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2011年9月 9日 (金)

アイヌ語が起源の地名

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先日の高ボッチがアイヌ語で(巨大な高原)という意味で何故こんな所でアイヌ語起源の名前があるのかと疑問に思いました。
実際には九州まで日本全国にアイヌ語の地名があるとのことです。
例えば有名な四国の四万十川はアイヌ語で「最も美しい川」の意味だそうだ。
柳田国男によればアイヌ語地名が全国に分布している事実から、「ある時代において我々の祖先とアイヌの祖先とが雑居していた」と推論している。
50年後、梅原猛や埴原和郎は日本・アイヌ同祖論(言語・民族)を説いている。
アイヌを原日本人とみると、アイヌ語と日本語のルーツは同じであるということが、言語学と自然人類学の学問研究の成果として裏付けられてきた今日である。
現代日本人は、縄文人が小進化したものであり、アイヌは縄文人と現代日本人と違う方向に小進化したが、縄文人即原日本人としての特色をもっともよく有している。
日本全国にアイヌ語地名が分布している根本的理由もこんな観点から解明されていくであろう。
以上松本成美著『アイヌ語地名と原日本人』からです。

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Photo_2 「日本画どうぶつえん」展、山種美術館
9/9に夏休み企画という「日本画どうぶつえん」展を観てきました。
動物が絵に描かれたのは、古くは鳥獣戯画に、また普賢菩薩の象あるいは獅子、伝説上の麒麟や鳳凰、禅宗の龍虎図などで宗教や信仰に関係してきました。
本展覧会ではチラシにあるような動物の猫、犬、鹿、兎、猿、牛、馬、山羊、白熊。鳥類。鯉や鮎の魚類。蜻蛉や蝶や蛙などの昆虫・両生類。
竹内栖鳳、小林古径、奥村土牛、速水御舟、川合玉堂、上村松篁、福田平八郎などが日本画の手法で淡いタッチで、あるものは可愛く、あるものは眠たげ、あるものは怖い顔と動物と対峙しているのがとても楽しい。
大草原、あるいは動物園で癒される動物たちと違って、心は騒がないけれども、じっくり鑑賞していると画家と一緒になって動物を描いている気分になりました。

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もう1つ「川瀬忍の青磁」をホテルオークラの向かいにある菊池寛美記念 智美術館で鑑賞。美術館も陶芸家も初めて。
中国で生まれた青磁を親子3代に渡って制作続けている川瀬氏の素晴らしいデザインと美しい色をたっぷりと鑑賞できました。

       ↓智美術館           ↓某歯医者の前の兎

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恵比寿の「マトリョーシカ」で久しぶりにロシア料理を。ボルシチ、ピロシキ、壺焼き、鳩麦入りサラダ、ロシア紅茶

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コメント

●日本人は混血
ずっと前に放映されたNHKスペシャル「人体Ⅲ・遺伝子/DNA」によると、
いわゆる純血の日本人はほとんどいないらしい。↓(有料ですが)
http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2011027255SA000/
大半は中国・朝鮮からの渡来人の子孫といえるそうですよ。
そして南米のインディオが極めてアイヌの人たちに近いとも。
モンゴロイド(日本人のルーツといわれる)が、大陸から各方向へ移動して行き、
陸続き(氷河時代)だった日本や南アメリカにまで進出したという説が有力だとか。

ちなみに、柳田國男は私が中・高時代を過ごした兵庫県・福崎町生まれ。
生家は私の住んでいた家のすぐ近くにあったそうです。(行った記憶はない)

投稿: 讃岐の団塊オヤジ | 2011年9月10日 (土) 01:00

tona様

諸説が入り乱れる日本人のルーツですが、「日本人」という民族は確かに存在するものの、文化人類学的には実に多くの集団の総称ではないでしょうか。

投稿: evergrn | 2011年9月10日 (土) 06:43

★讃岐の団塊オヤジさま

面白いサイトをありがとうございます。
南米では現地人と白人との混血メスチゾの割合が多いですね。
そのインディオがアイヌと近いのですか。
北からアリューシャン経由でアメリカから渡っていったのですね。
奈良時代以前から渡来朝鮮人の混血というのは、歴史で眺めるとよくわかりますね。

モンゴロイドとアジア系を同義にすることは出来ないでしょうが、ハンガリー人がアジアからというのは、さっぱりわかりませんでした。まるっきり白人ですから。
この頃DNA鑑定で民族の問題も見ていくのでしょうか。

柳田國男はあちらの方とは知っていたのですが、今地図で見たら、福崎は姫路の北ですね。オヤジさんはそこに住んでいらしたのですか。きっと前を通ったことはあるのでしょうね。

投稿: tona | 2011年9月10日 (土) 08:44

★evergrnさま、ありがとうございます。

そうですね。
文化人類学といえば、言語学的に言う日本人、心理的なもの、民俗学、民族学観点などしか浮かんできませんが、生粋の日本人なんていう考え方はないですね。
たくさんの説が出てきて論争になるわけで、アイヌは特殊な運命を辿ったと考えられても不思議でなくなってきました。

投稿: tona | 2011年9月10日 (土) 08:54

アイヌ、日本画、ロシア料理、グローバルですね^^。

投稿: 佐平次 | 2011年9月10日 (土) 09:34


こんにちは。
「高ボッチ高原」で生まれた疑問を早速お調べになったのですね。
極東の小さな国日本ですから、各地の色んな民族が入り混じっていそうですね。
tonaさんのお調べになった結果から、日本の北から南まで広く存在混在していた古代の日本に居住していた人類の中から、
アイヌ民族がしだいに分化して北へと移って行き、やがては追われさらに
北へ北へと移って行ったような印象を受けました。あるいは南アメリカへと
移動していった人類のしんがりが北海道などのアイヌ民族になったのかしら?とも。
これが絶対という真相は分からないものかもしれませんが、いろいろ想像を
めぐらせてみると面白いです。
昔々、アフリカに生まれた人類の祖先から、現代こんな風に顔つきや肌の色も
色々な多くの民族が生まれていったというのも面白いですね。
元を辿れば一つなのに対立が耐えないのが残念です。

投稿: ポージィ | 2011年9月10日 (土) 11:37

北海道で生まれ幼少時代を過ごし、30代に夫の転勤で再び札幌で4年間を過ごした私には、アイヌと倭人とのかかわりには興味があります。
日本人は北方民族と南方民族との混血と習ったような気がしますが、現代はちょっと違う解釈がされているようですね。
もともと同じモンゴロイドと言うことでしょうか・・・?

昨日は私も都心に出向き、国立新美術館で二科展を見てきました。
その前に以前住んでいた中目黒や恵比寿をウロウロしたのですが、「マトリョーシカ」覚えておこうと思います。
仲間とロシアを旅してロシア料理の美味しさに目覚め、そのお料理屋サンを探したものです。
今度行って見ますね。

投稿: naoママ | 2011年9月10日 (土) 14:59

★佐平次さま、ありがとうございます。

グローバル!
心も身も時々あちこち飛んでしまって、何だか落ち着きないです。

投稿: tona | 2011年9月10日 (土) 15:45

★ポージィさま、こんにちは。

アイヌに関する本を図書館で探したら、200冊以上もありました。
今回の問題に関係ありそうなのが数冊ありました。
日本が大陸とつながっていた時代もあって、北方から南方からいろいろな民族が移動してきて、後縄文人になって、その頃から現代日本人とアイヌ人が小進化したような感じですね。地名がそんな頃を下敷きにアイヌ語のも混じって日本全国に付いていったみたいですか。その原日本人が朝鮮人などと混血していって、現代日本人ですか。面白いです。
南米のインディオとアイヌ人がとても近いなんて、どのようにして流れていったのでしょう。陸がつながっていた時ですね。
本当にアフリカで生まれた祖先が、どうしてこんなに違った人間に分かれていったのか、信じられない思いです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年9月10日 (土) 16:03

★naoママさま、ありがとうございます。

昨日は同じような場所にいらっしゃったのですね。
以前中目黒に住んでいらっしゃったのですか。私は最後の10年間の勤め先が中目黒にありましたので、恵比寿駅から歩いて通勤しました。また、やめてからは恵比寿はコーラスの先生宅があるので1ヶ月に1回ほど麻雀しに通っています。
「マトリョ-シカ」は駅ビルのアトレ6階です。日本人好みで美味しいです。

北海道にはとても関わりがおありだったのですね。
アイヌに関する本も200冊以上あるのには驚きました。
今萱野茂の『アイヌの碑』を読み始めています。

投稿: tona | 2011年9月10日 (土) 16:22

アイヌの事を知れば知るほど地球が狭いという感じがします。
そう言えば世界中でも日本語になった単語がありますし、日本語が現地語になった言葉が沢山あります。

我々の先祖があちこち世界中にいるということですね。
その面からも人間はお互い尊敬し、助け合わなければなりませんね。

たまたま現在日本が発展しているということでしょうか。

投稿: macchanny | 2011年9月11日 (日) 18:15

★macchannyさま

含蓄あるコメントをありがとうございます。
グローバルに考えると、また視野が広がりますね。
macchannyさまはインドやアフリカにいらっしゃったので、また随分通り過ぎるだけの私と違って、考え方が違うと思います。
それを現在まで生かしておられるわけですからね。
またいろいろご教示くださいね。

投稿: tona | 2011年9月11日 (日) 23:26

兵庫県に長く住みましたので、柳田國男の生家にも行きました。
本当に小さな家で、あそこから國男の兄も万葉学者で著名ですが、
二人も偉人が出ていることに驚いた記憶があります。
信濃にも彼の奥様の出身地であることから研究室が残され、
先ごろ訪ねたことも思い出しました。

投稿: matsubara | 2011年9月12日 (月) 21:32

★matsubaraさま、おはようございます。

柳田國男の万葉学者のお兄さんは井上通泰ですね。
現在お茶の水に有名な井上眼科がありますが、この方が創られた医院のように思います。森鷗外と親交があったとか、共に二足の草鞋を履いた方たちですね。
8人兄弟の6番目の國男も記憶力抜群だったとか。
そうそう、先般お尋ねになったのでしたね。
奥様が飯田出身だったので、それで美術博物館に移築されたのですね。
ありがとうございました。


投稿: tona | 2011年9月13日 (火) 09:12

 こんばんは。
 山種美術館の「日本画どうぶつえん」展は、わたしも行きたかったのですが結局終わってしまいました。
 tonaさんの記事を拝見すると、江戸時代よりも、近代の日本画家の作品が中心だったようですね。そのあたりはあまりくわしくないので、行けばよかったです。

 智美術館というのは、わたしも初めて知りました。調べてみると、いろいろな美術館があって、いろいろな展覧会が行われていて、どれに行ったらいいか迷ってしまいますね。
 ぜいたくな悩みです。

投稿: Nora | 2011年9月14日 (水) 21:42

tonaさんのブログを読む楽しみは、常に新しい発見がある
からです。
日本全国にアイヌ語の地名が分布している、とか。
ブログ本体の記事も面白いが、それに寄せられるコメントが
また面白いです。
人のルーツを探る事は楽しい作業です。
そういえば、父の実家は鳥取県淀江町の在、
「高麗村」です。以前から、韓国から渡って来たのだろう、なんて言われていました。
ルーツ探ってみたいものです。

投稿: 茂彦 | 2011年9月14日 (水) 21:59

★Noraさま、ありがとうございます。

おはようございます。
「日本画動物園」は芳国とは全然違って、擬人化もしていないし、大真面目と言った雰囲気の絵でした。

智美術館は昼過ぎに行ったのですが、併設のレストランが凄い盛況なのです。
娘が調べたら、予約がかなり前に一杯になるとのことで、よほど美味しいのでしょうか。

1年にほんのいくつかしか新しい美術館へは行けません。ついつい同じ美術館へ足が向いています。
一体東京だけでもいくつあるのでしょうね。

投稿: tona | 2011年9月15日 (木) 08:28

★茂彦さま

私の日本人のルーツの知識は南方からとか北方からの騎馬民族とか漠然としていました。
その後の日本人は朝鮮半島の人々との混血が奈良時代以降進んだというものでした。
しかし縄文時代に分かれて行ったアイヌ民族があったのですね。
茂彦家でも何かルーツがわかりそうで、裏付けに期待が出来そうですね。
「高麗村」がそちらにあるのですね。
自分の祖先はどのように暮らしてきたのか、考えると楽しくなります。大変な生活をしてきたのかなとも思います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2011年9月15日 (木) 08:33

この夏北海道開拓記念館に立ち寄った際、
蠣崎波響の『夷酋列像』の絵葉書を入手しました。原画はフランスで見られるとか・・
独特の容貌や狩猟生活がわかる貴重なアイヌの写し絵なのでしょう、見事です。
衣装の文様が芸術的で、ふと縄文土器の文様を連想しました。

縄文人は短躯でアイヌはそうでもなく色白、という印象なのですが、同祖だとしたら農耕定住へ向かう組と移動狩猟を続けた組で分かれたか?あるいは戦か?
なんとなく、まったく同じものから分かれた、というよりは、別物が雑居も経て別れていった、という感があるのですが・・・。

いずれにせよ古代山や森を駆けた人々に培われ今にうけつがれる美意識や自然崇拝の心に現代日本人も持つ何ものかを感じます。

地名はロマンをかきたてますね!
アイヌ語地名はとりわけ独特で面白い響きです。素朴に自然に呼びかけ、敬い畏れていた時代があり、未来にまたそれをとりもどす民族性が日本人にはあるような気がします。

投稿: pino | 2011年9月17日 (土) 23:10

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