の4分の1(九州と四国)の面積に1000万人が暮らし、8つの世界遺産がある。
ウラル山脈のあたりのアジア系マジャール人がここに移動し、紀元1000年にハンガリー王国が樹立された。モンゴル軍の襲撃で壊滅的な打撃を受けたり、150年間もオスマントルコ軍に占領されたり、その後ハプスブルグの支配下に入り、オーストリア・ハンガリー二重帝国となり、2つの世界大戦後、今度は1989年までソ連の影響下に入るという運命をたどった国である。
ルービック・キューブの発明やボールペンを発明したのもハンガリー人である。ノーベル賞は13人で、人口に対する比率は世界1である。
原発は1基のみで半分の電力を賄い、残りは9つの火力発電所とオーストリアから買っているそうだ。(5月31日の新聞に4基と出ていました)

国土の70%は農地でそのうちの半分は畑で、今の時期は菜の花と麦の畑が美しい。土地が肥えているので作物の収穫が多く、反面牧場は20%にとどまっている。

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旅の始めはオーストリアとの国境の町ショプロンでウィーンからバスで1時間半、朝晩の気温は4℃と日本の真冬のような寒さに震えました。
ここから時計と反対回りで8日間かけて8つの世界遺産を見ながら周遊しました。

[1日目] ショプロンからジョールへ(快晴)

<ショプロンにて>
↓(左)ドイツ製クラバント(プラスチックの車)があった (右)壁にメアリー・ポピンズ

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       ↓半袖姿で薪を家の中に運ぶ(朝晩寒いのでまだ使うのか?)

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             ↓日本の火の見櫓に相当する「火の見の塔」

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↓ユダヤ教のシナゴーグの殆どは通りから入った所に建設された。理由は中世からユダヤ人が嫌われていたとのこと。

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<国境のヨーロッパピクニック記念碑>
1989年、東ドイツの人々に国境を開け、ベルリン崩壊につながった場所
↓開かれた国境のドアのモニュメント → オーストリアとの国境 → 日本が送った東屋風の建物 → 記念碑と軍の監視台

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<世界遺産フェルテー湖>
ユーラシア大陸最西端の塩湖でオーストリアとの国境に跨っている。遠くてよく見えないのが残念。

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<エステルハージ宮殿>
宮廷音楽家としてハイドンが仕えた、エステルハージ家の夏の宮殿(ハプスブルグに忠誠を誓うことで栄華を極めた)

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            ↓ハイドンが演奏した部屋 椅子が並べられていた

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<世界遺産パンノンハルマ修道院>
この国最古のキリスト教会であり、ベネディクト会修道院で996年創建。

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          ↓30万冊の蔵書のある古文書館は美しく圧倒された

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<ジョールにて>
                ↓明るいのに街灯が灯っていた

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↓欧州は噴水がいっぱい。この噴水は複雑な踊りをして面白く飽きなかった。

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[2日目] ジョールからへヴィーズへ(曇りのち雨)

<ヘレンド>
ハンガリーを代表する磁器ブランドのヘレンドの工場で成形、透かし彫り、絵付けなどを見学。ヴィクトリア女王の目に止まり一躍有名になった。

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        ↓昼食はヘレンドの食器を使っての食事でちょっと緊張した。

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<ヘヴィーズの温泉湖>
             ↓途中に死火山が見えた。かなり低い。

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世界で2番目に大きな温泉湖だそうで、底から湯が噴き出て、今は30℃くらい。水深は36mでかなり深い。同行の人たちは外は寒くて室内で楽しんでいた。

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                 ↓睡蓮がそこここに咲いていた

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コメント

こんにちは。
ハンガリーの旅からお帰りなさ~い(^^)お天気に恵まれよかったですね。
ハンガリーのことも知っているのは名前くらいのものですが、あちこちの
支配や影響を受けてきた複雑な歴史があるのですね。
でも、①を拝見しただけでも「美しい国」のイメージです。
国土の70%が農地ということは主要産業も農業ということでしょうか。
働き者の人々の、贅沢ではないけれど豊かな生活があるような気がしてきますが、
さてこれからどんな面を見せていただけるのでしょう。楽しみです。

投稿: ポージィ | 2011年5月18日 (水) 10:14

★ポージィさま

早速にコメントいただきありがとうございます。
傘をちょっと使ったのは2日目だけ、行く前もずっと雨、帰る朝も雨になって晴れ間に旅行出来たのはラッキーでした。
旧ソ連によって鉄のカーテンが引かれた1つですが、チェコやポーランドやルーマニア、ブルガリアの中では比較的良かった方のようです。
主要産業はやはり農業で、工業が遅れているために隣の豊かなオーストリアとはかなり隔たりがあります。
落ち着いた生活が垣間見えて、地震のない平和を満喫しているように思えました。
以前訪ねた首都にはもうロマの姿も見えない他は何も変わらない欧州です。
観光のみにいつも終わって深く国の中を知ることが出来ないですが、行った後は新聞に国の名前が出てくると読むようになるのだけが収穫です。

投稿: tona | 2011年5月18日 (水) 15:01

お帰りなさい。
有益な旅でよかったですね。
私は2005.9.1前後にハンガリーのことを書き込んでいますので
8月に行っていますが、東欧諸国をまとめて廻りましたのであまり知りません。
ここで学ばせて頂きます。
ルービック・キューブやボールペンの考案者がこの国であることは説明を受けました。

私が行った頃はまだピクニック計画が公表されていなくて知りませんでした。
それについての記事は、
2007.6.3-4に書いています。

その後大使がこちらに来て知事との食事会がありましたのでそれは
2009.4.19に書いています。
知事との写真も撮りましたがこの日ではなく別のページに公開しています。
それは探しそびれました。

投稿: matsubara | 2011年5月18日 (水) 17:10

お元気でお帰りで何よりです。
向こうは相当寒かったのですね。体調は大丈夫でしたか。長い歴史を持った国ですね。
ありのままの姿を感じました。
ノーベル賞受賞者が多いのにはびっくりです。人口1000万ですか。
教育の下地がしっかりしているのですね。
ハイドンの部屋の椅子は良いですね。
使ってみたいです。へレンドの食器も初めて知りました。

ソ連の支配下も長かったわけですがまた新しい国の形がでてきているのでしょうか。
きっとリフレッシュ出来たことと思います。
お疲れさまでした。

投稿: macchanny | 2011年5月18日 (水) 19:43

★matsubaraさま

コメントありがとうございます。
今、ご紹介くださった箇所を読んでいながら、昨日にビデオに撮っておいた「地球遺産の旅 ハンガリー」を観ていたのですが、何とヨーロッパピクニックの当時の映像を撮った方とその映像が出てきたのです。1000人の東独の人々が涙を流して脱出する、それを助けるハンガリー人の映像が。
matsubaraさまの詳しい説明でいろいろなことがさらにわかりました。ありがとうございました。
岐阜県にハンガリー友好協会があるのですか!凄いですね。

投稿: tona | 2011年5月18日 (水) 20:32

★machannyさま

コメントありがとうございます。
最初は寒かったのですが、最後ブダペストは暑くなっていました。ショプロンは大体ブダペストより寒いのだそうです。
お陰様で元気に廻り、帰ってくることができました。

それにしても日本の4分の1とはいえ同じ国土に換算すれば日本の方が3倍の人口密度ですね。
ノーベル受賞者のことでは私も驚きました。
優秀なのですね。
ハイドンがタクトを振った部屋はなかなか優雅な素敵な部屋でした。背後の壁の絵はマリア・テレジア(たった2日間の滞在のために立派なサロンや寝室が造られたのです)です。
他の東欧諸国と違って、チャウシャスクのような政治家が出なかったのが幸いだったのですね。
10日間も原発のニュースを見なかったので、その間心も痛まず、お陰様でリフレッシュした次第です。

投稿: tona | 2011年5月18日 (水) 20:45

奇麗な写真ですね~!
メアリー・ポピンズはイギリス舞台の話なのに何故…!?
ヘレンドの「ウィーンのバラ」が好きですが
お高くて中々手が出ません…
お食事の方のお味はいかがだったのでしょう?

投稿: zooey | 2011年5月18日 (水) 22:40

★zooeyさま

早速見ていただいてありがとうございます。

メアリー・ポピンズの名を冠する何かのお店だったような気がします。きちんと見てなくてすみません。
ヘレンドでは博物館見学でヴィクトリア、エステルハージ、フランツ・ヨーゼフなどV.I.Pの器を見、売店でもかなり時間があったので見ましたが、随分種類がありました。高価ですが、でもマイセンほどではありませんね。
家にいただいた紅茶茶碗がもしかして「ウィーンのバラ」かと、大切に使いたいと思ったことです。
メニューはコンソメスープ、チキンのパプリカソース添えとポテト、自家製アップルパイと紅茶でしたが、スープが美味しかったです。

投稿: tona | 2011年5月19日 (木) 08:36

お帰りなさい。
ハンガリーというとハンガリアンラプソデーですね。
音楽も堪能されましたか。
オイオイ楽しみに拝見します。

投稿: 佐平次 | 2011年5月19日 (木) 15:42

★佐平次さま

お疲れのところをありがとうございます。
ブダペストでは音楽会へは行けませんでしたが、田舎を走りながらガイドさんが「ラプソディー」とブラームスの「ハンガリー舞曲」を聞かせてくれました。
レストランでは往年の懐かしい映画音楽のピアノ演奏がありました。
また、教会のパイプオルガンも数回聞くことができました。

投稿: tona | 2011年5月19日 (木) 16:07

無事にお帰りになられたようで何よりです。
私はウィーンからハンガリーの古都「エステルゴム」や「センテンドレ」の町、ドナウの要塞などを見てからブタペストに入りました。
あの小さな国に8つもの世界遺産があるとは・・・
流石にヨーロッパの東西の要の国!深くて重い歴史がありますね。

マジャール人の血が入っているせいか?、どこか東洋的な感じもする国でした。
現地ガイドさんが「秘密警察」の建物を説明した時「嫌な時代でした」とはき捨てるように言った顔が忘れられません。
ソ連の影響もドスン!と大きいのでしょうね。
でも「エリザベート」が愛した国は、素朴ながらも優雅で、「ドナウの真珠」という形容に相応しい美しさでした。

三国を忙しく廻った私と違い、ハンガリーをジックリ見られたtonaさんの旅紀行を、これからも楽しみにしております。


投稿: naoママ | 2011年5月20日 (金) 23:40

ご無事でお帰り何よりです
珍しいものを沢山見て、美味しいものを食べて、また元気に過ごせますね

投稿: OB神戸家 | 2011年5月21日 (土) 08:14

★naoママさま

ハンガリーといえば、ハプスブルグのシシーとハンガリー舞曲の国のイメージしか以前は湧きませんでした。私も14年前に東欧4カ国(実際は中欧)を駆け足で見たのは首都とセンテンドレだけでした。
モンゴルやトルコとの歴史はここに位置する国としては避けられないものだったのですね。
マジャール人というのはどんな民族なのか?顔つきはまるっきり西欧化していますね。
混血ですっかり西欧の顔になったということですが。1000年ってそんなに変わるものでしょうか?不思議に思いました。
旧ソ連に関しての感情はチェコでもポーランドでも凄いものがありました。後者はドイツに関してもそうですが。
楽しみにしていただけるとか、ありがとうございます。

投稿: tona | 2011年5月21日 (土) 08:38

★OB神戸家さま

本当におっしゃる通りで、途中日本は特別なことは起こってないということを聞いて安心して、日本の現状を忘れて観光していました。本当にすまないと思いつつでした。
元気にして、なるべく医療面でご迷惑かけないようにしたいのが願いです。
ありがとうございました。


投稿: tona | 2011年5月21日 (土) 08:43

ノーベル賞受賞者が13人で、人口に対する比率が世界一。
8日間で8つの世界遺産。驚くことばかりです。
日本のメディアでは最近はあまり名前の挙がらない国。そんなこともあって、ハンガリーという国についてはあまり知りません。
今回のtonaさんの旅行記はそんな意味でもとても
楽しみにしています。
ハンガリーと言えば、ハンガリーという名前を冠した曲を連想するくらい。これから旅行記をじっくり拝見するのを楽しみにしています。

投稿: 茂彦 | 2011年5月28日 (土) 17:49

★茂彦さま

確かにヨーロッパの東側は、平和であまり話題にものりませんね。
しかしハンガリーにおいても以前アルミナの赤泥が堤防決壊で流れて大変なこともありました。
しかし今回の日本の事故は欧州ではとても考えられないことです。
西欧はテロが怖いことがありますが、ハンガリーなどはそんなこともなく、本当に平和です。

リストのハンガリ狂詩曲とブラームスのハンガリー舞曲ですね。
どちらもいかにもハンガリーの哀愁を帯びた美しい曲で好きです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年5月28日 (土) 19:11

 ハイドンがエステルハージ宮殿につとめていた時、侯爵がバリトンという楽器(声楽の種類ではなく、楽器の名前です。下の名前に貼り付けたページをご参照ください)が、大好きで、ハイドンはこのバリトンのために120を超える曲を書いています。
 わたしは、そのCDが大好きで愛聴しているのですが、
 tonaさんのエステルハージ宮殿の写真を見ながら聴いていると、ハイドンと侯爵が毎晩バリトンを通じて親しく音楽の対話をしている様子が、目に浮かんできました。

 話は突然変わりますが、古文書館、すばらしいですね。
 これらの本は見ることができるのでしょうか。

投稿: Nora | 2011年6月 3日 (金) 23:15

★Noraさま

エステルハージのハイドンとバリトンという楽器のことをありがとうございました。
Noraさんはお聴きになられたのですね。

この部屋で演奏されたのだとう感慨が湧いててきました。後ろにはマリア・テレジアの絵がかかっています。2日間だけしか滞在しなかった女王のためにも演奏会があったのでしょうか。(時代的にはあいますかね)

古文書館は貸し出しはどうなのでしょうか?
この修道院には学校が高校まであるのですが。

投稿: tona | 2011年6月 4日 (土) 07:05

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