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2011年6月30日 (木)

スーザン・ドウォーキン著『地球最後の日のための種子』

北極圏に属するノルウェー最北のスヴァールバル諸島(ノルウェーの北端からかなりある)の凍土の地下に「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」(地球最後の日のための貯蔵庫)が2008年2月に開設された。
たまたまTVで観たら、雪と氷の山腹にマッチ箱の対角線で切ったような建物が突き出ている奇妙な外観だ。中もSFの世界のようで入室もエアロック機構の装甲ドアを4つ通らばければかなわない。
貯蔵庫内の各セクションはそれぞれ異なる鍵により施錠され、一つの鍵は一つのドアしか対応してなく、鍵の保管場所も3か所のみという。
貯蔵庫に種子を差し出す国はその素材が「ブラックボックス」に保管され、提供国以外は箱を開けられない。
かつての核戦争による全面破壊の恐怖にとどまらず、現在はテロリズムの脅威、小惑星の衝突の可能性、温暖化による異常気象の多発など、巨大な災厄が地球を襲ったとき、それはもしかして地球最後の日に、種子の保存はまた人類の生存を可能にしてくれるであろう。
この貯蔵庫の建設に土地だけでなく、900万ドルを拠出したノルウェー政府は、建物の所有者として、プロジェクト全体を総括している。国際問題の公正な担い手であるノルウェーは裕福である。またスヴァーバルは気温が低く、爆発の危険性が低く、放射能はほぼゼロでいろいろな安全性に問題ない。
この本ではここに至るまでの、世界を駆け巡り、あらゆる種子を集めた一人の科学者の生涯と活躍、環境保護、巨大企業、遺伝資源の保全、知的財産権の対立なども描かれている。
地球が滅亡するなんて、今は考えられないが、その可能性は否定できない。こうした準備が地球的規模でなされていることを知った1冊でした。

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ウマノスズクサ(ウマノスズクサ科、ウマノスズクサ属)

昨日、所沢の丘に梅雨の晴れ間に、クロユリのような色の、全然目立たないウマノスズクサに会って来ました。
割って観察してみると、ラッパ形の長い筒の中には虫が滑り込みやすいように毛がぼさぼさに生えている。
たどり着いた花の基部は子房で雄しべが隠れているらしく見当たらない。

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葉が馬面に似て、花後にできる実が馬につける鈴に似るから付けられた名前。
長く研究されている先生でさえ、この実をまだ見たことがないとのこと。

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                       葉(馬面?)

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              ネジバナ(ラン科ネジバナ属)が咲きだした

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2011年6月27日 (月)

トマト好きです

トマトの季節がやってきました。
かなりのトマト好きで、機内で勧められる飲み物はいつも「トマトジュース」と決まっています。
外国で分厚い肉料理に辟易する時、トマトを使ったスープやトマトソースのパスタでは俄然食欲が出ます(めったに出ないですが)。ブュッフェ形式の朝食では、1番最初にトマトコーナーに突進するほどです。
それと酢の物好きなので、ピクルスやニシンの酢漬け、ザワークラウトが出た時は飛び上がるほど喜びで一杯です。

Photo 従って自分で作るパスタはトマト缶で作るトマトソース系。カルボナーラは作りません。
そのトマト缶でバジルとオレガノが入っているアメリカ製のを娘が買ってきてくれました。
炒めたみじん切りの玉ねぎに、庭で取ったローリエとつぶしニンニクとこのトマト缶を入れて煮込み、白ワインを入れ、塩・胡椒したトマトソースはお店で食べるのと変わりない味に仕上がります。
最近は自家製ピザにもこれを使います。

暑くなったので冷やしうどん、ソーメン、冷麦、冷やし中華にトマトを載せたり、まだ揚げたことはないですが、煮たり、焼いたり、和えたりと夏中食べ続けます。
夢はトマトを作ることでしたが、失敗ばかりであきらめました。

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2011年6月24日 (金)

セッコクとオオバアサガラ(6月4日植物観察会にて)

もう3週間も前になるのですが、6月に咲くというセッコクとオオバアサガラを見てきました。

セッコク(石斛:単子葉植物ラン科)
この花は高尾山でたくさん見られます。今回は埼玉県越生の竜が谷です。
岩や木にくっついて生活する、着生植物(一種の気生ラン)。
寄生植物と違って、くっついている植物から水分や栄養を吸収しないで、空中の水分や霧によって生活する。栄養は何から得ているのか、勉強不足でわかりません。それにしても地生ランと違って着生という方法を選んだ、熱帯や亜熱帯の大方のラン同様に、セッコクの逞ましいこと。

                   ↓民家の柿の木に着生

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↓白花 他のランと違って良い香りがするとのことですが、高いところにあって匂いません。
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                     ↓薄ピンク色

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             ↓苔むした桜の古木などにいろいろな形で着生

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オオバアサガラ(エゴノキ科アサガラ属)
本州、四国、九州の広葉樹林の谷筋に生育する小高木。用途は箸だそうだ。
長い花序に多数の白い5弁花をつけている。10本の雄しべがあるそうだが、近寄れなくて確認できませんでした。
名の由来は葉が大きく、材が麻殻のように折れやすいためだそうです。なるほど。

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↓ジャケツイバラ(ジャケツイバラ科)がまだ咲いていました。枝や幹に凄いとげがあります。

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↓アワブキ(アワブキ科アワブキ属) 名の通り、遠くから白い泡がかぶさったように見えるが、名の由来は、この木を燃やすと切り口から盛んに泡を出すことから付けられたそうだ。まだ完全に咲き切っていません。

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↓モミジイチゴの実 春に美しい花を咲かせていたモミジイチゴ(バラ科)の黄橙の実をつけている

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                ↓クサイチゴ(バラ科)の実は真っ赤

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風が強く、今日は31.5℃で、時折扇風機だけで冷房なしで頑張る。まだ始まったばかりの暑さだから我慢できます。緑のカーテンのゴーヤは背が高くなったけれども網を覆い尽くすには程遠い。いただいた風鈴が時折涼しい音色を聞かせてくれます。

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2011年6月20日 (月)

礼文島・利尻島フラワーハイキング(2)利尻島

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[利尻島]
礼文島の南にある利尻島はほぼ円形で真中に利尻富士と呼ばれる利尻山(1721m)があります。
訪れた14日はやはり曇って、一瞬、冠雪した頂上と中腹が見えたのですが、見えるのは裾野だけで、とうとうその全身の姿を望めませんでした。もう行くことはないと思うのでチラシの利尻山からイメージだけを必死に描いた1日でした。

島の西(地図左)沓形岬から時計回りに1と1/4周しました。

<沓形岬>
ここは(ドンとドンとドンと波乗り越えて~)と藤原義江が歌った「出船の港」の作詞者:時雨音羽が生まれ育った所です。歌碑がありました。(半分サイズはクリックで大きくなります)
↓岬からは利尻山の長い裾野が見えます    ↓歌碑

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↓エゾカンゾウ(ユリ科)          ↓ハマナス(バラ科バラ属)

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<ペシ岬> 北の鴛泊(おしどまり)
蝦夷地防衛の命を受けた会津藩士の墓 多くが慣れない寒さと水腫病で亡くなっていったという。
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<姫沼一周> 鴛泊のそば
             この沼に逆さ富士が見えるはずであった

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↓クルマバソウ(アカネ科クルマバソウ属)葉が車輪のよう 
                        ↓マイヅルソウ(ユリ科マイヅルソウ属)

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↓ツタウルシ(ウルシ科ウルシ属)かぶれるので怖い 
     ↓クルマバツクバネソウ(ユリ科ツクバネソウ属)葉が車輪のよう

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↓ヒメムヨウラン(ラン科サカネラン属)珍しく初めて! 
   ↓クマゲラが開けた四角い穴の前で、自分で作ったクマゲラ(を実物大)を見せてくださったフラワーガイドさん

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南へ向かって
                <オタトマリ沼> 静かな沼

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<南浜湿原>
↓オドリコソウ(シソ科オドリコソウ属) 
      ↓ミツガシワ(ミツガシワ科ミツガシワ属)北方の湖沼に生える

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↓ホロムイイチゴ(バラ科キイチゴ属)北海道の湿原のミズゴケの中を地下茎が伸びて広がっている
    ↓イソツツジ(ツツジ科イソツツジ属)これは函館の方の恵山にもあった
この他ツマトリソウやミツバオウレンなど花の殆どは白ばかり。

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          ↓ヤマドリゼンマイ(ゼンマイ科ゼンマイ属)の湿原

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↓手前の笹がどんどん向こう側の湿原まで迫って湿原の乾燥化が進んでいるとのこと

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                 ↓島には八重桜が満開でした

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                    <仙法志御崎公園>

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↓センダイハギ(マメ科)  ↓ハマエンドウ(マメ科レンリソウ属)

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[北海道本島北方]

往きは新千歳空港から留萌へ出て西側海岸線を稚内までバスで走りました。
◎稚内手前のサロベツ原生花園に寄ったが、今は殆ど花が咲いていませんでした。

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           ↓ミツガシワ         ↓赤い花?

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◎日本最北端の地:宗谷岬
ここに間宮林蔵の碑 林蔵は会津藩士同様水腫病などの療養後ここからサハリン(樺太)へ向けて2度も探検に旅立ったのでした。

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帰りは新千歳まで猿払、浜頓別から中央部の名寄や旭川、砂川などを高速道から眺めました。
宗谷からサロベツや猿払、浜頓別までは泥炭地帯で地に栄養もなく田畑にもならず、かろうじて放牧が少しある程度で、イギリス・スコットランドやヒースの生い茂るイングランドの風情で、人もいなくて荒れ果てた寂しい荒野です。かつてニシンで栄えた日本最果ての地はちょっと泣きたくなるような悲壮感も漂った所でした。南へ下ると牧場だけでなく、あの美味しい北海道米の出来る水田にまだ小さい苗が風に揺れていました。

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2011年6月17日 (金)

礼文島・利尻島フラワーハイキング(1)礼文島

6月12日~15日まで利尻・礼文島の花を訪ねてきました。
飛行機、バス、船で着いた礼文島はどんよりした雲に覆われていました。事前の天気予報では両島とも傘マーク付きで雨覚悟の出発でした。
今の船は揺れない設計になっているそうで、なるほど何も揺れを感ぜず、快適です。波も静かではあったのですが。

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Photo_13 左地図の右側が北、左側が南になります。

ゼロメートル地帯から高山植物が咲く島。何故なのか?理由が島を歩いてよくわかりました。美しい山地や高山の花を登らないで見られるのは、厳しい自然ゆえであることでした。
秋から春までは観光客はなくホテルは閉めているとのこと。今年は震災の影響で4、5月は全然客が来なかったとのこと、とても大変であったようです。

◎寒いこと。年間平均気温が6℃だとか。この日も寒かった。
◎暖流と寒流がぶつかりあって1年中霧が発生している。
◎なだらかな地形で山がないこと。
◎強風が常に吹いている。
5、6mの風が吹いていても、ここではそよ風だそうで、吹き飛ばされそうな台風時のような風が吹いている場所もありました。

旅の始まりは地図上(西側)のスカイ(澄海)岬から右回りに進みました。

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                                        ↓足下には高山植物が

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ネムロシオガマ → イワベンケイ → チシマフウロ → エゾシシウド
(ネムロシオガマがレブンアツモリソウの繁殖に関係するらしい)

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今回のハイキングのハイライトのレブンアツモリソウ(礼文敦盛草:ラン科アツモリソウ属)礼文島だけの固有種。
他のアツモリソウやクマガイソウは紅色や淡紫色だが、本種は白色から薄いクリーム色である。
一の谷の合戦で熊谷直実と平敦盛の一騎打ちで若冠16歳の敦盛は直実に首を打ち取られた。敦盛の若さに衝撃を受けた直実はその後僧籍へ。
花の唇弁を2人が背負っていた母衣(ほろ:球形に編んだ竹籠を丈夫な布で包んだもので、後方から矢が飛んできても身を守れた)に見立てて「アツモリソウ」「クマガイソウ」と名付けられた。それにしても大きな立派な唇弁だこと!

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↓島の最北限のスコトン岬。トド島が横たわる。(tonaの前の前のあだ名がトドでしたので懐かしい)

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最後は島の南端(地図左)の桃岩~知床岬まで専門のフラワーガイドさんの案内で2時間半のハイキング。いろいろな高山植物が咲いていました。その一部です。(クリックすると少し大きくなりますので興味ある方はご覧ください。ブレブレ写真で見苦しくてすみません)

レブンコザクラ(サクラソウ科サクラソウ属)↓サクラソウモドキ(サクラソウモドキ属)
   どちらも北海道の固有種

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                  ↓レブンハナシノブ(ハナシノブ科ハナシノブ属)

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↓オオバナノエンレイソウ(開花に15年かかるそうだ) 

                                                           ↓ハクサンチドリ(ラン科)

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                               ↓ノビネチドリ(ラン科)

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↓エゾイヌナズナ(アブラナ科イヌナズナ属)海岸の岩場に生える。礼文島に多い

                                       ↓ホソバノアマナ(ユリ科チシマアマナ属)

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レブンキンバイソウ(キンポウゲ科、雄しべのように見えるのが花弁)
↓エゾエンゴサク(ケシ科キケマン属)北海道から東北の日本海側に分布

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    ↓エゾノハクサンイチゲ(キンポウゲ科)の花畑が続いていた

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↓クロユリ(ユリ科バイモ属))↓ミヤマオダマキ(キンポウゲ科オダマキ属)

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ホテル[花れぶん]の部屋にはテルテル坊主が置いてあって「今日は礼文島を訪ねてくださり、とてもうれしいです。明日天気になりますように」と添えてありました。
最高に美味しい御馳走で、バフンウニやホッケの煮つけはことの他美味でした。今回は3泊とも、どんと置いてある宴会料理でなく、温かくした、あるいは冷たい料理が順番に出され、従業員の方のゆき届いたサービスに大感激でした。

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2011年6月10日 (金)

大菩薩峠へ

中里介山の『大菩薩峠』で有名な大菩薩峠に登って来ました。

大菩薩連峰の最高峰が大菩薩嶺(大菩薩岳とも言う・2057m)で深田久弥の日本百名山の1つである。
この頂上は樹林の中で眺望は望めません。
これより160m下った所が大菩薩峠(1897m)で富士山や南アルプスの展望が素晴らしく雄大だそうです。残念ながら5月27日は梅雨に入ってしまっていて曇って霧まで湧いて視界が殆どありませんでした。
格好の眺望、初心者にも楽な高尾山より歩きやすい登山道や変化に富んだコースが多く、東京から日帰り出来ることが選ばれたのかもしれません。

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                     ↓頂上付近の雷岩

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                     ↓頂上は樹林帯

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大菩薩嶺から少し降りた所に「賽ノ河原(旧峠)」があって、小説『大菩薩峠』で机竜之介が老人を刺殺した場所とされてる。映画では市川雷蔵出演。

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大菩薩峠には中里介山の介山を取った「介山荘」という茶屋がありました。

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                     ↓大菩薩峠

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               ↓オオカメノキがこの季節は美しい

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↓ 麓の石裂の大菩薩湯の門は500m下がった青梅街道の旧番所の門である

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登山はいつも晴れというわけにはいかず、深田久弥でさえ、百名山の頂上で辺り真っ白けということが度々だったようで、下から眺めの良さにほれ込んでいる山もたくさんある。

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2011年6月 6日 (月)

特別展「写楽」と特別展「五百羅漢」

午前に「写楽」、午後に「五百羅漢」を見てきました。

Photo_6 Photo_7  [ 写楽]

先日山種美術館の「ボストン美術館展」で
鳥居清長(38点)・喜多川歌麿(51点)・東洲斎写楽(20点)を見たときに写楽の大首絵は4点しかありませんでした。
今回は4作品を除く約140点全部を見ることの出来る特別展でした。
チラシに載せられた5点を見てもわかるように、大胆にデフォルメされた歌舞伎の役者絵こそいかにも写楽です。

写楽は寛政6年(1794)5月、江戸三座の役者を個性豊かに描いた大判雲母摺り28枚を1度に出版するという華やかなデビューを果たし、翌年正月に忽然と姿を消しました。その間たった10ヵ月(閏月を含む)。
第1期が5月の28図。大首絵、大判。
第2期が7・8月の38図。大首絵がなく、すべて全身像。
第3期が11月・閏11月の64図。背景を描いた役者絵。
第4期が翌寛政7年正月の12図。連続した背景の細版のみと相撲絵。

3期ごろからすっかり元気がなくなって、これが写楽の絵とは思えないほど。
5月8日にNHKで写楽は何者かという解明がなされた(私は見られなかった)ところによると、ギリシャにあった写楽の肉筆画から能役者の斎藤十郎兵衛であることがわかった。
描かれた歌舞伎役者からデフォルメされた顔が嫌われ、だんだん人気がなくなったそうで、1年に満たないうちに消えてしまったとのこと。
もし5月のだけが写楽画とすれば、島田荘司の説も頷けたけれども、肉筆画発見もあって、とても受け入れられなくなりました。

同じ役者を描いた写楽以外の浮世絵師の作品と比較できるのも魅力的ですし、摺りの時期や年数が経つにつれ色が違っているのを比較していて面白い。

Photo_8 Photo_9 [五百羅漢]

こちらも空前絶後の展覧会です。
今年は浄土宗の開祖・法然上人が遷化されて800年を記念して「五百羅漢 増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信」展が開催されました。
全100幅に500人の羅漢様の生活、仕事、修行(頭陀)、六道、地獄に落ちた人を救う、超能力、ペットなど、煩悩を克服し悟りをえた修行者の羅漢様の営みが描かれています。
一信が約10年かけて96幅まで製作し、病没し、残り4幅を妻と弟子が完成させ、1863年に増上寺に奉納されました。
昭和20年まで増上寺山内に妻が建てた羅漢堂に数幅ずつ公開されていたが、戦後誰も鑑賞することなく眠っていた100幅を遂に一挙公開で見ることができるのです。
いやはや、強烈な筆のタッチ、色使い、迫力、奇怪、奇想などと表現してもし尽くせぬ凄い絵。羅漢ビームが劇画調で描かれ、あるいはユーモラスに描かれていて圧倒されっぱなしでした。

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2011年6月 3日 (金)

算額と『天地明察』

冲方丁著『天地明察』は渋川春海(安井算哲)の半生を描いた小説です。
江戸時代(家綱・綱吉時代)の天文暦学者、囲碁棋士、神道家。本因坊家と並ぶ囲碁の安井家の長男で御城碁に出仕、会津藩主保科正之や老中酒井と碁を打ち、光圀公にも大事にされる。
そんな春海は算額に夢中になり、得意の算学から天文暦学へ進み、遂に改歴に漕ぎつけた人物である。

その算額を蔵の街「栃木」の神明宮で見つけました。東京にも神田辺りにあるのですがまだ未見です。高い位置にあり、薄れていて問題もよく見えません。見た人が正解を書くと、出題者が「明察」と書く。
算額は、和算において、数学の問題が解けたことを神仏に感謝し、ますます勉学に励むことを祈念して、神社・仏閣に奉納したもの。幾何の図形が多かった。
今全国に975面現存し、最古のものが1683年のもの。小説にも同じ年頃として登場する和算の祖・関孝和は算額を見てどれもたちまち解いてしまったとか。
昭和初期まで伝統は継承されたが、近年価値が見直され、最近奉納する人が増えているそうで日本人の数学好きの表れで、世界でも類を見ないそうだ。最近のは何処に奉納されているのか?江戸時代の日本人って凄い!

       明治10年(1877)10月 田村与兵衛源正知門人 3題奉納

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[蔵の街・栃木散見]
栃木は例幣使(日光東照宮へ向かう朝廷の勅使)街道の宿場町として、また巴波(うずま)川の舟運によって栄え、豪商達が白壁土蔵を建てていった町です。
新幹線を通さないという方針で、今では宇都宮に繁栄を譲ってしまって寂しい町と化してしまったが、蔵を修復したりして観光化に努めているのが伝わってきました。

↓代官屋敷・岡田家
岡田家は武士から土豪となり、名主役や代官職を勤め、舟運でも富を築いた。財団法人になっていないのでかなり広い家と敷地の固定資産税は年間一千万円だそうだ。

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画家・富岡鉄斎の絵や陶芸家板谷波山の作品などの陳列にとどまらず、翁島という別荘が凄い。

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用材はすべて銘木を使い、桧はすべて木曾産、また廊下には長さ六間半、幅三尺、厚さ一寸の桧の一枚板を数か所に使って、今の価格になおすと5億円だそうだ。昔のお大尽は凄いこだわりでお金を使ったものです。

     ↓桧の廊下                ↓から傘天井

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  ↓生誕の地でもある山本有三の墓    ↓下野新聞社

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↓美しい花嫁さんが人力車に引かれてお披露目。見ていたら後ろのお父さんらしき人からリボンを結んだ5円玉を頂いた。

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↓1番右は「塚田歴史伝説館」の三味線ばあさんロボットで三味線を弾きながら歌ったり話したり。手前のおじさんも人形。

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              ↓巴波川(うずまがわ)
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[花之江の郷ー野の花自然園] 栃木市郊外にある15000坪の山野草園
雨も降ってきたし、端境期でちょっと寂しかった。

                  ↓エビネラン

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                      ↓ニッコウキスゲ

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                        ↓ノアザミ

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                     ↓アヤメとホトケノザ

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                   ↓ナンジャモンジャの木

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