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2011年8月30日 (火)

「ワシントン ナショナル・ギャラリー」展 於国立新美術館

Photo_4 Photo_5 外国から貸し出される絵の展覧会は、震災以来、東日本は放射能がたくさん放出されたということで、ロシアのはキャンセルになったり、他のは関西方面に行きました。これはこれで良かったのですが。
ところが懐深いアメリカは6月8日からの東京での開催にたくさんの名画を貸し出してくれました。 

木曜日なのに老若男女で混み合っていました。
夏休みで、小学校低学年の子供がたくさん鑑賞しているではありませんか。
女の子が多くて、数人は可愛いワンピース姿で絵の中の女の子のようで、お母さんと静かに熱心に見ています。どんなお嬢さんに育つのでしょう!小さい頃から本物の絵を家族と鑑賞し、その感想を家族はどのようにくみ取って、また教えていくのか。これは絵だけでないですが小さいうちから鑑賞させ、いろいろ体験させれば思わぬ芽が出るかもしれません。
この小学生を見ていたら、この頃報道が多いのか、絶対数が多いのか、虐待で子供の命を奪う親が多いのに驚きます。何故可愛い我が子をそんなむごい目に遭わせるのか。
「親になるのに資格試験がない。あってもいい」と書いている人がいました。

↑ちらしの絵、印象派の雄・モネの「日傘の女性・散歩、モネ夫人と息子」1875年に描かれた。

Photo_6 ←傘は「日傘の女性・左向き」娘がフランスのジベルニーで買ってきてくれたもの。
「日傘の女性・右向き」「日傘の女性・左向き」はオルセー美術館蔵で1886年に描かれたもので、この時妻カミーユは亡くなっていました。表情のない「日傘の女性」は亡き妻を偲んで描かれた絵でした。

1.最初のコーナーは印象派誕生に影響を与えた画家。
バルビゾン派や写実主義のクールベなど自然の光に関心を寄せた点で印象派の先駆を成した。
一方パリで印象派の画家たちに直接的な影響を与えたのがマネでした。
マネ「鉄橋」はサン・ラザール駅の鉄橋で女性と機関車を見つめる後ろ姿の女の子の絵。私も数年前マネを偲んでこの鉄橋から駅をしばし眺めました。

2.印象派27点。
ピサロ、ドガ、シスレー、モネ、モリゾ、ルノワール、カサット、カイユボット、ゴンザレス。
モネの「日傘の女性」の他「揺りかご、カミーユと画家の息子ジャン」「アルジャントゥイユ」は何れも妻と息子を描いたもの。
ルノワールも「モネ夫人とその息子」を描いているのです。
ドガの「障害競馬ー落馬した騎手」の馬の迫力のあること。

3.印象派、ポスト印象派の素描、水彩、パステル、エッチング、リトグラフなど力作が展示されていました。

4、ポスト印象派以降
説明によれば、印象派が求めた一瞬の美しさよりも、対象をより永続的で実体のあるものとして把握する手法を模索したポスト印象派の画家たち、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ。
点描法を編み出したスーラ。これらに一線を画したロートレックの作品が並んでいました。
セザンヌの「赤いチョッキの少年」「りんごと桃のある静物」、ゴッホの「自画像」が目を惹きました。

今回は印象派を中心とした区分けを知ったことと、パリでは見られない「日傘の女性」を鑑賞できたことが何時までも忘れられないと思います。↓少し咲いている庭

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2011年8月26日 (金)

甲斐駒ケ岳への山小屋

1昨日、変なことがありました。
銀行からお金を引き出して、別の銀行に預け入れたとき、1枚の一万円札が何回やっても入っていきません。それを持ってスイカに入れに行ったらここでもどうしてもお金が戻ってきます。
さては偽札かとすかしてみたりしたのですが、解せないので、引き出した銀行に行って事情を説明したら、お札にかすかに油じみがあるとのこと。普通このようなお札はATMから引き出すときには出てこないものだそうで、またATMには入っていかないそうで、こんなこともあるのですねと不思議な顔をされ、両替してもらいました。
そういえば、ATMに手持ちのお金を入れることはまずなくて、引き出すばかり。振り込みも通帳からなのでこんなことは初体験。ただスイカには財布から出したのを入れるので、油じみたのは入っていかないということを知りました。日本のお金は銀行できれいなのが揃えられるのですね。

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8月18日に南アルプスの日本百名山の甲斐駒ケ岳(2967m)に登ってきました。
前日17日に登山口バス停から40分くらい登った所にある山小屋「仙水小屋」に泊まりました。30人だけの完全予約制なので1枚の布団に寝られます。
ここは食事が美味しいので有名な山小屋で、夕食は16時半、朝食は山頂まで時間がかかるので早く出発できるように4時というのが、実際には3時15分頃に準備されたのには驚きました。
高い山小屋ほど荷揚げが大変なので、レトルトのカレーライスや豚カツなどに生野菜が添えられるというのが多く、これも感謝していただいていますが、仙水小屋のはこんな夕食と朝食でした。
                         ↓夕食

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                         ↓朝食

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味噌汁には家ではずーっと食べていなかった、なめこ(夕)やしじみ(朝)が入っているではありませんか!
夕食には刺身、揚げ物(何かわからないがとても美味しい)、煮物、サラダ、果物、香の物、クラゲのあえ物。サラダの下に敷いてあるのが「雲南百薬」でご主人が栽培しているもの。効用がいろいろあるらしい。
朝食もなかなかで朝3時過ぎでも完食でした。夕食は屋外で食べましたが、ハエなどの虫が少ない。残飯などは全部下まで運んで下ろしているからだとか。

↓昨年登った北岳が、食事をしている目の前のナナカマドの向こうに見える。ここは紅葉の季節も素晴らしいとのこと。

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国土地理院の2万5千分の1地形図には駒ヶ岳が18座あるそうです。私が知っているのは甲斐の他に、秋田、箱根、木曾、会津、北海道蝦夷駒ヶ岳です。
また生駒のように駒が付く山は24座もあるそうです。雪の多い地方に多いことから、山名は残雪の形に因んだらしい。

いざ、駒ヶ岳の中の1番高い駒ヶ岳めざして4時に出発。ヘッドランプの明りに頼るも途中道を間違えて、30分以上もの時間をロスした。
↓5時に夜が明けてきた

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                 ↓荒々しい頂上の方も見えてきた

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      ↓頂上が近いと喜んでいると、また新たな頂上のようなのが見える

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↓花崗岩の石だらけ。こんな大きな石を山全体に吹き飛ばした火山、地球の内部の力が凄い。

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↓友人と二人、休みながらゆっくり登って5時間やっと頂上に到着。午前9時。2967mとあった。

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                       ↓頂上の祠

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頂上から少し降り立った所には高山植物がちらほらで、端境期のようで寂しかった。
                 ↓クロマメノキ(ツツジ科)?

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                  ↓コケモモ(ツツジ科)の実

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                  ↓タカネツメクサ(ナデシコ科)

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        ↓ミヤマホツツジ(ツツジ科)。写真に撮ったのが初めての花。

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                ↓ミヤマコゴメグサ(ゴマノハグサ科)

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                 ↓ミヤマアキノキリンソウ(キク科)

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                        ↓鋸山

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           ↓双児山(2643m)、下山しながらまた登った山。

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↓鳳凰三山、甲斐駒ケ岳同様中央線や中央高速から良く見える南アルプスの秀峰

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↓4時に出発してから10時間たった午後2時に北沢峠のバス停に到着。なかなかに厳しい山でした。
バス停ではハンゴンソウ(キク科)の群生が出迎えてくれました。

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2011年8月23日 (火)

『ある小さなスズメの記録』

Photo_2 『ある小さなスズメの記録』クレア・キップス著 梨木香歩訳
・・・人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯・・・

動物と人間の触れ合いの記録や物語は数多くあるけれども、スズメにこれほどの人間性と言いたいような感情、知性があって著者と生涯を共にしたなんて!感動しました。
このスズメ、名はクラレンスは1940年7月1日生まれ、巣から落ちるか、親によって投げ捨てられたらしい。生まれつきか、右翼と左足が正常でなかった。
著者は思いもつかない方法で瀕死の赤ちゃん雀を蘇生し、それから12年と7週と4日一緒に暮したのでした。
ロンドンも日本のように空襲があってその間不便な生活を強いられたことも伝わってきます。
著者の語りは実に巧みで、クラレンスの心の中まで表現されていて、まるで人間のようなのです。
涙が出てしまうようなクラレンスの健気な鳥生です。
著者は音楽家なのでピアノを弾くのですが、何とクラレンスは歌ったとか。
防空壕で過ごす子供たちにいろいろな芸を披露もします。
クラレンスも凄いけれども、クレア・キップスさんの養育は普通の人には考えも及ばないことが多く、だからこの奇跡が生まれたと言ってもいいでしょうね。
我が家でもジュウシマツに始まって、インコ、オカメインコ、文鳥と飼い続け、最後の文鳥との別れがあまりに辛かったので、文鳥のあとは小鳥はやめてメダカです。メダカも10年も飼っていると途中2回くらい新しい仲間を入れましたが、だんだん血が濃くなって、増えても長生きしなくなりました。浮き上がった時は悲しいです。

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お盆で実家に行った時のカクテルの「レッド・アイ」です。ビールとトマトジュース。ビールの苦みが緩和されて飲みやすいので、苦味が好みでない人向けとか。面白い味でした。

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カクレミノの蕾が膨らんでいました。花が咲くころは行かないので見られない。近所の花を忘れずに鑑賞できたらと。

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2011年8月20日 (土)

頑張れないーー頑張らないーー挫折

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旅から帰って1週間目の8月7日にツアーで谷川岳登山に参加しました。
バスで土合へ、ここからロープウェイで標高1320mの天神平へ、そこから標高差643mのトマの耳へ登るという家族連れでも登れる天神コースに参加したのでした。

谷川岳は日本百名山の1つで、新潟と群馬に跨る三国山脈の山。双耳峰でトマの耳(1,963m)とオキの耳(1977m)でそんなに高くないのに、中央分水嶺のために天候の変化が激しく、この日も晴だったのに午後3時頃雷雲が発生して雨が降り出したのです。それに夏は凄く暑くて有名な山だそうで、事実地面からすごい熱気が上がってきました。
遭難者は1931~2007年までに781名の死者を出して世界のワーストととしてギネスに認定されています。8000m14座でさえ死者は637名なのに。

↓谷川岳の双耳峰、左がトマの耳、右がオキの耳 良い天気でよく見えた。

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24名の参加で4組に分け休憩ごとに順番に前になっていく方式はいつもと同じ。ツアーの場合は休憩以外は写真は撮れず、間を開けてはいけない。
半分くらい登った頃から急登になって息がハアハア。何かいつもと違っておかしい。頂上手前の小屋なども見えていたけれども、息ハアハアがひどいので、今回はピストンだから途中リタイアは許されていたので、あと2人いたので、一緒にリタイアしました。

ゆっくりなら頑張れたけれども、ツアーなので何か頑張れない気がして、別に頑張らなくてもいいのだと、あっさりあきらめ気持ちを切り変えた。挫折感や無念感がなかったのが不思議なくらい。
年とともに「まあいいや」とか「明日やればいい」が増えてきたのは事実ですが。
添乗員兼サブリーダーさんに海外旅行の時差ボケが治ってないので無理ですと言われました。おまけに明日8日は親知らずの抜歯をひかえていたのでした。
もう若くないのだから歳を考え、100%でなく80%の頑張りでいかねばと大反省。おっちょこちょいもこの年でも直すようにしないと。

                ↓谷川岳ロープウェイで天神平へ

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                  ↓天神平(スキーのメッカ)

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           ↓天神平から見えた左から笠ヶ岳・朝日岳・白毛門

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      ↓登山口には花が ヨツバヒヨドリ(キク科)やニッコウキスゲ(ユリ科)

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↓さすが谷川岳は眺望が素晴らしい。晴れていてこんな景色や花を見たいがための登山です。

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                      ↓頂上方面

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                   ↓シモツケソウ(バラ科)

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                   ↓ミヤマシシウド(セリ科)

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↓ミヤマシャジン(キキョウ科)ガクに鋸歯がないので。お花の先生がいないのではっきりわからない。

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                    ↓ノギラン(ユリ科)

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2011年8月15日 (月)

ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカの旅(6)最終回その2

0001_3  <喜望峰>

↓喜望峰 1497年にポルトガルのバスコ・ダ・ガマがインド洋航路を発見した時「ポルトガルに希望を与える」という意味で、ここに来て喜望峰と名付けた。以来アフリカ大陸の最南端として信じられてきたが、実は最南西端で、実際の最南端はここから南東に150kmのアグラス岬。

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↓ケープポイント(喜望峰から少し離れた所で喜望峰が良く見える所)からの喜望峰

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            ↓ケープポイントの展望台(元灯台・海抜249m)

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                    ↓このあたりの植物

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↓ケープ半島の周りの海にはクジラ(セミクジラ?)がたくさんいて潮を噴き上げています。真中の白い部分。

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<オーストリッチ・ファーム>

                  ↓途中野生のダチョウを

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↓野生のヒヒも。高級ワインになる葡萄の品種「シャルドネ」を食い荒らすらしい。

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↓オーストリッチ・ファームではたくさん人工ふ化して飼育している。大きな卵には色付けして装飾品に。革はワニ革同様に、ハンドバッグや財布などいろいろなものに加工して売られていた。

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                   ↓黒い立派な雄のダチョウ

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                       ↓雌のダチョウ

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           ↓鳥も農場に入りこんで草の辺りを突ついていた

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<ケープタウン夜景>

↓締めくくりはシグナルヒルという所(テーブルマウンテンの右隣がライオンズヘッドで一番右側がシグナルヒルとのこと)から、ケープタウンの夜景を見た。

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↓夜景(パノラマができなかったので左から右へ)3枚目のボワっと白く浮き上がっているのがテーブルマウンテンのライトアップ

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ワハハの新体験です!ケープタウンの満身笑みをたたえたドライバーさんが、空港で別れるときにハグをしてくれました。私ごときに。。。奇特な方ですね。

不安を抱えての出発でしたが、大きなミスもなく無事帰国出来てほっとしています。
主として動物を見るのが中心の旅でしたが、アフリカの南の冬の自然をたっぷり満喫でき、決して政治的にも恵まれていない人々が結構明るく旅人を歓迎してくれた姿に、1日でも早く民主的な国になってほしいと願った旅にもなりました。
帰国して2週間も過ぎました。ご覧いただきありがとうございました。

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ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカの旅(6)最終回その1

0001 [見学7日目] ケープ半島動物巡りと喜望峰とケープタウンの夜景

見学最終日は、まずテーブルマウンテン中腹で市内の眺望ですが植物園と同じような眺めでした。頂上へのロープウェイは修理中で、この日試運転でした。このロープウェイは回転するそうで平等に景色を眺められるそうです。頂上を見ることが出来ず残念です。

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<ドイカー島へ:南アフリカオットセイ>

                                 ↓途中、山に笠雲がかかっていた

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↓ハウトベイから出港。ハウトベイにはたくさんのお土産屋さんや船が。ケープタウンもハウトベイも大西洋側。

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         ↓この山の向こうにドイカー島がある。ドイカー島には上陸は出来ない。

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                           ↓ドイカー島(シール・アイランド)が見えてきた

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↓南アフリカオットセイが寝そべっている。餌を捕る以外はここで寝ているのですね。季節により600~5000頭生息する。
アシカ、アザラシ、オットセイ、トド、セイウチなど区別がわからないけれど、この南アフリカオットセイはアシカの一種で、ここ南アとナミビアしか生息してない。寿命は20~25年で、主食は魚・貝・タコとのこと。敵はサメやシャチ。時速17kmで泳ぐそうだ。

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<ボルダーズビーチへ:アフリカペンギン>

                                           ↓インド洋側に来た

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アフリカペンギン(別名:ケープペンギン、ジャッカスペンギン)は体長60cmほどで、絶滅の危機に瀕しているが現在3000羽以上が生息している。
ペンギンの佇む姿や歩く姿の可愛いこと!旭山動物園の散歩のペンギンを思い出す。

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                        ↓ペンギンの赤ちゃんは黒い産毛で模様がまだない

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                                           ↓ブリストル・ブッシュ

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2011年8月12日 (金)

ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカの旅(5)

[見学6日目] ロベン島とカーステンボッシュ植物園

0001 5日目にケープタウンまで飛行機で移動しました。ホテルからテーブルベイ越しにケープタウンのシンボル”テーブルマウンテン”を眺めることが出来ました。頂上がその名の通り平らだ。このテーブルマウンテンの前に広がる湾をテーブルベイと言う。

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<ロベン島へ> 世界遺産

ケープタウンの沖合12km、海流の激しい海に浮かぶ孤島で、1996年まで400年近く監獄として使われていた。アパルトヘイト時代はネルソン・マンデラも27年の獄中生活のうち18年間もここで過ごしている。
ガイドは政治犯として収容されていた元囚人である。海流が激しいので船が就航できない日も多いが、この日は出港出来た。
アメリカのアルカトラズ島同様、脱獄は不可能のような立地条件です。

↓テーブルベイの旧港を再開発したウォーターフロントは一大ショッピングセンターで、ここから出港した。

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                    ↓サッカー場も見える

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            ↓雲がかかってしまったロベン島が見えてきた

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            ↓島の中は建物は明るくきれいに整備されている

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                        ↓独房棟

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↓マンデラが収容された独房の中。昼間は石切り場などに出され、そこで石を砕いて、それをまた元通りに並べたりの繰り返しで、何の生産性もない仕事をさせ、精神的に追い込んでいったそうだ。

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                       ↓島の海岸

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1964年に南アフリカ政府により、国家反逆罪で終身刑を宣告されてから、1990年に釈放されたマンデラは、1992年にノーベル賞を受賞し、1995年5月10日、南アフリカ大統領に就任。340年にわたる白人支配に終止符を打った。現在は93歳でユネスコ親善大使として、貧困に苦しむ子供たちのために尽力している。

<カーステンボッシュ植物園> ここを含むケープ半島一体などがケープ植物区として世界遺産に登録されている。

この植物園はテーブルマウンテンの東側の麓斜面(528ha)にあります。冬から春がお花がたくさん咲いてきれいだそうだ。
南アフリカは中央部が高原で、中東部に3000m級の山脈が連なり、北西にはカラハリ砂漠と自然豊かな地形で、世界有数の花と植物の宝庫なのです。
事実、日本でも花を調べると、南アフリカ原産と時々見ます。
例えば、アガパンサス、ゴクラクチョウカ、マツバギク、オステオスペルマム、スズランエリカ、パンジーゼラニウム、ヒメヒオウギなどが挙げられます。

↓南アフリカの国花は「キング・プロテア」です。プロテアの花は約100種あって、ギリシャ神話に出てくるプロテウス(姿を自由に変える海の神)に似ている(どこが似ているか分からないけれど)ことからプロテアと名づけられた。

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                 ↓プロテアの仲間、ピンクッション

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                    ↓これらもプロテア

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              ↓ゴクラクチョウカ(極楽鳥花)は真っ盛り

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↓「マンデラ・ゴールド」と名が付けられた黄色のゴクラクチョウカ(極楽鳥花)は珍しいとのこと

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↓ワイルドクチナシの実。日本のクチナシの実と大分違う。色違いのキウイのよう。

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         ↓ガイドさんに教えてもらった小鳥、サンバードが可愛い。

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                     ↓エジプトガン

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↓エジプトガンの親子 子供が全部で9羽。1羽が親の後について食べ始めると順に起き上って草の中の何かを食べ始めた。

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                  ↓アロエが何て大きいこと

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                      ↓その他の花

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        ↓植物園からケープタウンの町が見えた。雨が降り始めた。

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              ↓町へ下りると雨がやんで虹が見えた

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2011年8月 9日 (火)

ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカの旅(4)

0001 [見学4日目] 南アフリカへの移動日

この日はヨハネスブルグへ戻り、ダイヤモンド工房見学だけでした。高いダイヤモンドを殆どの人が買わず(必要ない)、あるいは買えず、この行程が入っていることに不満でありました。
昨年サッカーのワールドカップが行われましたが、危険なので応援に行くことは控えるようにという話が思い出される都市です。
事実、ヨハネスブルグのホテルには泊まらないで、すぐ近くの首都のプレトリアに1泊しました。このホテルからも1歩も出ないように言われました。
この日の夕食はヨハネスブルグでしたが、レストランの前にバスをつけ、降りて2,3mの店の入り口にはガードマンが5人も見張っていました。
アフリカ三大犯罪都市といえば、ここヨハネスブルグとケニアのナイロビ、ナイジェリアのラゴスだそうで、これはそのまま世界の三大に入るそうだ。コロンビアや改善されたニューヨークは比較すればひよっこだとのこと。
事実ここでの観光は「ソウェト」のみにとどまりました。

南アフリカは首都が3つもあります。
プレトリアが行政府、ブルームフォンテンが司法府、ケープタウンが立法府で、代表する首都はプレトリアで各国大使館もここに置かれる。
日本の3.2倍の面積に人口4932万人。実際はジンバブエ同様、届けのないもの、不法移民など混沌としてもっと多いらしい。
かつて、有色人種に対する人種差別で知られ、アパルトヘイト(人種隔離政策)という1994年までの合法的政策によるものであった。

[見学5日目] プレトリア、ヨハネスブルグ近辺の観光

ヨハネスブルグ辺りの標高は1753mの高地に位置するため、冬なので朝も0℃から4℃と寒い。

<スタークフォンテン洞窟=世界遺産> ヨハネスブルグの北西30km

哺乳類サル目ヒト科で絶滅したアウストラロピテクス・アフリカヌスの絶滅した属の化石が出た洞窟。
アフリカで生まれた初期の人類で、身長120~140cmで、チンパンジーと同じくらいの脳容積500cc(現生人類の35%)で、約400年万前~200年万前に生存していたというのである。以前猿人と呼ばれた。洞窟は鍾乳洞でもあり、鍾乳石や石筍も見られました。

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↓頭蓋骨を手に持つロバート・ブルーム博士の胸像と左:洞窟ガイド、右:ヨハネスブルグガイド(日本人以上に丁寧にお辞儀をされる)

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<ライオンパーク>
飼育されているライオンの見学。このパークにはホワイトライオンが多い。1頭の雄のホワイトライオンに数頭の普通の雌ライオンがつき従っていた。1週間に1度しか餌が与えられず(野生のライオンと同じ条件か)、丁度この時鶏の餌が投げられ、雌が食べ始め、数分後彼方から雄が悠々と現れ食べ始めた。(多摩動物園はどうだったか思い出させない)よく言われる王者の風格だ。狩りをしなくて済む彼らは幸福なのだろうか?

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                   ↓ホワイトライオンの子ども

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            ↓寝こけている子どもたちを触らせてもらった

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      ↓ワイルドドッグ(ジャッカル、ハイエナのような動物)も餌をむさぼる

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         ↓間もなくチーターにも餌が。そわそわと歩きまわっていた

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↓ミーアキャット ナミビア、ボツワナ南部、南アフリカに分布するマングース科の哺乳類
見張りに立っているような格好が可愛いのでTVで観て印象的な動物だ。これはずっとこの格好だったが雄なのか?くたびれないのだろうか?

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<ソウェト>
ソウェトはsouth western townshipからの造語で、市の南西に位置し、アパルトヘイト時代に黒人専用の居住区として指定された広大な地域。現在の居住者は200万人とも500万人とも言われ、立派な家からトタン屋根の家まで全部平屋建てで、小さな敷地内にさらにプレハブを建てて難民に貸してる人もいる。
市の中心部近い、元白人が住んでいたお屋敷は危険で住んでいられなくなり、郊外に引っ越しているとのこと。その危険な屋敷に今は中国人が住んでいるがセキュリティは厳しい。何と逞しい中国人か!
ここは初めてのヨハネスブルグ下車観光でした。1976年6月16日のソウェトの学生のデモの最初の犠牲者の当時13歳のヘクタ―・ピーターソン少年の名を取った博物館と英雄ネルソン・マンデラ元大統領が以前住んでいた家の見学です。
ここでは子どもを多く見かける。子沢山の家が多いらしく洗濯物が多いのが目立ちました。
       ↓ソウェトに入る前の居住区。カラフルで小さいけれどもきれい。

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                      ↓ソウェト入口

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                     ↓ソウェトの家々

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                 ↓マンデラハウスの中の寝室

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        ↓昨年行われたサッカー場のカラバッシュ(「ひょうたん」の意)

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2011年8月 5日 (金)

ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカの旅(3)

[見学3日目] ビクトリアの滝、象触れ合い体験とチーター(ジンバブエ)

<ビクトリアの滝>

0001_6  南アに行った動機が、昨年の南米イグアスの滝を観たことで、世界三大瀑布のもう1つのビクトリアの滝も観たくなったことです。
TVで観てもどうもその全貌が分からなくてどうなっているのか、知りたくもありました。
Photo_33 ←滝拡大図に6つ名前が載っていますが、全長は1700m、最大落差は108m(レインボーフォールス)です。滝の数275、長さ4000mあったイグアスの滝にはとても敵いませんが、落差は82mのイグアスより26m長いです。
イギリスの探検家リビングストンが発見したので時の女王「ビクトリア」の名前が付けられましたが、現地の滝の意味は「雷鳴の轟く水煙」で、今の乾期でさえ、合羽を着て歩かないとびしょぬれになるのですから、雨期ではけぶって何も見えないそうです。
確かに音と水煙が凄く、歩いて観ていてもすぐ霧がかかって見えなくなり、滝壺が覗けないので滝の落差がわからないほどでした。
ところが午後ヘリコプターで空から観たら、滝の全貌と滝へつながる川と、川の中に浮かぶ島々が見て取れて、やはり雄大であることを実感しました。この滝はヘリコプターからが必見です。

         ↓ビクトリアフォールズ入口にあるリビングストンの銅像

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                                             ↓滝となる寸前の川

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                    ↓滝を横から眺める 左:滝 右:滝を眺めて歩く道

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                          ↓デビルズ・キャタラクト(悪魔の大滝)の一部

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        ↓ガイドさんにケンバブッシュと教えられた花。歩道にずっと続いていた。

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                                     ↓真中辺のメイン・フォールズ

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                                  ↓歩道はジャングルのような感じです

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↓続いてホースシュー・フォールズ(カブトガニ滝?)とレインボー・キャタラクト(虹の大滝)

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                          ↓ジンバブエとザンビアの国境のビクトリア大橋

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       ↓この橋には鉄道も通っている.。ちょうど長い貨物車が通った。

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               ↓橋から見た滝の反対側の川の流れ

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          ↓ヘリポートへ行く途中に大きなバオバブに木があった

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               ↓このヘリコプター(5人乗り)に乗った

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↓ヘリコプターから見た滝 上流は蛇行し川幅が広いところには島がたくさんあった。

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<象とチーターとの触れ合い体験>

            ↓レストランやツアー体験の建物は茅葺が多い

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          ↓長い象の鼻を触らせてもらった。ざらざらしている。

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                ↓象のまつ毛は10cm以上あった

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↓象に餌を3回もあげた。2度は鼻の中に、1度は直接口の中へ。写真を撮ってもらったらおっかなびっくりのへっぴり腰姿でがっかり。手前の大きな象は26歳。

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↓このチータを撫でさせてもらった。今は1歳3ヶ月で、赤ん坊の時に母親と兄妹3頭は殺されてしまい、この子だけ保護され人間に育てられたので、噛みつかない。皆に撫でさせたご褒美に肉片を貰って、お礼に飼育のお兄さんの頭を舐めていた。ヒョウとは柄が違うし、目の下に涙の跡のような黒い線が入る。このシルベスタという名前のチーター君も黒い柄が2000個あるそうだ。

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<食事>
ゲームミートと呼ばれる野生動物の肉をホテルやアフリカンバーベキューでいただきました。
ワニ、ダチョウ、インパラなど癖がなくて美味しかったです。

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Photo_56 そして遂に!モパニワームというイモ虫を食べました。食べた証明書(←)ももらいました。焼いてあったので昔食べたイナゴとかハチノコのような感触で、決して美味しいものではありません。

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       ↑ゆで卵。ジンバブエの卵の黄身は白く、オムレツも真っ白でした。

これでジンバブエ観光は終わり。そうそう、この国では迷彩服を着ることは禁止だそうだ。

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2011年8月 4日 (木)

ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカの旅(2)

0001_2 [見学2日目] サファリ(ボツワナ)

ジンバブエから国境を越えてすぐのボツワナの西北部に位置するチョべ国立公園にて、
午前中はゲームサファリ(ゆっくりドライブしながら、動物を発見し見物すること)、午後はチョべ川でボートサファリでした。
当然ながら全部野生です。

ボツワナは、西と北がナミビア、東がジンバブエ、南が南アフリカに囲まれ、日本の約2倍の面積で、西部の大半はカラハリ砂漠に覆われ、人口は195万人で識字率も80%を超す。
イギリス連邦の加盟国で、1966年イギリスより独立以来、アフリカでは数少ない複数政党制に基づく民主主義が機能している国として知られ、政局はきわめて安定している。実際に独立以来クーデターや内乱は一度も起きたことがない。
世界最貧国の仲間ではなく、豊かな天然資源と手堅い経済政策、安定した政治状況や高い教育程度に基づき、中所得国である。また欧州、日本を含むアジア、アメリカ合衆国と友好関係にある。ということで隣でありながらジンバブエとかなり国情が異なります。しかし両国ともに首都などの都市に行かなかったのでその違いはわかりません。

<ゲームサファリ>

アフリカのビッグファイブ(Big5)とはアフリカゾウ・バッファロー・ライオン・ヒョウ・サイだそうでサイだけは南アフリカやタンザニア方面に行かないと見られない。南アの紙幣に印刷されている。野生のライオン・ヒョウは見られませんでした。

こんな車に乗っていざ出発です。双眼鏡がとても役に立ちました。

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では出会った順番に。
↓インパラ インパラのお尻はMの字 先日読んだ『インパラの朝』のインパラでした。

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                ↓キリン 高い木の葉を食べています

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                 ↓クードゥ 白い線が入っています

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                      ↓きれいな鳥

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↓イボイノシシ(ウシ目・イノシシ科・イボイノシシ属)目の下と頬に一対のイボが双眼鏡でチラっと見えました。

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                        ↓カバ

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↓ブラックセーブル ガイドさんもめったに見ないそうで、何回も来ている添乗員さんも初めてだそうだ。ラッキーなこと。

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       ↓シマウマ 双眼鏡でなければ見えないほど遠くに。ズームして。

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                     ↓ホロホロチョウ

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                  ↓キジ(日本と大分違います)

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↓世界でアフリカゾウが最も多く暮らす公園で約5~7万頭ともいわれる。母親が子象のために木を倒して葉を与えるので、かなり荒れているそうです。

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<ボートサファリ>

                ↓チョベ川

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                      ↓水を飲むゾウ

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              ↓ワニも現れた 日向ぼっこから水の中へ

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                 ↓バッファロー 右が雌で左が雄

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        ↓水鳥 多くの種類の水鳥が双眼鏡の中に飛び込んできました。

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↓アフリカハゲコウが魚を突いていたのに、ボートが近づいたら魚を置いて逃げて行った。気の毒でした。それに顔がとても醜い肌でこれまた気の毒だと言われています。

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Photo_28  ←土産に買ったチョコレートまで動物たちの写真が

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2011年8月 2日 (火)

ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカの旅(1)

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[見学1日目] ビクトリアの滝に注ぐザンベジ川クルーズ(ジンバフエ)

成田を夜出発してから約25時間でジンバブエのビクトリアフォールズ国際空港に朝7時に到着しました。機中1泊し、搭乗時間は南米より短いですが、再びベッドに横たわるのはやはり南米と同じく50時間ぶりということになります。
今回はいつもと違うH社で夫婦5組、1人参加10名(女性4名)の20名。女性の方が少ないのは初めてです。
南アフリカは今は冬で乾期、かなりの乾燥に初めて手にアカギレがたくさん出来てしまい、バンドエイドが足りなくなりました。

↓空港に着くとジンバブエ人が踊って迎えてくれました(CDを売っているのですが)

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ジンバブエ共和国はローデシア紛争後、1980年に白人中心のローデシア共和国から成立したが、現在はロバート・ムガベ大統領の独裁政権下にある。他のアフリカ諸国同様、劣悪な経済事情に加えて、秘密警察による監視や反体制派への暴力など言論の統制を受けることから「世界最悪の独裁国家」と評される。最近は中華人民共和国やロシアと親交を深めている。
日本とほぼ同じくらいの面積に人口は約1258万人。実際にはカレンダーも時計もない人々が多く、自分の子供の年齢もわからないし、届出もしないし子どもの死亡率も高いとのこと。人口ももっと多いかもしれないし、平均寿命も世界193国中アフガニスタンと並んで42歳という、世界最下位なのです。観光地ビクトリア・フォールズを見ている限りではにわかに信じがたい話です。
ホテルの周りは散歩しても大丈夫ですが、本の少し離れた店などに行こうとすると、どこからともなく警官が現れて、目的地まで同行して連れ帰ってくれます。驚きました。

↓古い木で出来たブルーのトレインは喫茶店に。でも中はとても店とは言えない状態。

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↓駅に列車が入ってきたが、1時間たっても出発の気配なし。女性は頭に段ボールや風呂敷包みを乗せて歩いている。

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木工製品に携わる器用な人が多く、クラフトマーケットには商品が驚くほど多かった。
↓空地にもオブジェが飾られている。

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最初の観光はザンビアとジンバブエの境を流れる当たりのザンベジ川のサンセットクルーズです。
ザンベジ川はナイル川、コンゴ川、ニジェール川に次ぐアフリカ4番目の長さの川です。
この辺りはビクトリアの滝のすぐ上で川幅も広くゆったりしているので、あの水煙舞い上がる滝になるとは思えません。

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               滝の辺りの水煙が虹色に輝いて見えた

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                    象やカバなどが見られた

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ワインなどのお酒やおつまみを供されながら、6時頃夕陽が沈むまでのクルーズでした。
素晴らしいアフリカのサンセット

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