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2011年10月24日 (月)

飯能の秋

10/13の観察会で埼玉県飯能の里山の近くの畑、休耕田のあたりを歩いてきました。
小学校2年生まで埼玉県の東松山市に疎開していて、その頃を思い出すようで親近感を覚えます。
観察会に入ったおかげで、いつもいくつか初めての花に出会え、名前を教えていただけます。
外来種もたくさんあるようですが、強い外来種に負けないで必死で咲いている野原の花が愛おしくなる秋です。
出会った順番にお馴染みの花のピンボケ写真を並べました。

                                         ↓ウメモドキ(モチノキ科)

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                                           ↓ノブドウ(ブドウ科)

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                                 ↓テイカカズラの実(キョウチクトウ科)

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                                  ↓蜘蛛の雌 雄に比べて大きい。

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                   ↓同じ蜘蛛の巣の雄。雌に食べられてしまう運命にあるとか。

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                                            ↓ミゾソバ(タデ科)

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    ↓ナツメの実(クロウメモドキ科)小さい頃食べた記憶では美味しくなかった。

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         ↓アキノノゲシ(キク科)            ↓ブタナ(キク科)

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                                          ↓ソバの花(タデ科)

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                                           ↓ヤマハッカ(シソ科)

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                                             ↓アザミ(キク科)

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↓オトコヨウゾメの実(スイカズラ科)     ↓シロタエギク(キク科) 

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       ↓カシワバハグマキク科(ウリ科) 。吸ってているのはハナムグリ。

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↓ズッキーニの花。かなり大きい(直径7,8cmあったか)、この季節でもまだ生っています。

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明日から11/3までイタリアに出かけてきますので暫くお休みいたします。コメント欄は閉じています。

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2011年10月21日 (金)

我が子たちの絵・絵・絵 「モーリス・ドニ展」

Photo Photo_2 ~いのちの輝き、子どものいる風景~と題する「モーリス・ドニ展」を観ました。
先に行った娘が出品リストをもらって、裏面の家系図を参照するようにというのが大変役立ちました。

モーリス・ドニ(1870~1943)はフランス象徴派を代表する作家であり、ナビ派の主要メンバーでした。
象徴派が求めたものは、目にみえない思想や魂を、絵にしていくことであり、ナビ派は前衛的な集団を言うそうです。
以前どこかで観たドニの絵は柔らかく明るい色彩で、何か神秘的でもありミュシャのように装飾的でもあり、ムンクに似ている絵もあったりという印象です。

今回は以前のイメージと違って、家族のくつろいだ姿や子どもたちの遊ぶ姿、その肖像画、最後は家族や子どもを宗教画へと結びつけたというものでした。
ドニには最初の奥さんの間に生後数ヶ月で亡くした子と死産の子を合わせて8人、2番目の奥さんとの間に2人の子どもがいました。まだ1人だけ健在です。孫は15人で2人は亡くなりました。
大家族で大きな家に住み、お手伝いさんもいて、写真や絵で見てもびっくりするような贅沢な生活です。かなり裕福であったようです。絵が売れていたのでしょうか?
交通事故で亡くなるまで、家族を愛し、子ども、孫まで描き続けてたくさんの絵を残したことがわかって、今回の展覧会になったようです。

ルノアールのように子どもの肖像画もなかなかですし、日本では岸田劉生のように麗子さんの絵を100点余も描いた画家もありますが、ドニのように自分の子どもたちの生活までも描き出した画家はそう多くないでしょう。
私に絵心があったら、いえ、なくても、我が子の顔や生活する様子を1枚でも描いていたらなあと、ドニの絵の前でため息が出ました。

ドニに興味があったら、また子どもが好きだったら、あるいはお孫さんが可愛かったら是非見ていただきたい展覧会です。

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2011年10月18日 (火)

地平線って何キロ先?

普通は常識として知っていることでしょうが、私、この年になって突然気になった疑問です。今は便利です。すぐネットで調べられるから。
答えは地球の半径と目の高さを使ってピタゴラスの定理に当てはまると出るそうで、
目の高さ1.5mだと4.4km先が地平線。意外と近いことを知りました。
海抜1000mの山頂からは113km、500mだと80km、10mの高さの建物からは11km先です。

ハンガリーの大平原は360度地平線が見えていましたがたった4.4kmだったのです。地球がそれほどに丸いということだそうです。
陸地ではあと、北海道の牧場から360度地平線が見えた所があって感動した覚えがあります。
海だったら島影を見ない海原に身を置いたのは台風接近で大荒れの北海道行きの船上で外は大波しか見えなかった時だけ、水平線から船が現れ近づいて来るのを見た経験がありません。そんな海原は怖いから結構なのですが。

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Photo 小学校の何学年だか忘れましたが、算盤を習いました。足し算と引き算のみ。そろばん塾に通っていた人が多く、掛け算、割り算が出来、それも殆ど暗算で出来るので畏敬の念を覚えたのを思い出しました。
先日の断捨離はボチボチと実行、今回は泣く泣く算盤とお別れです。今は便利な電卓に頼りっぱなしで筆算も怪しくなりました。

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2011年10月15日 (土)

ソルジェニーツィン著『イワン・デニーソヴィチの一日』再読

断捨離で数年前多くの本を捨て、手元に残った本の1冊。3度目の読み直しだ。
ちなみに断捨離はヨガの「断業」「捨行」「離行」から取った言葉だそうだ。

ラーゲリでの生活の起床から寝に着くまでの1日を文庫本206頁にまとめ上げている。昭和55年発行なので字がかなり小さい。
食事の内容、仕事の内容、住んでいる所、外のマローズ、上下の関係などことごとくに過酷である。
今回読んで感じたのが、こんなに死にそうなほどの生活なのに、主人公の行動を通して、ラーゲリ生活がユーモアたっぷりに描かれているのです。
こんな状況下に生活していることを忘れさせ、楽しく読んでしまうのだ。
起床時に熱があって体が痛み医務室に出かけるも状況が厳しくて拒否され、それなのに1日楽しく働いて、最後の文章は
「ショーホフは、すっかり満ちたりた気持で眠りに落ちた。・・・・一日が、少しも憂うつなところのない、ほとんど幸せとさえいえる一日が過ぎ去ったのだ。こんな日が、彼の刑期のはじめから終わりまで。三千六百五十三日あった。閏年のために、三日のおまけがついたのだ・・・」
となるのだ。
こんな苦しい生活を楽しそうに、幸せに感じるこの心が、こんなにこの小説をユーモアあるものに仕立て上げているのか。
作者は自伝そのままの小説をたくさんものにした稀有な生涯を送ったノーベル賞作家で、残念ながら90歳で2008年に亡くなっている。栄養状態が悪い収容所や獄中生活が長くても立派に長生きされた。

            <9月末の狭山丘陵の湿地はすっかり秋の様相>

               ↓ツリフネソウ(ツリフネソウ科)の群生

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     ↓ミゾソバとオオミゾソバ(タデ科) 濃いピンクがオオミゾソバだそうだ。

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        ↓ガマ(ガマ科)の穂の綿毛が今にも飛びそう。初めてです。

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          ↓イシミカワ(タデ科)の実 初めてで感激。葉が三角形。

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        ↓エゴノキ(エゴノキ科)の実。あのきれいな花がこんな実に。

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                 ↓ガマズミ(スイカズラ科)の実

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2011年10月12日 (水)

韓国の登山者に感動

10月4,5,6日の3日間、韓国の智異山国立公園の山脈を35km縦走しました。韓国人リーダーとメンバー8人と。
その最高峰・天王峰(1915m)は韓国で2番目に高い。
智異山は地図を眺めると半島の最南端に近い中央部にあります。
ソウルから南下すると高速道路の左右には、黄金色の稲がまだ刈り採られずに穂を垂れていて、日本同様ご飯の国であることを実感します。

      ↓ビジターセンターのパノラマ写真の奥の方の山脈を殆ど全部縦走

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山頂を極めたり裾を巻いたりしながら(標高差100~200mくらい)をアップダウンして、初日は17kmを11時間かけて歩き、足が痛くなってへばり、もう2度とこんなことはしたくない気分です。

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             ↓トリカブトやリンドウが至る所に咲いていた

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↓小屋に着くと食事の用意をし、外で食事。じきに暗くなって8時消灯で慌てました。

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昨年書きましたが、日本の山小屋と違って自炊です。今回は水汲み場がかなり遠くでしたがあったので、沸かす水が確保できました。トイレには手洗い所もありません。もちろん洗面所もなく、日本の山小屋って朝晩の食事があって、水があって本当に有難いことなのだと改めて思ったことでした。
リーダーがコンロや、レトルトカレーやキムチや韓国風佃煮などおかずも持参してくださり、小屋で買ったレトルトご飯を温めても下さって無事1日目の夕食が済みました。出たゴミをリーダーが全部下山口まで持って降りてくださったのです。
下山したビジターセンターで各自のゴミも集め、重さを測定し、それに対して料金を支払うという仕組みです。
昼は各自持参の乾燥米や餅に水を入れて食べ、休息ごとに乾燥バナナや羊羹やカロリーメイトなど高カロリーのおやつを食べます。

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2日目の夕食の時です。おかずがなくて御飯に湯をかけ持参の梅干しや塩コンブで食べていると、昼間会った男性がふりかけやビーフ、栗を「どうぞ」とくださいました。そういえば、1日目の昼食の時にも近くにいた女性がじゃこの佃煮をくださったっけ。
この方は四国を巡礼したことがあるそうで、日本語がかなり上手です。何て親切なのでしょう。四国でも我が同朋が親切にしてあげたのでしょうね。人柄が1番だとは思いますが。

                    ↓2日目の夕焼け

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3日目は3時半に起床し智異山の最高峰・天王峰に登りました。

                        ↓頂上

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                 ↓6時半:雲の上方のご来光

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この時近くおられた、東京の韓国大使館の外交官だった方が流暢な日本語で話しかけてきて、韓国の銘菓をくださいました。
出会う登山者の殆どの人は素敵な笑顔で挨拶をします。
時々我々の年齢を聞かれ、平均年齢70歳と言ったら凄く驚いています。韓国では高齢者が登山することはなく、家で隠居生活をしているとのこと。

↓麓の方の智異山法界寺で無事登山出来たことのお礼をしました。

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韓国では18歳あるいは大学卒業した22歳から1年3ヶ月兵役があるそうで、若者は体格良く皆逞しい。出会った西欧人はオーストラリア人男性1人と、イギリス人女性二人連れの二組だけでした。
韓国の人たちの心優しさに感動した登山でした。

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2011年10月 9日 (日)

東トルコ旅行(4)スメラ僧院 トラブゾン イスタンブール

Photo_16[見学7日目] スメラ僧院 → 黒海沿岸の町トラブゾン → イスタンブール

<スメラ僧院>
トラブゾンへ向かう途中から緑が多くなってスイスのような景色になって、ギリシャのメテオラとはちがうけれど、標高1200mで、谷底から300mの岩壁に貼り付くように造られたスメラ僧院(ギリシャ正教聖母マリア修道院)を訪ねました。
創設は6世紀のビザンチン時代に遡り、現在の建物は14世紀の建造で、6階建て72室。奥の洞窟が教会になっていてフレスコ画がたくさん描かれていました。メテオラ、あるいはカッパドキアの地下都市など同様、よくもこんな場所に僧院を造ったものです。

↓黒海に向かうに連れ、今までずっと続いていた樹木のない岩山から緑濃い風景に変わった

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                   ↓紅葉も始まっていた

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                    ↓スメラ僧院遠景

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        ↓僧院の窓から乗り出して撮ると建物の外側はこんな風です

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              ↓建物の中から見た洞窟側はこんな眺め

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                   ↓洞窟教会のフレスコ画

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                   ↓内部の天井フレスコ画

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↓トルコ人家族 たまたまそばにいた日本人の私を、一緒に自分たちのカメラに収めたいとお願いされ、その友人が撮りました。こんなことが他にもありましたが、まずヨーロッパではあり得ないことです。

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<トラブゾン> 1年を通して湿潤温暖な黒海沿岸の町。東トルコで1番豊かそうに見えました。

↓黒海 濃霧が多発して暗い感じがするから名付けられたとか。その他に紅海、黄海、白海があるが、黄海だけはその名の通り色から付けられたそうだ。

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↓トラブゾンのアヤソフィア 13世紀に造られた教会がイスラム寺院となった

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                    ↓美しい花嫁さん

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[見学8日目] イスタンブール(午前中自由行動)

           ↓前日夜中に着いたイスタンブールのアヤソフィア

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                     ↓美しいブルーモスク

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↓トルコは猫が多い。以前の話ですが猫カレンダーにもよくトルコの猫が登場しました。

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(前回行かなかった方へ行ってみました)

                    ↓エジプシャンバザール

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   ↓ガラタ橋で釣り糸を垂れる人たち。バケツを覗いたらかなり釣れていた。

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↓鯖サンドを美味しいと言って食べる若者。日本人が食べると当たる人もいるとか。

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                        ↓金角湾

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                        ↓ガラタ塔

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                         ↓街角

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Photo_37 世界3大料理と言われるトルコ料理ですが、残念ながら私の口に合わなかったけれども、乾燥した所で出来るスイカだけはとても美味しかったです。
11年前に西トルコのパムッカレあたりで買った、翻訳された料理本ですが、1度も作っていません。何で買ったんだか。どなたか要りませんか?

どこも花が少なく、ホテルの庭のコスモスだけが印象に残りました。

驚いたのが、イスタンブールで真夜中にサッカーの練習をしていたことです。練習場が少なくて順番制なのか?、あるいはサッカーへの熱意なのか?

東トルコは西側に比較して11年の差で見ていますが、まだまだ貧しいと感じました。クルド人の活動家の脅威に震えながら、砂漠化した地域で枯れたような草を食べさせている酪農の人々の厳しい生活ぶりも垣間見えました。しかし日本では見られない雄大な自然は美しく、生活の厳しさを隠してしまっていました。

以上東トルコをご覧いただきありがとうござました。

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東トルコ旅行(3)アニ遺跡、エルズルム

Photo 東部アナトリアはどこも500~2000m位の標高があります。9月なのに朝は0度近くまで冷え込みます。
南米クスコ(標高3600m)も空気が薄かったですが、2000m以下でありながら、アナトリアもどこも変にハアハアと息苦しいのです。
日本やスイスなどいきなりロープウエイなどで2000mくらい登っても何も苦しくなく気持ちがいいのですが。
きっと酸素を出してくれる樹木が少ないからではないでしょうか。山紫水明の日本を有難く思いました。

[見学5日目] アニ遺跡
カルスという町に移動し、アルメニアとの国境近くの、昔はアルメニア王国(971年頃)の首都でシルクロードの中継都市のアニ遺跡を見学しました。
宗教的中心地でもあったので住居跡だけでなく教会も残っています。
乾燥していても日射しが強くハラン遺跡同様、砂漠のような暑さでクラクラします。

↓カルスの町の風景 
他の町同様車は多い。イスラム圏なので、どこでも見かけるのは圧倒的に男性が多く、それも若者の割合が多い。カバンや手荷物を持っている人を全然見かけず、みんな手ぶらなのが不思議です。皆、書類のいらない職業なのでしょうか。
又、歩いている女性は背筋が真っすぐ伸びているのですが、男性はそうではないのが不思議で気になりました。

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↓アニ遺跡の風景

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[見学6日目] エルズルム
エルズルムへ移動。何しろトルコは広く移動に半日はかかる所が多かったです。
東部アナトリア最大の都市で標高が1853mあり、冬は雪が多く、零下40度にもなる。
見学の最後に突然雷が鳴り出し、雨だけでなく大きな雹が降ってきたのには驚きました。

                                               ↓3人の王墓

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                                        ↓ヤクティエ神学校と広場

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                ↓トルコ犬です.。とてもお利口そう。

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2011年10月 1日 (土)

東トルコ旅行(2) 究極の節電、ヴァン湖とアララット山

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[見学2日目]  ヴァン湖へ向けて、途中アタテュルクダムを船で渡り、バスで約600kmの移動

                    ↓ホテル前の日の出

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↓チグリス川の上流にアタテュルクダム湖が延々と続く。総面積は琵琶湖の6倍と言われるヴァン湖より広いようだ。
この水力発電で国の電力の3分の1を賄い、残りはブルガリアから輸入しているとのこと。
ホテルの廊下の電気はドアの前に立ってやっとつき、時にはつかないで真っ暗な中で鍵を開けなけらばならない。
トルコ式トイレは電気がないのが多く、たまにある洋式のトイレも入ると電気がつくものの、便器に腰掛けると電気が消え、立ち上がるとつくなんて、本当に究極の節電で驚いてしまいました。日本の節電はとても節電と言えない。
電気こそ輸入しているけれど、農産物など食料は基本的には輸入しないで国内ですべて自給とのこと。経済力も世界15位だそうで、自国でも作れるのに何でも輸入して世界の美味しいものを食べている日本が夢のようです。チャイ(トルコ紅茶)の葉でさえ、全部自国で生産しているというから、スリランカ辺りから輸入しているのかと思っていたのが大間違いでした。
トルコはしっかりしているのです。

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            ↓船で一緒になったアルメニア人。ズボンが独特。

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  ↓昼食 ローストした鶏肉をピラフに混ぜた料理

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[見学3日目] ヴァン湖周辺

◎マクダマル島

↓地図で見ても実に大きな湖、ヴァン湖は様々な美しい色を見せる。平均水深146mで塩分濃度11.5%のソーダ性アルカリ湖。濃い所は白い。何と魚も住んでいる。

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              ↓船着き場から3kmあるマクダマル島へ

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             ↓10世紀に建てられた島のアルメニア教会

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            ↓島の岩山の頂上からの眺めはなかなかです

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                      ↓島とお別れ

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◎ヴァン猫
ヴァンには左右の眼の色の違う猫がいます。黄色と水色です。毛はふわふわで真っ白。
原種は絶滅したそうですが、ヴァン猫は減少し続け、現在大学のヴァン猫研究所で飼育されています。3万円で売っていました。
メス同士、オス同士、別の小屋で飼育されていました。

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◎ヴァン城址
BC834年当時のウラルトゥ王国の首都の城址。

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               ↓城址頂上から破壊された跡が見える

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                    ↓ヴァン湖も見える

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                ↓下では民族舞踊が披露された

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[見学4日目] アララット山周辺

◎アララット山とノアの箱舟
トルコ最高峰のアララット山(5137m)が見えてきました。山頂には雪が残り、富士山を大きくしたようです。1840年に噴火後、今お休み中。

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アララット山といえば、ノアの箱舟伝説で有名。アララット山の麓と思っていましたが、実は伝説地はアララット山の向かい側の山地にあったのです。
箱舟は船の長さ164m、幅42m、高さ18mの3階建てだったとのこと。
↓ノアの箱舟跡 お分かりになるでしょうか?

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                     ↓絵葉書のです

2          ↓振り向くとアララット山とその右に小アララット山が見えた

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◎イサクパシャ宮殿
この地方のクルド人の総督イサクパシャによって17世紀から建て始められ18世紀に完成。ジャーミィ(モスク)、ハレム、図書館、牢獄、浴場などがあった。

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↓宮殿の説明をするガイドさんの徹ちゃん(実名はオズの魔法使いみたいな名前のオズカイさん)。 俳優の渡辺徹にそっくり。奥さんは日本人で子供の教育を日本で受けさせるために、奥さんと子供二人は今倉敷に住んでいて、1年に2度しか日本に来られないそうだ。日本語勉強で日本留学時に知り合ったそうだ。「奥さんは榊原郁恵みたいな人か」と聞いたら「もっと美人だよ」だそうです。日本語がとても流暢でおまけに日本語での冗談が上手い。毎日楽しかったのも彼のお陰。
美人の添乗員さんは兼高かおるによく似た人でした。

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  ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。゜。°。°。°。°。°。

もう1回でトルコ旅行は終わりなのですが、3日から7日まで韓国の山に登ってきます。
帰りましたらまたよろしくお願いいたします。

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