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2011年5月21日 (土)

ハンガリー一周(2)

Photo_4  ハンガリーは驚いたことに、ロシア圏を除くヨーロッパでルーマニア、ブルガリアに次ぐ寿命が低い国で、世界196カ国中で82位。平均寿命が73.3歳(男69.2歳、女77.4歳)。トップの日本より男女とも10歳低い。
どうしてなのでしょう?医療制度は確かによくありません。
公立の医者には保険はあっても、かなりの袖の下を渡さないと次回にはもう診てもらえない。個人の医者は診察がいいけれども保険がきかないので、例えば1回歯医者に行くと1万円もかかる。これでは貧しい人は医者にかかれないようです。

このような国内情報を教えてくださったのが、ハンガリー人の日本語でのガイドのラズロさんです。今まで出会ったガイドさんの中でも1番の人です。上手な日本語、博学、物腰丁寧で熱心で、穏やかな、亡くなった児玉清さんのような37歳の紳士でした。ベジタリアンで、そのせいか185cm、55kgととても痩せています。
彼は6ヶ国語出来るのですが、イタリア語・英語を除いて独学です。
お姉さんも英語やロシア語や日本語の通訳やガイドをしているのですが、やはり独学で日本語を勉強した人で、そのお姉さんに日本語を学んで、4年間で通訳やガイドになったという。4年前には桜の季節に日本に1ヶ月滞在して本州の広島から日光まで旅行しています。日本で1番好きな景色は富士山だそうです。こんな難しい日本語を、歴史から諺までよく勉強したものと姉弟にただただ驚嘆しました。皆で彼のお姉さんに会いたかったと話したものです。
帰る頃にやっとハンガリー語で「おはよう」や「ありがとう」を言えるようになったけれど、日本の土を踏んだら忘れてしまった私とはもう比べようのない話です。
ブダペストの空港で私たちが出国する最後まで遠くから手を振り続けてくれた姿は一生忘れないでしょう。

[3日目] ヘヴィーズからバラトン湖、そしてペーチへ(晴れ・19℃)

<バラトン湖>
中央ヨーロッパ1大きな湖で琵琶湖と同じくらい。平均水深が2~3m、最深部が14mしかない。
何とも不思議な色のバラトン湖ですが、流れ出る川はなく、運河があってドナウに通じる。
コイ、カマス、ナマズ(食事で揚げたのをいただいた)がいる。葦が生え、昔は屋根の材料とされた。所々の民家にまだありました。

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<ペーチ>
南ハンガリーの古都、ジョルナイ焼きで有名なペーチへ来ました。
途中、前後に車を従えた女性が一人、麻薬禁止運動のためにマラソンをしていて、これを追い越すためにかなり渋滞しました。見ている沿道の人は一人もないし、果たしてどんな効果を狙っているのでしょうか。

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↓ジョルナイ焼きは屋根の瓦にも使われて美しい色だ。これは郵便局。

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            ↓ジョルナイ噴水は玉虫色に焼かれている

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ペーチはオスマントルコに占領された時代に受けたイスラム文化の影響が色濃く残っている。
↓現在このモスクは教会として使われてる。メッカの方向に向いているため広場の正面と入り口がずれているのが写真でもわかる。

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↓この大聖堂の中もアラブ風の模様で、トルコの影響を受けたのがわかる

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              ↓若いカップルが嵌めていった南京錠

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                       ↓観光トレイン

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                     ↓懐かしい消火栓?

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         ↓市場         ↓ピクルス系漬け物が美味しい

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ハンガリーの偉大な音楽家には、リスト、バルトーク、コダーイがいる。
次に泊まるケチケメートはコダーイが生まれたところであるが、コダーイはドレミファソラシドを作った人なんですね!
↓宿泊したパラティヌスホテルには1923年バルトークが演奏した部屋がある。

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                    ↓街角のリストの像

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↓またペーチは2世紀からローマ人が住み、その当時の墓が100以上あり、その上が礼拝堂で、世界遺産となっている。

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[4日目] ペーチからモハーチ、カロチャを経てケチケメートへ(晴れ・22℃)

<モハーチ戦闘記念の丘>
クロアチアまで5kmの最南端の町モハーチで、1526年、天下分け目の戦いが行われた。ハンガリー軍3万、トルコ軍9万。開始から1時間半でハンガリーが大敗、全滅。
これを機に亡くなった王に後継ぎがいなかったので、ハプスブルグ家とトルコに占領され、国土は3分割される。
この負けたことを記念して戦闘記念の丘が造られた。1つ1つ表情も形も異なっている細いトーテムポールは、斜めになっているのや、互いにもたれ掛かっているものもある。敗戦をこんな形で残す国も珍しい。

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<カロチャ 民芸の家>
カロチャはパプリカと刺繍で有名。ガイドさんのおばあさんの世代まではこんな家に住んだそうだ。
茅葺で奥行きが一部屋分で横に細長い。軒下にはパプリカが干してある。室内は質素でありながら、あらゆるものに刺繍されていて華やかな雰囲気です。

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                        ↓台所

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<ケチケメート>
面白い地名(山羊の意味)でこれだけはすぐ覚えました。
↓コダーイの記念碑 → ケチケメートは教会だらけ → 市庁舎 → 美しい屋根

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コメント

ハンガリーはカトリックが多いのでしたっけ?
このモスクは、今ではキリスト教の教会として使われているのでしょうか?
写真の大聖堂の内部は、コルドバのメスキータの内部とよく似ているような気がします。
いずれにしてもヨーロッパに行くと
キリスト教とイスラム教の長い長い闘争、軋轢の様子に驚かされますね…

投稿: zooey | 2011年5月22日 (日) 00:23

お早うございます。
興味深い内容ですね。
平均寿命の問題は身につまされますね。袖の下の問題は途上国特有の事でしょうか。やはり経済力の問題、貧富の差、かっての社会主義の影響でしょうか。

女性のマラソンランナーもそうですね。非効率ですね。もっともっと市民が主役になるには時間が必要ということでしょう。
湖の魚を食されたのですか。
ナマズは如何でしたか?

通訳さんは勉強家で色々と本音の話をしていますね。こういう人が活動できることで国は変わることと思います。
きっと沢山のお話が聞けたことと思います。
大きな変化ですね。
ソ連と一緒だった後遺症は大きいですね。
早く東欧圏が活性化するように期待したいですね。
それでも全体に扉が随分開いてきているのでしょうか。
日本人であることを本当に有難く感じるところですね。有難うございました。

投稿: macchanny | 2011年5月22日 (日) 08:20

私は海外旅行は数えるほどしか経験がありませんが、ウイーンであったガイドなど今でも無性に会いたくなります。
住所を聞いておけばよかったけれど名前さえ覚えていないのです。

投稿: 佐平次 | 2011年5月22日 (日) 08:32

いろいろな面で驚きも多いハンガリーですね。

医療体制はそんな状態なのですか。掛かろうと思えばいつでも気楽に
病院へ行けるわが身が恵まれていることを改めて教えられました。
でも日本でも、医師不足だったり医療弱者・医療格差という言葉が
言われていますし、思っているほど良くも無いのかもしれませんが。

37歳の若さでほとんど独学で6ヶ国語もマスターし、知識豊富で
紳士なガイドさんすごいですね。お姉さんも。
どうしたらそんな風になれるのでしょうか。英語すら受け付けなかった
頭の持ち主の私は驚くばかりです。

ご覧になられた各地の光景は、すっとそのまま心に沁みいってくるようなものばかり。
言葉ではうまく言えませんが、そこに生きてきた人々の気持ちが
知らない間に伝わってきていて共感を覚えるような、不思議な気持ちに
なりながら拝見しました。
ここにもカップルの南京錠があったことにはちょっと苦笑しましたが。
発祥の地はどこかしら?イタリアにも日本にもありますね。

投稿: ポージィ | 2011年5月22日 (日) 10:08

前回のつづきですが、岐阜県で行われたハンガリーとの友好パーティには東京から大使を迎えました。
私も勇気を出して英語で話しかけ、ハンガリー訪問のことを話し、ブログのことも伝えました。
知事はブログを見てくれてメールをくれました。

ハンガリーも医療事情はギリシャと同じで悪いのですね。ギリシャは盲腸の手術に15万円のワイロがいるとか・・・

南京錠のかかったところは思い出しました。
リスト記念館の前を通ったことなども歌に詠んだと思います。

敗戦国は日本と同じで何か運命共同体のように感じました。
トルコに支配されていたこともありお風呂もありましたね。

よいガイドはよい思い出になりますね。
マジャール語の日本語訳は難しく当地のガイドはまず英語に通訳し、それから別の人がその英語を日本語に訳して説明を受けましたのでとてもまだるっこいものでした。

投稿: matsubara | 2011年5月22日 (日) 11:09

★zooeyさま、ありがとうございます。

外務省の調べによると、ハンガリーはカトリックが52%、カルビン派新教16%だそうですね。残りはルター派、ギリシャ正教、ユダヤ教とのことです。
この旧ガーズィ・カスィム・パシャ・モスクは現在カトリック教会として使われているそうです。
おっしゃるようにメスキータ(私はここは行かなかったです、TVで見ました)に似ていますね!
キリスト教とイスラム教との軋轢はスペインで1番見ることが出来ますが、ルーマニアの奥の木造教会の壁画までトルコ軍を憎く書いてあるのが面白かったです。
しかし、トルコと日本のいくつかのことで、親日となったトルコ人の今の顔に接すると過去のことを忘れそうになったことがあります。

投稿: tona | 2011年5月22日 (日) 20:27

★macchannyさま、ありがとうございます。

かつての社会主義ですっかり疲弊した経済力がまだ戻ってなくて、まだまだそこまで豊かになっていないのですね。
受けたい医療が受けられないのは気の毒な一面であります。

湖の魚は衣をつけて揚げてあって、ソースなどがかかっていますから、臭みもなくあっさりしていて美味しかったです。

バスで過ごす時間がたくさんあった時に、一人ひとり紙に質問を書いて、ラズロさんが何でも答えてくださったのです。その内容もいろいろで、個人的なことも聞いて良いなどと、本当に親切でした。

ギリシャやアイルランド、ポルトガルの問題があってハンガリーが新たに通貨の仲間入りをするのはまだまだでしょうが、平和でどんどん発展していくような気がします。
日本は植民地化もされなかったし、ソ連には痛めつけられましたが、侵入で社会主義を強要されなくて本当によかったです。

投稿: tona | 2011年5月22日 (日) 20:48

★佐平次さま、ありがとうございます。

ウィーン思い出深いガイドさんに会われたのですね。
私も今後このラズロさんが今どうしていられるか、ときどき思い起こすことになりそうです。
同じく住所をうっかり聞いてくるのを忘れました。とても残念ですね。

投稿: tona | 2011年5月22日 (日) 20:51

★ポージィさま、ありがとうございます。

日本も医療保険(夫が後期高齢者になって)の支払いがとても高くなりました。介護保険も合わせるとかなりです。
それでも風邪よりも少し重い病気になると保険が有難いことになります。かの地の人はきっと医者にかからないで自然に治したり、あるいは治療しないまま死を選ぶことを覚悟していたりするのでしょうか。日本では死に際しては医者に頼ることが当たり前です。

この姉弟は相当に優秀なのでしょうが、独学で学ぶというのは凄い努力家でもあるのですね。日本にもそんな方の話は時々聞きますが、こんなに数ヶ国語をマスターするのはあまりないでしょうね。私も英語すらの口ですので、心底驚いてしまいました。
顔や生活様式は西洋人なのに、1000年前のアジア系の何かが残っていて、私たちに何か伝わってくるものがあるのでしょうか。
ガイドさんはとても日本的な感じだったのですが。

南京錠、イタリアにもあるのですか。どこの国でも若いカップルの思うことは同じなのですね。

投稿: tona | 2011年5月22日 (日) 21:05

★matsubaraさま、ありがとうございます。

ハンガリー大使、知事さんとも交流されたのですね。matsubaraさまは英語がお出来になることと勇気がおありになるので、いろいろな方とお付き合いが始まって、さらに深くいろいろなことを知ることができて、本当は真似したいです。

まあ、ギリシャもですか。盲腸だけでも15万円のワイロとはびっくりです。本当に死を救ってくれる医療にしか出せないし、お金がなかったら死を選ぶしかないですね。

ブダペストのリスト記念館には入る時間がありませんでした。リストが演奏した家などもショプロンで紹介されました、偉大な音楽家だったのですね。

そうですね。トルコ風呂の風習も伝わっていますね。
私も以前3段の通訳に出会いましたが、本当に時間がかかってもう最低の説明だけですね。日本語直接だと、いろいろなことをすぐ聞けて答えてもらえるし、随分得しますね。
ガイドさんのこと1つでも、とてもラッキーだったです。

投稿: tona | 2011年5月22日 (日) 21:28

実はこの旅行は殆ど3段の通訳でした。
ハンガリーの他にチェコもスロバキアも・・・

投稿: matsubara | 2011年5月23日 (月) 19:24

★matsubaraさま

再訪ありがとうございます。
せめて英語から日本語の2段階ですといいのですが。
このようなストレートに日本語を話す国はロシアですね。サンクトペテルブルグやモスクワでの3人のガイドさんは日本語学科を卒業した人ですから、ロシアは力を入れているのかと思いました。
ハンガリーで独学で日本語を勉強した姉弟は日本人客が来るたびに引っ張りだこでしょう。
中欧各国も観光がもっと盛んになれば、こんな姉弟のような人が出てくることでしょう。

投稿: tona | 2011年5月23日 (月) 20:18

素敵な旅ですね~~
東欧諸国はまだ未知のエリアです。

tonaさんって一体何者??
羨ましい限りです。

地中海の東を航行する旅で出合ったガイドさんは日本語堪能で
とても沢山の情報を我々に提供してくれました。
トルコの若者でした。

一方、イタリアのローマで出会ったガイドさんは日本人で
イタリアで結婚されて生活されている人で、その方でなければ
聞けないお話を聞かせてもらえました。

語学堪能で通訳不要というわけにはいかない我々旅行者は
運を天に任すほかはないですよね。

何はともあれ、大変羨ましがりながら一緒に旅をさせていただきました。

有難うございました。

投稿: もみじ | 2011年5月24日 (火) 19:00

★もみじさま、ありがとうございます。

地中海の東を航行されたときのトルコ人の日本語のガイドさんも素晴らしいですね。
おっしゃるようにどんなガイドに出会えるかは運です。
西欧では現地の人と結婚された方のガイドが大半を占めていて、いろいろな話を聞けますね。凄くタフな人ばかり。また性格がドライで考え方も現地の人と変わらないような人が多いです。
念ずればきっと実現すると思います。
田部井淳子さんはそうした大先輩です。

投稿: tona | 2011年5月24日 (火) 19:55

ルーマニア、ブルガリアに次いで寿命が短い。医療ということに限れば、日本は恵まれていますね。
海外旅行では、いろいろなガイドというか、通訳に出会います。
今回、tonaさんは素晴らしいガイドさんに会えてよかったですね。
いい旅行が出来るか、つまらない旅行になるか、ガイドによって左右されること多いす。いい加減なガイドに出会うと、ほんとがっかりします。
ジョルナイ焼き?洒落た色合いが素敵な郵便局ですね。
リスト、バルトーク、コダーイを輩出した国でしたか。
敗戦の形が、あんな形で残るとは、うーん、なんと言ったらいいのやら。

投稿: 茂彦 | 2011年5月29日 (日) 18:10

★茂彦さま

こちらにもコメントありがとうございます。

本当に保険料が高いとはいえ、日本は医療に恵まれている国だと認識した次第です。
ありがたいですね。でも健康に留意して元気でありたいとも思った旅行でした。
私もいろいろなガイドさんに会いましたが、殆ど良い方でした。でもこの方は特別です。

日本にはないような美しい屋根瓦の建物にすっかり魅せられました。茅葺屋根とともに大好きです。

人口が少ないのに立派な人を輩出した国なんですね。
日本は頭の優秀な方が多いのに、世界的な人物を輩出しつつありますが、もっと多くてもいいのですが、やはり教育に問題ありでしょうか。

投稿: tona | 2011年5月29日 (日) 18:57

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