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2011年8月12日 (金)

ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカの旅(5)

[見学6日目] ロベン島とカーステンボッシュ植物園

0001 5日目にケープタウンまで飛行機で移動しました。ホテルからテーブルベイ越しにケープタウンのシンボル”テーブルマウンテン”を眺めることが出来ました。頂上がその名の通り平らだ。このテーブルマウンテンの前に広がる湾をテーブルベイと言う。

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<ロベン島へ> 世界遺産

ケープタウンの沖合12km、海流の激しい海に浮かぶ孤島で、1996年まで400年近く監獄として使われていた。アパルトヘイト時代はネルソン・マンデラも27年の獄中生活のうち18年間もここで過ごしている。
ガイドは政治犯として収容されていた元囚人である。海流が激しいので船が就航できない日も多いが、この日は出港出来た。
アメリカのアルカトラズ島同様、脱獄は不可能のような立地条件です。

↓テーブルベイの旧港を再開発したウォーターフロントは一大ショッピングセンターで、ここから出港した。

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                    ↓サッカー場も見える

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            ↓雲がかかってしまったロベン島が見えてきた

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            ↓島の中は建物は明るくきれいに整備されている

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                        ↓独房棟

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↓マンデラが収容された独房の中。昼間は石切り場などに出され、そこで石を砕いて、それをまた元通りに並べたりの繰り返しで、何の生産性もない仕事をさせ、精神的に追い込んでいったそうだ。

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                       ↓島の海岸

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1964年に南アフリカ政府により、国家反逆罪で終身刑を宣告されてから、1990年に釈放されたマンデラは、1992年にノーベル賞を受賞し、1995年5月10日、南アフリカ大統領に就任。340年にわたる白人支配に終止符を打った。現在は93歳でユネスコ親善大使として、貧困に苦しむ子供たちのために尽力している。

<カーステンボッシュ植物園> ここを含むケープ半島一体などがケープ植物区として世界遺産に登録されている。

この植物園はテーブルマウンテンの東側の麓斜面(528ha)にあります。冬から春がお花がたくさん咲いてきれいだそうだ。
南アフリカは中央部が高原で、中東部に3000m級の山脈が連なり、北西にはカラハリ砂漠と自然豊かな地形で、世界有数の花と植物の宝庫なのです。
事実、日本でも花を調べると、南アフリカ原産と時々見ます。
例えば、アガパンサス、ゴクラクチョウカ、マツバギク、オステオスペルマム、スズランエリカ、パンジーゼラニウム、ヒメヒオウギなどが挙げられます。

↓南アフリカの国花は「キング・プロテア」です。プロテアの花は約100種あって、ギリシャ神話に出てくるプロテウス(姿を自由に変える海の神)に似ている(どこが似ているか分からないけれど)ことからプロテアと名づけられた。

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                 ↓プロテアの仲間、ピンクッション

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                    ↓これらもプロテア

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              ↓ゴクラクチョウカ(極楽鳥花)は真っ盛り

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↓「マンデラ・ゴールド」と名が付けられた黄色のゴクラクチョウカ(極楽鳥花)は珍しいとのこと

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↓ワイルドクチナシの実。日本のクチナシの実と大分違う。色違いのキウイのよう。

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         ↓ガイドさんに教えてもらった小鳥、サンバードが可愛い。

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                     ↓エジプトガン

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↓エジプトガンの親子 子供が全部で9羽。1羽が親の後について食べ始めると順に起き上って草の中の何かを食べ始めた。

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                  ↓アロエが何て大きいこと

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                      ↓その他の花

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        ↓植物園からケープタウンの町が見えた。雨が降り始めた。

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              ↓町へ下りると雨がやんで虹が見えた

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コメント

このあたりに来ると地の果てという感じが忍び寄ってきますね。
永遠にも思える牢獄生活、マンデラはどうやって気持をなえさせないようにしていたのでしょうね。

投稿: 佐平次 | 2011年8月12日 (金) 10:08

★佐平次さま、早速にありがとうございます。

おぉ!地の果てを感じられましたか。
本当に27年間もどうして正気を保って獄中生活を耐えたのでしょうか?
マンデラさんの著述を読まないとわからないですね。

マンデラの言葉:「人生の最高の栄光は、絶対に倒れないことではなく、倒れるたびに起き上がることである。」

映画にもなった「インビクタス」とはラテン語で『不屈』の意味の本の主人公のネルソン・マンデラにとってはアパルトヘイトにより27年も服役していた時、獄中で巡りあった、英国人アーネスト・ヘンリーの短詩「インビクタス」が心の支えになったことに由来しているそうです。
マンデラの自伝「自由への長い道」(1996年/NHK出版もあることがわかりました。

投稿: tona | 2011年8月12日 (金) 10:28

南アフリカの南部、ケープタウンあたりは、北半球では、九州あたりの緯度。
気候は丸反対だけど。

昔、スエズ運河のないころは、ヨーロッパからアジア方面へははるばると喜望峰を回っていた。
ケープタウンは途中の寄港地として栄えたとある。

アパルトヘイトの犠牲になったネルソン・マンデラ氏。何にもない島に流され、精神的に追い詰められながらも長年じっと我慢の生活。自分の政治信念を貫き、遂に大統領までなり、貧困者のための政治を行った。ノーベル平和賞は当然だ。
 それに反し、オバマ大統領の受賞は、核の廃絶を訴えたのみでとはどうも合点が行かない。(いまだに核実験を行っている)

南アフリカ原産の植物、日本と変わらない気候のところもあるのでしょう、日本でもおなじみの花がありますね。
 
アバカンサス、マツバキク、オステオスペルマムなんておなじみのものです。
 アロエの花とかアフリカならではの花も沢山ありますね。

エジプトガン、サンバードもここでしか見られないものなのでしょうね。
 エジプトガンの雛たち、一列に並ぶところはカルガモと一緒。微笑ましいです。
 虹は世界中同じ。(当たり前ですよね)

投稿: 夢閑人 | 2011年8月12日 (金) 14:48

夢閑人さま

アフリカ大陸の最南端ですから、単純に北半球のシベリア辺りと思ってしまいました。
お教えいただいたので、あの寒さを納得です。冬なのに昼間、震えるほどではありません。北のジンバブエは昼間20℃を越していたらしいです。
スエズ運河がない時代、この岬を廻る航路を発見したのも大変なことでしたね。
ケープタウンはあんな昔から栄えていたのですね。

マンデラ氏の27年間の獄中生活はどんなだったかと、想像もできません。大変な辛さだったでしょう。しかしノーベル平和賞に、大統領という役職までついて、感無量、幸せをかみしめたでしょう。そんこともまだまだ苦難の国を抱えて大変だったことには違いなかったのですが。

代表する花はプロテアの種とエリカとリードだそうです。
8500種も固有種があるとか。凄いですね。
ダイヤで財をなしたデビアス社のセシル・ジョン・ロード個人が作った庭だそうです。

植物園の中にはエジプトガンがいて、子育てまでしているんですね。天敵はいないのか、よくわかりませんでした。日本ならカラスあたりにやられてしまうのに。
カルガモもこうやって一列に並んでいるのですか。井の頭公園で泳いでいるのしか見ていませんので。

虹はハワイにも多かったですが、滝の所とそしてケープタウンにも複数見られました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年8月12日 (金) 15:43

南アフリカ原産の植物がこんなにあるとは知りませんでした。
現地で見られたのですからとても価値のある旅行ですね。
そういう収穫は出かける前に予測されたのでしょうか。
鉢でちまちま育てているのとは全然違いますね。

かわいいエジプトガンの親子も見られてラッキーでしたね。
日本ではなかなか見られないのに・・・

マンデラ大統領にそんな苦難の歴史があるとは知りませんでした。
強い意志もそこで培われたのかもしれませんね。

充実したアフリカ旅行でよかったですね。
こんなに話題豊富なところとは思っていなかったです。
まだつづきがあるようですね。

投稿: matsubara | 2011年8月12日 (金) 18:27

★matsubaraさま

行程表に植物園に行くと書いてありましたので、とても期待していました。パンフレットなどで、プロテアのお花を楽しみにしていました。冬なのに丁度咲いていて感激でした。
matsubaraさまもギリシャでたくさんお花を勉強されてきましたものね。

日本ではガンの群れが帰る所を、空を見上げながら見たのは幼い頃だったでしょうか。
エジプトガンはアフリカ全体にいるようで、ガンと名がつきながらツクシガモの仲間に近いとありました。とても賑やかに鳴くのですよ。

マンデラ氏の27年間の獄中生活、凄い忍耐の日々だったでしょうし、心を壊さないように努力されたのでしょうね。想像もできないような苦しみだったでしょう。死刑にならなくて良かったです。
最後は喜望峰です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年8月12日 (金) 20:07

 正にこの世の果てのような島影と、不思議な花々。
 同じ「地の果て」でも、北と南では、やはりまるでちがうんですね。
 また新しい発見をさせていただきました。
 

投稿: Nora | 2011年8月13日 (土) 18:41

★Noraさま、こんばんは。

アフリカの南端は南米の南端に比較して随分暖かく、様子が違うようですね。
でもアフリカの南の地の果てという感じです。
地図で見ましたら、南アは南米の3分の2の所までで、オーストラリアでさえ、もっと緯度が南にまであるのですね。
今まで全然気がつきませんでした。
北半球に圧倒的に陸地が多いこともにも今ごろ気がつきました。Noraさんのおかげです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年8月13日 (土) 19:25

こんにちわ、昨夜帰ってきました。
さて、アフリカの旅も佳境に入ってきましたね。

あの人種差別の厳しい南アフリカ、そしてマンデラが服役したロベン島が世界遺産になり、観光客が往来できるようになったとは感無量ですね。

「遠い夜明け」という映画は差別を正義とする国家に立ち向かうマンデラの生き様を描いた感動的作品で強く記憶に残っています。

マンデラは現在もお元気ですね。
思うのは凄い活動をしてきたにも拘らず非常に温厚な顔つきをしていることです。白人に取ったら鬼だったのでしょうね。

しかし、今は誰もに優しい顔です。
だからこそできたのかもしれませんね。
しかし差別は無くなったわけではありません。
日本人も心しなければなりません。

植物園の各花も不思議な魅力があってこの地のものかと思うほどです。

投稿: macchanny | 2011年8月14日 (日) 08:27

★macchannyさま

お帰りなさい。
ロベン島をしっかり残そうと、ていねいに保存の努力しているのが感じられました。
案内のガイドを元服役した囚人が務めているのも、力が入っています。
「遠い夜明け」は観ましたが、もううろ覚えです。最近観た映画「インビクタス/負けざる者たち」ではマンデラが大統領になってラグビーを通して白人と融和を図ろうと腐心する映画でした。
そう言われてみますと、本当にマンデラは優しい、穏やかな顔ですね。
南アはまだまだ住みやすい国ではないです。
主人公になった黒人の教育に熱心になっているのは伺えましたが、ソウェトの中の状態は実際にはどんなでしょうね。
観光客が1歩も外へ出られない怖い国のイメージが早く払拭されるような国になってほしいです。

植物も国花のキングプロテアは日本の菊にも似て、さらに優雅さを加えて素晴らしい花だと感激しました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年8月14日 (日) 09:19

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